「深圳の日本男児」はなぜ狙われたのか…習近平政権が隠す「日本に憧れる中国人が"異常な反日"にはしる理由」
プレジデントオンライン / 2024年10月21日 8時15分
■政府は「反日教育はない」と主張するが…
中国・深圳市の日本人学校近くで日本人男子児童(10)が刺殺された事件から1カ月以上が経過した。6月にも蘇州市の日本人学校のスクールバスのバス停で日本人母子が襲撃された事件が起きた。日本政府は中国側に原因究明を求めているが、中国側からの回答はなく、日本人学校などに対する反日的なSNS投稿の取り締まりを求めたところ、政府報道官は「中国には、いわゆる反日教育はない」と主張した。
5月には東京・靖国神社の石柱に中国人がスプレーで「Toilet(トイレ)」と落書きした事件もあったが、犯人の動機の背景には、中国の反日教育があるのだろうか。日本でよく取り上げられるのは愛国教育という言葉だが、反日教育と愛国教育はイコールのものなのか。中国の愛国教育について解説する。
今年1月1日、中国で「愛国主義教育法」が施行された。中国の報道によると、「ネットや文化施設での愛国宣伝に力を入れ、思想統制を通じて、中国共産党の一党支配を強化することが目的」で、従来からあった愛国主義教育を法制化したものだ。
■天安門事件で混乱した社会をまとめるため
今月、中国は台湾に向けて大規模な軍事演習を行ったが、台湾統一に向けて、台湾の人々への宣伝を強化する目的もあるとされる。具体的には、小学校から高校までの各教科書に愛国的な内容を盛り込み、家庭でも保護者が子どもに「愛国」を指導すること、偉大な祖国や中華民族、中国共産党への思い入れを高めること、などとされている。
では、愛国主義教育とは一体何なのか。日本では省略して愛国教育と呼ばれることが多い(以下、愛国教育)。1949年の建国後、徐々にその基礎ができてきたが、強化されたのは90年代、江沢民国家主席の時代になってからだ。89年の天安門事件で混乱した社会をひとつにまとめ、国民の求心力を高めるために進められたと言われている。
94年には「愛国主義教育実施綱要」が策定され、その後、全国各地にある戦争関連の博物館、記念館、中国共産党関連の施設などを愛国主義教育基地(以下、愛国基地)に指定した。全国に100カ所以上あるとされる。
■12年前、北京・上海の反日デモで見た光景
私が初めて中国の愛国教育を意識したのは、今から12年前の2012年9月。尖閣諸島沖で日本の海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件が起き、それをきっかけに中国全土100都市以上で反日デモが行われたときだ。
深圳の児童刺殺事件が起きたのは今年9月18日で、中国で93年前、満州事変の発端となった柳条湖事件が起きた日だったことから「日本人を狙ったのではないか」という声が多くあがったが、2012年のデモは9月17日に行われ、同じく、中国では最も敏感な日の前日で、ナショナリズムが盛り上がっていると言われた。
その当時、私は9月上旬から北京と上海に出張しており、そのときの状況を現地の人々に取材して歩いた。日本のメディアでは、「デモをしているのは主に80后(バーリンホー=80年代生まれの人々を指す)の若者たちだ。彼らは愛国教育を受けて育った世代なので反日的なのだ」と報道していた。
■むしろ日本に憧れを抱いている人が多い
しかし、実際に私が取材した数十人はそれを否定。そのときの取材ノートによると、彼らは、中国に漂う不穏な空気を感じとりながらも、日本に憧れを抱く人が多く、88年生まれの男性は、愛国教育について、こう答えてくれた。
「中国に反日教育はありません。そのような言葉はこれまで一度も聞いたことがないのですが、日本人からは何度も聞き、日本ではそう呼ばれていると知りました。
中国にあるのは愛国教育です。といっても、学校の授業に組み込まれているものではなく、たまに校外学習として、クラスの皆と愛国基地に行って見学するだけです。将来、共産党員になりたい人以外はレポートなどを提出する必要もありません。
歴史の授業では南京大虐殺など抗日戦争の歴史も学びますが、日本の近代史に関しては、明治維新の成功など、どちらかというと、日本の強さを紹介する内容のほうが私は印象に残っています。ですので、愛国教育は受けましたが、イコール反日教育とは言えない。若者が皆、反日的になるかというと、私は疑問です」
■不満の捌け口→日本叩きにつながっている
むろん、個人差、地域差、教師の思想の差、家庭教育の差などもあるので一概には言えないが、当時、北京や上海で行った私の取材の範囲では、80年代生まれの人々が必ずしも教育のせいで反日的とは限らないという意見が他の人々からも多く聞かれた。その頃はむしろ、アニメなどの影響で日本に憧れている若者が多く、「社会に不満を抱いている下層の人々が“愛国無罪”を口実にデモを先導したのでは……」という意見が多かった。
