「安倍晋三の天敵」でいた頃がピークだった…石破茂首相が就任からたった2週間で国民を失望させた本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年10月17日 18時15分
■朗報をいちばん喜べなかったのは首相?
今年のノーベル平和賞は世界中に衝撃を与え、日本人を歓喜させた。
今回「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」が受賞したことは大いなるサプライズだったが、ノーベル委員会が日本被団協に平和賞を授与する意義は、核が使用される可能性が現実味を帯びている今、世界の人々に「核の恐ろしさと、核兵器を廃絶する重要性」を考えてほしいというものだった。
だが、この受賞の報に、石破茂首相は「長年、核兵器の廃絶に向けて取り組んできた団体に授与されるのは、極めて意義深い」と話したが、内心ではガッカリしていたのではないか。
石破首相は永田町で有名な「軍事オタク」で、防衛問題の第一人者と自負していた。その石破氏は総裁選中も「持論であるアジア版NATO創設と、米国との核共有や核持ち込みを提唱。米シンクタンクに寄稿した論文の中では、中国の台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発の進展を受け、米国の抑止力が『機能しなくなっている』とし『この状況で中国を抑止するためには、アジア版NATOの創設が不可欠』と主張した」(西日本新聞デジタル版 2024年10月8日)。
首相就任後は、持論をトーンダウンしているが、衆院選で大敗しなければ、持論を推し進めようとしているのは間違いない。
■「反対のことになっていくのかと危惧しておりました」
そこに核兵器の恐ろしさを証言し、核廃絶を訴える日本被団協が平和賞を受賞したのだから、内心「弱ったな」と思ったのではないか。
日本被団協の代表委員の田中熙巳(てるみ)さん(92)に10月12日、石破茂首相からお祝いの電話があったという。
「首相は冒頭、『おめでとうございます』と語りかけ、小学生の時に被爆後の広島市の映像を視聴し『見るにたえなかった』と自らの体験を紹介した。
これに対し田中さんは、石破首相が米国との『核共有』などを検討する必要性に言及してきたことに触れ、『核兵器は持ってもいけない、使ってもいけないと言い続けてきた。我々の言っていることとは反対のことになっていくのかと、ものすごく危惧しておりました』と懸念を伝えた。
また、『軍備で安全を保とうと考えると、行きつくところは核兵器だ』と指摘。『戦争をしないで各国同士の信頼や不信を解決していくという方向に行くべきだ。日本もその先頭に立ってほしい』と求めた。
電話のやりとりは約5分間。通話を終えた後、田中さんは『(被爆の悲惨さを伝えたいと)言っていることはまともなんですけども、国の政策としてやろうとしていることと全然結び付かない』と語った。石破首相と直接会って話したいとの意向を示した」(朝日新聞デジタル10月12日 15:54)
石破首相にとっては“やぶ蛇”だったようだ。
■「早期解散」の進次郎氏から票を奪ったが…
石破首相が主張している日米地位協定の見直しも、アメリカから「今はその時期ではない」と否定されたと伝えられている。唯一の得意分野で得点することもできないようだ。
総裁選で、首相に就任後、早期に解散するという持論を述べた小泉進次郎氏に対して、予算委員会などで野党と論戦を交わし、十分に「国民の皆さまのご理解」をいただいた上で解散するのが筋だと否定していたのに、自分が就任したら戦後最速の解散に踏み切った石破首相に対して、野党からだけではなく、メディア、有権者も厳しく批判している。
