「コストダウンしてくれ」より効果的…相手に"ノー"と言わせない「損しない伝え方」の原則
プレジデントオンライン / 2024年11月2日 8時15分
※本稿は、藤田卓也『伝え方で損する人 得する人』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。
■「損する伝え方」は良かれと思って生まれる
「得する伝え方」ならば、人生の何気ないやり取りから決めどころまで、いつものコミュニケーションがクリティカルヒットに生まれ変わります。
一方で、それを出し続けるためには基本となる原則まで知っておくことが重要です。予期せぬ場面に出くわしても、その場面における「得する伝え方」を考えるヒントになるからです。
もう一つ大事なメリットがあります。「損する伝え方」の多くは良かれと思って生まれています。伝える場面があまりに多すぎるので、気づかぬうちに無意識にまずい伝え方を繰り返してしまっていることがほとんどです。原則を知っておけば、それはあなたの伝え方を見直すチェックリストになります。
■「忙しいから手伝って」ではストレートすぎる
「ことばとビジョンとの総合」
1963年、日本で初めて、その年の優れた広告コピーをまとめた『コピー年鑑』が発行されました。その中で、どういうコピーが優れているのかについて記したのが冒頭の一文です。半世紀以上も前に書かれた言葉とは思えないくらい、今に通ずる視点です。
言葉は、それ単体ではその言葉の持つ意味しかありません。業務で忙しいからといって、「忙しいから手伝って」と伝えるのではあまりにストレートすぎるのです。忙しいのは伝わるし、手伝ってほしいことも分かります。実際、この伝え方で手伝ってくれることもあるでしょう。
ですが本書で目指す「得する伝え方」は、言われた方の気持ちが動き、思わずやりたくなるような伝え方です。ただ事実を伝えるだけでは、言われた方が「よし、ここは一つ気合を入れてしっかりサポートしよう」とか「ぜひ他に手伝えることはないだろうか」と前向きになることはありません。
言葉にビジョンが加わることで、「伝わる言葉」になるのです。ただの「伝え方」を「得する伝え方」に進化させるには、3つの原則があります。
■「返報性の原理」を活用する
【原則①】「プラスな未来」or「マイナスな未来」を見せる
人は、相手に何かをしてもらうと、お返ししなくてはいけないと感じてしまいます。これは有名な用語で「返報性の原理」と呼ばれています。
この原理が初めて発表されたのは1989年。スーパーの試食や、新商品のサンプリング、無料のセミナーなどビジネスの幅広い場面で活用されていますから、ご存じの方はもちろん、実体験のある方も多いと思います。ギブ・アンド・テイクと覚えてもよいでしょう。
あなたが何かを伝える。それによって相手は「お返し」という形で何か行動を取りたくなる。このシンプルな構図が、伝え方における原点にして王道なのです。ですが、これがなかなか難しい。あなたが単純にやってほしいことを伝えるだけでは、相手が「してもらった」と感じることはありません。
ですが、あなたが思い描いているプラスな未来を伝えることで、相手にとっては「これから起こる未来の中の良い選択肢を教えてもらった」という心情の変化が生まれます。その結果、そこへ向かいたいという感情が芽吹き、行動へとつながっていくのです。例えば、ポジティブな未来を見せることが効果的なのはこんな場面です。
・提案を採用してほしいとき
・仕事をやってほしいとき
・説得するとき
・反省を伝えるとき
・ダメ出しするとき
・励ますとき
■マイナスがあるときほど「ポジティブな未来」を伝える
ポイントとしては、「お互いがプラスの方向へ進みたいとき」。他にも、こちらが伝えにくいことがある場合や、相手にとって一長一短がある場合など、「少しだけマイナスな側面があること」を伝えるときほど、ポジティブな未来を意識させることです。そもそもポジティブな提案をさらにポジティブな未来で伝えると、どうしても都合の良いことばかり言われているような気がして、胡散臭く感じてしまいますから。
他にも、励ましたい相手が「自分なんて未熟なので」といった具合にマイナスの自己否定をしている場合も、ポジティブな未来を伝えることが役立ちます。「自己否定の否定」は相手の感情を前向きに変え、自信をもたらすことにつながります。
返報性の原理には、あまり知られていない特性があります。それは、好意を受け取ると好意を返したくなる一方で、敵意を向けられると同じように敵意のある態度を取ってしまうというものです。他にも、譲歩を示せばついつい条件を緩めたくなりますし、自己開示を行うと、された側も自らの心を開きたくなります。
■避けたいことがあるときは「マイナスな未来」を伝える
ですから「こういうことは避けたいな」という状況にあなたがいるのなら、ポジティブな未来を描くだけではなく、マイナスな未来を伝えることも大事です。すると相手にはその状況を避けたいという気持ちが生まれ、結果としてあなたと同じようにその未来を避けるための行動を検討するようになります。
効果的なのは次のような場面です。
・断りたいとき
・改善してほしいとき
・指導するとき
・交渉したいとき
