3歳児にも"脱毛一択"の価値観を刷り込む…「体毛コンプレックス」をもたせて金儲けするルッキズムの是非
プレジデントオンライン / 2024年10月18日 10時15分
脱毛業界といえば、主に美容意識の高い成人の女性や男性向けのサービスだが、最近は新たなターゲットを発見したようだ。高齢者と子供だ。
高齢者に対しては、将来介護を受ける際に下の毛が「恥」や「不快」になるといった広告が展開され、脱毛を促す動きが見られる。
それだけではない。最近では、子供にレーザー脱毛のサービスを提供している小児科もあるのだ。朝日新聞2024年8月24日付の記事「広がる子供の脱毛、3歳から可も 『心の悩み解決に』と小児科医院」は、小4から高3を対象にレーザー脱毛を提供している医療クリニックが、「子供のウェルビーイングを考え、心の健康も重視してきた」と言い、数年前から個別の事情に即して脱毛治療を行ってきたと報じている。
体毛に関して「深刻な悩み」を持つ子供が脱毛の処置をするケースはあるだろう。それは否定されるべきではない。ただ、「体毛」を子供のコンプレックスや対人関係の問題として記事にし、幼少期から解決すべき「ウェルビーイング」の課題として、大手紙が結果的に“商売”に加担をしているような構図は正しいことなのか――。
本稿では、広告、ジェンダー、教育社会学の専門家に取材し、他国の取り組みと比較する。
■ウェルビーイングの本来の意味とは?
近年、よく耳にするようになった「ウェルビーイング」。文部科学省は、この言葉を以下のように定義付けている。
▼多様な個人がそれぞれ幸せや生きがいを感じるとともに、個人を取り巻く場や地域、社会が幸せや豊かさを感じられる良い状態にあることも含む包括的な概念。
ウェルビーイングとは、2007年の世界金融危機以降、“GDPでは捉えられない”人々の満足度や社会の進歩を計測し、それを政策に反映するために注目された言葉だ。要は、資本主義における金銭的価値観では測れない、人々や社会の幸福な状態を測るためのコンセプトである。
それが日本では商魂たくましい「美容・脱毛ビジネス」に使われ始めていることになる。どうにも本末転倒な話ではないか。
■脱毛ビジネスがキッズに目をつけた理由は?
日本でいう「キッズ脱毛」は基本的に7歳から15歳を指すが、3歳から施術可能な脱毛サロンもある。なぜ、脱毛ビジネスはこのような若年層をターゲットにしているのか。
矢野経済研究所によると、近年、ナショナルチェーンの脱毛サロンが破産し、脱毛市場は縮小傾向にある。背景にあるのは、脱毛家電の進化だ。常連客である大人の女性などが自宅で用を済ませてしまう。だから脱毛業界は中学生以下を対象にした「キッズ脱毛」の市場に目をつけたのかもしれない。折しも少子化や物価上昇による節約志向が高まる中、子供関連市場だけは拡大し続けているからだ。
『ジェンダー目線の広告観察』の著者で、「#脱毛広告観察」をSNSで分析してきたジェンダー・写真表象研究者の小林美香さんによると、「全身脱毛サロンはまとまった金額のサービスに顧客を誘導し、その収益を広告に投入してさらに店舗を増やすビジネスモデルを確立した。広告を通じて『脱毛一択』という価値観を刷り込み、体毛へのコンプレックスを強調している面がある」と説明する。
■消費者トラブルを起こす脱毛ビジネス
一方、脱毛ビジネスはトラブルも多い。
国民生活センターの調べでは、18歳と19歳の消費者トラブル相談内容(2022年度)の第1位は「脱毛エステ」で前年度の6倍だった。成人になったばかりの10代が数百円で脱毛が受けられるといったスマホの動画広告に興味をもち、体験のため脱毛エステ店に出向く。その結果、通い放題プランを勧められて分割払いで契約してしまい支払えなくなる、というのがよくあるパターンだという。
SNSで炎上広告チェッカーとして活動し、広告倫理に関する講演やワークショップを行う中村ホールデン梨華さん(炎上から学ぶ社会をめざすAD-LAMP代表)は、「イギリスでは、レーザー脱毛の推奨最低年齢は18歳とされており、消費者保護(特に子供)が強化されている」という。
現在、同国政府は規制強化を検討中であるが、親の同意があればレーザー脱毛施術を受けられるという現実もある。アメリカやフランスもイギリスと同じだ。これらどの国もレーザー脱毛に年齢制限を設けているわけではなく、保護者の同意があれば未成年でも施術を受けられる。
しかし、日本と決定的に違うのは、多くのクリニックが推奨最低年齢を18歳とし、幼児や小中学生をターゲットにした脱毛広告を展開していない点だ。この違いを中村さんは次のように考察する。
「日本の広告規制は企業保護視点の“誤解を生まないことが目的”で、“消費者保護の視点”が少なく、企業や資本主義(お金を払って脱毛しようという考え)に迎合していることがうかがえます」
