いかにも親玉然とした姿だった…ドラマ「地面師」で豊川悦司が演じたハリソンのモデルとされる人物の素顔
プレジデントオンライン / 2024年10月24日 17時15分
※本稿は、森功『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』(講談社文庫)の一部を再編集したものです。
森 功『地面師』に登場する実在の地面師たち
内田マイク
地面師詐欺の頂点に立つとされる犯行集団の頭目。1990年代後半のファンドバブル当時に「池袋グループ」を率いて暗躍。逮捕されて服役したのち、数年前にカムバック。ほとんどの主要事件で、その影がちらつく。
北田文明
内田と比肩する大物。金融通で銀行融資を組み合わせた“逆ザヤ”という詐欺の手口を編み出したとされる。地面師の中でも最も稼いでいる一人。
亀野裕之
不動産法規に通じた名うての悪徳司法書士。宮田を地面師の世界に引き入れた張本人で、簡単な書類の偽造なら自ら手掛けるほどの手練。世田谷事件で北田とタッグを組んだ。
■大物地面師・内田マイクに再び逮捕状が出た「世田谷事件」
「焼身自殺しようかと思った」
捜査員にとっては、仕事納めギリギリのタイミングだったといえる。2017年12月2日土曜日の午後7時過ぎのことだ。警視庁町田警察署刑事課の私服刑事が手分けし、東京都内の関係先を張り込んでいた。最大の捜査対象の一人が北田文明、そしてもう一人が内田マイクだった。
赤坂の駐車場をめぐって鈴木兄弟になりすまし、ホテルチェーン「アパグループ」から12億6000万円を騙(だま)しとった地面師たちを逮捕したのが11月8日から29日にかけてのことだ。警視庁捜査二課はそこから間髪を入れず、新たな捜査に乗り出した。それが、かつてNTTの寮として使われていた世田谷の土地・建物をめぐる詐欺事件だった。捜査当局の狙った北田と内田。二人が多くの地面師事件で中心的な役割を果たしてきたことは繰り返すまでもないが、この時期に彼らの本格捜査に踏み切ったのは、別の理由もあった。
内田マイクは、すでに2015年11月、杉並区浜田山の駐車場オーナーになりすました2億5000万円の詐欺事件で逮捕・起訴されている。それから2年後のこの年、東京地裁の一審、東京高裁の二審判決ともに実刑判決が下った。が、当人はこの間、控訴、上告して保釈中の身となり、相変わらず優良不動産を物色し、新たな事件の裏で糸を引いてきた。
一方、もう1人の北田もまた、詐欺事件の前科前歴がある。が、この数年は逮捕されていなかった。警視庁捜査二課にとっては、厄介な2人を野に放ったままだ。そんなときに着手したのが、世田谷のこの事件だった。警視庁捜査二課は2人のスター地面師を同時に捕まえられる好機だととらえていたのだろう。しかし、事件現場となった所轄署の刑事たちに本庁ほどの熱が入っていたわけではなかった。後述するとおり、そのせいで捜査はずいぶん迷走する。
■町田警察署と警視庁捜査二課が、内田&北田の逮捕に動く
11月に入り、元NTT寮をめぐる不動産の詐欺容疑は固まっていたが、主犯の一人と睨んだその北田の消息が途絶えた。帳場(ちょうば)を置いた町田署の捜査員たちの焦りは想像に難くない。帳場とは、捜査本部を指す捜査員たちの符牒(ふちょう)であり、そこに警視庁本庁捜査二課の応援が入り、具体的な捜査を展開する。
「北田が出てくるまで、ガラ(身柄拘束)は無理だ。見つけ次第、一挙にやるぞ」
本庁からそう指示された町田署の捜査員が北田を発見したのが、まさに12月初めの週だった。逮捕日は、検察に身柄を送検するまでの48時間の警察署内の勾留とそこから起訴するまでの検察留置の20日間から逆算して決めるのが、常道だ。12月下旬の仕事納めを考えると、北田の逮捕は年内にできるかどうかという瀬戸際だった。そうして町田署の捜査員が2日、関係各所をいっせいに家宅捜索した。
泡を喰(く)ったのは、もう一人の内田だった。たまたま留守にしていた自宅で、夫人が捜査員に応対した。夫人は隙(すき)を見て夫に連絡したようだ。
「北田と連絡が取れないんだ。どこにいるか、知らないか?」
夫人から自らの家宅捜索を知らされた内田は焦り、心当たりのあるところへ片っ端からそう電話をかけた。それが瞬く間に広がり、町田署が手掛ける事件にも内田がかかわっているのか、という噂(うわさ)が広まった。そして保釈中の内田はそこから行方をくらました。
