トヨタ・豊田章男会長はやっている…あいさつに付け足すだけで不思議と交渉がうまくいくようになる「ひと言」
プレジデントオンライン / 2024年10月28日 7時15分
※本稿は、矢野香『世界のトップリーダーが話す1分前までに行っていること』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
■トヨタ会長はなぜ最初に感謝を述べるのか
人前に出たら最初に「これさえ話せばうまくいく」という言語スキルについてご紹介しましょう。
言語スキル① 好意の返報性 感謝を伝える
世界のトップリーダーの最初の一言は、「感謝」から始まることが多いのが特徴です。例として2023年のTOYOTA豊田章男社長(当時)の「年頭あいさつ」を見てみましょう。
およそ500人の従業員が出席。会場に入りきれないメンバーにはリモートで届けられた新年仕事初めでのメッセージです。
冒頭で「あけましておめでとうございます」という挨拶をしたあと、昨年1年を振り返り次のように語りました。
「トヨタで働く皆さんの努力に改めて感謝申し上げます。ありがとうございます。そして、私たちのクルマをお選びいただき、お待ちいただいている世界中のお客様、お客様との絆をつないでいただいている販売店の皆様、日々の生産変動にご尽力いただいている仕入先、輸送現場の皆様、日本の自動車産業をお支えいただいている550万人のすべての皆様に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます」
■お願いを聞き入れてもらいやすくなる
このように従業員だけでなく550万人の方々への感謝という、まさに世界のトップリーダーらしいスケールの大きな感謝を伝えました。
なぜ最初に感謝の言葉を口にするのでしょうか。その効果を心理学的に分析すると、社会心理学者のアルヴィン・グールドナーが提唱した「互恵規範」の効果です。試食をしてしまったあと、つい買ってしまうのもこの効果によるものです。
このように、最初に話し手から「感謝」という好意を受け取った聞き手は、「同じ量の好意を返さなければ」と感じながら話を聞くことになります。結果、話の最終的な目的として行動変容や依頼をする場合は、その内容を受け入れてもらいやすくなります。
「感謝申し上げます。ありがとうございます」「いつもありがとうございます」聞き手に行動を促す伝え方をするために、まずはこのような感謝の言葉から話し始めましょう。
■オンライン会議で有効なひと言
言語スキル② もれなくダブりのない声かけ
リアルの対面場面だけでなく、オンラインシステムを使って人前で話す機会も増えました。ZoomやTEAMSなどのオンラインは、聞き手は「映像なし」の設定で参加していることも多く話しづらいもの。苦手意識を抱いている方もいるでしょう。
中でも難しいのは、ハイブリッド形式。リアルとオンラインを同時に配信するという最近増えてきた方法です。動画を後日配信するというアーカイブ形式もあります。
オンラインで発言しづらいのは、聞き手の顔が見えないからです。姿が見えない相手に向かって話すと、当然伝わりづらくなります。だからこそ話し始めの段階で、聞き手全員に対して、「私にはあなたが見えています」と伝えることが大事です。
目の前にいる聞き手にも、オンラインで姿が映っていない聞き手にも、後日配信を見ている未来の聞き手にも、です。聞き手を誰一人とりこぼさないためには、話し始めにもれなくダブりなく声をかけることです。
例えば、「今日この場には□や△など○人の方が集まってくださっています。オンラインでも○人の方が見てくださっていると伺っています。ありがとうございます。質問などあれば随時チャット欄に記入してください。さらに後日動画でご覧になる方もいます」というように全員に向けた言葉を最初に伝えます。
■「皆さん」では物足りない
そうすると、オンライン参加や後日配信を視聴している人も置いてけぼりになることがありません。空間と時間を超えて、あなたの影響力がしっかりと届くのです。
先にご紹介した豊田氏の挨拶は、もれなくダブりない声かけという点でも優れています。感謝の対象として「トヨタで働く皆さん」「世界中のお客様」「販売店の皆様」「仕入先、輸送現場の皆様」と550万人のすべての人のことをあげているからです。このスピーチを聞いた方はどれかに自分があてはまり、嬉しく思うことでしょう。
同じように、私たちが話すときも聞き手のカテゴリ別に声をかけます。「社会人の方は○○してください。学生の方は○○してください」「新人の方は○○してください。経験○年以上の方は○○してください」など、その場面に合わせて応用しましょう。
呼びかけは「皆さん」ではなく、「あなた」
もう一つのポイントは、声かけをするときの呼び方です。安易に「皆さん」といわないこと。「皆さん、こんにちは」と話し始めていませんか。聞き手によっては「皆さん」には該当しない方がいるかもしれません。なぜなら、話を聞いている状況はそれぞれ違うからです。
■「あなた」をもっと使っていこう
リアルであなたの目の前に複数人で集まっている方々には「皆さん」で良いでしょう。しかしオンラインやアーカイブで聞いている人たちは、スマホやPCで一人で視聴していることが多いものです。そのため「皆さん」と呼びかけられると、無意識のうちに自分は該当しないような気がしてしまいます。
リアルの聞き手には「皆さん」。オンラインや配信で見ている聞き手には「あなた」と呼びかけましょう。
例えば、「会場の皆さんは○○してください。オンラインで参加してくださっているあなたも、ぜひ○○してください。そして、動画で後ほどご覧になっているあなたは、○○してみてください」と、それぞれに配慮しながら声がけをします。
