え、まだやる気なの…主人公役の織田裕二不在でも「踊る大捜査線」の新作を作り続けるフジテレビに思うこと
プレジデントオンライン / 2024年10月19日 9時15分
■なぜ「踊る大捜査線」はドラマも映画も大ヒットしたのか
再放送で久しぶりに観た「踊る大捜査線」。主人公・青島俊作を演じる織田裕二の笑顔がまぶしくて、あの頃(90年代後半、いわゆる世紀末ね)の熱量を懐かしく思い出した。連続ドラマの映画化で大成功を収めた先駆者といってもいいだろう。
味を占めたフジテレビは「連ドラ→映画化」に力を注いできたが、興行収入で「踊る」を超えることはできていない。「踊る」の快挙はある種のレジェンドとなっている。なぜ、あれだけはねたのか。ドラマ戦略の成功例として振り返ってみる。
1990年代前半、台場はただの埋め立て地という印象だった。豊洲だって、今でこそ高級ベッドタウンだが、あの頃はススキが群生する野っ原だった。ベイサイドというよりは海っぺり。イベント会場のある晴海や有明は名も知れていたが、台場の知名度は微妙だったと記憶している。
ゆりかもめ、りんかい線(当時は臨海副都心線)が開通し、フジテレビが1997年に河田町から移転。「踊る大捜査線」は台場にある架空の警察署である湾岸署を舞台に、同年放送開始。あっという間に台場の知名度を上げたのだ。劇中、湾岸署は「空き地署」と揶揄され、空き地感たっぷりの風景も映し出された。
■「お台場」の街づくりに貢献
ことあるごとにフジテレビは「お台場に移ってから呪われた」と言われてきたが、「踊る」のヒットで、台場の町おこしならぬ街づくりに多大な貢献をしたことは間違いない。
レインボーブリッジを封鎖する(未遂)という設定を描いた映画版は、港区台場を観光地として確立させ、話題のスポットに仕立て上げたわけだ。周辺地域の地価上昇にも貢献したはずで、巨額の金が動いたことだろう。
そうそう、架空だった湾岸署も本当に新設された。港区ではなく江東区だが、実在の警察署(東京湾岸警察署)になったのである。罪を犯した芸能人がここに送られることが多く、「踊る」を知らない世代は「湾岸署=芸能人御用達」の印象かもしれない。
■「太陽にほえろ!」「あぶ刑事」に続く系譜
おっと、ドラマの中身の話をしなければ。ヒットの法則なんて書くといかにも煽りタイトルっぽいが、ドラマ界における「踊る」の立ち位置を再確認してみよう。
まず、本庁や本店と呼ばれる警視庁ではなく、所轄いわゆる警察署がメインのドラマで、ヒット作を振り返ってみる。
「○○署」と聞いて、中高年の脳内に浮かぶのは「太陽にほえろ!」(1972~1986年、日テレ)だろう。これは「七曲署」という架空の警察署が舞台だ。その響きといい、刑事たちの殉職シーンといい、忘れられない刑事ドラマである。
また、「港署」と言えば「あぶない刑事」シリーズ(1986年~、日テレ)。横浜を舞台におしゃれでクールなバディものとして、人気を博した。神奈川県警に港署はない。これを踏襲したのが湾岸署ではなかったか。
いや、他にも、タイトルにまんま入っちゃう西部署とか本池上署とか、「ゴンゾウ」がいる井の頭署とかもあるけれど、多くの人がピンとくるといえば、七曲署・港署・湾岸署かなと。雑にまとめてみました。
■「織田裕二が出演しない」ゆえの展開
もうひとつ、90年代の刑事ドラマを俯瞰してみよう。バブルがはじけた後もしばらくは愛だの恋だのが連ドラ界を席巻していて、刑事モノは下火だった印象がある。下火というか、2時間サスペンスドラマがまだ大量に制作されていたため、刑事モノ・警察モノはそっちの枠で埋まっていたわけだ。しかもド直球の刑事モノというよりは、鑑識班や監察医など、あの手この手で新奇性を探り始めた時代でもある。
