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腐った肉・魚を出入口に吊るし、住民を退去に追い詰める…都心一等地の雑居ビルで見た「地上げ屋」の実態

プレジデントオンライン / 2024年10月25日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ferrantraite

都心の一等地では、いまでも悪質な地上げが行われている。住民たちが”不動産業者”による執拗な嫌がらせを受けても、警察や行政が対応するのは難しい。NHK取材班がまとめた『人口減少時代の再開発』(NHK出版新書)からお届けしよう――。(第3回)

※本稿は、NHK取材班『人口減少時代の再開発』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。

■「高層ビル開発」が止まらない東京

高度経済成長期に建てられたビルなどが更新時期を迎えている日本。古い建物をまとめて取り壊し、高層ビルやタワーマンションなどを建てる再開発事業が各地で盛んに行われている。首都圏はもとより、たまに訪れる地方都市でも、駅に降り立ったとき、「知らない間にここにも高層ビルが……」と驚かされることがしばしばある。

ただ、開発が顕著なのはやはり東京だろう。ここでは近年、本当に街の至るところで、高層ビルによる開発が行われている。都心には、2023年に地上64階、高さ330メートルの麻布台ヒルズ(港区)が開業。現代アートのような特徴的な外観で、大阪のあべのハルカスを抜く、日本一の超高層ビルだ。

湾岸部にも2024年に、東京オリンピックの選手村跡地にマンション群「晴海フラッグ」が誕生した。建設中のタワーマンションを含む19棟もの分譲マンションが立ち並び、入居予定者はおよそ1万2000人。新たに小学校や商業施設などもつくられ、まさに、新たな街一つが湾岸部に出現した形だ。

これ以外にも、東京では秋葉原(千代田区)、京成立石(葛飾区)、中野(中野区)、自由が丘(目黒区)、石神井公園(練馬区)など、各地の駅周辺で高層化による再開発計画が相次いでいる。

実際に高層ビルへのニーズは根強い。都心につくられる高層ビルはオフィスや商業施設などが入るが、今も需要が高いとされる。

また、各地のタワーマンションも相変わらず人気があり、新築マンションの平均販売価格は上がり続け、東京23区では2023年に初めて1億円を超えた(不動産経済研究所調べ)。この価格高騰は地価や建設資材の高騰などが背景にあるということだが、これだけ値上がりし続けても、その人気に陰りは見えていない。

■再開発ラッシュの背景にある「老朽化」と「開発競争」

この再開発ラッシュの理由として、まず挙げられるのが駅周辺の建物の「老朽化」だ。

都内にも1960年代から70年代にかけてつくられた建物は多く、また、いわゆる「木密地域(木造住宅密集地域)」と呼ばれる地域も数多く存在している。こうした地域では、耐震性や防災上の観点から建て替えが不可避とされ、再開発の大きな理由とされてきた。さらに、日本各地で地震が相次ぎ、東京でも首都直下地震への備えが急務となるなか、建物の強度を高める“更新”は必要と考えられている。

また、昨今激化している「都市間競争」も理由に挙げられる。とくに東京は日本全体が人口減少傾向にあっても、人口が今も増加し続けている(2023年8月時点で約1409万人)例外的な都市であり、ヒト、モノ、カネのすべてが集中し続けている。あくなき成長を希求する東京で、“選ばれる街”であり続けるため、その魅力を絶えず発揮し続けなければならないというのだ。

今や世界中から観光客が集まる秋葉原では、「電気街」や「サブカル」を体現したような駅前の雑居ビルなどがある一角を、高層ビルに建て替える計画がもちあがり、議論となっている。

洗練されたテナントがひしめく人気の街、自由が丘でも、駅前に高層ビルを建設する計画が進んでいる。両方の街とも、高い知名度がありながらも再開発計画がもちあがった背景には「変化し続けないと街として生き残れない」という危機感があるのだという。

■いまだに続く「悪質な地上げ」

皆さんは、この東京で進む未曾有の再開発ラッシュをどのように見ているだろうか。ちょっと話が脇道にそれるが、私たちがこのテーマを取材し始めたきっかけを述べさせていただきたい。

私自身は25年にわたる記者生活の中で、こうした不動産や再開発をテーマに取材した経験はほとんどなかった。だからというわけではないが、東京の中でも加速度的に駅前再開発が進む渋谷駅近くの職場に何年も通いながら、このテーマをあまり自分事としては考えてこなかった。