中村さんによると、フランス政府は消費者のメンタルヘルスを考えてインフルエンサーの発信コンテンツにも規制を導入しているという。インフルエンサーが投稿する写真や動画にフィルターや加工を使用した場合、視認可能な形でそれ(加工したこと)を表示することが義務付けられている。また、美容広告に関してはボトックス注射や「痛みのない手術」などの誇大宣伝も禁止されているそうだ。
若年層を対象にした脱毛広告は、トラブルを生むだけではなく、メディア・リテラシーのない子供に「体毛は恥ずかしい」というコンプレックスを抱かせてしまう懸念がある。そして保護者には「外見の悩みを解決するのがよい親だ」という偏った意識を刷り込む。結果、親は特に必要がなくても子供の脱毛を認め、推奨する。
■ウェルビーイングがマーケティング用語になる弊害
教育社会学の研究者である関西学院大学の桜井智恵子人間福祉研究科教授はこういった現象をこう分析する。
「『ウェルビーイング』が(本来の意味とは異なる形で)ビジネスの世界で広がり始めたということです。その結果、コンプレックスは市場価値によりどんどん生み出され、心のケアの問題にずらされてきました。こうした外見にまつわる価値観が子どもの人間関係に“排除”を生むおそれがあります」
いじめや差別を助長しかねないというわけだ。さらに、こう警鐘を鳴らす。
「家庭もコンプレックスをあおる価値観にリードされると、さらにビジネスのターゲットになり、自らが自らを搾取することになります」
桜井教授によると、「ルッキズム(外見や身体的特徴に基づいて他者を差別する思想)は自己の商品化が求められる末期資本主義社会の特徴とも言える」という。
脱毛広告のあり方を注視してきた研究者の小林美香さんもこう指摘して、問題提起する。
「ウェルビーイングなどの外来語が定着する過程で、社会課題が個人の問題に矮小化される傾向は日本ではよくあること。(前出の)朝日新聞の記事の場合は、“保護者が子供のコンプレックス解消のために良かれと思って対処すること”がウェルビーイングを目指す方法になっています。社会から課せられる規範への服従が前提になっている。それがウェルビーイングなのかと思うと、ゾッとします」
また、前出の広告専門家の中村さんは次のように子供対策を講じる必要性を訴える。
「心の悩み解決=ウェルビーイングのために、脱毛以外の選択肢がある状況を作るのが“多様性の担保”ではないでしょうか? 体毛はあって当たり前で、ルッキズムやコミュニケーションにまつわる教育を子供たちにすることが必要です」
本来、利益追求とは無縁の「ウェルビーイング」という概念が、ビジネスに利用されて子供の外見にまで及んでいる現状に対して、その言葉の本質をよく見直す必要があるのではないか――。私たち大人が、子供たちの真のウェルビーイングを考え、ビジネス戦略に惑わされずに冷静な選択をすることが求められている。
【取材協力】
小林美香博士(学術)
国内外の各種学校/機関、企業で写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画、雑誌やウェブメディアに寄稿するなど執筆や翻訳に取り組む。東京造形大学、九州大学非常勤講師。著作に『写真を〈読む〉視点』(単著 青弓社、2005)、『〈妊婦アート〉論 孕む身体を奪取する』(共著 青弓社、2018)がある。2023年『ジェンダー目線の広告観察』(単著 現代書館)、2024年9月『ジェンダー・クィア 私として生きてきた日々』(マイア・コベイブ著 小林美香訳 サウザンブックス社)を刊行。Twitter @marebitoedition
中村ホールデン梨華
炎上から学ぶ社会をめざすAD-LAMP代表
広告コンサルタントを経てブリストル大学修士社会起業論課程在学中。SNSにて「広告炎上チェッカー」(@Enjocheck)として活動する。広告倫理に関する講演やワークショップを行い100以上の広告を分析。炎上広告の市民による代案を展示する「市民広告 Towards Change展」を英国で開催。
桜井智恵子博士(学術)
関西学院大学人間福祉研究科教授。専門は教育社会学、思想史。単著に『教育は社会をどう変えたのか 個人化をもたらすリベラリズムの暴力』(明石書店)、『子供の声を社会へ 子供オンブズの挑戦』(岩波新書)、『市民社会の家庭教育』(信山社)など。Twitter @chie_sak
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ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 此花 わか)
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