社会人の「今から勉強してIT人材に転身し年収増」は可能なのか…大学教授が勧める"最初のプログラミング言語"
プレジデントオンライン / 2024年11月5日 8時15分
■ニトリが従業員に「ITパスポート」取得を促すと話題に
昨今は、DX、デジタルトランスフォーメーションが注目のバズワードとなり、企業も様々な取り組みを進めているが、DXを推進するための人材を育成しようと、IT関連の資格も注目されている。
たとえば、2023年には家具・インテリア小売業のニトリが約1万8000人いる従業員の8割にITパスポートを取得してもらうという日経新聞の記事が大きな話題になった。
ニトリの意図は、ITパスポートの資格取得によってすぐに現場の業務改善が進む、といった短期的な視点ではなく、社員のITに対する意識の底上げや、意外とITできるかも私、といった社員自身による気付きとそこから始まるリスキリングといった中長期的な視点にあるのだろう。
また、ITパスポートに限らず、筆者が企画・設計・分析した「いい部屋ネット街の住みここちランキング」の回答者に対して2022年に行った追加調査のデータを分析してみると、IT関係の資格を取得すること自体は、個々人の年収にはほとんど影響を及ぼさないことがわかっている。
IT関係の資格が個々人の年収に影響を及ぼさない背景には、日本社会では、個々人の給料は個々人の能力ではなく、どの業界のどの企業に就職したかで決まることがある。
■個人の年収は業種と企業規模で決まる
国税庁の令和5年の「民間給与実態統計調査」によれば、業種別で平均年収が高いのは、電気・ガス・熱供給・水道業の784.1万円、金融・保険業の606.5万円、情報通信業の606.0万円で、平均年収の低い業種は、宿泊業・飲食サービス業の150.4万円、農林水産・鉱業の260.6万円、複合サービス業の305.9万円、サービス業の306.4万円、卸売業・小売業の321.2万円などとなっており、全体平均は387.3万円となっている。
一方、企業の従業員数では、最も平均年収が低いのは1~4人の314.0万円で、従業員数が多くなれば平均給与が上がっていき、1000人以上5000人未満では449.2万円となっている。
このように日本では業種と企業規模で給与が大きく違い、個々人の能力が給与に反映されにくい仕組みになっている。
そして、業種や企業規模にかかわらず年功序列の傾向も強く残っており、55~59歳の年収は25~29歳の概ね1.5倍程度で、従業員5000人以上の企業の55~59歳年収は651.9万円となっている。
日本の平均年収は下がり続けているというニュースがよく報道されるわりに、その実感がないのは、個々人で見れば年功序列の給与体系によって、ちゃんと年収が上がり続けているケースが多いためだ。
■日本のIT人材は分断されている
業種別の年収を見ると、情報通信業の給与がかなり高いことから、IT系の資格があれば年収があがりそうなものだが、そうならないのは日本のIT人材が分断されているためだ。
米国では、雇用の流動性が極めて高いためIT人材はプロジェクト単位で働く場所を変えていき、経験を積み重ねて年収を上げていく。また、米国では個々人の年収は職種ごとに違い、同じ会社にしても日本のような年功序列ではない。
日本では、逆に雇用の流動性がまだまだ低いため、プロジェクトが終わったからといってIT人材を解雇することができず、かといって遊ばせておくこともできない。
そのため、情報通信業のSIer(エスアイヤー)と呼ばれるIT専門会社が、プロジェクト単位で人材を確保するための人材プールとしての役割を担っている。
■IT資格があっても年収が上がるわけではない
SIerには、NTTデータ、IBM、富士通、野村総合研究所(NRI)といった会社があるが、例えば、NRIの2023年3月期決算短信を見ると、情報処理技術者試験の資格取得者数は、ITストラテジスト413人、システムアーキテクト1006人、プロジェクトマネージャ1043人、ネットワークスペシャリスト1045人、データベーススペシャリスト1043人、情報セキュリティスペシャリスト1172人などとなっており、ITパスポートどころか応用情報技術者ですら集計対象となっていない。
これは、スキルの面でもIT人材が分断されていることを示している。システムを発注するユーザー企業では、ITパスポートを取りましょう、と従業員に促している一方で、システムを作っているエンジニア集団からみれば、より高いスキルが求められ、実際に難易度の非常に高い、いわゆる高度資格と上記資格保有者が非常に多い、ということだ。
そして、そのスキル差、専門性の高さを背景として、NRIの従業員数は7206人で平均年齢は40.2歳、平均勤続年数は14.3年、平均年間給与は1272万円となっている。
経済産業省の資料でも「我が国では、欧米等と比較して、IT人材がIT関連企業に従事する割合が高く、ユーザー企業に従事する割合が低い」「DXを進めているユーザー企業においても、IT人材の給与水準は、全社的な給与水準とほぼ変わらない傾向が見られる」と指摘されている。
