「一流監督」小久保裕紀はやっぱり「一流の選手」だった…ベテラン打撃投手が見た「すごい打者」の共通点
プレジデントオンライン / 2024年10月29日 17時15分
※本稿は、濱涯泰司『職業・打撃投手』(ワニブックス【PLUS】新書)の一部を再編集したものです。
■「いい打者」と「そうでない打者」の違い
私が投げていて感覚的に思うことなのですが、一流の打者と評価されるようなバッターのほうが、1球1球考えながら、集中力高く大事に打っている感じがあります。
一軍に上がったばかりの駆け出しの若いバッターに投げることもありますが、そういうバッターのほうが何か淡々と打っている、言葉は悪いですが「ただ打っているだけ」と感じることがあります。
もしかしたら若いバッターたちのほうが量は多く練習しているのかもしれませんが、質という意味では一流選手たちには遠く及ばないように思います。
だからこそ一流選手になれたのだということかもしれませんし、数をこなすことによって技術力が身につき、その次の段階に進めるのかもしれません。バッターではないので、そのあたりのところまではわからないのですが、練習の質に違いがあることは投げていても確実に感じます。
■未来のメジャーリーガーの練習風景
長い長い25年のホークスでの打撃投手人生では、いろんなバッターを担当させてもらいました。
打撃投手になって最初に専属になって投げたのが井口資仁と城島健司でした。まだ打撃投手として駆け出しだった頃なので強く印象に残っています。
井口のバッティング練習は、真ん中低めを右中間にホームランです。
試合ではコースに逆らわず、レフトにもセンターにもライトにも放り込んでいましたが、練習ではひたすら真ん中低めをゴルフのパンチショットのような打ち方を繰り返し、逆方向、右中間方向にとんでもなく飛ばしていました。
特にそこに投げてほしいと言われたことはないのですが、打撃投手とバッターは打ち方や、打ったあとの反応で会話をするようなところがあります。
バッティング練習の時間、打撃投手が投げたストライクはもちろん全部打ってくれるのですが、井口にとってはこの真ん中低めを右中間へ放り込むことで、感覚をアジャストしていたんだと思います。あるいは、その感覚だけ合わせておけば、他のコースは試合でも対応できるということだったのかもしれません。
「ああ、井口はこれを繰り返しやりたいんだな」と私は感じたので、ずっとそこに投げ続けていました。
■インコースに絶対的な自信をのぞかせていた
城島健司も独特なバッティング練習をしていました。まず、打席での立ち方からして個性的で、バッターボックスのラインいっぱい、めちゃくちゃホームベースに寄って立っていました。
バッティング練習のイメージとして残っているのは、インコースばかり投げていたことです。ホームベースに寄って立つというのは、インコースに対して絶対的な自信を持っているということを意味します。
それだけ近いと、インコースのボール球はほぼ体に当たりそうなところに行くことになるのですが、調子がいい時の城島はそれを簡単にホームランにしていました。
普通、その球をジャストミートするとファウルになるのですが、見事なバッティングでレフトポールの内側に入れていました。城島のスイングは体が素早くくるりと回り、わずかに遅れて押し込むような独特のスイング軌道でした。
当然、他球団にもインコース打ちが上手く、ホームランにできるということは知れ渡っていて、試合でインコースを攻められるということはほぼありません。それでも試合前のバッティング練習では気持ちよさそうにインコースを打つので、私もずっとインコースを狙って投げていました。
やはり、インコース打ちをすることで、スイングのバランスを整えていたのだと思います。試合になれば、ベース寄りに立っていた恩恵もあり、アウトコースのボールでも楽々と引っ張り込んでスタンドインすることもありましたし、ライト前に軽打することもありました。
■「ストイックな求道者」だった小久保監督
現在ホークスの監督を務める小久保裕紀のバッティング練習も印象に残っています。狙いどころはインロー、内角低めでした。同じインコースでも城島はやや高め、小久保は低めが好きでしたね。
特徴的な大きなフォロースルーのせいもあって、ゆったりしたスイングに見えるのですが、かちあげるようなインパクトの瞬間、バットのヘッドスピードは相当速かったのではないかと思います。まさにホームランバッターのスイングでした。
バッティング練習に取り組む姿勢も強く印象に残っています。ストイックな求道者という感じで、ものすごい集中力を感じました。
1球たりともおろそかにせず、思ったように打てなかった時には悔しそうにしていました。とにかくバッティング練習に入ると雰囲気がガラリと変わるタイプでした。
■「またお願いします」という一言が嬉しかった
試合がない練習日には、決まってスローボールを打つ練習をやっていました。打撃投手が普段投げる場所から山なりでストライクを投げるのは難しく、私でもボールが多くなってしまいました。
投げるのも難しかったですが、打つのも難しいはずなのに。小久保はかなりの高確率でホームランにしていました。バッティングのことはよくわかりませんが、ホームランを打つための技術を磨いていたのだと思います。
ジャイアンツに移籍して戻ってきた時に「またお願いします」と専属を頼まれた時にはとても嬉しく思いました。バッティングコーチと打ち合わせをするより前に相談にきてくれたようで、「一緒に組む右の打撃投手は誰にしましょうか?」と意見を求めてくれて、寺地健が担当することになりました。