可哀そうなのは小泉氏である。
小泉氏は、週刊文春(10/10日号)で阿川佐和子氏に、総裁選で敗れた悔しさをこう語っている。
「当日、帰宅して『パパは負けたよ』と(子どもたちに=筆者注)報告したんです。涙を見せながら『人生はね、負けるときもあるんだよ』と言って、そんな父親の姿を見て、少しでも子どもの教育に繋がればいいなと思ったんですよ」
彼の最大の敗因は「総理になればすぐに解散をして国民に信を問う」といったことだった。石破氏はそれに反駁して党員票を彼から掠(かす)め取った。小泉氏は子どもたちに、「政治の世界では正直者がバカを見るんだよ」と付け加えなくてはいけないはずである。
■各誌の選挙予想は「自民党の議席激減」
しかし、同じ人間が一夜にしてあれほど変われるものだろうか。私は呆れるというより感心している。
石破首相は腹の中では、何とか衆院選で議席減を最小にとどめ、禊(みそぎ)が済んだ後は、「国民の皆さまの安全と国を守るため」という大義名分のもと、アメリカとの核共有を推し進め、憲法9条の2項を削除して自衛隊を国防軍と改称したいと思っているのではないか。
国会の党首討論でも自衛隊員の定数割れについて何度か言及していたが、それを解消するために、これも石破氏の持論である徴兵制を導入しようと考えているのではないか。
だが、政権支持率は44%で、内閣発足時としては3年前の岸田内閣と比べて5ポイントも低い。衆院選が石破首相の目算通りにいく可能性はかなり低いようだが、本稿では衆院選の議席予測を云々するものではないので、週刊誌各誌の当落予想を書き留めるだけにしておく。
文春(10/10日号)は、政治広報システム研究所の久保田正志代表と文春編集部が当落予想をやっている。
「自民にとっては、岸田文雄政権で離れてしまった『無党派層内の潜在的な自民支持層』の票をどれだけ取り戻せるかが議席を伸ばす鍵になる。ですが、盛り上がりに欠ける選挙戦となれば、無党派層は動きません。そのため、自民党は単独過半数(二百三十三議席)を大幅に割り込む二百十九議席と予測しました」(久保田代表)
■なぜ石破首相はここまで変わってしまったのか
公明党も7議席減の25議席。自公合計は244議席となり、国会運営上の安定多数(244議席)をやっと確保できるぐらいだと読む。逆に立憲民主党は131議席と大きく議席を増やすと見ている。
週刊ポスト(10月18・25日号)の予測はもっとシビアである。政治ジャーナリストの野上忠興氏と編集部で当落を予想している。
野党協力や候補者調整ができなくても、自民党は「53議席減」の202議席になるという。その理由は、自民党支持層が自民離れを起こしているからだと見ている。さらに野党の選挙協力がなされ、自民党への対立候補が一本化されれば自民惨敗だというのだ。
さて、党内野党、一言居士といわれていた石破首相がなぜ“変節漢”と呼ばれるようになってしまったのだろうかを考えてみたい。
私は2020年4月に月刊誌『エルネオス』で石破氏にインタビューしている。新型コロナウイルスが蔓延し始めた頃だったが、議員会館の自室で石破氏は、嫌な質問にも話をそらさず、2時間近くも熱く語ってくれた。
当時は一強といわれた安倍晋三政権時代だったが、ダイヤモンド・プリンセス号で多くの乗客がコロナに感染し、水際作戦も失敗するなど、日本政府の対応への批判の声が高まってきていた。その後、「アベノマスク」と揶揄される全家庭へのマスク2枚配布が発表されたが、これも不評だった。
■「深く納得する、そこが欠けている」
この一連の政府の新型コロナウイルス感染防止対策について石破氏は、
