「傷つく権利ないよね、仕事できないんだから」上司からひどい仕打ちを受けた女性が人事部で大活躍のワケ
プレジデントオンライン / 2024年11月4日 7時15分
※本稿は、若杉忠弘著『すぐれたリーダーほど自分にやさしい』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■仕事を回せて成果を出していても、ふと不安に思うこと
今、ビジネス環境が目まぐるしく変わっています。AIなどの新しい技術はあっという間に、今までのスキルや知識を陳腐化させると言われています。この速い変化に追いつくために、リーダーは、絶えず新しいことを学び、自分をアップデートし続ける必要に迫られています。
リーダーとして飽くなき成長を追求することで、企業の期待にも応え、自分も成功を手に入れることができます。しかし、このような頑張り方をし続けていると、ふと、こう思う瞬間が訪れるはずです。
「あれ? 自分はいったい、何のためにこんなに頑張っているのだろう」
「そもそも、自分は何をしたいのだろう」
仕事は回せている。それなりに成果を出せているときもある。でも、自分がわからなくなってしまうのです。そして、こう思うのです。
「果たして、このままの延長線上に自分のキャリアはあるのだろうか」
心理学の観点からすると、これは自然な結果といえます。外側からの期待や評価に応えようとすればするほど、内から湧き上がる本当の想いや情熱が抑え込まれてしまいます。外からの圧力で、自分を急き立てるようにモチベーションを高めていると、内発的なモチベーションが低下してしまうのです。
■疲労感や自己犠牲を減らし組織の成果を上げるには
こうして、自分らしく活躍したいと思っていた人たちも、知らず知らずのうちに、環境変化の渦に飲み込まれ、自分を見失いがちです。
自分を見失っているかどうかは、次の直球の質問に答えられるかどうかでわかります。
「あなたにとって、自分らしさとは何ですか」
この質問のバリエーションとして、こう聞いてもよいでしょう。
「あなたが、最も大事にしている価値観は何ですか」
こうした質問をされて、答えに詰まってしまう方もいるかもしれません。
こうした問いに答えるには、自分自身を内省する必要があります。この内省に役立つのが、今世界的に注目されている「セルフ・コンパッション」のアプローチです。
セルフ・コンパッションとは、ひと言で言えば、「自分にやさしくすること」。そうすることで、自分自身で心身を整え、安心感を得て、自信をもって前に進むことができます。セルフ・コンパッションの技術を身につけることで、疲弊感や自己犠牲感が減り、自分、チーム、そして組織の成果を効果的に生み出すことができます。
そして、このセルフ・コンパッションを実践することが、自分らしさを発揮することにつながるのです。
■自分らしさを発揮するための「3つのプロセス」
自分らしさを発揮するためには、どうしたらいいのでしょうか。先に、結論からお伝えしましょう。
プロセス② 価値観を見出す
プロセス③ 自分の価値観を体現する
このプロセスを図解すると、次の図のようになります。プロセス①から③にかけて、谷を下り、そこから上がってくる、U字の軌跡をたどります。
まずは、全体像を把握していただきたいので、早速、各プロセスの概要を紹介します。
<プロセス① つらい経験を受け入れる>
最初のプロセスでは、過去のつらい経験を思い出し、そのときに何が起きたのか、どんな気持ちになったのかを振り返ります。
自分らしさや価値観といった、ポジティブなものを発見したいのに、どうして、ネガティブな経験を振り返るのかと思われた方もいるかもしれません。「できれば、そんな経験思い出したくないよ」という声も聞こえてきそうです。
しかし、よく考えてみれば、私たちはポジティブな経験にくらべて、ネガティブな経験のほうが心に刻まれやすい性質をもっています。つらい経験は、人格の深いところにまで影響を及ぼし、その人らしさを形づくっていることが多いのです。そのうえ、普段はつらい経験を深く振り返ることをなかなかしません。
だからこそ、自分のつらい経験と、あえて向き合う時間をとる価値があるのです。
■つらい体験から見えてきた本来の価値観
<プロセス② 価値観を見出す>
次のプロセスは、自分らしさに気づく核心部分になります。ここでは、つらい経験を深掘りし、自分の大切にしている価値観を見出していきます。どうして、つらい経験から自分の価値観がわかるのでしょうか。
たとえば、ジェンダー差別で苦労してきたリーダーがいたとしましょう。このリーダーは、職場に公平性がないことに、繰り返し、やりきれなさを感じていました。そして、このつらさをよく内省してみると、つらさの中に、公平性を大事にしてほしいという想いがあったのです。
その想いに気づいたとき、公平性はこのリーダーにとって、なくてはならない重要な価値観になりました。これは1つの例ですが、つらい経験は、その人の大切な価値観を浮かび上がらせます。このプロセスでは、浮かび上がってきた価値観をすくいとり、言語化していくのです。
<プロセス③ 自分の価値観を体現する>
このプロセスでは、見出した価値観をどのように発揮するかを考えます。私たちは、心から大切にしている価値観を発揮することができたとき、喜びを感じ充実感をもてるものです。
自分の価値観に根差してリーダーシップを発揮すれば、仕事がやりがいのあるものに変わっていきます。このような働き方は、環境変化についていこうと日々あくせく働くのとでは、大きく異なります。このプロセスは、私たちの働き方を抜本的に変えるパワーをもっているのです。
自分を見失ったとき、この3つのプロセスが私たちの処方箋になります。
■困難な出来事を受け入れるプロセス
さて、3つのプロセスの輪郭が見えてきたところで、このプロセスのリアリティに迫っていきます。IT企業に勤める工藤由美さんのプロセスを追っていきましょう。