■被害者は世田谷区にある元NTT寮の建物を購入した人物
世田谷の事件は、世田谷区中町にある元NTT寮の売買から始まっている。発生場所と詐欺の犯行現場が町田市だったことから、地面師のあいだでは「町田事件」とも呼ばれるが、本書では「世田谷事件」に統一する。ここでも内田と北田のコンビが暗躍した。
警視庁の本格捜査が始まったこのとき、内田と北田との連絡が途絶えたのは無理もない。内田が夫人から連絡を受けたときには、すでに町田署に北田をはじめとする4人の犯行グループが勾留されていた。正式な勾留請求は12月4日だったが、事前に身柄を押さえられていたのである。本来、被疑者を逮捕すれば記者発表する。が、警視庁は事件をすぐに公表しなかった。そこには慎重にならざるをえない理由もあった。
「騙されてから2年半、ようやくここまでたどり着いた。この間、警察も信じられなくなり、いっそのこと、町田署の前でガソリンをかぶって焼身自殺をしようかと思ったくらいでした。本当に長かった」
北田たちが逮捕されてほどなく、被害者である不動産業者、津波幸次郎(仮名)に会うことができた。詐欺に遭った当人は、そう本音を漏らした。
■被害総額は5億円、手練れの地面師3人が仕掛けた詐欺
事件が動き出したのは、発生から2年ほど経過した17年の春だ。それまで捜査は行きつ戻りつ、紆余曲折があった。捜査二課が実行犯グループの親玉と睨んだのが、北田文明であり、北田とともに犯行を練ったのが、内田だった。すでに不動産業界で名前の売れている北田は、本名の北田文明ではなく、北田明、あるいは北川明と名乗って事件に登場している。またここには、アパ事件で逮捕された元司法書士の亀野裕之も登場する。被害額は5億円。かなりの大事件だ。
世田谷事件には、内田や北田、亀野という地面師事件の常連が顔を出す。それだけに手口の共通点もある。が、その一方で事件からは新たな捜査上の問題も浮かび上がってきた。捜査のやり方が、地面師たちをはびこらせている要因の一つになっており、これも地面師事件の特徴の一つといえる。
■好立地のビルを二重に売買するという新たな手口
始まりは15年4月半ばだ。都内で不動産会社を経営する津波が、かつてNTTの従業員寮だった土地・建物の売却話を知り合いの不動産ブローカーに持ちかけられたことに端を発している。
NTTの寮だった鉄筋の建物は、東急大井町線の上野毛駅に近い世田谷の好立地にある。津波は建物をリフォームすればマンションとして使えると考えた。不動産ブローカーはそんな津波に対し、5億5000万円の買い取り価格を提示し、津波は5億円なら買うと答え、その売買価格で折り合った。
元NTT寮の持ち主である西方剣持(仮名)から犯行グループがいったん物件を買い取り、津波のような不動産業者に転売する。世田谷事件の手口もまた、これまでしばしば見てきた地面師事件と同じく中間業者を一枚噛(か)ませようとした。不動産業界では珍しくもない取引でもあるので、津波にもさほどの警戒意識はなかった。
もっとも、他の地面師事件とは決定的に異なる部分がある。それはなりすまし役が存在しないという点だ。地面師事件では、概して詐欺集団が地主のなりすましを用意し、不動産会社に売りつけるというパターンが多い。が、このケースは少し違う。いわば「なりすましの存在しない不動産詐欺」であり、犯行グループは持ち主と不動産業者の仲介者として登場し、最終的に不動産業者から振り込まれた購入代金をせしめた。
ごく簡単にいえば、売り主である地主は本物だが、買い主とのあいだに登場する仲介者が、売買代金を騙し取る。そこには、他の地面師事件にはないカラクリがある。
■地主になりすますことなく、堂々と購入希望者に会わせた
北田がその犯行計画を仕組んだ。名の売れている北田は「伍稜総建」や「東亜エージェンシー」といったペーパーカンパニーを取引の表に立て、なるべく津波との交渉現場に立ち会わないようにしていた。北田が支配する東亜エージェンシーは社長に松田隆文を据え、従業員の大塚洋とともに窓口として取引を進める形をとった。北田自身は必要最低限、要所要所で取引に登場しただけだ。詐欺は、最初から巧妙に仕組まれていた。被害者である津波が説明してくれた。
「われわれとしては、持ち主の西方さん、東亜エージェンシー、うちの会社というAからB、BからCという取引のつもりでした。本来、二者で取引をすればいいのだけれど、20回に1度くらいはそういう中間業者が介在するケースもあります。B社が物件を探してきてくれた紹介者という位置づけであり、そこに利益を落とさなければならないので仕方ありません」
