タワマンが増え続ける街にはしたくない…異例の「タワマン禁止令」を打ち出した神戸市長の危機意識
プレジデントオンライン / 2024年11月20日 9時15分
■“タワマン規制条例”を打ち出した神戸市
神戸市は4年前、独自のまちづくりを打ち出し、世間を驚かせた。中心市街地の三宮駅。2020年7月、その周辺でタワーマンションの新築を規制する条例をつくったのだ。三宮を中心に、地区内において住宅等の新築を規制する「都心機能誘導地区」を設定。これによって、中心市街地にタワーマンションを建設することが困難になった。
“タワマン”は人口を一気に増加させ、民間業者に富をもたらす、言わば“魔法の杖”とも呼ばれる。日本全体で人口減少が進む最中、各自治体はその存続をかけて人口の奪い合い競争を繰り広げている。都市の眺望や駅へのアクセス、ハイスペックな施設を備えるタワマンは、消費者のニーズが高い。そのため自治体にとっては、人口を獲得する選択肢の一つと言える。
実際、大阪にアクセスが良い兵庫県の複数の駅には、近年、高層マンションが相次いで出現している。駅徒歩圏内の好立地では、マンション建設を見込む不動産業者によって水面下で地上げも起きている。もし神戸市に“タワマン規制”がなければ、デベロッパーや不動産業者が莫大な市場価値を見逃すはずがない。
大きな流れに逆行するかに見える施策に踏み切ったと言える神戸市の狙いは一体どこにあるのか。
■本来であれば人口増加は望ましいことだが…
全国有数の“人気タウン”と言える神戸市であっても、人口減少の波には逆らえない。神戸市の久元喜造市長は、2023年10月の定例会見で、去年10月1日時点の推計人口が150万人を割り込んだと発表した。
「以前から神戸市は人口減少傾向にあり、150万人を今年中に割り込む可能性が高いとお話をしてきましたが、今月10月1日時点の推計人口は149万9887人になりました。9月1日時点が150万693人でしたので、前月比で806人減です。これは少子高齢化の進展による自然減の傾向が継続しているためだと思います。
今求められていることは、この人口減少幅をいかに抑制するかということ、そして、人口減少時代にほとんどの自治体が直面しており、我が国も直面をしているわけですから、この人口減少時代にふさわしいまちづくりをどう進めるのかが大事だと考えています」
人口は、都市の活力の“バロメーター”とも言われる。増加すれば都市は繁栄し、減少すれば税収が下がり、必要な行政サービスを維持するのが難しくなる。まして激化する都市間競争の中では、有効な施策が打てない自治体は駆逐され、最悪の場合、“消滅”への道を進みかねない。
■「人口増」の目標をたてるのは非現実的
人口減少への対策は、都市が生きるか死ぬかを左右する極めて重要な政策課題だ。当然、会見では記者から認識を問う質問が相次いだ。久元市長は次のように答えた。
「我が国の将来人口推計では、国立社会保障・人口問題研究所が出す推計が一番権威あるものとされていますが、日本の人口はこれからずっと減っていきます。こういう段階に入った国が、再び人口増に入る可能性はほぼない。これは、およそその道の専門家の間に行き渡っている見方です。
そういう中で、神戸市以外のほとんどの自治体にも当てはまることだと思いますが、神戸市が独自に人口増という目標をたてることは、非現実的でしょう。やはり人口減がこれから続く、人口減少幅をどれだけ抑制するかが現実的な政策目標だと思います」
“今後、人口が増加に転じる可能性はほとんどない”という認識を示した久元市長は、真正面から現実の厳しさを自覚しているように思われる。それならば、タワマン建設という“魔法の杖”は喉から手が出るほど魅力的に見えるのではないか。その真意に迫るため、インタビューを行った。
■タワマンが抱える“震災リスク”
公務の合間を縫って、約1時間のインタビューに応じた久元市長。何度も強調したのが、都市の“持続可能性”だ。
「マーケットのニーズとしては都心に住みたい。マーケットに委ねると都心は高層タワーマンションが林立する街になります。高層タワーマンションが林立する街は遠目には繁栄しているように見えるけれども、持続可能性の面で大きな問題がある」
日本のほとんどの自治体が避けられない人口減少。それを前提として考えたとき、“タワマン”は都市の持続可能性を奪いかねないという。熟慮の結果、神戸市は中心市街地にタワマンを林立させることに否定的態度をとるという判断を下した。その背景には、神戸市ならではの経験があった。
