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「二刀流」でも「MVP獲得」でも「1000億円の移籍」でもない…全アメリカ人が大谷翔平の名前を知った瞬間

プレジデントオンライン / 2024年10月21日 14時15分

米大リーグ、メッツとのナ・リーグ優勝決定シリーズ第4戦の1回、2試合連続本塁打となる先制ソロを放ったドジャース・大谷翔平=2024年10月17日、ニューヨーク - 写真提供=共同通信社

アメリカ人は大谷翔平選手のことをどう見ているのか。現地でスタンダップコメディアンとして活躍するSaku Yanagawaさんの著書『どうなってるの、アメリカ!』(大和書房)より一部を紹介する――。(第1回)

■アメリカのスポーツ専門局による特大スクープ

2024年3月20日、衝撃のニュースが飛び込んできた。

「ロサンゼルス・ドジャースは大谷翔平の通訳、水原一平を『巨額の窃盗』の疑いで解雇」

オフに10年総額7億ドル(約1000億円)の超大型契約を交わしたスーパースターにまつわるこの一件は、当時スポーツ・ニュースでも大きく報道された。この一報をすっぱ抜いたのは『ロサンゼルス・タイムス』誌とスポーツ専門局のESPN。

とりわけ総力特集を組んだESPNで本記事を担当していたのはティシャ・トンプソンという女性記者だった。ホームページを見ると彼女の肩書きは「Investigative Reporter(調査報道記者)」とある。

より具体的には「リーグの性的暴行やハラスメントの調査、また民事や刑事事件、スポーツ・チケットなどの消費者問題、その他のスポーツと権力にまつわる調査を専門としている」と記されている。

日本のマスメディアがオフシーズンの間に大谷翔平の移籍先や結婚をこぞって報じている間に、スポーツ専門局ESPNでは連邦当局への聞き込み取材や、銀行情報のチェック、そしてドジャース球団へのインタビューなど賭博問題を丹念に調査していたという事実に、アメリカのジャーナリズムに対する姿勢を垣間見ることができるのではないか。

■「球界のスターと賭博」

いずれにせよ、各局のスポーツ・コーナーはこの問題を「スーパースターの一大スキャンダル」として報じた。ひと足さきに韓国でパドレスとの開幕戦を迎えていたドジャース。

この時点で他の球団はまだ開幕前であり、また例年この時期は「マーチ・マッドネス」と呼ばれるカレッジ・バスケットボールのプレーオフと重なるため、MLBのニュースはスポーツ・コーナーにおいてもそこまで時間が割かれないのが通例だが、それでも賭博問題はスポーツ界全体の注目事として扱われた。

「球界のスターと賭博」という見出しに、多くのアメリカ人がピート・ローズを想起したに違いない。

MLBの歴代最多安打記録を保持するピート・ローズは監督を務めていた1989年、自身の試合を含む多数のMLB公式戦に賭けていたことが発覚し、永久追放処分を受けている。

大谷翔平はもちろん、当の水原一平も野球賭博には関与していないため、永久追放処分とはならなかったが、多くのベースボール・ファンが一時、最悪の事態を思い描いた。

数日後にはMLBのみならずFBIやIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)が調査に乗り出し、ますます報道は加熱していった。日本でも連日、この一件がどの局でも「ニュース」として大きく扱われていたと聞く。

■お茶の間の関心の的に

アメリカでは、スポーツ界でこそ大ニュースとして報じられていたものの、あくまでもスポーツの枠組みの中であり、一般のセクションにまでクロスオーバーすることは稀であった。

「稀であった」と記したが、私自身2022年からMLBの記者として記事を書くようになった立場から、連日注意深くテレビのニュースを観ていたが、CNN、NBC、ABC、CBS、FOXニュースのうち、一週間スポーツのコーナーを飛び越えて扱った局はなかった。

ちなみに、この時期は「トランプの民事裁判の賠償金問題」や「ボルチモアでの橋崩落」「ボーイング社の相次ぐ不備」「トランプが聖書を発売」などのトピックが「メイン」のニュースとして扱われていた。

アメリカでは、そのニュースが人々の関心をどれだけ集めているかを測る際、夜の帯トークショーの冒頭で司会がジョークにするかがひとつの「バロメーター」になる。

実際、3月下旬から4月上旬にかけて、上記の「メイン・トピック」はNBCのジミー・ファロンとセス・マイヤーズ、CBSのスティーブン・コルベア、ABCのジミー・キンメルがこぞってネタにしてお茶の間に届けた。

撮影中のテレビスタジオ
写真=iStock.com/simonkr
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/simonkr

■ミズハラ、オオタニで笑いが起きる

一方で、大谷問題をモノローグにして届けたのは、ジミー・キンメルの『ジミー・キンメル・ライブ!』のみだった。

この年オスカーでも司会を務めた国民的コメディアンのジミー・キンメルは切れ味の鋭い語り口で知られるが、報道翌日の3月21日の番組冒頭で、スタジオに詰めかけた観客に向かってこう語った。

