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「三国志」の劉備でも「西遊記」の三蔵法師でもない…中国人が愛してやまない「本当の英雄」が"クズ集団"なワケ

プレジデントオンライン / 2024年10月24日 18時15分

タイで行われた「始皇帝と兵馬俑展」(画像= Tris T7/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons)

中国社会にはどんな特徴があるのか。『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)を書いた紀実作家の安田峰俊さんは「中国では『宗族』と呼ばれる父系の同族集団が伝統的に強く、ときには数百年前の祖先まで意識する。そのため、日本よりも歴史に対する意識が強く、政治家やビジネスマンも当たり前のように古典文学を学ぶ」という。ライターの西谷格さんが聞いた――。(前編/全2回)

■『キングダム』は大人気でも、現代中国は嫌われている

――本書については『中国ぎらいのための中国史』というタイトルが過激すぎるという声もあるようですが。

とんでもない。内閣府の調査によると現在の日本人の86.7%が中国に「親しみを感じない」そうですから、いまは日本人の圧倒的多数が「中国ぎらい」。なので、この本のタイトルは「圧倒的多数の日本人のための中国史」と同じ意味ですよ。ただ、中国が日本にとって厄介な国だからこそ、彼らの歴史を知る必要があります。実は歴史は意外なほど現代中国の行動原理に影響を与えているので、中国史の知識は実用的知識なんです。

――日本人の9割近くが「中国ぎらい」のなか、一方では『キングダム』、『パリピ孔明』など、古代中国をモチーフにしたコンテンツは人気です。このギャップをどう捉えていますか?

日本人の大部分が、近代以前の「伝統的な中国」と、問題だらけの「現代の中国」を、それぞれ完全に別物と捉えているからでしょう。『キングダム』『三国志』のような伝統的な中華世界を描いた古典の世界は、一種の異世界ファンタジーの世界。習近平が台湾海峡で軍事演習をおこなっている現在の中華人民共和国とは、切り分けられています。

実はこうした傾向は今に始まったことではありません。日中戦争が起きた1930年代には、現実の中国とは戦争状態なのに、日本では三国志ブームが起きました。横山光輝の漫画『三国志』のモチーフになった吉川英治の小説『三国志』も、この時期に発表されています。

ただ、注意したいのは、伝統的な中華世界と現代の中国に「別物」感があるのは、日本人の一方的な感覚でしかないことです。一般には「中国は王朝が変わるたびに記録を焼き捨てるので歴史が残らない」とか、「文化大革命で伝統が全部破壊された」みたいな珍説もありますが、これらも間違いか不正確です。もちろん文革の被害は深刻ですが、数千年以上の伝統を数年〜十年の社会運動で消滅させるのは不可能ですから。

中国人にとっては、古典中国と現代中国は何ら切れ目なくシームレスに繋がっている。ここに日中間のギャップを解くカギがあるのです。

■中国人は「ファミリーヒストリー」にこだわる

――中国人が太古の昔と現在をつなげて捉えるのは、なぜなんでしょうか?

紀元前から面々と続く雄大な歴史はシンプルに「スゴい」ので、自信につながっているというのがひとつ。また、血縁関係の繋がりの深さも大きいと思います。世界的に見れば日本が薄すぎるのかもしれませんが、中国は親戚付き合いを非常に重視します。

安田峰俊さん
撮影=プレジデントオンライン編集部

中国には伝統的に、父系の同族集団「宗族」の概念がある。その意識の強さは地方や階層によっても違いますが、社会保障の弱い中国では、家族や親族が相互扶助の基本単位として機能しているのは事実です。おばあちゃんの誕生日のためにレストランを貸し切って、ものすごく遠い親戚まで何十人も集まってパーティー、みたいなことも普通にありますから。日本でも法事みたいなものはありますが、開催頻度も呼ばれる人の範囲も、中国の方がずっと大きい。

そうなると、祖父母のさらに前の代といった繋がりも身近になり、ファミリーヒストリーも重視されがちです。どこまで史実に基づいているかは別として、我々は劉備の末裔(まつえい)だとか、「500年前のご先祖は○○省に住んでいた」みたいな話は、親戚の集まりに顔を出している限りは共有されていく。問題点は、文化大革命や天安門事件のような気まずい歴史は伝承されにくいことですが。

ちなみに、近年ではこうした濃厚すぎる親戚付き合いに嫌気が差す人も増えており、春節(旧正月)休みには海外旅行に行って親戚関係の呪縛から逃れるという人も出てきています。ただ、中国の家族・親族関係の濃厚さは社会構造に由来する部分も大きいので、容易には薄れません。

■「人気アイドルの先祖」がゴシップネタになる

――有名人の先祖についても、日本人だとよほどの名家の出身者以外は、せいぜい祖父母の代、明治〜大正ぐらいまでしか意識しませんよね。「岸田さんも石破さんも世襲だ」くらいのことしか言われない印象です。