昭和の名残としては、名刑事が活躍して「さすらったり、はぐれたり、はみだしたり」していた[ちなみにこれは伊藤沙莉主演、織田裕二が共演した「シッコウ‼~犬と私と執行官~」(2023年、テレ朝)で沙莉が放ったセリフ]。お化け長寿ドラマの「科捜研の女」や「相棒」はまだ始まっていない頃の話である。
そんな時代にヒットしたのは「人名タイトル」モノ。田村正和主演の「古畑任三郎」(1994年)、浅野温子主演の「沙粧妙子―最後の事件」(1995年)は、フジテレビがヒットさせた作品である。前者は軽妙洒脱で新しく、後者は猟奇的な事件を扱う流行にのり、主人公が病んでいる珍しさがあった。どちらも新鮮だった。
で、「踊る」はスピンオフ作品にこの流れを汲んでいる。『容疑者 室井慎次』(柳葉敏郎)、『交渉人 真下正義』(ユースケ・サンタマリア)、「逃亡者 木島丈一郎」(寺島進)、「弁護士 灰島秀樹」(八嶋智人)、「警護官 内田晋三」(高橋克実)など。樹形図のごとく広げまくった。
もちろん「織田裕二が出演しない」という背景もあるが、苦肉の策が結果的には警察ドラママニアを喜ばせるキャラ図鑑要素を満たしたのかもしれない。
■警察官もサラリーマン
「踊る」の最大の特長は、警視庁(本店)と警察署(所轄)の格差をかなりデフォルメした点だ。劇中では、殺人事件の帳場が立つ(捜査本部が置かれる)と、所轄の署員は総出で後方支援に回る様が描かれた。本庁の人間はヘリや車で集合し、態度もデカく、殺気立っている。
一方、所轄は捜査会議の会場設営、PCやらコピー機を運び、お茶や弁当(しかも高級)や差し入れの甘味(レインボー最中など)を用意し、一課の捜査員のための仮眠室の準備などに追われる。戒名(事件名)を決めて捜査本部の看板を書く仕事も所轄の担当。全員が駆り出されて大忙しだ。
捜査情報は本庁の捜査員だけで共有し、所轄には伝えない。所轄の刑事たちは、現場の交通整理やら運転手を命じられるか、しらみつぶしの人海戦術捜査を押し付けられるだけ。
ひどい格差だが、虐げられているからこその笑いも生まれるし、所轄の哀愁にはつい心を寄せてしまう効果がある。花形部署である警視庁捜査一課をここまで酷く醜く意地悪に描くのは、珍しかった。
ただし、この設定は物語の根幹でもある。しがない巡査部長である青島と、エリートコースを歩む管理官の室井の立場が違うことも強調しているからだ。
天真爛漫で正義感が強いものの、殺人事件の捜査をさせてもらえない青島と、エリートだがキャリア組の中では見下されて馬鹿にされている(東大ではなく東北大、一課のデカから田舎者扱い)室井は、反目する場面もあるが、警察の階級やメンツよりも人として正しくありたい「志」は同じ。ドラマも映画版も、根底にあるのは「青島と室井の信頼関係の構築」である。
■固定制ではなく変動制バディ
刑事モノといえばバディが定番だった。「踊る」も一見、青島と室井の「階級を超えた相思バディ」モノともとれるのだが、その構図だけではない。
いかりや長介演じる和久平八郎は、青島に刑事のイロハを教えた。「疲れるほど働くな」「正しいことをしたければ偉くなれ」と刑事魂を叩きこんだ長老バディである。また、深津絵里が演じる盗犯係刑事・恩田スミレも、青島に被害者の心情に配慮する姿勢を教えたバディだ。キャリア組で出世した真下(ユースケ)だって、青島に従順で優秀なバディと言える。固定制ではなく変動制バディのスタイルね。
青島が湾岸署で厄介者扱いされながらも信頼され、型破りな行動が許されるのはさらに問題のある人々が上にいるから。かの有名な「スリーアミーゴス」である。