「一世帯にマスク二枚というところから始まって、一世帯三〇万円から、お一人様一〇万円に変わっていった。あるいは総理ご自身の渾身の力作だとは思うが、自宅で犬を抱いてお茶を飲む動画も、奥様が宇佐神宮にご参拝になったのも、都内の高級レストランで桜をバックにお食事をなさったことにも、『あれ?』と思った人はいたでしょうね。
マスクはないよりあったほうがいい。本当に困った人に三〇万円いくならそれでもよいとは思いますが、優先順位が違うんじゃないかということだと思うんです。
どれもこれも一〇〇%間違っているわけじゃない。ただその優先順位としてはどうだったんだろうね? ということだと思う。やっぱり国民の皆様が、私、国民がって言い切るのはあまり好きじゃないので国民の皆様がという言い方をしますが、そうだよねって深く納得する、そこが欠けているんだろうと思います。説明能力というのかしらね」
■安倍氏には「弱みを見せたら負けだと…」
当時、コロナ禍の中、安倍首相夫人の昭恵さんが大分県の宇佐神宮に参拝していたことが問題になったが、安倍首相は「問題ない」と退けた。森友学園の国有地売却疑惑で追及された時と同じですねと聞くと、
「あの時も、私や妻が少しでも関わっているとしたら、総理大臣はもちろん国会議員も辞めると断言された。関わっているはずはないし、これぐらい値引けなんて、そんなことをご自身も奥様もおっしゃるはずもないのであって、法的には何ら問題ないことですよ。だけど、それなら、関わっているとしたらという言葉はピッタリこないですね。
法的にはもちろん何の問題もないけれど、公文書が書き換えられたことや、それに関わったお一人の命が失われたことは本当に申し訳ないことでしたといえば、大勢の人がそうなんだねと思ったでしょう。
だけど安倍さんとしては、謝ったら終わりだ、弱みを見せたら負けだという強い信念みたいなものを感じますね」
当時としては、かなり踏み込んだ安倍批判を口にした。
■当時語っていた「政治家魂」とは
ノンフィクション・ライターの常井健一氏が中村喜四郎衆議院議員について書いた『無敗の男』(文藝春秋)の中の、「安倍政権の一番の貢献は、国民に政治を諦めさせたことだ」という言葉を石破氏に紹介した。石破氏は、
「中村喜四郎先生がおっしゃるように、国民に政治を諦めさせたなんてことは、我々政治家としては本当に申し訳ないことで、やっぱり政治は信じられる、というのを取り戻していかないといけません」
インタビューは、森友学園の国有地払い下げに関する文書改竄を命じられ、それを苦に自殺した近畿財務局の赤木俊夫さんの遺書をスクープした元NHK記者の相澤冬樹氏の話に及んだ。いくつものスクープをNHK在職中に放っているのに官邸と親しい報道局長に疎んじられ、退職して大阪の地方紙に移り、執念の末に赤木さんの遺書を公表したといった私に、
「相澤さんの諦めないというジャーナリスト魂は素晴らしいし、私はそれがなくなったらジャーナリストは終わりだと思います。NHKの上層部のお気に召せば、あれほどの記者だから、管理職として栄達し、理事にもなったかもしれない。だけどそれよりもジャーナリストとして大事なことがあるだろう、それは使命感だと思うんですね。
私たちも同じで、「大臣にしてやるから自分の考えを曲げろ」と言われたら、それならならないと言えるのが政治家魂だと、私は思っているものですから。
■「安倍批判」だけが存在感を示すやり方だった
――安倍総理や麻生財務相は、遺書には新しい事実がないから再調査はしないと言っていますが。
「だってあそこに名前が初登場の人もいるし、明確に『佐川局長の指示です』と書いてあります。これも新しい事実ですよね。それに対して、安倍総理や麻生大臣が、新しい事実はないとおっしゃることではない」
今読んでも、石破氏の安倍政権批判は鋭い。それがなぜ?
