高市早苗氏は惜敗、カマラ・ハリスは伸び悩む…日本とアメリカで「女性指導者」が誕生しない根深い理由
プレジデントオンライン / 2024年10月19日 18時15分
左)高市早苗氏(写真=内閣府/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)、右)カマラ・ハリス副大統領(写真=アメリカ合衆国連邦政府/ローレンス・ジャクソン/PD-USGov-POTUS/Wikimedia Commons)
■ハリス氏にもトランプ氏にも吹かない風
11月5日(日本時間6日)に行われるアメリカ大統領選挙まで2週間あまり。民主党のカマラ・ハリス副大統領(59)と、ホワイトハウス奪還を目指す共和党、ドナルド・トランプ前大統領(78)との戦いは、どちらが勝つか、依然として不透明なまま、最終局面を迎えている。
その最大の理由は、アメリカで「分断」が深刻化し、選挙前から政権を維持したい民主党支持層と、トランプ信奉者が多い共和党支持層に色分けされてしまったことにある。
全米の有権者のうち、これまで3割~4割程度いると見られていた無党派層は減り、どちらの候補者も「風」を吹かせる余地を失くしてしまっているのだ。
もう1つは、ハリス氏とトランプ氏ともに、長期間、風を吹かすことができない「弱い候補」という点だ。今年7月、トランプ氏銃撃事件で一気に高まった「もしトラ」の可能性は、民主党候補がバイデン大統領(81)からハリス氏に代わった途端、急速にしぼんだ。
そのハリス氏も、後継指名された直後の期待感はなく、全米を対象にした世論調査で、わずか2%から3%、トランプ氏をリードしている程度だ。1992年のクリントン氏対ブッシュ氏以降、現地で取材してきた筆者からすれば「誤差」の範囲だ。
■政治専門紙「ハリス氏では勝てない4つの理由」
そうした中、ワシントンの政治専門紙「THE HILL」が、10月12日の電子版で「The 4 reasons Harris is losing」(ハリス氏が負ける4つの理由)と題した記事を公表した。
これは、かつてホワイトハウスで高官を務めたグラス・マッキノン氏が寄稿したもので、「The first is Harris herself.」(まず、ハリス氏本人に問題がある)などとする理由を4つ示したものだ。その概要をまとめておく。
自信がなく、リハーサルも吟味もしていない政策に関する質問を受けるのを恐れているように見える。
(2)バイデン政権の踏襲でしかない
ABCテレビのインタビューで、司会者が「過去4年間で、バイデン氏と違うことを何かしましたか?」と尋ねた際、「思い浮かぶことはない」と答えた点は、民主党員や主要メディアを落胆させた。
(3)熱狂的な支持者がいない
トランプ氏には岩盤支持層と呼べる信奉者がいる。それは、買ったり作ったりすることができないものだが、ハリス氏には残念ながらそういう熱い支持者がいない。
(4)4年前より国民の暮らし向きが良くなっていない
世論調査で「4年前よりも今の方が幸せですか?」という質問に「4年前のほうが幸せだった」と答えるアメリカ国民が多い。これはつまり、バイデン・ハリス政権の失政を意味する。
■消去法で「マシな候補」を選んだ自民党
ハリス氏では勝てない理由は、これら4つの「……ない」で括ることができる。
確かにハリス氏は、イスラエルをはじめ中東問題などに踏み込んだ言及がない。掲げている政策は、第3次オバマ政権、もしくは第2次バイデン政権と同じような内容だ。強固な支持層を持たず、「それを今言うなら、なぜこれまでやらなかった?」との批判も受けやすい。
筆者は、この記事をアメリカ・FOXテレビの知日派プロデューサーに見せ、感想を尋ねた。以下がその答えである。
「4つのうち(1)は主観にすぎませんが、(2)(3)(4)は端的にハリス氏の弱さを突いています。アメリカではコロナ禍の時期よりも生活が苦しいと答える人が半数近く。失業者も増えています。その点は、現職の副大統領という点がマイナスに働きます。
でも、日本の首相レースで、イシバさん、タカイチさん、モテギさん、それから若いコイズミさんでしたっけ? 全ての候補が4つのうちのどれか、人によっては複数が当てはまったはずです。だから、『The lesser of nine evils』(9人の候補のうち消去法でマシな候補を選択)で、イシバさんになったのではないですか?」
■高市早苗氏の敗因はミソジニーではないか
筆者は、ハリス氏が勝てそうにない理由は他にもあると見ている。「THE HILL」が指摘した4つに加え、ミソジニー(misogyny)という要素を挙げたい。むしろ、これが1番ではないかとみている。
ミソジニーとは、「女性に対する嫌悪や蔑視」を意味する言葉で、性別や人種などを理由に低い地位に甘んじることを強いられる「ガラスの天井」を表すワードである。
高市早苗前経済安保相(63)が、先の自民党総裁選挙で惜敗したシーンを思い出していただきたい。
高市氏の敗因を振り返れば、日韓関係の悪化などを危惧した岸田文雄前首相(67)が、旧岸田派議員に「決選になったら石破に」と指示したことが大きい。
ただ、選挙当日、自民党本部に詰めていた筆者は、高市氏の敗因について、1回目の投票と決選投票の間に行われた候補者による5分間スピーチで、「女性初の首相」に言及しなかったことにもあると感じた。
■足枷になるかもしれない「女性」を抑えた
あの場面で、高市氏が、「安倍元首相の遺志を継ぎ、女性初の首相になります」と宣言していれば、結果は違ったかもしれない。しかし、こんな声もある。
