"世のため人のため"にはもう働けない…「怪しいビジネス」でちまちま稼ぐ残念エリートが増えている理由
プレジデントオンライン / 2024年11月4日 17時15分
※本稿は、御田寺圭『フォールン・ブリッジ 橋渡し不可能な分断社会を生きるために』(徳間書店)の一部を再編集したものです。
■過ぎ去った「劇的な技術革新」の時代
ライト兄弟による動力飛行機の初飛行は1903年のことだった。彼らが飛ばした飛行機の飛行距離はわずか37メートルだった。人類がはじめて動力を携えた飛行機で空を飛んだその日からわずか60年ほどで、人類は空から宇宙に進出して、月面に降り立った。
エジソンがはじめて蓄音機を発明したのが1877年で、彼は童謡「メリーさんの羊」の一節を自分で歌って録音した。それから100年後には井深大(いぶかまさる)(*1)がウォークマンをつくり、世界中の人が高音質の音楽をボタンひとつでどこにいても楽しめるようになった。
19世紀から20世紀中盤ごろまでの人類の技術進歩は瞠目(どうもく)に値する。かりに19世紀中盤から20世紀中盤までの100年を生きた人がいたとして、その人の目から見た人間社会の目まぐるしい変化は、まさしく「異世界」に突入したかのごとき光景だったことだろう。
しかしながら、現代に生きる我々はどうだろうか。
ずっと地べたを歩いていた人がいきなり空を飛んだかと思えば、あっという間に空のその先にある星に飛び立ったりしたかつての時代ほどには、劇的な技術革新が起きる世界を生きているわけではない。
(*1)井深大(1908~1997) 盛田昭夫および社員二十数名で1946年、ソニーの前身となる東京通信工業を創立。独自の製品開発に専念する電子技術者としてソニーを世界的企業に伸長させた。60年以上前にAIによる自動運転システムの出現を予言した。
■ふたつの「60年間」の大きな違い
ライト兄弟が空を飛んでからニール・アームストロング(*2)らが月面に降り立つまでの60年と、アームストロングらが月面に降り立ってから現在までの60年では、表記のうえでは同じ60年でもその変化の質的スケールは比較にならない。もちろん後者の60年も人間社会は進歩と発展を遂げてきたことはまぎれもない事実であり、新しい発明やイノベーションが登場しなかったと言っているわけではないことは明確に断っておく。
だが空や宇宙といった未知の領域にまで人類の版図を広げるような、ホモ・サピエンスが数十万年ともに歩んできた既成概念を覆す画期的変革はそれほど起こっていない。人の世にすさまじい変化をもたらした前者の60年間で生み出されたさまざまなイノベーションをブラッシュアップして、それを発展的に改良・改善・改築することには成功したかもしれないが、しかしそれまでだ。
言い換えれば、人間の創造性や知的能力が人間社会にとってそれほど大きなインパクトを持たなくなってきているということでもある。
(*2)ニール・アームストロング(1930~2012) アメリカ海軍飛行士を経て宇宙飛行士。1966年にジェミニ8号でアメリカ初の有人宇宙船でのドッキングを行う。1969年にはアポロ11号の艦長を務め、世界初となる月面探索を成功させた。
■「秀才」レベルではイノベーションに貢献できなくなった
人間の知性によってもたらされる技術進歩が「頭打ち(プラトー)」に達してしまったと断言するのは時期尚早かもしれないが、しかしその進歩の絶対的な速度は遅くなってはいる。
そのせいで、かつてなら人間社会の爆発的な進歩やイノベーションのうねりに参加しそれなりに貢献できていた秀才たち――とびぬけた天才というほどでもないが人並み以上には知的に優秀な者たち――は、そうした大局的な流れに参加できなくなった。知性で世の中に貢献することの相対的な難度が急激に上昇していったのだ。
そこそこの秀才がうねりに参加するのが困難になったその結果として、世の中になにが起こったか?