相手はプラスに感じているようだが、こちらは困っている……。相手は特に気にしていないようだが、どうしても伝えたい……。そんな「プラスとマイナスが一致していないとき」ほど、ネガティブな未来を示すことは効果的です。あなたの置かれた状況を相手が想像できるようになり、お互いの利害がようやく出揃います。もしあなたが「察してほしいな」と思うことがあるのなら、それは相手の察しが悪いのではなく、あなたの抱えている事情を相手に伝えられていないのが原因です。
ぜひ、未来を使い分け、言葉にして相手に伝えるようにしてみましょう。
■「ダメな提案」は面白いほど共通している
【原則②】「言い方」と一緒に「自尊心」も満たす
広告会社に勤めていた頃、競合プレゼンというものがありました。一つの案件に対して、複数の会社やチームがそれぞれ提案し、より良い戦略やキャンペーン設計を選ぶというものです。コピーライターとして仕事をしていると、こうした「勝ち負けのあるプレゼン」というものに、多いときでは年に10回以上参加することになります。
私は以前から、「良い提案とはどういうものか」という質問を社内の先輩だけでなく、同業他社、時にはクライアントにも質問していました。どうしても事業環境や案件の性質が異なりますので、回答はさまざま。内容だけでしか選べないという人もいれば、事業理解が鍵だとおっしゃる人もいる。結局最後は人間性にしか差は出ないと言い切る人だっている。これといったポイントはなかなか見つかりません。
ですが「ダメな提案」について話を聞くと、面白いほどに共通点がありました。その一つが、「最初でつまずいたら終わり」というもの。例えば聞く側にとっては、序盤でズレを感じてしまうもの。提案する側にとっては、最初の考え方を説明しているパートでクライアントにイマイチ刺さっていないもの。こうした提案が終盤みるみる印象を覆して採用に至ることは、ほとんどないそうなのです。
■「自尊心を傷つけないこと」を最優先にする
伝え方について考えることは、相手への「伝わり方」を考えることです。相手が言葉を受け取り、どのように理解し、意味を解釈し、思考や想像を巡らす中で感情がどう変化し、行動へとつながっていくのか。その流れを考えると、実は最も手前の入口にあるのが自尊心なのだと思います。ここでつまずいてしまうと、その先の流れがスムーズにいくことはありません。
自尊心とはさまざまな言葉で言い換えられます。プライド、こだわり、信念、流儀、持論、成功体験。時には、未来への志向を表す欲求や願望となることも。つまりはその人が大切にしているものです。そうした強い個性が反映されやすい部分は最後の最後で効いてくるものと思うかもしれませんが、伝える場面においてはまずここを傷つけないことを最優先すべきなのです。
一方で、傷つけないことだけを優先して慎重に振る舞うだけでもいけません。そした状態は必要以上の遠慮を生んでしまい、何も伝えられなくなってしまいます。伝えられたとしても、遠回しな言い方になってうまくこちらの意図をメッセージに込められなくなったりもします。
■相手の自尊心を「自分のことのように」捉え直してみる
ポイントは、自尊心を一緒に満たすという心がけです。もしあなたが、自分がやらなければならないことを相手に全部させてしまおうと考えているのなら、その思考は今すぐ捨ててください。
相手がコストにこだわっているのなら、コストパフォーマンスに優れたプランを一緒に考えていく。家族と過ごす時間を大切にするワークライフバランスが仕事における信念なのであれば、その信念に沿ってあなたも働き方を変えてみる。あなたがその気になって初めて、相手もやる気になるのです。相手が胸に秘める自尊心を想像し、それをまるで自分のことのように捉え直してみる。あなたの自尊心を押し付けるわけでも、相手の自尊心を神のごとく扱い、傷一つつけないように振る舞うわけでもないのです。
その人がどんな自尊心を持っているのかなんて、カウンセラーでもないのに分かるわけがない。そう感じるあなたは、まずその相手のアウトプットをいくつか集めてみてください。
資料、文書、メール、プレゼンテーションの際のトーク、フィードバック、会議での議論の進め方、議事録、社内外メディアでの記事、なんでも構いません。いくつか並べてみることが大切です。
■自尊心は必ずアウトプットのなかに表れている
仕事における自尊心とは、その人が特に大切に思っている価値観ですから、必ずアウトプットのどこかに表れてきます。データをもとに議論をするタイプなら、その人は自らの感覚よりユーザーのリアルを重視しているのかもしれません。資料の最初で案件の全体像に必ず触れる人は、細かい部分を曖昧にせず、俯瞰した視野で全体を整理しながら進めることが仕事の流儀なのかもしれません。チームワークのために一人ひとりのモチベーションを何より大切にしている人なら、普段のやりとりの端々にその優しさがにじみ出ているかもしれません。
同じ職場など、距離が近ければ質問してみるのも手です。急に聞かれる「あなたの自尊心はどこからきていますか」という質問ほど驚かれるものはありませんから、「あのプロジェクトで、重視したポイントは何だったのですか?」「最終段階でA案とB案があったと思いますが、決め手はどこでしたか?」といった形で具体的な事例を交えながら質問すると、相手も答えやすいでしょう。自尊心とはその人が大切にしているものですから、難しい仕事や悩ましい状況のときほど表れやすいはずです。ぜひ積極的に尋ねてみましょう。
■人には「損失回避性」の心理作用がある
【原則③】「小さなハードル」を示す