「表立っては言えないけど、女性という点に抵抗がある議員は大勢いたと思いますよ。男性議員だけじゃなく女性議員の中にもね」(旧安倍派の前衆議院議員)
高市氏は、9人の候補者が並ぶ演説会や討論会で、柔らかい笑顔を努めて作っていたが、投票直前の最後のスピーチで「女性」を前面に出すことを抑えたのは、極度の緊張に加え、党内に渦巻くミソジニーに配慮したからかもしれない。
高市氏の敗北で思い出したのは、2016年11月8日、ニューヨークで目の当たりにしたアメリカ大統領選挙だ。
トランプ氏が当選確実となったのを受け、敗れたヒラリー・クリントン氏が、「(女性初の大統領という)最も高くて硬いガラスの天井はまだ打ち破れていないが、いつか誰かが達成してくれる」と口惜しそうに語った瞬間は今でも忘れることができない。
■8年経っても「ガラスの天井」は高くて硬い
そのクリントン氏は、8月19日、民主党大会で演説し、「ガラスの天井をもう少しで打ち破れるところまで来ている」と、ハリス大統領誕生に強い期待感を示した。
ハリス氏は女性であると同時に黒人、正確に言えばインド系移民2世である。ただ、「非白人」という点では、2008年の大統領選挙で、バラク・オバマ氏(当時47)が、肌の色の壁を打ち破っている。残るは「女性」という壁だけだ。
ここまでハリス氏が表舞台に登場したシーンを振り返ると、中絶問題以外で、ジェンダーに踏み込むことはほとんどない。
服装は常に、ベージュか白か青系のスーツ姿で163センチの体を包み、時折、笑顔は弾けるものの、いたって中性的だ。
ハリス氏から率先して「女性」や「ガラスの天井」といったワードを使うこともなければ、クリントン氏のようなエリート臭を漂わせることもしない。
そこはハリス氏や陣営スタッフのミソジニーに配慮した賢い点だが、「リアル・クリア・ポリティクス」などの世論調査によると、支持率はペンシルベニアやミシガンなど激戦7州のうち5州で、トランプ氏がリードしている。
しかも、ミシガンとウィスコンシンは、最近になってトランプ氏に逆転を許している。日本で伝えられているほどハリス氏は強くないのだ。
■勝敗を握る激戦州ではトランプ氏が有利
白人男性のトランプ氏と白人女性のクリントン氏の対決となった2016年の大統領選挙では、白人女性の47%がトランプ氏、同45%がクリントン氏に投票している。
今回、鍵を握る黒人票では、ニューヨーク・タイムズ紙の世論調査(10月12日公表)で、78%がハリス氏を支持していることが明らかになったが、前回、バイデン氏は黒人の90%以上から支持を得ていた。
ハリス氏の場合、「強さ」を求める黒人層に、女性であるがゆえに受けが悪いのだ。オバマ元大統領は、この現状を、「女性が大統領になるという考えに共感できず、別の選択肢に飛びつこうとする態度は受け入れられない」と批判している。
最後にもう1つ、ハリス氏が負けるかもしれないと考える理由を挙げておく。それは、「隠れトランプ」はいても「隠れハリス」はいないという点だ。
2016年の大統領選挙では、筆者を含め多数のメディア人が、「隠れトランプ」の多さを見抜けず、直前まで「クリントン氏優勢」という報道を流し続けた。筆者などは、開票直前のラジオ番組で、「数時間以内に女性大統領が誕生する歴史的な日になりそうです」とまで言い切ってしまった。
お恥ずかしい限りだが、今回も「隠れトランプ」は存在する。そもそも、世論調査や情勢調査などというものは「スープの味見」と同じで、表面的なところをすくって飲むのと変わらない。コップや鍋の底に何が沈殿しているのかまでは可視化できない。
■「過激な男vs無難な女」どちらが勝つか
底をかき回してみると、「あんな過激な男に投票するなんて言えない」と答えながらトランプ氏に投票する人もいれば、「やっぱり女性っていうのは……」とミソジニーにかられる人もいることがわかるはずだ。
したがって、「トランプ氏がリードしている」という調査結果は信用でき、「数%後れをとっている」という調査結果は、ほぼ拮抗しているとみていいということになる。
「スープの味見」程度では想定外のことも生じる。それは、石丸伸二前安芸高田市長(当時41)が大健闘した東京都知事選挙や、10月27日の衆院選投開票を前に、特に「裏金議員」の苦戦が伝えられる自民党の獲得議席数も同じかもしれない。
ハリス氏vsトランプ氏、決め手を欠く「弱い候補」同士の戦いは、石破首相が誕生した際の「嫌われ者の男と保守派の女」対決と似て、「過激な男と無難な女、どっちがマシか」で決まることになりそうだ。
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政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授
愛媛県今治市生まれ。京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。文化放送入社後、政治・外信記者。米国留学を経てキャスター、報道ワイド番組プロデューサー、大妻女子大学非常勤講師などを歴任。専門分野は現代政治、国際関係論、キャリア教育。著書は『日本有事』、『台湾有事』、『安倍政権の罠』、『ラジオ記者、走る』、『2025年大学入試大改革』ほか多数。
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(政治・教育ジャーナリスト/びわこ成蹊スポーツ大学教授 清水 克彦)
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