私は、安倍首相という強い権力者がいたために、それを批判する石破氏が輝いたのではないかと思っている。
民主党政権時代、野党自民党の総裁選に出馬するも、安倍晋三氏に敗れた。
その後、民主党政権が瓦解し、自民党が政権党に復帰した第2次安倍政権で、石破氏は幹事長に任命されたが、特定秘密保護法案に反対している市民団体のデモ活動を、「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と発言し、物議を醸した。
その後、石破氏は自身のブログで「テロ発言」を撤回して謝罪しているが、この頃は、安倍首相を補佐する役目に徹していた時期であった。
しかし安倍政権が長期にわたるにつれ、かつては総裁選で争ったライバルだった安倍氏が遠く仰ぎ見る存在になり、反主流派の一人として冷や飯を食う中で、存在感を示すためには安倍政権批判をすることだと考えたのではないか。
その後も2度、総裁選に出馬するが志を果たせなかった。
■ついに掴んだ政権は“長老”たちに握られている
今回の総裁選出馬は自身もこれが最後だと公言していた。党内基盤が軟弱で議員たちの支持の少ない石破氏には、菅義偉元首相や岸田文雄前首相の支援が不可欠であった。
そのために総裁就任直後から自説を引っ込め、戦後最速の解散・総選挙に踏み切り、世論に押されて裏金問題議員12人の公認を認めないと短時間で決めた。
しかし、石破首相は朝日新聞の単独インタビューに応じて、「自民党派閥の裏金問題で党内処分を受けた前衆院議員が今回の衆院選で当選した場合、選挙後に追加公認した上で、世論の動向を見つつ、政府・党の役職への起用を『適材適所』で検討する考えを示唆した」(朝日新聞デジタル10月13日 4:00)のである。
どうしてこう首尾一貫しない発言を石破首相は繰り返すのか。その背景には菅氏と岸田氏の“圧力”があり、さらに、両氏と関係が良好で、公明党とも太いパイプを持つ森山裕幹事長の存在があると、週刊現代(10月19日号)は見ている。
「国対委員長には旧森山派で事務総長を務めていた子分の坂本哲志さんが就任しました。選対委員長には進次郎さんが就任したものの、選挙を仕切るのは幹事長の仕事。森山さんが選対と国対を兼ねているようなものです」(政治部記者)
■謹厳実直な石破首相に「不穏な噂」
森山幹事長は大臣に旧自派閥や親しい人間を入閣させるなど、今や、「安倍―菅政権の二階俊博幹事長を超える可能性すらある」(同)と囁かれているそうである。
裏金議員を非公認にすることは、森山幹事長が慎重だったにもかかわらず石破首相が“ぶち切れて”強行したといわれるそうだが、あまりの自分の不甲斐なさにヤケクソになったのでなければいいのだが。
さらに、石破首相から総務会長就任を求められたが固辞した高市早苗氏が、選挙結果によっては党を割って新党をつくるという不穏な噂が永田町で駆け回っているといわれる。
選挙後に、石破首相は本格的な正念場を迎えることになりそうである。
一言居士、謹厳実直そうに見える石破首相だが、私生活でも不穏な噂があると文春(10月10日号)が報じている。
文春によれば“寄り添った”女性の噂はいくつかあったらしい。銀座のクラブのママに入れ込み通いつめていたという。
さらに美人と噂の高い秘書・吉村麻央氏との“関係”は、永田町ではつとに有名らしい。
20年以上政策秘書を務め、今回石破氏が総理になったことで彼女を総理秘書官に抜擢した。口さがない永田町雀は喧(かまびす)しいようだが、石破氏本人は文春の直撃に、「(男女関係など=筆者注)全くない。二十何年ですよ? 仮に何かあったとしたら、それは分かるって」と取り合わない。
だが、新ファーストレディになった妻の佳子氏は、少々ニュアンスが違う。
■党内野党でいたから輝ける人だったのでは
――秘書の吉村氏が愛人だと書かれたこともある。
「早い話、書かれることは気持ちよくないですよ。ただ他の先生でも、女性スタッフと一緒に行動していると週刊誌に書かれるでしょ? もちろん石破も気をつける必要はある」
そうは答えたが、
――疑ったことはない?
「疑ったことは……疑えばキリがないんじゃない?」
そして記者にこういったという。
「逆に何かおかしいことあったら教えてね。『ちょっと奥さん、危ないですよ! すぐに東京に来てください』って(笑)」
就任早々、こうした噂が流出するのは、何らかの政治的な意図がある。それが永田町の常識であると雑誌屋の私は思っている。
石破首相が切望し、臥薪嘗胆の末に手に入れた首相の座は、彼が考えていたほど座り心地のいいものではなく、針の筵(むしろ)と化しているようである。
「やはり野におけ蓮華草」。石破茂という人は、党内野党でいたから輝いたのであって、自分から光を放つ存在ではなかったようである。
石破政権は短命に終わる。永田町雀やメディアの多くはそう見ている。石破首相がその見方を覆すためには、言葉だけではなく、“国民の皆さま”が真に納得と共感ができる政をするのかどうかにかかっている。
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ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)
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