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だから「健康な中華」という新常識を作れた…「ぎょうざの満洲」女性社長が創業者の父から言われたひと言

プレジデントオンライン / 2024年10月30日 9時15分

「ぎょうざの満洲」池野谷ひろみ社長 - 撮影=島崎信一

埼玉県に本社を持つ「ぎょうざの満洲」の社長、池野谷ひろみさんには経営をする上で大切にしている言葉がある。前職の専門商社時代、仕事に悩んだ際に父からかけられた言葉だという。経済ジャーナリストの高井尚之さんがリポートする――。(後編/第2回)

■創業者である父と2代目になった女性社長の親子関係

(前編よりづづく)

中華チェーン「ぎょうざの満洲」(本社:埼玉県川越市)は現在、直営で103店(2024年9月現在)を展開。店舗は本拠地・埼玉県と隣接する東京都に多いが、関西にも進出。大阪府(8店)や兵庫県(2店)にも店を持つ。

主力商品「餃子」は、埼玉県坂戸市の坂戸工場と大阪府吹田市の江坂工場で日に約38万個を製造。川越本社・工場はスープやタレ、惣菜、デザートを担う。商品は自社トラックで各店舗に運ぶ。

創業者の金子梅吉氏は、創業60周年の新事業年度がスタートした2023年7月1日に相談役となった。1998年に就任して業績を拡大してきた池野谷ひろみ社長(金子氏の長女)が名実ともに社業のかじ取りを担う。

同族経営の父娘関係はさまざまだ。関係が悪化する例もある。どんな親子関係なのか。

「子ども時代から親に反抗することはなかったですね。私が生まれた時、父は牛乳販売店を経営した後、中華料理店「満洲里」を開業しました。自営業なので家族旅行なども行っていません。でも、ずっと働く両親を見てきたので不満にも思いませんでした」

池野谷社長はこう話し、前職の専門商社勤務時代のエピソードを明かす(以下、発言は同氏)。

■「自分のために働きなさい」

「私は短大卒業後に東京・新宿にある食品も扱う専門商社に入社しました。最初は人事・総務を担当していました。その仕事は楽しく自分に向いている仕事だと思っていたのですが、2年後に突如、システム開発部に異動となったのです。希望を出したわけではなく、望まない部署だったので、目の前は真っ暗。会社を辞めるかどうか非常に悩みました」

当時は所沢市の自宅から新宿まで長距離通勤する会社員。一方、家業の「ぎょうざの満洲」店舗は10店ほど。先頭に立って働く社長の金子氏とのすれ違い生活は続いていた。そんな状況で、悩む娘に対し父がかけたのは「会社のためではなく、自分のために働きなさい」という言葉だった。

本社横にある川越工場
撮影=島崎信一
本社横にある川越工場 - 撮影=島崎信一

「その言葉の真意を問いただしたわけではないのですが、『仕事を与えられる』受け身の立場ではなく、能動的に働けば道が開けるという意味だったと今になって思います。当時の私の心にはスーッと入ってきて、自分のために働いてみて楽しくなればいいし、ダメなら仕方ないと思いました」

父の言葉通りにしてみると、不慣れだった情報システムの仕事を学ぶうちに興味が芽生え、徐々にスキルも上達した。当時は目新しかったエクセルを導入した時は各部署への教育係も務めたという。

充実していた会社員生活だったが結婚と同時に退職。家事に専念しようと思っていた矢先、父に「結婚式まで日があるなら、うちの会社を手伝って」と言われ、1986年に入社する。式までの腰掛け気分だったが仕事が面白くなり、そのまま在籍した。

■「嫌われ役」でも屈しない

「入社して感じたのが、会社のシステム化の遅れです。前職の経験を生かして表計算ソフトや経理ソフトを導入するなど、社内業務をシステム化していきました」

「ウィンドウズ95」が日本に上陸したのが1995年。その9年前の話だ。当時は個人が使うパソコンはなくオフコン(オフィス用コンピュータ)の時代。多くの会社では「社内のOA化(Office Automation=定型業務の自動化)」が言われていた。

“20代半ばの社長の娘”の取り組みを好意的に受け止めた人ばかりではない。

「メニューレシピをグラム単位でマニュアル化した時、現場の調理人からは『俺たちは経験でやっているんだ!』と猛反発を受けました。職人のプライドを傷つけてしまったというところでしょう。

ですが、誰が調理してもお客さまにいつでもおいしい料理を提供するためには最低限“ぎょうざの満洲の味”を数値化し、味のバラつきをなくす改善が必要でした。また、食材の管理面や技術において彼らの業務負担を軽減することになる。

そうして現場の方たちに材料を計量する必要性を説いて回りました。創業者の父も調理部門にいた兄(利行氏、現・調理チーフ)も私を支持してくれたので、社内の意識は徐々に変わっていきました」

池野谷社長は「当時の私の役割は会社の課題解決係でした」と話す。「嫌われ役」を担った感もあるが、持ち前の明るさで「そこまで苦労は感じなかった」と語る。ベースにあるのは、本人の明るさと前向きな気持ち、なにより会社を思う気持ちだろう。

■自社農園の意外な役割

埼玉県所沢市で開業した町中華からスタートしたぎょうざの満洲には、「小さく産んで大きく育てた」活動が目立つ。その象徴が自社農園「満洲ファーム」だろう。工場から車で10分程度の場所に、東京ドーム2個分の広大な畑をもつ。

前編でも触れたように、もともと池野谷社長は農作物に対し強い思いがあったわけではない。夫の実家が兼業農家で、その隣に自宅を建てたことで、日々採れたての野菜を食べるようになってからだ。