選手から直接担当してほしいと言われたり、担当決めの意見を求められるケースはほとんどありませんので、意気に感じました。
引退する日まで担当しましたが、その時を迎えてもストイックなバッティング練習は変わりませんでした。
根っからストイックな人間なんだと思います。それは、引退しても体形がまったく変わっていないことからもわかりますよね。
■快進撃の裏にコミュニケーション改革
これを書いているのは2024年の8月初旬ですが、今シーズンのパ・リーグはホークスが独走状態を築き、すでにマジックナンバーが点いたり消えたりしている状態です。今季のホークスについて気づいたことを書いてみたいと思います。
今年、小久保監督に代わって、現場で感じる大きな変化は、コミュニケーションを取ることにものすごく力を入れていることです。
私たち打撃投手という部署は、本当に何十年も変わらないで同じような仕事を同じようにやっているのですが、それでもキャンプが始まる前に、小久保監督から「今年のキャンプでは、全員、常に帽子着用で徹底することにしますので、バッピのみなさんもお願いします」と言われました。
2024年のチームスローガンは「VIVA(ビバ)」。
それに込めた思いを小久保監督は、「強いチームを取り戻す。その中で個人が美意識を持ちながら、最終的には優勝してファンの皆様と喜びを分かち合いたい」と言いました。
しっかりと言葉で思いを伝え、その表現として、練習中はだらしなく見えないようにいつでも帽子を被ることにしたと、わざわざ打撃投手にも伝えてくれました。
■昭和から続いている「軍隊式」からの脱却
打撃投手は、バッティング練習中に球拾いを手伝いますが、その時に帽子を被らない人もいたので、私は部署のリーダーとして、みんなにも徹底するように言いました。
これは打撃投手の部署にあったひとつの事例です。小久保監督は自ら積極的にコミュニケーションを取っています。
私もプロ野球界に長くいて、今ふたつのやり方がせめぎ合っているような気がしています。
ひとつは、昭和の時代から続く「軍隊式」を意識した組織運営。私たちはそういう環境で長く野球をしてきました。
監督が各担当コーチに指示を出し、担当コーチが担当部署の選手たちにその指示を伝える。監督が直接選手たちに接触することはない――そういうやり方です。
令和の現在、それとはまったく違うやり方がプロ野球の世界にも表れています。もちろん組織運営として担当コーチというのは存在していますが、監督も直接選手たちにコミュニケーションを取っていくやり方です。
■監督が選手ひとりひとりに声かけする理由
ジャイアンツがドジャース戦法を学んでV9を達成した頃、メジャーリーグでも軍隊式に近い管理野球が当たり前でした。
それから何十年も経ち、アメリカの野球も大きく変化し、もうひとつのやり方、監督も選手たちと積極的にコミュニケーションを取るやり方が現れました。
メジャーリーグでも、中南米の選手やアジアの選手も増えて、軍隊式というよりも個人の能力を最大限活用する野球へと変わりました。それにつれてコミュニケーションの取り方もまったく違うものになっていきました。
日本の少年野球や高校野球の世界も大きく変わっています。野球しかなかった時代から、いろんなスポーツを選べる時代へ。スポーツよりもゲームが選ばれる時代へと変化しました。「軍隊式」は急激に減少しています。
これからはプロ野球の世界にもどんどん「軍隊式」を知らない選手たちが入ってきます。コミュニケーションの取り方も変わっていくでしょう。
小久保監督は選手ひとりひとりに声をかけています。選手たちは非常にやりやすそうにしています。
■上から下まで一緒になって戦う集団になった
普段から声をかけて風通しを良くする小久保監督の方針は、担当コーチ陣にもしっかりと伝わり、チーム全体で共有されています。
プロ野球のシーズンは長丁場なので、ファームを含む総合力で勝負をすることになります。当然、いろいろな理由で二軍への降格、一軍への昇格が必要です。しかし、人間誰しも降格はショックです。
降格を命じた選手に、きちんと意思を伝えることによって、モチベーションを保ち、チーム内の競争が激しくなり、雰囲気がよくなっていきます。
選手たちに普段から声をかけるといったコミュニケーションも大切ですが、降格のように選手が負の感情を抱く状況で、どのように意思疎通を図るかが、より重要なコミュニケーションだと思います。
小久保監督は、丁寧に気づかいをしているというのが聞こえてきます。そのおかげで、上から下まで一緒になって戦う集団になっているのだと感じます。
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打撃投手、元プロ野球選手
1970年10月3日生まれ。鹿児島県出身。鹿児島商工高等学校(現・樟南高等学校)、九州国際大学を経て1992年ドラフト3位で福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団。1999年に引退後、打撃投手へ転身。以後、25年間にわたり投げ続け、裏方からチームを支える。
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(打撃投手、元プロ野球選手 濱涯 泰司)
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