友人が運動不足を気にしている。そんなとき、「毎日10km走ろう」とアドバイスしたら、相手はやる気を出して毎日走るようになるでしょうか。
人には、手に入れることよりも損失を大きく感じてしまう「損失回避性」という心理作用があります。健康のためには運動を始めた方がよいに決まっていても、今までと異なる行動をすることで生活リズムが崩れるかもしれない。すぐ飽きてせっかくのジム代が無駄になるかもしれない。そんな自らに降りかかる損失を、得るものより大きく受けとめてしまうのです。
あなたが何かを伝え、相手の中に行動の選択肢を生み出し、共に一歩踏み出したいのなら、ハードルの高さは常にチェックすべきです。高すぎるハードルは、やる気を出させるどころか、行動自体にストップをかける巨大なブレーキになってしまうからです。
自動車の販売台数で4年連続世界一となっているトヨタも、「工具を誰でも整理整頓しておけるような配置の見直し」といった小さな改善の積み重ねによって、世界に誇るトヨタ生産方式(TPS)を今日に至るまで進化させ続けています。
■「これならできるかも」と思ってもらえるか
また、エリック・リースによって提唱された「リーン・スタートアップ」という方法論では、仮説を小さなステップに分けて高速で検証することが推奨されています。小さな学習を重ねることで、時間やコストを抑えられるわけです。大きな課題を大きなまま取り組むのではなく、小さく切り分けるというのがどれほど効果的か、お分かりいただけるでしょう。
「これならできるかも」と相手に思ってもらえたなら、それは間違いなく「得する伝え方」です。相手の背中を押すような選択肢を、あなたが提案できている証拠だからです。
千里の道も一歩から。一歩目は、ほんの少しの歩幅でいいのです。えっ、そんな簡単なことでホントにいいんですか? と相手が思ってしまうくらいでちょうどいい。「議事録のクオリティを上げてくれ」ではなく、「スマホで会議をまるっと録音してみようか」。
「コストダウンしてくれ」ではなく、「この項目の費用をリストアップしてみよう」。
そんな一歩目を提示することで、相手がなんなら拍子抜けさえしながら動いてくれる。当然、目指すゴールはまだ先ですから、さらに一歩踏み込んで次のハードルを一緒に設定していくことになるでしょう。それでも高いハードルを提示して動きがにぶることに比べれば、大きな大きな前進です。
相手が選べるよう、いくつかの選択肢を出すのもよいでしょう。選択の余地があることで、相手との対話が生まれます。繰り返しになりますが、低いハードルは第一歩です。どういう思いで、どんなハードルをネガティブに感じていて、どんなハードルなら前向きに感じてもらえるのか。対話によって得られる情報は、次のハードルを設定する際の大切なヒントになります。
■選択肢を用意することが相手の負担軽減になる
特に、相手が決断しなければならない場面を考えてみましょう。一つに決めることが必要ではあるけれど、そもそも選択肢は一つしかない……これではただでさえ決断による負担が大きい中で、さらなるプレッシャーを強いてしまうことになります。複数の選択肢を用意することは、相手の手間を増やすのではなく、むしろ負担軽減につながります。
「今日中に資料の提出が間に合わないので、明日にさせてください」ではなく、「総括の3ページだけで良ければ、今日中に仕上げられます。もしくは全体を明日16時までに完成させるか、どちらがよいでしょうか」。
「新商品のためのデジタルキャンペーンをご提案させてください」ではなく、「最新事例のご紹介もできますし、御社の業界を専門としているアナリストをご紹介することも可能です」。
といった具合に、ゴールへ近づくためのステップを見渡し、一歩目となる小さなハードルを設定してみましょう。どうしても具体的なハードルを決められない場合は、いくつかの質問を用意して相手の中の判断基準やニーズを探ることです。
闇雲に選択肢を投げかけても、相手にとってメリットのあるものでなければ意味がありません。会話はキャッチボール。仕事はパス回し。やりとりを重ね、情報を積み上げ、ベストな選択肢を導き出していきましょう。
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コピーライター
1987年生まれ。広島県出身。京都大学、東京大学大学院を修了。大学時代には京都学生祭典の実行委員長を務め、京大総長賞を受賞。2012年に電通入社。理系で言葉を扱うことが苦手だったものの、新卒でコピーライターに配属。主な仕事にIndeed「仕事さがしはIndeed」シリーズや史上初のワンピース実写化となった「麦わらの一味」シリーズ、日本コカ・コーラ「チーム コカ・コーラ」、スタディサプリ「18の問い」、漁師がつくったモーニングコールサービス「FISHERMAN CALL」など。国内外で20以上のアワードを受賞。最近の仕事に、ファミリーマート「コンビニエンスウェア」ブランドローンチおよびコンセプト、京都髙島屋 S.C. 専門店ゾーン「T8(ティーエイト)」ネーミング。現在はLINEヤフー社に所属。
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(コピーライター 藤田 卓也)
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