中国人にとって「有名人は誰の子孫か?」は気になる話題なんですよね。中国に関暁彤(グァン・シャオトン)という女優がいます。韓流アイドルグループ「EXO」の元中国人メンバーの鹿晗(ル・ハン)の恋人としても、一部で有名な人です。

中国人女優の関暁彤(グァン・シャオトン)さん
2016年に撮影された中国人女優の関暁彤(グァン・シャオトン)さん(画像=Aco/CC-BY-2.5/Wikimedia Commons)

彼女は少数民族の満州族の出身ですが、祖先が清代の満洲貴族のグワルギャ氏の家系だったのか、隷属民の包衣(ボウイ)だったのかという話が芸能記事になっている。本人は別に「私は貴族の末裔」みたいな売り出し方をまったくしておらず、先祖を公開しているわけでもないのに、外野が勝手にルーツ探しをして、それがゴシップになってしまう。彼女は1997年生まれで、日本でいえば生田絵梨花や松井珠理奈と同世代の女性なんですが(笑)

■真偽不明の「ルーツ神話」に関心が集まる

――ほかにも祖先が話題になった有名人はいるでしょうか?

たとえば習近平についても、中国のネット上には祖先のルーツをさぐる記事が削除されずに残っています。いわく、習氏の源流は春秋時代に貴州省付近に存在した「しゅう(魚偏に習)国」の民で、やがて魚偏を取って「習」を名乗ったと。一族からは前漢の襄陽公・習郁(しゅういく)と東晋の歴史家・習鑿歯(しゅうさくし)が出たと。

その後、江西省臨江府に住んでいた習近平の十数代前の祖先は、14世紀の明代初期に河南省南陽府の習営村に移って子孫を増やし、その子孫の一人である習永盛(しゅうえいせい)は、清朝末期に凶作と蝗害(こうがい)に苦しんで陝西省富平県に移った。この人が習近平の曽祖父である……と。

もっとも、これは習近平が偉い人だから特別に話が残っているわけではなく、中国人の多くが、真偽は不明ながらこの手のルーツ神話を持っているわけです。そして、有名人についてはそのルーツ神話そのものが、世間の人の関心事になると。中国はそういう国です。

■熾烈を極める中国の受験競争

――血縁を重視する中国社会で、ほかに特徴的な事例はありますか?

中国の大学受験「高考(ガオカオ)」は全国共通の試験を受けるのですが、地元でトップになると日本の比ではないレベルで崇め奉られます。各省の文系・理系の上位者は、メディアで名前が公開されます。その1位は「状元(じょうげん)」、第2位は「傍眼(ぼうがん)」、第3位は「探花(たんか)」と呼ばれますが、これらは王朝時代の官僚登用試験だった科挙に由来した呼び名です。

地方の名門一族の出身者の場合、「○○君、状元及第」などと書かれた横断幕を高級車に貼り付け、本人を乗せて街をパレードさせることもある。日本に置き換えれば、甲子園優勝チームやオリンピックのメダリストぐらいの“地元の英雄”として扱われるわけです。

TikTokに投稿されたパレードの様子
提供=安田峰俊氏
TikTokに投稿された、高考の成績最上位である「状元」となった学生を称えるパレードの様子 - 提供=安田峰俊氏

近年、中国の大学受験で英語ではなく日本語を選択する受験生が増えていますが、これは少しでも高得点を取れる可能性のある科目を選ぶという、一種の受験テクニックです。中国の人口は日本の11倍ですが、大学受験者数は26倍にもなり、競争は極めて熾烈(しれつ)です。

■カンニング対策はテロ対策並みの警戒レベル

カンニングへの情熱もすさまじく、米粒サイズのイヤホンや消しゴム型の液晶ディスプレイなど、さまざまなグッズの存在が明るみになりました。大学側もテロ対策並みの厳戒態勢を敷き、金属探知機や電波遮断装置などを多用しています。さらに、組織的な不正行為に対しては、刑法でかなり長期の懲役刑も定めています。

ところで、6世紀の隋の時代に始まり宋の時代に制度が整備され、清朝末期の1905年まで続いた科挙制度は、受験生に幼少時からの非人間的な詰め込み教育を強いて、実用的ではない儒教の知識で官僚としての能力をチェックするという、現代人の視点からは欠点も多い試験でした。しかし、カネやコネ、恩情といったさまざまな不公平が横行しがちな中国社会において、まだしも公平性が担保された制度だったという面もありました。

現代中国の高考も、やはり非人間的な受験勉強を強いる恐ろしい試験です。ただ、権力者や富豪の子弟でも貧しい農民の子弟でも点数のみでジャッジされることで、「中国で最も公平な競争」とも呼ばれています。不正の入り込む余地がゼロではないものの、就職や昇進などに比べれば、はるかに公平と言える。この点は、中国が過去に千年以上も科挙をやってきた社会であることと無縁ではないでしょう。

■登場人物が多すぎる『水滸伝』

――歴史や古典は、現代中国の自己啓発や組織論にも影響があるようですね?