まず、市が懸念しているのが、中心市街地への人口集中による防災上のリスクだ。1995年の阪神・淡路大震災。道路や水道などのインフラも大きな打撃を受け、自治体は被災者の対応に追われた。
久元市長は震災の経験をふまえて、次のように語った。
「極めて狭いエリアに大量の高層タワーマンションの居住者が出てくることは、災害時にも懸念があります。神戸は29年前に震災の経験をしました。水道は90日くらい供給停止。下水は100日以上停止しました。その時は高層タワーマンションはまだ少なかったけれども、もしもこの都心の極めて狭いエリアに高層タワーマンションが林立することになれば、長期間大量の被災者が、エレベーターが止まったマンションの中で暮らしていけるでしょうか。そういう災害対応の懸念があります」
■都市への人口集中には問題がある
「行政のリソースには限界があります。高層タワーマンションの中に被災者が多数取り残され、そこをケアしなければいけないことになれば、全体の災害応急対策のオペレーションが影響を受けるでしょう。全体最適を考えた時に、人口が都心に集中することは問題があります」
「そう考えれば、神戸市として三宮駅に近接するところは、そもそも居住目的の建築物はできないようにする。その周辺の商業エリアは、容積率のボーナスをなくして、高層タワーマンションを建てにくくなるようにしました。今、建設中のタワーマンションがありますが、これは私が市長になった時にすでに計画が決まっていたものです。これが最後で、今のルールが維持される限りにおいて、神戸で高層タワーマンションが建設される可能性は極めて低いのではないかと思っています」
■戦争で“砂漠”のようになり、急速に復興した
もう一つ、市が懸念しているのが、「郊外」の人口減少である。それを理解するために、ここで神戸の人口をめぐる紆余曲折の歴史を少しばかり概観しておきたい。
1868年(慶応3年)の開港当時、神戸は人口わずか2万人余りの小さな港町だった。人々は港を通して世界に窓を開き、実に多様な文化の吸収に努めた。西洋と東洋が交差し、瀟洒(しょうしゃ)な建造物が立ち並んだ。独自の民衆文化が花開く国際都市。1939年、人口は100万人を突破した。
しかし、そのエキゾチックで美しい都市は、戦争によって容赦なく破壊された。造船、鉄鋼などの基幹産業が集中する神戸は、米国軍の重要な戦略爆撃目標の一つとされていたためだ。1945年6月5日までの大空襲で、神戸市の市街地面積の6割が破壊され焦土化した。
敗戦直後の神戸をカラー映像で撮影した従軍カメラマンは、「まるで砂漠のようだ」と語った。人々の生活は崩壊し、都市機能は停止した。1945年、人口は約38万人まで減少した。それでも多様な人々の力で復興は急速に進んだ。
敗戦から11年後、1956年には再び人口が100万人超に回復。神戸の街は驚くべきスピードで復活した。
■山地を切り開き“ニュータウン”を開発
ところが、高度経済成長期、新たな課題に直面する。都市部への人口集中だ。六甲の山並みと海岸線にはさまれた狭いベルト地帯に、ぎっしりとビルや家々が集中。神戸は全国で1、2を争う過密地帯となった。
当時、六甲山系を挟んで「1対9」という数字がよく例に出された。神戸市の全区域のうち、海に面した市街地は約10%にすぎないが、逆に全人口の90%がこの狭い区域にひしめき合っていた。1970年、人口は128万人を超えた。
こうした中、市は大胆な施策を講じる。「山、海へ行く」と呼ばれる巨大土木事業である。山地を切り開き宅地を造成し、いわゆる“ニュータウン”を開発した。
NHKのアーカイブには、高度経済成長期の神戸の映像が残されている。当時、六甲山の山腹のあちこちで宅地造成が行われていた。山肌を発破する映像は、高度経済成長期を生きていない私たちの世代には衝撃的だ。
(新日本紀行「丘に上がった神戸~兵庫県神戸市~」1969年)
削られた山の土は、海へ運ばれ、港湾開発に利用された。コンテナ埠頭、流通施設などが整備され、神戸港は貿易の拠点として発展した。そして、ニュータウンは爆発する人口の受け皿となった。震災で人口が減少したが、再び人々は復興を進めた。2010年、人口は154万5000人のピークに達した。
■高度経済成長期には利権に食い込む“反社”も暗躍
歴史の荒波の中でたびたび危機に直面するも、神戸の街は、生き延びるための変化を続けてきた。しかし、高度経済成長期の都市の変化には代償がつきまとった。
当時、宅地造成をめぐる詐欺事件が発生し、ずさんな工事が人命を危険にさらした。大規模な土砂崩れも発生し、多くの命が奪われた。光が濃いほど闇も深い。“港湾”“土建”の利権に食い込む反社会勢力が“高度成長”したのもこの時だった。