日本語で「あなた」というのは少し抵抗があるかもしれません。しかし慣れて使いこなせるようになることで、聞き手はあなたの話をより身近に感じることができるでしょう。
■なぜタモリは観客と息を合わせるのがうまいのか
言語スキル③ 代弁する同調効果を利用したタモリさんの拍手締め
「息を合わせる」という言葉があります。相手と調子を合わせコミュニケーションを取りやすくするための方法です。一対多数という場であっても最初の段階で息を合わせておくほうが、その後の話をしやすくなります。
フジテレビ系で平日お昼に31年間生放送されていたバラエティー番組「笑っていいとも!」。司会のタモリ氏は、大勢の観客と息を合わせるのが抜群にうまい方でした。
コーナーの最初にタモリ氏が観客に対していろいろと問いかけ、それに対して客席が声を合わせて「そうですね」と答えたり、観客から沸き起こった拍手をタモリ氏がパンパンパンパンと指揮をとるようなしぐさで締めたりといった姿を懐かしく思い出す方も多いことでしょう(知らないという世代の方は動画アプリなどで「タモリ・拍手締め」などで検索し、一度タモリ氏の神業を見てみてください)。
まったく同じ手法は私たちにはできませんが、同じように「息を合わせる」工夫は取り入れたいものです。相手の今の状態を想像し、そのことに対する一言から話し始めましょう。
■「そうですね」の威力
例えば、その日の天気や状況に触れる方法です。「今日は暑いですね」「急に雨が降り出しましたね。傘はお持ちでしたか」「最寄りの○○駅からの道がわかりづらかったですね。皆さん迷わず来ることができましたか」など、この場に来るまでの状況について語ります。タモリ氏が観客から「そうですね」という声を引き出していたように、聞き手から「そうそう、そうだった」と同意を引き出すような内容を語りかけます。
「今日は暑いですね。暑い中ご参加いただきありがとうございます」のように、前述の感謝を合わせて伝えるのもよいでしょう。
あなたの前にも話し手がいた場合、前の人の話を受けるのもお勧めです。
「いまの○○さんの話は素晴らしかったですね。聞きながら私も○○だと思いました」「さきほどの○○についてのお話を聞きながら、私も一生懸命メモをとりました」などと今観客が思っているような気持ちを代弁して同じ気持ちになることです。そうすると同調効果が生まれ、話し手と聞き手に一体感が生まれます。
■孫正義氏のうまい「前フリ」
言語スキル④ 予言する「前フリ」で聞き手の気持ちをコントロール
最初の部分で、話の締めとして伝えるべきは「予言」です。「この話を聞いた後、あなたはこうなります」と未来の姿を伝えることで、話を聞きたいという気持ちが高まります。
心理学的にいうと予言は聞き手に「暗示」をかけることになります。聞き手みずから無意識のうちに予言された内容をするように誘導することができるのです。
例えば、何か説明をする場であれば「説明後は、○○についてよりわかるようになります」と聞き手が理解した姿を予言します。「この話を聞いた後には、○○という気持ちになるはずです」「話が終わる頃には○○をしたくなるでしょう」など話の後に聞き手にそうあってほしい姿を先に伝えます。
「前回話を聞いてくださった方々からも○○という感想をいただきました」「これまでもアンケートで○○という声をいただいています」など事例や根拠をデータで示すと、さらに説得力が増します。
ソフトバンク最大規模のイベント「SoftBank World」(2023年10月4日)。ソフトバンク創業者の孫正義氏が「AGIを中心とした新たな世界へ」というテーマで60分のプレゼンを行いました。その冒頭でも予言が行われていました。
■よくわからないけど面白い
「皆さんおはようございます。ソフトバンクの孫でございます。公の場でスピーチするのは久しぶりでございます。今日はちょっとだけ面白い話をしますので、楽しみに聞いてください。かなり私の個人的な思い込みもありますけども、しかし、それなりのメッセージを今日は持ってまいりました。では、早速始めましょう」
このどの部分が「予言」にあたるのでしょうか?
それは、「今日はちょっとだけ面白い話をします」という部分です。今回の話の内容はAGI、Artificial General Intelligence(人工汎用知能)についてでした。
聞き手によっては「難しいなぁ」「よくわからないなぁ」と抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかし「面白い話」と最初に予言することによって、この抵抗を和らげる効果があるのです。聞き手は「よくわからないし難しいけど、面白い話を聞いている」と思いながら話を聞くのです。
さらに、「かなり私の個人的な思い込みもありますけども、しかし、それなりのメッセージを今日は持ってまいりました。」という部分も予言に対する反論を先に防いでいる点で秀逸です。
話し手の持っていきたい方向に聞き手を誘導する見事な心理テクニックと言えるでしょう。
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スピーチコンサルタント/長崎大学准教授
NHKキャスター歴17年。心理学の見地から「他者からの評価を高めるスピーチ」を研究し博士号取得。政治家、経営者やビジネスパーソンに信頼を勝ち取るスピーチやコミュニケーションを伝授。著書に『最高の話し方』(KADOKAWA)など。
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(スピーチコンサルタント/長崎大学准教授 矢野 香)
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