<プロセス① つらい経験を受け入れる>
工藤さんは、新卒で入社した1社目で、すぐに大変な目にあいます。上司に、きつい言葉を浴びせられたのです。
「言われたことしかできないのか?」
「傷つく権利ないよね、仕事できないくせに」
「君がつらいのは、君の勝手だよね」
「これ、やってもらわないと困るよ」
工藤さんは、アトピー性皮膚炎を患っていましたが、こうした言葉を浴びせられ、休ませてもらえませんでした。ストレスでかゆみは増し、30分おきにかきむしるような状況でした。自分はダメだと思っては、お酒を飲んで気分を紛らわせようとしていました。
ほかにも困難な出来事が起こります。転職して、現在も勤める会社での経験です。工藤さんは、新規事業を担当しました。自分で新しいメンバーも採用し、新規事業の立上げにまい進しました。しかし、結局、事業はうまくいかず、その事業から撤退することになってしまったのです。
上司からは追い打ちをかけるように、「新規事業の失敗は、工藤さんのせいだ」と言われ、深く傷つきました。言いたいこともたくさんありましたが、自分の責任にされた理不尽さに憤りを感じました。工藤さんには、自分の存在を認めてもらえなかったという、つらい気持ちが残りました。
■ありのままに受け入れてもらうと心が整う
<プロセス② 価値観を見出す>
工藤さんは、このような経験からどのような価値観を発見したのでしょうか。それは、「受容」でした。「受容」されなかった経験が、工藤さんに「受容」の大切さを気づかせてくれたのです。
工藤さんは、大変な思いをしているときに、同僚の中に、「ちょっと休んだら?」と声をかけてくれる人もいたことを思い出しました。アトピー性皮膚炎で顔が赤く炎症を起こしているときも、ある友人は、「隠さなくてもいいんじゃない?」と言ってくれたことがありました。
工藤さんは、「あっ、隠さなくてもいいんだ。自分らしくしていいんだ」と気づき、ほっとしたものです。こうした振り返りから、人の感情、想い、考えをありのままに受け入れてもらうことの大切さを、身に染みて感じたのです。
思い返せば、工藤さんは、職場で困っている人がいると、助けずにはいられない体質になっていました。後輩が落ち込んでいるのを見ると、思わず、「大丈夫?」と声をかけるようになっていました。
「お互いを受容し、お互いに助け合う」工藤さんは、このことを心から自分の人生で大事にしていきたいと思うようになっていったのです。
■受容して得た価値観を組織に広げる体験も
<プロセス③ 自分の価値観を体現する>
そんな工藤さんの姿勢が、管理部門を管掌している役員の目にとまります。工藤さんは、人事部のリーダーに抜擢されました。工藤さんはその役員から、既存事業を効率的に回すだけでなく、新しいことにどんどんチャレンジする文化をつくってほしい、というミッションを授かりました。
この打診に工藤さんはびっくりしましたが、もしかしたら、自分が大事にしたい、「受容」という価値観を組織に広めるチャンスなのかもしれない、とピンとくるものがありました。工藤さんは、お互いを受容している組織のほうが、人はどんどんチャレンジしやすいのではないかと思っていたのです。
役員の依頼を引き受けた工藤さんは、この仕事に全力投球しました。「お互いを受容し、お互いに助け合う」ことのできる、職場づくりにまい進していきました。掲げたビジョンは、社員1人ひとりが笑顔になり、みんなが「ただいま」と言える組織をつくること。
工藤さんは社員の採用と育成、そして組織の文化醸成まで、一手に担っています。工藤さんは、今までの経験がやりたいことと見事につながった、と感じています。たとえば、新規事業立上げの際に、大変ながらも採用などの人事の仕事も手掛けていたことが本当に今、役に立っています。
■過去の体験がすべて今につながる
彼女の想いに応えるように、周りも協力してくれるようになりました。会社は、あえて社内に雑談をしやすいスペースをつくってくれました。部門間のメンバーがお互い交流できるようにしたのです。
また、工藤さん自身も講師となり、若手や管理者に対してリーダーシップ研修やキャリア研修にも、熱心に取り組んでいます。
工藤さんはこれから、AIをはじめとするテクノロジーを心温まる方法で駆使して、さらにお互いを理解し合い、変化を歓迎する組織にしていきたいと考えています。そのために今、自ら率先して、新しいテクノロジーを勉強しています。
彼女には、やってみたいことが次々と湧き上がり、そのアイディアがどんどん広がっています。工藤さんは、「昔はずーっとくすぶっていたけど、そうした体験がすべて、今のやりたいことにつながっている」と、しみじみ振り返っています。
このように、「自分らしさ」を見つけたいときにはセルフ・コンパッションのアプローチが有効です。もしも自分を見失ってしまったとき、一度立ち止まってこのアプローチを試してみてください。
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グロービス経営大学院教授
東京大学工学部・大学院を経てBooz Allen Hamilton(現PwCコンサルティング)入社。ロンドン・ビジネス・スクールでMBA取得。帰国後、グロービスにてMBAプログラムのディレクター。一橋大学大学院にて1800人を対象とするセルフ・コンパッションの調査・実験を行い経営学博士を取得。米国の「センター・フォー・マインドフル・セルフ・コンパッション」で講師資格を得て、セルフ・コンパッションのエバンジェリスト(伝道師)として活動中。
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(グロービス経営大学院教授 若杉 忠弘)
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