湾岸署の署長(北村総一朗)・副署長(斉藤暁)・刑事課長(小野武彦)が魅せる、無責任&事なかれ主義の上層部のコント劇場は見事だった。腹立つどころか抱腹。ベテラン俳優陣の絶妙な間合いで、湾岸署名物を作りあげたのである。
おっと、忘れちゃいけない、湾岸署の名脇役は令和の今もドラマで活躍中。取り調べが苦手、フィンランド人の妻がいる魚住課長(佐戸井けん太)、刑事になりたくて刑事課長にお中元を贈り続けた森下巡査部長(遠山俊也)と、森下と競り合う緒形巡査部長(甲本雅裕)あたりも騒々しい湾岸署を彩った面々である。
■もうすでに踊らなくなった大捜査線
他にも、聴けばすぐに頭に浮かぶ劇中音楽、モノマネしやすいキラーフレーズなど、「踊る」が築き上げた世界観は耳にも残った。そして今でこそ主演級の俳優が犯人役や被害者役などのチョイ役で出演したことも、長く語り継がれる理由ではないかと思う。国民的アイドルグループの犯人役起用も話題を呼んだ記憶もある。
ドラマ版(連ドラ+SPドラマ)では、篠原涼子、小池栄子、松重豊に水川あさみ、渋川清彦(KEE名義)に阿部サダヲ、古田新太、仲間由紀恵など。全員、のちに地上波の連ドラで主役を演じた俳優たちだ(放火犯で宮藤官九郎もいたね)。
映画版では佐々木蔵之介や眞島秀和、津田寛治やムロツヨシなどが捜査員として紛れ込んでいるし、木村多江は看護師役で、神木隆之介は掏摸一家の息子役で出演している。
そうそう、「踊る」の頃は清楚系女優で柏木雪乃を演じた水野美紀が、紆余曲折を経て、令和ではすっかりコメディエンヌ&アクション俳優になったしね。
初期は街おこしのお祭り騒ぎで始まり、映画のヒットで花火を打ち上げまくったものの、織田裕二は出なくなり、いかりや長介も小林すすむも他界した。主要キャラがやむなく卒業した後、懲りずに風呂敷を広げてきたものの、「踊る」の文字が踊れば踊るほど、人々の関心は薄くなっていった感もある。
フジテレビの番組と強制的に融合し、次第に「踊る」の文字も消えていった。踊らなくなったのである。
■もう誰も終止符の打ち方がわからない
役者もキャラクターも長期間かけて育てる作品はなかなか生まれにくい時代、「踊る」がフジテレビにとってレジェンド&レガシーになったことは間違いないが、すがり続けるのは悪手ではないか。
役者陣もこの20数年で、他に主演作や代表作を生み出したし、「踊らにゃ損」ではなくなった令和に踊れと言われてもね。
ところが、まだまだやる気。え、まだやる? 柳葉敏郎主演の新作映画は二部作で展開中(ギバちゃんの義理人情で成立したか)。ここまでくると意地。そう、意地なのだ。織田裕二が出るまで続けるのか。いや、織田裕二も意地でも出ないか。2027年までやり続けて30周年までもっていきたいのか(テレビ局は「○周年」が何かと好きだから)。もう誰も終止符の打ち方がわからないまま、今に至る。
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ライター
1972年生まれ。千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。2010年4月より『週刊新潮』にて「TVふうーん録」の連載開始。2016年9月より東京新聞の放送芸能欄のコラム「風向計」の連載開始。テレビ「週刊フジテレビ批評」「Live News イット!」(ともにフジテレビ)のコメンテーターもたまに務める。
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(ライター 吉田 潮)
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