かれらは持て余したその知的能力を、ある種の既得権の形成や、あるいは既存のシステムから合法的にリソースを掠(かす)め取るような方向で利活用するようになってきている。世の中に変革をもたらしうる新しいものを生み出すために使うのではなく、すでにあるものからより多くの分け前を得るためにこそ、その優秀な頭脳を用いるようになっている。システムをひたすら複雑化させて、カネを右から左に動かしていく過程でお金を抜き取ったり、抜き取っているのがバレないような巧妙なスキームを考案したりと、そういったことに多くの心血を注ぐようになっている。
■ぶらさがるために「賢さ」を使う
いま世の中で大きな注目を集めている社会保障費の天文学的増大、離婚ビジネスと化している一部の弁護士業界、政治や行政に食い込んで公金を掠め取るような非営利団体などはまさに、人間社会の技術の爆発的進歩が落ち着き、行き場を失ってしまったそこそこの知性たちの生み出した徒花(あだばな)である。
100年前であれば、その知的創造性によって人間社会の景色にドラスティックな変化をもたらす立役者のひとりになれたかもしれない人びとは、21世紀にはそのような役割をすっかり得られなくなった。その代わり、大企業にせよ国にせよとにかく大きな予算規模を持つ者にぶら下がる形で細々としのぎを得るモデルやスキームを構築することに自身の賢さを活かすようになっていった。
■今や「突出した才能」を阻害する存在に
それを責めているわけではない。そこそこの秀才では人間社会の大きな変化をもたらすことができなくなった状況では、そうするのが合理的だ。しかしながら、そういう癒着的方略で食い扶持を得る人が増えれば増えるほど、「自分の安堵している構造が変わってしまうこと」をきらって、本当に人間社会を変えうる突出した才能をもった後進が現れたときにも、その才能を潰してしまう方向に動くようにもなってしまった。
たとえばライブドア事件はその象徴だったようにも見える。あの事件は世間的には「保守的な長老たちが、頭角を現した若い才能を潰した」という筋書きで解釈されがちだが、私の見立ては異なっている。人間社会の劇的な技術革新にはまったく貢献できなくなったエリートがもうすでに世の中にたくさん増えてしまったことのひとつの結果だったと解釈すべきだ。
皮肉としか言いようがないが、かつて人間社会を大きく変化させてきた知的創造性にすぐれた人たちは、その変化速度が頭打ちになるにつれ、「変化しないこと」にインセンティブを見出すような生き方に変わっていった。既得権を守る形で自身の知的能力を発揮してきた人たちからすれば、進歩にプラトーの兆しが見える現代社会で、世の中の利益構造を変えてしまいうるほどに大きな才能を持つ人はもはや邪魔な存在なのである。
■リソースを生む人とそれを頂戴する人
人類の技術や社会構造の劇的な変化がなくなり、「進歩」に参加できなくなった知性は、人びとの日々の働きから合法的におこぼれを頂戴する仕組みをつくることに邁進(まいしん)するようになった。むろんそういう方向に邁進する人の数が少なければ別に問題はなかったかもしれないが、人間の寿命がここまで長くなってしまったのは想定外だった。人がなかなか死なない一方で、生産活動に尽力して「おこぼれ」を生み出してくれる若者の数が将来的に減少していく状況にあっては、もはや笑い話では済まなくなってきている。
世の中に実体的なリソースを生み出す人の数と、そのリソースをこっそり頂戴する人の数(知的エリート)とのバランスが合わなくなりつつある。
■知的エリートの「過剰生産」
成熟しきった資本主義社会と技術革新においては、知的エリートはむしろ資本主義や技術競争とは逆行するような態度をしばしば示すようになっている。
進化生物学者であるピーター・ターチン(*3)はこれを「エリート過剰生産」と呼んだ。社会が適切な形で包摂できる限界許容量よりも多くの知的優秀層が作り出されると、かれらは社会の進歩や発展に貢献するどころかその逆に作用しはじめる。排他的利権構造をつくったり暴力的反乱分子になったりと、政治的にも経済的にも社会的にも文化的にも不安定化をもたらす要素としての性質を強める。
ひと昔前ならば過剰生産されて行き場を失った知的エリート層は共産主義とか社会主義に抱き込まれるのが主流だったのかもしれないが、「進歩」のプラトーが迫る現代社会では、技術革新どころか世の中をひっくり返し得る新たな思想すら生まれなくなっている。共産主義や社会主義も、いってしまえば20世紀半ばまでに生み出された人間社会の画期的イノベーションの試みのひとつだ。理系のイノベーションが飛行機や宇宙ロケットなら、共産主義や社会主義は人文系のイノベーションに相当する。
