とことん検査する医師は危ない…現役内科医が解説「本当に信頼できる名医」が初診で必ずやっていること
プレジデントオンライン / 2024年10月23日 8時15分
■「後医は名医」に思える理由
よく「最初に受診した病院で治療を受けたものの症状が改善せず、病院を変えたところ、別の病気だとわかった」という話を聞きます。
たとえば、「最初の病院では『胃炎の疑い』と診断されて胃薬を処方されていたが、なかなか治らないので別の病院を受診したら『膵がん』と診断された」といったものです。患者さんにしてみたら、「がんを見落とされた。医療ミスではないか」「前の医者は、ヤブ医者だったのでは」と感じるのは当然のことです。実際、医療ミスはゼロではないし、前医がヤブだったという事例もあるでしょう。
しかし、前医と後医で診断が異なる事例のすべてが、前医の能力不足によるものとは限りません。「後医は名医」という言葉があります。病気の診断は、時間が経てば経つほどやりやすくなります。病気が進むことで症状がより明確になってきますし、前医での治療があまり効果がなかったという情報は診断の大きな助けになります。だから、前医よりも後医のほうが名医だと思われやすいのです。症状が出たばかりの初期の段階では、たとえ後医にかかっても正しく診断されなかったかもしれません。
■初診での正確な診断は難しい
つまり、医師であっても初診の時点でピタリと100%正しく診断することは現実的には難しいのです。診療において正しく診断することは言うまでもなく重要なことですが、そこだけにこだわると、かえって診療の質を下げてしまうこともあります。
臨床医は「鑑別診断」といって、症状や年齢、性別、ご本人の既往歴や家族歴(家族の病気)を参考にし、可能性のある病気をいくつか想定しながら診療にあたります。たとえば、「胃に違和感がある」という訴えの患者さんが受診したとしましょう。本命は「胃炎」や「胃潰瘍」といった胃の病気です。もちろん、「胃がん」の可能性もあります。ただ、上腹部に症状が出る病気は、胃の病気以外にもたくさんあります。
「心筋梗塞」の典型的な症状は胸痛ですが、胸の痛みはないのに上腹部の痛みや違和感だけが生じることもあります。「急性虫垂炎(いわゆる盲腸)」は、病気が進むと右下腹部が痛みますが、初期はよく上腹部に症状が現れます。その他に「急性膵炎」「急性肝炎」「胆石症」「過敏性腸症候群」などが鑑別診断として挙げられます。「膵がん」の可能性も否定できません。
■検査をするほどいいわけではない
ここで早急に正しい診断をすることだけを目指すと、患者さんにさまざまな検査を強いることになりかねません。採血、心電図、レントゲン、上部消化管内視鏡(いわゆる胃カメラ)、腹部超音波検査、腹部造影CT、MRCP(MR胆管膵管撮影)などなど。
ここまで極端ではないにせよ、積極的に数多くの検査を行う病院もあります。また、そうした検査を望む患者さんもいます。でも、検査には苦痛や合併症のリスク、金銭的な負担というデメリットがあるのです。何でもかんでも検査すればいいとはいえないでしょう。残念なことですが、患者さんのためではなく、検査にともなう診療報酬や、誤診リスクを回避する「防衛医療」を目的として過剰に検査を行う病院もないとはいえません。
では、初診で最も重要なことはなんでしょうか。それは「緊急に治療を開始しないと致命的な結果を招く疾患」を見落とさないことです。ここでいう緊急とは、一分一秒を争うことです。「胃がん」や「膵がん」は早期治療が必要とはいっても、数日から数週間の治療の遅れはさほど問題になりません。一方で「急性心筋梗塞」を見落とすと、患者さんの生死にかかわります。初診時にさまざまな検査を行うよりも、緊急性の高い疾患をまず除外し、その後は経過を見ながら検査を追加していくほうがスマートな診療です。
■問診や診察で病名を絞っていく
ていねいな問診や身体診察は、無駄な検査を避けるために役立ちます。「高血圧」と「糖尿病」の治療中の患者さんが上腹部違和感を訴えた場合は、心筋梗塞の可能性を考えなければなりません。高血圧と糖尿病はどちらも心筋梗塞のリスク因子ですし、糖尿病による神経障害があると痛みを感じにくくなります。一方でリスク因子のない若年者の場合は、心筋梗塞である可能性はきわめて小さいのです。
症状がいつから、どのようにはじまり、どれぐらいの時間続くのかも重要な情報です。突然に起こった症状は心筋梗塞や「大動脈解離」といった血管系の疾患の可能性が高く、迅速な対応が求められます。一方で、1カ月前からの症状であれば緊急性のある疾患や急性の感染症の可能性は低いと判断できます。