「食すだけでなく、農業を手伝うようになりました。野菜やお米を自分でつくると、そのおいしさとありがたさもわかりました。そうなると、店で提供する料理にも、もっと鮮度のいい安心できる材料を使おうと決意したのです」

もともと生産農家との交流に熱心だったが、兼業農家に嫁いだことにより、その活動に拍車がかかったのは2010年代で、食材の国産化や自家製を掲げひとつひとつ実現していった。満洲ファームは2014年に設立している。

ラーメンに使用するチャーシュー、メンマも自家製。わかめは乾燥を戻したものではなく、生わかめを使っている。
撮影=島崎信一
ラーメンに使用するチャーシュー、メンマも自家製。わかめは乾燥を戻したものではなく、生わかめを使っている。 - 撮影=島崎信一

製造業の取材では「まずはラボレベルで試す」という話も聞くが、同社の“ラボ”(実験室)には池野谷家も含まれるようだ。採れた野菜を家庭料理で試した結果、発想が広がり、社内でメニュー開発した例も多い。例えば、「よだれ鶏」は自宅の庭で採れた山椒の実から生まれたメニューだ。

現在、ぎょうざの満洲の最重要項目は健康だ。餃子の餡は豚肉の脂身を3割減らし、その分赤身を増量、チャーハンは玄米と白米で作るように。さらにラーメンのスープは豚系の使用をやめて鶏系を増量し、魚介と野菜から出汁をとったものに変わっている。一部従業員の反対がありながらも、売り上げは増加、顧客の満足感を高めた。

こうした改革は、前編で記したように、父の病、そして自身の健康に端を発している。「毎日食べてもおいしくて健康的な餃子」に切り替えたことが、結果としてぎょうざの満洲を良い方向に動かしたと言えるだろう。

「チャーハンと焼き餃子」。チャーハンは白米と玄米を半々で使用している
撮影=島崎信一
「チャーハンと焼き餃子」。チャーハンは白米と玄米を半々で使用している - 撮影=島崎信一

■ピンチを救ったお惣菜

ぎょうざの満洲の業績を数字で示すと、最新の2024年6月期は約96億円。2003年は24億5500万円だったので20年で約4倍に拡大した。

2019年1月には川越市に本社・工場を移転。同年は83億6500万円を計上して順調だった社業に影を落としたのが、翌2020年から猛威を振るった新型コロナウイルスだ。

「川越の新工場稼働後にコロナ禍となり、工場の生産品目であるスープやタレなどの需要も落ち込みました。打開策として惣菜開発に力を入れることにしました。現在、ビールのおつまみとしての人気の『山形県産 塩ゆで秘伝豆』(普通サイズは税込み200円)はこの時期に開発した惣菜です」

コロナ禍で外食業界が厳しい業績となる中、同社の落ち込みは軽微だった。持ち帰り生餃子や惣菜の売り上げ比率が高かったこと、店も商業施設ではなく駅前路面店が多かったことも味方した。コロナ禍の2021年売上高も2019年比約92%で着地できた。

いまでも持ち帰り生餃子は人気で、テイクアウト商品が売り上げの35%を占めるという。

■独特な出店戦略

地道に店舗拡大をする同社の歩みは、狩猟型/農耕型に分けると間違いなく後者だ。数値目標に突き進む会社ではない。

「ありがたいことに出店オファーも多くいただきます。最近では東京23区内の駅前店舗を見たビルオーナーの方から、同じ沿線でご自分が所有する駅ビルに出店しないかとお声がけをいただいて出店に至りました」

出店の基本は、工場から90分以内に配送できるエリア。そして都心ではなく都心に向かう沿線の駅前や駅構内の商店街。こうした場所は天候に左右されにくいからだ。

興味深いのは、閉店する店舗がほとんどないことだ。売り上げが悪くてもすぐに撤退しないのは、「地域の顔になるまでは時間がかかる」と考えているからだそう。

家賃の上限を決め、既存店の売上高が前年を下回ったら、翌年は出店を抑えるという堅実な出店戦略をとっている。

関西に出店したのは2012年9月で、前年に起きた東日本大震災で出店エリアのリスクヘッジ(危機管理・対応)をしたという。

ぎょうざの満洲の店舗で例外といえるのが、群馬県・老神(おいがみ)温泉にある旅館「東明館」の開業(2010年)だ。ここは先代・金子氏の故郷だった。社内の猛反対を押し切って決断したという。同館ではほぼ「ぎょうざの満洲」と同じメニューを楽しめる。

「東明館」公式サイトより
「東明館」公式サイトより

「開業時は『温泉旅館で中華なんてうまくいくはずがない』という声もありましたが、現在は浸透。逆に『中華料理が食べられる温泉旅館』として予約される方も多く、リピーターも増えました」

■だから上場はしない

自分のために働きなさいと、父・金子氏は言った。では現在、池野谷社長は何のために仕事をしているのだろうか。筆者には「自分」だけではなく、家族、そして従業員、さらにはお客のために働いているように見える。

近年、池野谷氏には「上場しないか」というオファーも多いが、そのつもりはない。

「原材料費は3割を維持、人件費・その他経費が3割ずつ、残りの1割が利益になり、お客さまに還元できるように努めてきました。上場して利益を過度に追求するとそれが難しくなってしまう。

当社で働く方には、兄弟で勤務される方もいれば、親子2代でという方もいます。ありがたいことに、われわれの掲げる経営に満足していただく方が多いのだと思っています。ですので、これからも地道に『3割』の経営を続けていきたいと思っています」

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)、2024年9月26日に最新刊『なぜ、人はスガキヤに行くとホッとするのか?』(プレジデント社)を発売。

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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)

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