(*3)ピーター・ターチン(1957~) コネチカット州立大学教授。学内では生態学・進化生物学・人類学・数学科で主に活動。クリオダイナミクス(歴史動力学)の名称で知られる、生態学・生物学に基づいた歴史研究分野の創始者。著書に『国家興亡の方程式 歴史に対する数学的アプローチ』(邦訳版はディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)、『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』(邦訳版は早川書房、2024年)。
■エリートたちは合法的に収奪する
いずれにしても、人文系のイノベーションすら起きなくなった今では、かつての時代なら「革命戦士」になっていたかもしれないかれらも、現代社会ではせいぜい行政をはじめとするさまざまな機関に入り込んで巧妙に自分の取り分を確保することに注力している。その方がコスパがよいからだ。
平和で安全で快適で自由な先進社会においては、頭の悪い人間がたとえば強盗や恐喝などの悪行をすることより、頭の良い人間がその知能により――既存の社会構造に寄生したり、排他的利権構造をつくったり、後進を潰して改革や変化を阻害する方向に行動するような形で――悪さをすることの方が、全体にとっての弊害は大きくなっていく。強盗や恐喝は法で裁くことはできるが、そこそこの秀才たちの「行き詰まった知性」によってなされるさまざまな行為は、それが明確な詐欺や横領などではないかぎりまったく合法であり正当化されるからだ。
■人類に漂う「どん詰まり感」
この宇宙で光よりも早く移動することはどうやら無理そうで、しかもその光は星間飛行をするにはあまりにも「遅い」ことがわかってきた。
光速を超える乗り物をつくろうにも、理論的にはその推力を得るためのエネルギーが無限大になってしまうため、人間はどうあがいても光速よりちょっと遅いくらいの乗り物をつくるのがこの宇宙のレギュレーションでは限界になる。私たちはもっとも近所にある恒星に行くのにすら、たとえ光の速さに遜色ない乗り物をつくっても4年以上もかかってしまう。往復するだけで8年が経過する。近場の宇宙よりも先に版図を広げるのは現実性に欠いている。
「この宇宙を支配する物理法則に則(のっと)る形で行えるイノベーションは、あらかたやりつくしたのではないか?(≒そこそこ頭の良い人たちが、昔より増えているわりには、昔ほどその使い道を失ってきているのではないか?)」
私たち人類には、その「どん詰まり感」が漂ってきている。
■行き場を失った知性が向かうのは
にもかかわらず、人間社会はどんどん大卒や大学院卒をよかれと世の中に送り出している。知的エリートでなければできない仕事は増えるどころか、今後はAIによってますます減ってしまうかもしれないのに、おかまいなしに大量生産している。
そこそこにすぐれた知性の行き場を用意できなくなった人間社会は、ピーター・ターチンやフランシス・ベーコン(*4)が述べたように、大きな社会不安に見舞われるのかもしれない。
だからといって武装集団や革命勢力が街や議会を蹂躙(じゅうりん)するような、目に見えて「荒れた」世界はやってこないだろう。そうではなくて、エリートたちが合法的かつ秘密裏に他者や社会から「収奪」して、その「収奪」ができる構造を守ることばかりに持ち前のすぐれた頭脳を活用する、そういう閉塞的な時代がやってくる。
近ごろのメディアでしばしば伝えられる政治家の横領とか、エリート国家資格職の不穏なサイドビジネスとか、非営利団体への利益誘導とか、補助金不正受給とか、そういった方向で「こっそり稼ぐ」ような人たちの姿は嘆かわしくはあるが、それと同時にホモ・サピエンスという種族の最大の強みであった「知性」の行き詰まりを表しているように見えてならない。
(*4)フランシス・ベーコン(1561~1626) イギリスの哲学者。観察・実験に基づく帰納法を主張して近代科学の方法を確立。著書に実践哲学を説いた『随筆集』やユートピア物語『ニュー・アトランティス』など。「知は力なり」との言葉で人間の知性の優位を説いた。
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文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
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