こうした主訴以外にどのような症状があるのかも患者さんに確認する必要があります。上腹部違和感のほかに、体重減少や食欲不振があれば胃がんや膵がんといった悪性疾患の可能性が高くなり、発熱があれば急性虫垂炎や急性胃腸炎といった感染症の可能性が高くなります。
身体診察も欠かせません。眼瞼結膜(まぶたの裏)を診て貧血があれば「慢性の消化管出血」を疑いますし、皮膚や眼球が黄色になっていたら「胆道系の疾患による黄疸」の可能性を考えます。急性虫垂炎では、おなかの特定の場所を押さえると痛みを強く感じます。
もちろん検査は大切なものですが、過剰な検査が患者さんの負担を増やし、医療費の高騰につながることも忘れてはなりません。効率的で効果的な医療を実現するためには「本当に必要な検査は何か」を意識する必要があるのです。
■クリニックにも名医は多数いる
こうして緊急性のある疾患を除外したら、治療をしながら経過を診ることになります。経過が予想と異なれば、診断を適宜修正し、検査を追加します。最初に述べた「胃薬で改善しない胃炎疑い事例」なら、次に行う検査は上部消化管内視鏡でしょう。それでも症状を説明できる病変が見つからないなら、腹部超音波検査や腹部CT検査と進めていきます。
私はCTやMRIや消化管内視鏡ができる病院に勤務することが多かったのですが、クリニックではなかなかそうはいきません。その日のうちに採血の結果が出ないクリニックもあります。さらに自前の設備でできない検査は、紹介状を書いて他の施設に依頼することになります。でも緊急性のない疾患であれば、それで十分です。検査環境が整っていないという理由だけで、クリニックへの通院をやめて大病院へ行くのはもったいないと断言できます。クリニックには診療経験が豊富で腕のよい医師がたくさんいるのです。
私は大学院卒業後、地域で一番大きい病院に勤務していましたが、近隣のクリニックでは不安だという患者さんがよく受診されました。しかし、そうしたクリニックの院長先生は私が勤務していた病院の元内科部長だったりするのです。研修医に毛が生えたぐらいの私よりもはるかに腕のよい先生でした。
■「ドクターショッピング」は悪手
ただ、なかなか症状が改善しないときに病院を変えるというのは選択肢の一つです。しかし、病院を変える大きなデメリットは、それまでの経過がわかりにくくなることです。特に次々に病院を変える「ドクターショッピング」は無駄な検査ばかり増えて、よい結果にはつながりません。同じ医師にじっくりと経過を見てもらったほうが、結局のところ診断が早かっただろうケースもあります。
信頼できるクリニック(かかりつけ医)を見つけ、普段から継続して診てもらい、必要に応じて高次病院に紹介状を書いてもらう、というのが理想です。とはいえ、なかなか理想通りにいかないのが現実ですので、「病院を変えるな」とは言えませんが、こうした事情も理解した上で賢く病院を変えましょう。
患者さんが診療のよし悪しを判断するのは難しいですが、傾向としては、問診や身体診察をおろそかにして検査ばかりする医師よりも、丁寧に話を聞いて体を診察してくれる医師のほうがずっと信頼できるといえます。
また診断は確実なものではなく、必要に応じて追加の検査が必要になることもあると説明してくれる医師は、よい医師である可能性が高いです。ただ、そうした説明を「医師の自信のなさの現れ」だと感じてしまう患者さんも少なくないでしょう。診療の現場では、患者さんと医師との信頼関係が大切だということをお伝えしたいです。
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内科医
医学部を卒業後、大学病院勤務、大学院などを経て、現在は福岡県の市中病院に勤務。診療のかたわら、インターネット上で医療・健康情報の見極め方を発信している。ハンドルネームは、NATROM(なとろむ)。著書に『新装版「ニセ医学」に騙されないために』『最善の健康法』(ともに内外出版社)、共著書に『今日から使える薬局栄養指導Q&A』(金芳堂)がある。
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(内科医 名取 宏)
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