通勤で使う渋谷駅は、再開発に伴う大改修が何年も続き、新たな高層ビルが次々と建設されている。ただ、言い訳をするようだが、人の記憶というものはあいまいなもので、新たな建物により、街が更新されていくと、かつてそこにあったはずのビルや店、人の営みは次第に思い出せなくなっていく。私はこうした渋谷で続く再開発をもはや日常のものとして受容し、その変化に鈍感になっていた。

そんな再開発への考えが一変する出来事が2022年秋にあった。

それは、一人の記者から受けた「都心のある一等地で、悪質な地上げが行われています」という報告だ。

街の通りの人々のシルエットと影
写真=iStock.com/Oleg Elkov
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Oleg Elkov

■ビルの入り口につるされた「腐った肉と魚」

地上げは「不動産会社が土地を買いつける行為」で、そのこと自体は合法な取引とされる。ただ、その土地を買うため、地主や借家人を立ち退かせる過程で、しばしば嫌がらせが行われてきた。

悪質な「地上げ屋」が横行したのは、昭和のバブル経済期。首都圏では1年で地価が3倍に急騰したところもあり、住民を立ち退かせるため暴力団などが関与して住宅やアパートなどを打ち壊したり、傷害事件まで起きたりするなど深刻な社会問題にもなった。

その地上げが令和となった今も本当に行われているのか。最初はにわかに信じられなかったが、記者から現場の映像を見せられ、はっとした。

そこに写っていたのは都心の住宅街にある築49年の雑居ビル。その軒先にロープでぶら下げられていたのは生肉や魚だった。壁にはスプレーで落書きもされていた。

ビルの出入り口に吊るされていた肉や魚からは、異様な腐敗臭が漂っていた
画像提供=NHK取材班
ビルの出入り口に吊るされていた肉や魚からは、異様な腐敗臭が漂っていた - 画像提供=NHK取材班

調べると、このビルは2022年7月に地主から中小の不動産業者に売却されていた。現場周辺を取材すると、その直後からビルの住民のもとに深夜2人組が訪れて、引っ越し代は出すので2カ月以内に立ち退くよう求められたという。

「スーツを着た男2人が夜中の11時ごろにきた。『いったん考えるので日を改めてほしい』と言ったにもかかわらず、『いや、今すぐやってください』と言われた」(元住民)

結局、この住民は今後も夜中に何度も来られては迷惑だと考え、立ち退きに応じるハンコを押したという。ただ、入居者のなかには交渉に応じなかった人もいた。そうしたなか、行われたのがさきほどの悪質な嫌がらせだった。

■住民が嫌がらせをされても警察は動かない

いったい誰がこうした行為に及んだのか。

私たちの取材で、男たちはビルの新たな所有者である不動産業者の従業員であることがわかった。さらに、驚いたことに、その業者は首都圏の別の場所でも悪質な地上げを行っていたのだ。

都内の駅から徒歩5分ほどの住宅街。住民は一帯を所有する地主から、土地を借りて家を建てて住んでいたが、この地主が亡くなったことをきっかけに一帯の土地が不動産業者に売却され、そこから立ち退きが求められるようになったという。

そこに住む夫婦が取材に応じてくれた。夫婦は2036年まで土地を借りる契約を結んでいた。そのため、立ち退きに応じなかったところ、さきほどの男たちが現場に居座るようになった。隣の土地にテントを張って朝まで大音響で音楽を流したり、外出する時に後をつけたりしたという。住民は警察や行政に何度も相談したというが、男たちは聞く耳をもたなかったそうだ。

居座る4人組の男たち。朝まで大音量で音楽を流すなど、住民に対して嫌がらせを続けていた
画像提供=NHK取材班
居座る4人組の男たち。朝まで大音量で音楽を流すなど、住民に対して嫌がらせを続けていた - 画像提供=NHK取材班

「警察が『こういう行為をしないでほしい』と言っているのに、『ここは自分たちの土地なんだから関係ない』と突っぱねる。これだけの嫌がらせを受けているのに、(警察や行政が)一歩も入れないというのはどういうことなんでしょうか」(住民)