そして、変化の代償は、未来にまで深刻な影を落とす可能性が出ている。ニュータウンの高齢化だ。かつて新しかった街は、“オールド・ニュータウン”と呼ばれるようになった。
“郊外”が人口減少するということ、それはとりもなおさず、都市部への人口集中が続けば郊外の衰退に拍車がかかり、やがては都市機能を維持できなくなるという、これまで誰も解決したことがない難題である。
そこで市が取り組んでいるのが、市内を“面”で捉えた再開発だ。三宮は国際都市神戸の象徴として、商業施設やオフィスを新たに整備。現在、駅前では複数の大規模プロジェクトが進行中だ。そして、人口減少の危機に直面している郊外の駅周辺は、多様な世代が生活できる場としてリノベーションする計画となっている。
点ではなく、“面”の再開発を行う前提となったのが、市内全体に広がる鉄道網である。これまで人々の生活に根付いてきた、この既存インフラを軸として地域全体を捉え直し、都市としてのバランスを維持していこうとしている。
■既存のインフラを積極的に活用
久元市長は、「街全体のビジョンをつくる役割は、自治体の使命」として、次のように語った。
「人口減少時代のまちづくりは、新たなインフラ投資が必要な面もありますが、既に行われてきた投資、既に存在しているインフラ、これをいかに活用するかが非常に大事です。特に大都市において、神戸も開港以来150年余り、戦前からさまざまな投資が行われ、蓄積され、相当なインフラ資産を有しています。これをいかにうまく活用するのか、それらを適切にメンテナンスしてできるだけ長く賢く使っていきたい」
「バランスの取れたまちづくりをしていく。その際は神戸が戦前からつくり続けてきた鉄道インフラを賢く使うことです。鉄道網が発達していますから、郊外の主要な駅をいくつか選定をして、ここを思い切ってリノベーションしていく」
■民間の鉄道を約200億円で買収し市営化
さらに市は、4年前には郊外にのびる民間の鉄道を約200億円で買い取り、市営化した。
運賃は最大で半額にした。郊外を暮らしやすくし、人口減少に向き合おうという本気度が伝わってくる。鉄道買い取りを決めた経緯を、市長は次のように語る。
「北神急行電鉄という路線が、新幹線の新神戸駅からほとんどトンネルで山の向こうの谷上駅まで出て、市営地下鉄と相互乗り入れをしていましたが、片方は民間鉄道会社で、片方は市営地下鉄ですから、初乗り料金が発生したわけです。
そこで思い切って神戸市営地下鉄が北神急行電鉄を買収しました。初乗り料金がなくなり、終点の谷上駅と三宮駅との料金が550円から280円へと半額になりました。これも、既にある鉄道インフラを賢く使うことの一例です。そうすると、谷上から三宮は、だいたい11分ぐらいなので、郊外の谷上から神戸電鉄という私鉄で連結され、そういう郊外エリアのポテンシャルも高まります。」
■長期的な視点で暮らしやすさを高めていく
「コロナの影響はありましたが、この市営化と料金引き下げにより、乗客数はコロナ前より40%ぐらい増加しています。こういう形で郊外のポテンシャルを生かす。そしてここのエリアは近くに里山や茅葺民家もあります。農村舞台もあります。こういう豊かな自然と文化が一体となったエリアが、私たちのライフスタイルの中で選考される可能性がこれから出てくるのではないかと思っています。
そういう長い目で見た移住・定住のニーズを適切な投資を行うことによって、そして既存のインフラを賢く使うことによって、新たな人口増に結びつけていこう。目先の人口増ではなく、より息の長い取り組みをこの人口減少時代にふさわしい形で展開していこうというのが神戸市の考え方です」
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NHK報道局 社会番組部 ディレクター
1982年熊本県生まれ。2006年NHK入局。旭川放送局、大型企画開発センターなどを経て現職。NHKスペシャル、クローズアップ現代の取材・制作を担当。担当に「戦後ゼロ年東京ブラックホール1945–1946」、「東京ブラックホールII 破壊と創造の1964年」、シリーズ「2030 未来への分岐点」、「OKINAWA ジャーニー・オブ・ソウル」など(いずれもNHKスペシャル)。
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(NHK報道局 社会番組部 ディレクター 森内 貞雄)
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