「愛国無罪」とは、「愛国心から行うことなら、罪にならない」という意味だが、この言葉は中国人が政府への不満を堂々と口にできず、その代わり、日本など外部に不満の捌(は)け口を求めた際に、「口実」としてしばしば使われてきた。
この言葉はその後もずっと使われ続けており、23年に福島第一原発の処理水問題が起きた際、中国から日本に大量の迷惑電話がかかってきた際などにも使われた。この言葉を使うことによって、免罪符ができ、政府から罪に問われないという逃げ道だったが、昨今の状況は、以前よりも深刻化してきていると感じる。
■習近平政権下での不満が溜まっている
コロナ禍以降、不動産不況などもあり、中国国内の経済が急速に悪化。生活に不満を持つ人が非常に多く、ここ数年、国内で無差別殺人事件が頻発しているからだ。日本人だけでなく、吉林省の公園でアメリカの大学教員なども被害に遭っており、病院やスーパーなどでの無差別殺人事件も起きている。政府は日本人児童刺殺事件について「偶発的だ」と言っており、その真偽は不明だが、国内では、犯人と面識やつながりのない中国人が被害に遭っていることは事実だ。
また、習近平政権になって以降、政治的な締め付けが強くなり、中国社会全体にストレスが溜まっている人が多いとの声も聞く。そのストレスの捌け口の一つがSNS上での誹謗中傷合戦だ。コロナ禍でも中国人同士のSNSを介した誹謗中傷がエスカレートし、社会問題となったが、冒頭で紹介した靖国神社で落書きをした中国人も、中国では有名な反日インフルエンサーだった。「愛国」を口実として反日的な投稿を繰り返し、それが同じような不満を持つ人々にウケて、英雄視されるようになったのだ。
SNS上での歪んだ愛国といえば、21年、大連で起きた事件を思い出す。9月18日を前にした8月、日中共同のビッグプロジェクト「盛唐・小京都」が開業したが、SNSで「これは日本の文化侵略だ」「日本に侵略された歴史を忘れたのか」と批判が大量に書き込まれ、一時営業中止に追い込まれた。政治と何の関係もないプロジェクトが「愛国」を理由につぶされたのだ。
■「海外を褒める=中国をけなす」と曲解される
21年は柳条湖事件から90年の節目の年で、中国メディアは大々的にそれを宣伝。その年は中国共産党創立100周年も重なり、政府が国威発揚につながる言葉で、メディアを使って国民を煽(あお)ってきたことも背景にあるのではないかと思われる。
当時、ある在日中国人からは、「最近、中国国内では、日本など海外を褒めること=中国をけなすことだと曲解され、SNSで猛批判を浴びてしまうことが増えました。ただ単に愛国といっても説得力がないけれど、具体的に“敵”(日本)の存在を強調すれば、説得力が増すからです。
アメリカに対しての批判もそうですが、戦争で戦った相手、日本への批判はとくにウケがよく、つい、そちらに流されてしまう(反日を主なテーマとして活動する)インフルエンサーも少なくありません。彼らは“商売”として反日を謳(うた)っていますが、それを真に受けて、反日と言いさえすれば、気分がスカッとするという人が一定数いるのも事実です」という話を聞いた。
中国は経済的に強くなったが、その独自のやり方やふるまいから世界では認められず、愛国教育を逆手にとることによって、日本や欧米批判に結びつけているとその人は話していたが、それは現在まで続いている。経済の低迷がますます過激な愛国へと傾いており、台湾問題もあって、一触即発の状況に近づいているとも感じる。
■「習近平思想をわが子に教えたくない」という人も
記事の前半でも紹介したように、2012年に私が取材した際、中国の愛国教育は、日本で当時報道されていたほど過激なものではなく、授業のカリキュラムには含まれていなかったし、当時はSNSも存在しなかった。私が中国の若者に対して、このテーマについて取材して歩くことも、躊躇なくできた。
だが、今年1月の「愛国主義教育法」の施行により、今後は授業に組み込まれるだけでなく、家庭での教育にも取り込むよう、保護者は求められる。21年に始まった習近平思想を学ぶ教科書は、小学校から大学までの必修科目になったが、愛国教育はそれに加えて行われることになる。
昨今、中国から日本に経営者など富裕層が「潤」(ルン=移住するという意味の隠語だが、中国から逃げるという意味合いが強い言葉)して来ることが増えているが、その中には政治リスクや財産の保全などの理由だけでなく、「中国の愛国教育や習近平思想をわが子に教えたくない」という教育面での不安を理由とする人も多い。今後、中国の愛国教育が中国人に、そして、日本にどのような影響を及ぼすのか、再び悲しい事件が起きないことを切に望む。
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フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)
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