「新しいテクノロジーを放置すれば手遅れになる」ノーベル経済学賞受賞のMIT教授が"AIの時代"に抱く危機感
プレジデントオンライン / 2024年10月29日 16時15分
2024年10月14日、ギリシャ・アテネで開催されたエコノミスト会議に出席したMITのダロン・アセモグル教授 - 写真=©Aristidis Vafeiadakis/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
※本稿は、イアン・ブレマー、フランシス・フクヤマ、ニーアル・ファーガソン、ジョセフ・ナイ、ダロン・アセモグル、シーナ・アイエンガー、ジェイソン・ブレナン『民主主義の危機 AI・戦争・災害・パンデミック――世界の知性が語る 地球規模の未来予想』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
■今まで以上に格差があおられるシナリオもある
かつてのGAFAのような巨大IT企業によるビッグデータの独占、それにもとづくAIによるデータと権限の集中は、アメリカの企業「オープンAI」による「チャットGPT」が問題視されるなど「技術的革新の成果ではない」と見る人たちもいます。個人の自由、プライバシー保護なども含め、AI、テクノロジーの進展から見てどういう将来になるか心配する人も増えています。
これは我々がまだわかっていない新しいゲームです。
最良のシナリオでは、このLLM(大規模言語モデル)は、我々の生活の多くの面を良くするでしょうが、最終的には独占市場になるでしょう。生き残るのは一つか二つのモデルになるでしょう。
そうなると今まで以上に格差があおられます。
■政府はロードマップを示さなければならない
多くの人が切に望んでいる、典型的なタイプの個人の自由や主体性、共有された繁栄といったものをどのように維持することができるのか。それらは期待することができるものなのかはわかりません。これから数十年先、どのようになっているかはまだわかりません。
イノベーションの方法も変えなければならないでしょう。どのようなタイプのテクノロジーをターゲットにするか、それらのテクノロジーをどのように使うか、それらの制度的な整備は必須と言えます。
つまり政府が介入するべきだということです。格差を減らすために、政府が一つのグループから別のグループに再配分することは重要ですが、社会的セーフティーネットを強化するため、それも格差是正には重要です。
しかしもっと重要なことは、こうした新しいテクノロジーに対して我々が何を期待しているのか、その新しいテクノロジーを獲得するにはどうしたらいいのか、それをどうしたら規制できるのかという視点から見て、政府はロードマップを示さなければならないことです。そのままやりたい放題にさせておくわけにはいきません。放置したままルールが後追いになれば手遅れになります。
■オートメーションは新しい仕事を生むことにもつながる
労働市場とオートメーションの関係について私は研究してきました。オートメーションがどんどん進むとどのような変化が労働市場に見られるのでしょうか。生産性や社会的な影響について、欧米の政策決定者や学術研究者がきちんと理解していない現状からすると、厳しいことを言うようですが、我々は“居眠り運転”をしていたと思います。
オートメーションは技術的変化の中でも特異なものです。人間を機械に置き換えるからです。生産性は向上しますが、それによって人間は解雇され、労働市場に悪影響を及ぼし、社会的反発を生じさせます。
しかし私の研究では、オートメーションは新しい仕事が生まれることにもつながります。あなたの周囲を見ても大多数の人が100年前には存在しなかった仕事をしているように、結局のところ、オートメーションは新しい仕事を作り出すことになるでしょう。
■コスト削減のために導入され、労働市場の断絶を招いた
ただし、注意しなくてはならないのは、この20年を見ると、オートメーションは新しい仕事を作り出すのではなく、コスト削減のために導入されているのです。そこに重点を置いています。つまり、労働市場の断絶を生み出しています。多くの労働者に対して、賃金引き下げ、仕事消失という苦難を作り出しています。
総合的にみると、オートメーションのような技術的変化は、世の中のためになる力にもなりますが、ますます格差を広げ、オートメーションをコントロールする人が支配的になります。社会の全体にあまねく恩恵をもたらすようになるには何十年もかかります。
産業革命の最初の80年、90年くらいの間に恩恵を受けたのは、資本家と実業家と少数の商売人だけで、労働者は恩恵を受けていませんでした。もっと時代が下れば労働者も恩恵を受けるようになりますが、それにしても90年というのは長すぎます。
■テクノロジーの影響を過小評価してはいけない
このことを、チャットGPTを含むLLM(大規模言語モデル)に当てはめて考えると、200年後にはすべての人々が恩恵を受けることになるでしょう。つまり、今から200年経てば、AIに対する人間の見方はかなり異なったものになるでしょう。
このプロセスは決して自動的に起きているのではありません。パワーバランスの移行時に変化しました。
イギリスの例で言うと、最初は貴族的なトップダウンによって社会は動いていました。その場合、労働者には何の権利もありません。労働組合も禁じられ、5歳という幼い子どもが炭坑や工場で働かされました。
それから政治システムが民主主義的になってきて、実力主義の官僚制度や労働者の交渉力も増していった結果、労働組合も合法的になり、賃上げや他の権利を求めるようになったのです。
社会、政治、産業のいずれの分野においても歴史的にたどってきたこうした動きと同じようなことがこれからも見られるでしょう。
AIがさらに開発されると権力を持つのはアルゴリズムのパワーを味方につけている人です。
そうした点において、今までとはまったく異なる局面に入りつつあります。こうした傾向について「しょせんテクノロジーのできることなんて大したことはない」などと楽観的にとらえる人もいるようですが、その影響を過小評価すればいずれしっぺ返しをくらうことになるでしょう。
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1967年、トルコ生まれ。マサチューセッツ工科大学エリザベス&ジェイムズ・キリアン記念経済学教授。専門は政治経済学、経済発展、成長理論。ノーベル経済学賞にもっとも近いと言われるジョン・ベイツ・クラーク賞を2005年に受賞。著書に『国家はなぜ衰退するのか 上下』(ロビンソンとの共著、鬼澤忍訳)、『マクロ経済学』(レイブソン、リストとの共著、岩本康志・岩本千晴訳)、『自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊 上下』(ロビンソンとの共著、櫻井祐子訳)など。近著にサイモン・ジョンソンとの共著『技術革新と不平等の1000年史 上下』(鬼澤忍・塩原通緒訳)。
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(経済学者/マサチューセッツ工科大学教授 ダロン・アセモグル)
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