■大手デベロッパーが地上げした土地を所得していた

取材した記者も、改めて警察や行政に取材した。すると、やはり明確な犯罪行為でないと取り締まることはおろか、止めさせることも難しいということだった。

土地の取引は、主に地権者と民間の開発事業者との間の問題であり、民事不介入の案件とされる。ただ、その原則は個人間の紛争である場合に守られるものであって、今回のような嫌がらせがそれに該当するというのは違和感があった。

「地上げ屋」が設置した嫌がらせの張り紙
筆者撮影
「地上げ屋」が設置した嫌がらせの張り紙 - 筆者撮影

さらに、衝撃だったのは、この業者が首都圏の別の場所で地上げした土地では、大手デベロッパーがいわゆるブランドマンションを建設していたという事実だった。私たちは地上げに詳しい業界の関係者たちを取材した。すると、こんな証言が得られた。

「大手デベロッパーはコンプライアンス(違反)だ、反社(との関わり)だと騒がれるので、みずからこうした地上げには手を染めません。ほかの誰かがイメージの悪い地上げや立ち退きを行って、これらの土地を売り物に変身させないといけない。今回の業者のような“汚れ役”は実際には再開発に欠かせないのです」(地上げに詳しい不動産関係者)

さらに、私たちはある大手デベロッパーの幹部からも話を聞いた。幹部は、多くの新築マンションは正当な取引に基づく土地に建てられていると主張した。ただ、近年は首都圏、特に東京では開発できるまとまった土地が極めて少なくなっているとした上で、言葉を選びながら、こう続けた。

「デベロッパーの仕入れ担当ならどの業者がどういうスタイルで交渉しているか、ある程度認識しているはずです。その上で、多少強めの交渉をしていたとしても、許容できるレベルのリスクであれば、そういう業者から土地を取得することはあると思う」

■住民の声があるからこそ、真相が見えてくる

「このテーマは深掘りしたい」

私は10年来さまざまな番組で苦楽をともにし、このテーマにも通じているチーフプロデューサーに相談し、取材班を結成。半年にわたる取材の成果を2023年4月にクローズアップ現代「令和の地上げトラブル その実態は?」で放送した。

さらに、首都圏のマンション需要や再開発の現場で取材を重ね、夕方の番組「首都圏ネットワーク」やデジタルサイト「首都圏ナビ」の中で、「不動産のリアル」と題して2年近くにわたって、シリーズ展開を続けてきた。そして、これらの取材は本書のもとになる2024年1月のNHKスペシャル「まちづくりの未来~人口減少時代の再開発は〜」に結実することになる。

NHK取材班『人口減少時代の再開発』(NHK出版新書)
NHK取材班『人口減少時代の再開発』(NHK出版新書)

一連の取材で、私たちが大事にしてきたのが、不動産の専門家たちだけでなく、地権者や住民たちの声だ。実際に、私たちの放送や記事を見て、毎回身近な再開発やマンションの問題などについて、多くの方々から情報や意見が寄せられている。どの分野でも、専門的な法律や知識、さらに業界の慣習を知悉(ちしつ)していなければ、問題の所在が理解できない。

ただ、届けられた情報を読みながら痛感したが、この不動産という領域は、当事者たちからの声を聞いて初めて知ったり、気づかされたりすることがより多くあると感じる。だからこそ、皆さんからの情報提供は心からありがたい。

一方で、それに甘えてばかりいてもいけない。こうした再開発に関わる案件は、民間同士の取引に見えても、行政も許認可などで関わっている。それらの情報はオープンにされなかったり、目につきにくい担当部局のホームページに載せられたりしているだけだが、だからこそ、取材するこちら側の問題意識と感度が試されている。

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大河内 直人(おおこうち・なおと)
NHK首都圏局 遊軍キャップ
愛知県出身。1998年に入局し、静岡局、報道局社会部、新潟局で教育や貧困問題などを取材し、NHKスペシャル「ワーキングプアIII」「無縁社会」、クローズアップ現代「東大紛争秘録」などの番組制作にも関わる。社会部デスク、おはよう日本CPなどを経て現職。オープンジャーナリズムの手法と当事者目線からのリアリティを追求した「霞が関のリアル」「保育現場のリアル」「不動産のリアル」などのシリーズを展開。

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(NHK首都圏局 遊軍キャップ 大河内 直人)

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