世田谷の元NTT寮の売買で仲介者として使われたのが東亜エージェンシーなるペーパー会社だった。しかし、彼らが仕組んだ取引はこれだけではなかった。実は持ち主の西方と北田たちのあいだには、別にもう一つの取引が進行していたのである。
■内田たちは地主をだまし、同時に購入希望者もだました
かつてのNTT寮を所有してきた世田谷の地主西方は、都内のほかに宮城県仙台市内に山林を持つ資産家だった。
「NTT寮と仙台の山林の両方をセットで買ってくれるところはないだろうか。最低でも20億円で売りたい」
そう話している西方の希望を聞きつけたのが、内田であり北田だ。北田たちは二つ返事で地主の願いを引き受けた。
マンション用地として最適な世田谷の元NTT寮はすぐにでも買い手がつきそうだ。だが、仙台の山林の買い手として手を挙げる開発業者などそうはいない。そこで犯行グループはふたつの取引を巧みに使う、いわゆる「二重売買」を企んだのである。
津波は、不動産ブローカーに紹介された北田たちから、あくまで元NTT寮の買い取りを持ちかけられただけだ。一方で売り主の西方は世田谷の元NTT寮だけの売却を了承するはずがない。したがって取引が成立するはずはないが、津波はそんな事情など知る由もなかった。
そうしておいて北田たちは、仙台の山林と元NTT寮をセットで買い取るという触れ込みの会社を別に仕立てた。それが「プリエ」だ。これもまたペーパーカンパニーであり、北田は熊谷秀人という配下をその代表取締役社長に据えた。
プリエの熊谷は取引で茅島秀人と偽名を使い、持ち主の西方に対し、希望通り元NTT寮と仙台の山林を合わせて20億円で買い取ると約束した。
■取引と購入代金振り込みを急がせるのが地面師の手口
その一方で、北田たちは津波に対し、東亜エージェンシーが元NTT寮だけを持ち主から買い、5億円で転売すると提示した。まったく異なる2つの取引が進行しているとは知らず、津波は5億円の金策を銀行に頼み込んだ。
地面師集団に限らず、詐欺師が相手を騙すときには、取引を急がせる傾向がある。彼らにとっては、なによりどさくさに紛れて取引を進めるスピードが大事なのだ。実際、世田谷事件でも、津波に5億円の取引話が持ち込まれたのが15年4月半ばで、津波ははじめそこから2週間後の月末取引を要求された。
「他にも競争相手がいるので、グズグズしていると取引をさらわれてしまうよ」
北田の手下である松田はそう言って津波に危機感を植え付け、買い取りを急がせた。津波はさすがに4月中の契約は無理だと断ったが、そうそう先延ばしにすることもできない。そして5月に入り、具体的な取引の交渉が始まった。
不動産取引のプロである津波は、むろん持ち主の存在を確認するため、仲介者である東亜エージェンシーに、西方本人との面会や直接交渉を頼んだ。通常の地面師事件では、犯行グループがここでなりすましを用意するのだが、このケースでは本物が立ち会ったので、疑いの余地がない。津波は彼らの取引をなおのこと信じ込んだ。
<後編>に続く
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ノンフィクション作家
1961年、福岡県生まれ。岡山大学文学部卒業後、伊勢新聞社、「週刊新潮」編集部などを経て、2003年に独立。2008年、2009年に2年連続で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を受賞。2018年には『悪だくみ「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。著書に『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』『ならずもの 井上雅博伝──ヤフーを作った男』『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』など。
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(ノンフィクション作家 森 功)
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