「野球のシーズンインが間近だね。でもドジャースの“7億男”大谷の通訳、イッペイ・ミズハラが解雇されたんだって。ミズハラが実際のところ野球に賭けていたかはまだわからないけど、ひとつ言えるのは彼の髪型がピート・ローズとそっくりだってことだ」

と、ふたりの同じ髪型の写真を紹介すると会場には大きな笑いが起こった。

Moto "Club4AG" Miwa from USA - Angels vs Mariners 2019-6-8 Anaheim Stadium, CC 表示 2.0, 
皮肉にも全米が大谷翔平を知るきっかけになったのはこの人から - Moto "Club4AG" Miwa from USA - Angels vs Mariners 2019-6-8 Anaheim Stadium, CC 表示 2.0, 

その上で、

「ちなみに翔平はまだメディアに対して何も語っていない。だって通訳を解雇しちゃったから」

と大谷のこともジョークにしてみせた。

■英語を話さないベースボール・スター

上記の4つのトークショーはすべて全国に放送されているが、この『ジミー・キンメル・ライブ!』のみがロサンゼルスのスタジオから、ロサンゼルスの観覧客を前に生中継されている点は見逃せない。

東海岸のニューヨークから生放送されている他の番組と異なり、『ジミー・キンメル・ライブ!』は「地元」のコメディアンが「地元」のスタープレーヤーを「地元」の観客の前で語った「ローカル」なジョークと見ることもできる。

ローカルなスポーツの話題が、モノローグを通して、カメラの向こうのベースボールファンにも伝播し、広くアメリカ中のお茶の間に届けられた瞬間でもある。

そして、報道が加熱した3月26日には、ついにニューヨークから中継されているスティーブン・コルベアの『レイトナイトwithスティーブン・コルベア』(CBS)でもコントとして扱われる。

大谷がマスコミ向けに行った会見に、合成映像で「新通訳」としてコメディアンのブライアン・スタックを登場させ、メチャクチャな通訳をする内容で観客の笑いを誘った。

■大谷がポップカルチャーになった

ここでジョークにおける扱われ方が、ジミー・キンメルのモノローグと、コルベアのコントで同じ角度だったことは興味深い。つまり、英語を話さないベースボール・スターという表象がこれらのジョークの根幹にあることは明らかだ。

7シーズン目を迎え、日常では流暢な英語を話すシーンが紹介されている大谷翔平。それでも、インタビューの際には水原一平が通訳をして彼の言葉を届けていたため、多くのアメリカ人がその「声」をリアルに感じる場面は多くない。

必ずしも野球に興味があるわけではないアメリカの視聴者に届けられた大谷翔平の表象は「声なきベースボール・スター」というものだった。

それでも、スティーブン・コルベアのショーに、大谷翔平が登場した現象はひとつのセンセーションと捉えることもできる。日本人のベースボール・スターが、アメリカを代表する番組でポップカルチャーとして「ネタ」になったのである。

■誰もが知る日本人に

それまで大谷がMVPを獲得しても、二刀流として数々の偉業を達成しても、あくまでもベースボールおよびスポーツの枠組みを出ることのなかったプレゼンスは、この一件で皮肉にも全米のお茶の間に到達した。

Saku Yanagawa『どうなってるの、アメリカ!』(大和書房)
Saku Yanagawa『どうなってるの、アメリカ!』(大和書房)

これ以後、ロサンゼルスから遠く離れたシカゴのコメディ・クラブでも大谷や水原の一件をジョークにするコメディアンが増えた。観客もそれに笑い声を上げることが、このニュースが大衆に届いたことの何より大きな証であろう。

そして、その背景には当然、ベースボールというアメリカの古き良きカルチャーを先導する日本人プレーヤー、大谷翔平へのリスペクトが存在する。

ジョークとして成立するまでの「存在感」と大衆からの全国的な「リスペクト」を集めた大谷翔平というベースボールのスーパースターは、今シーズンもグランドでホームランを量産し、お茶の間でも少しずつその「声」を拡大している。

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サク・ヤナガワ スタンダップコメディアン
1992年生まれ。大阪大学在学中に単身渡米し、シカゴの名門コメディ劇団「セカンド・シティ」でデビュー。現在はシカゴの複数のクラブにレギュラー出演するほか、全米各地でヘッドライナーとしても公演。 2021年フォーブス誌「世界を変える30歳以下の30人」に選出。2022年にはアメリカ中西部で最大のコメディ・フェスティバル”World Comedy Expo”のプロデューサー、芸術監督を務める。著書に『Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!』(産業編集センター)、『スタンダップコメディ入門 「笑い」で読み解くアメリカ文化史』(フィルムアート社)。

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(スタンダップコメディアン サク・ヤナガワ)

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