つまり、現時点では、一般企業で働いている人がITの資格を取得したとしても、年収が上がったり、ITの専門的な仕事での成果に繋がったりするとは限らない、ということだ。
■最初のプログラミングにおすすめなのはExcelのVBA
これから就職する学生なら、IT関連の資格を取得し、業種を選ぶことも可能だが、今すでに働いている人は、ITに対してどう向き合えばいいのだろうか。
ITに限らずスポーツでも趣味でも、実はやってみないと、好き嫌いや得意不得意がわからないことは多い。その最初のリトマス試験紙としてITパスポートを受けてみることに、意味はあるだろう。
ITパスポート資格試験では実はプログラミングの知識はほとんど要求されず、具体的内容としては、「新しい技術(AI、ビッグデータ、IoT など)や新しい手法(アジャイルなど)の概要に関する知識をはじめ、経営全般(経営戦略、マーケティング、財務、法務など)の知識、IT(セキュリティ、ネットワークなど)の知識、プロジェクトマネジメントの知識など幅広い分野の総合的知識を問う試験です」と説明されている。
最近はプログラム言語としてはpythonが有名だ。pythonは言語としては比較的シンプルだが、パソコンでの環境構築に手間がかかり、コードを書くハードルも高い。
そのため、最初のプログラミングとしてオススメなのは、Office365さえインストールされていれば環境構築なしで使えるExcelのVBAだ。
pythonを業務用パソコンにインストールするには、普通は会社の面倒な手続きが必要で、しかも通常の業務ではどう使えばいいかわからないことも多い。
その点、ExcelのVBAならなんの手続きもいらず、日常業務で使っているExcelデータに対する自動化や、住所データからスペースを削除するといったちょっとした処理にもすぐに使える。
■転職で年収を上げられる可能性もある
VBAに抵抗感があまりなければ、次の段階としては、記述統計やクロス集計、相関係数や回帰分析といった基本的なデータサイエンスに取り組むのがいいだろう。
さらに、ITの世界ではプロジェクトマネジメントという手法がある程度確立しており、プロジェクトマネジメントの知識と経験はシステム開発以外でも役に立つ。
日本のIT人材は分断されているとはいえ、こうしたアプローチでIT人材の要素を一つずつ身につけていくこともできるようになっている。
そうしたスキルと経験を積めば、転職によって大きく年収を上げることができる可能性も高まっている。
前述の経済産業省の資料にも「我が国でも、優秀なデジタル人材の新卒・中途採用を行う際に、通常よりも高い報酬水準を設定する例がみられるようになっている」との記載がある。
■これからの時代は約50年働くことになる
厚生労働省の簡易生命表(令和5年)によると、大学卒業時点の22歳男性の平均余命は59.5歳、女性は65.5歳となっている。つまり現時点で大学を卒業してから男性で81.5歳、女性で87.5歳まで半数は生きることになる。
これは、これからはだいたい50年くらいは働くことになりそう、ということだ。
そして、1995年頃からパソコンが普及し始めパソコンを使えるようにみんなが努力してきたように、2024年の今では、基礎的なデータサイエンスの素養や多少のプログラミングができることが要求され始めており、生成系AIを使いなすことも大切になると言われている。
これは、大学までに学んだことだけでは、50年の職業生活を全うできなくなったということで、普通に生きていくためのハードルも上がっているということでもある。
そして、未来にどんなスキルや知識が必要とされるのかをあらかじめ予測することはできない。
だとすれば、50年働くために最も必要な能力は、今、何が自分にとって必要で、それをどうやれば身につけられるのかを自らが判断し、身につけるための努力を続けていく、自学自習の能力だ。
そして、世界中の知識や経験がインターネットを介して、集合知として誰でもどこでも利用できるようになった今なら、自学自習のハードルは劇的に下がっている。
ITに関して言えば、その最初の入り口がITパスポートなのだ。
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麗澤大学工学部教授
博士(社会工学・筑波大学)・ITストラテジスト。1965年北九州市生まれ。九州工業大学機械工学科卒業後、リクルート入社。通信事業のエンジニア・マネジャ、ISIZE住宅情報・FoRent.jp編集長等を経て、リクルートフォレントインシュアを設立し代表取締役社長に就任。リクルート住まい研究所長、大東建託賃貸未来研究所長・AI-DXラボ所長を経て、23年4月より麗澤大学教授、AI・ビジネス研究センター長。専門分野は都市計画・組織マネジメント・システム開発。
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(麗澤大学工学部教授 宗 健)
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