中国の古典小説というと、日本では『三国志演義(いわゆる『三国志』)』が圧倒的に人気で、続いて馴染み深いのは『西遊記』でしょう。『水滸伝』は名前は知っているがストーリーまでは知らない人が多いのではないでしょうか。

『水滸伝』はさまざまな事情で社会からはみ出した108人の豪傑たちが、天然の要塞・梁山泊に集結する群像劇。日本で人気コンテンツとして成立しにくい理由は、登場人物が多すぎることも一因でしょう。三国志における劉備や諸葛孔明(諸葛亮)のようなストーリーの核となる人物がおらず、すくなくとも設定上では同程度の重みを持つ主要人物が108人。これは現代人にはしんどい話です。

ただ、『水滸伝』のほうが『三国志演義』や『西遊記』と比べて、中国人の気質や社会の本質を理解する上では有用です。

浮世絵師の歌川国芳が描いた「水滸伝豪傑双六」
浮世絵師の歌川国芳が描いた「水滸伝豪傑双六」(画像=国立国会図書館デジタルコレクション/PD-Art (PD-Japan)/Wikimedia Commons)

■リアルな中国社会が描かれているからこそ学びがある

――『水滸伝』と『三国志演義』にはどのような違いがあるのでしょうか?

物語で描かれている「組織」が違うんです。三国志演義は「桃園の誓い」に象徴されるように、漢の再興を目指す劉備という聖人君子的なリーダーのもとに忠誠心に篤い諸将が集まる。西遊記も観音様の命令で「天竺に経典を取りに行く」という明確なミッションがあり、やはり聖人君子の三蔵法師に忠誠を誓う孫悟空たちがしたがう。いずれも理想的なチームですが、現実の社会においてそんな素敵な人間関係はありません(笑)。

一方の水滸伝は、梁山泊に組織としての明確な目標はない。「王朝のため」という目的は後付けです。108人の豪傑たちも、個人的な義理人情を超えて組織や国家のために働く意識は弱い。彼らが梁山泊に来た理由も、「仲の良い人(義兄弟)がいるから」「罪を犯して逃げ場がないから」といった個人的かつ場当たり的なものがすくなくない。

明確な理念もなく集まった豪傑たちが好き勝手に振る舞う梁山泊という集団を、リーダーの宋江(そうこう)はそれなりにまとめあげます。宋江も聖人君子ではなく、割とクズなのですが、そういう人がお山の大将たちをまとめて、そこそこ結果を出す。これは中国社会では実に現実的な話です。

中国のローカルな組織で仕事をした経験がある人には「あるある」の話なんですが、中国の労働者は基本的に、上司の個人的な子分でもなければ組織への忠誠心は弱い。自己都合で転職も繰り返します。中国的な組織と付き合うなら、『三国志演義』よりも『水滸伝』のほうがリアリズムがあります。

中国のネット上に「『水滸伝』宗江の人材活用術」、「『水滸伝』における企業経営マネジメントの道」といった記事がいっぱいあるのも、そういうことなんでしょうね。

■中国に関する「雑な議論」は危険

――中国と向き合う上で、現在の日本にはどんな問題があるのでしょうか?

安田峰俊『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)
安田峰俊『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)

こうして見ていくと、歴史を知らずに現代中国を語ることが、いかに不用意か分かるはずです。実のところ、日本の中国史研究は相当な蓄積があるすごい分野なのですが、かつての日中戦争に協力したことの反省もあって、その知見が現代中国を語るために使われない時代が長く続いてきました。

ただ、中国の国力が日本を上回って現実的な脅威になっている昨今、さすがに過去のタブーを脱してもいいような気がします。また、中国に関して専門知にもとづかない粗雑な言説が大手を振るういまの言論空間は、明らかに不健全です。中国は経済的な依存関係が大きい一方、軍事やインテリジェンスの面では明確な脅威でもありますから、いまの日本で「雑な議論」は普通に危険でしょう。

中国の古典や歴史から、そこから現代中国を分析していくアプローチも、中国と対峙(たいじ)する上で必要なことだと思います。

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安田 峰俊(やすだ・みねとし)
紀実作家(ルポライター)、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員
1982年生まれ、滋賀県出身。広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。著書『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』が第5回城山三郎賞と第50回大宅壮一ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。他の著作に『現代中国の秘密結社』(中公新書ラクレ)、『八九六四 完全版』、『恐竜大陸 中国』(ともに角川新書)、『みんなのユニバーサル文章術』(星海社新書)、『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)など。

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(紀実作家(ルポライター)、立命館大学人文科学研究所客員協力研究員 安田 峰俊 聞き手=西谷格)

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