体調が優れない日も家事がきちんとできない自分を許せない…完璧主義の女性の心を解いた医師のある質問
プレジデントオンライン / 2024年10月31日 16時15分
※本稿は、清水研『不安を味方にして生きる:「折れないこころ」のつくり方』(NHK出版)の一部を再編集したものです。
■親の教育方針と「must」
自己肯定感が低いままだと、生きづらくなります。その背景には「must」の存在が強くあり、「must」が生まれるプロセスの多くには親の教育方針が関与しています。
たとえば、「一流の学校を出なければダメだ」という親の価値観を引きずり、「学歴が低い自分はダメだ」という自己否定と長く(時に一生)闘うことを余儀なくされるなどです。
では、自己肯定感の低さは親の責任なのかという疑問が生じますが、これについてはさまざまな見方ができます。子供をコントロールし、強い負の影響を与える親は「毒親」と呼ばれますが、その表現には賛否両論あり、多様な意見があることが見てとれます。
そのひとつは、自分の在り方を省みるための視点です。親の強い支配に苦しんでいる人にとっては、支配者に「毒親」と強烈にネガティブなラベリングをすることで親と自分を切り離し、自由になれると思えるのかもしれません。
■自己肯定感の低さは「毒親」のせいなのか
一方で「自分は悪くない」という免罪符を得ることになり、「こうなったのは親のせいだからしょうがない」と、自分の在り方を省みなくなるという意見も聞かれます。
また、親の立場からすれば、子供のことを一生懸命考えての行動であり、その背景にはひと昔前の価値観や親の親(子供の祖父母)からのしつけの影響もありそうです。自己否定は世代間で連鎖するという事実は知られており、「毒親的な行動」は受け継がれるとも言われます。そうなると、子供のために良かれと思っている親を「毒親」と決めつけるのは酷ではないでしょうか。
さらに、子供に対する支配の程度によっても、「毒親」の意味合いは変わってきます。「毒親」を超えて犯罪者と言うべき虐待もある一方で、子供の被害意識が強いあまりに「毒親」とラベリングしているようなときは子供の意見に反発したい気持ちが生まれます。
このような多くの視点があるので、私は自己肯定感が低いことの苦しみは「毒親」によるものだと単純化することはできません。ただ、苦しみの多くは親との関係に端を発しているのは確かであり、その人が自分の親を「毒親」だと思わざるをえない気持ちを否定してもいません。
■親と対等な関係になって感じたこと
私自身も、自己肯定感の低さに苦しんできました。両親は「おまえは詰めが甘い」「努力が足りない」と厳しい言葉を投げつづけ、私は自分に自信がもてませんでした。高校生の頃は周囲の評価ばかりを気にして、自分自身を見失っていました。
一時期は両親の育て方に怒りが湧き、かなり反発していましたが、いまは文句を言う気持ちはなくなりました。終戦前後に生まれた両親にはやむを得ない事情があったと理解でき、育ててもらったことにも感謝しています。
私個人の考えですが、親の心理的支配と闘っている最中には、ときに親を「毒親」とラベリングするような、劇薬と思える方法も必要な場合があります。闘いのあとで支配から離れられたら、親と真に対等な関係を築けます。そのときには「毒親」のような強い言葉は必要がなく、むしろ違和感をもつのではないでしょうか。
「あなたと親の関係など、私の悲惨な経験からすれば甘いものだ。だからそんなことが言えるんだ」と思う人もいるでしょう。親という存在に対する想いは人それぞれですが、私の体験からはそう感じます。
■なぜ自分に厳しいのか
抗がん剤治療の終了後、なかなか体調が元に戻らない古田恵理さんが、また私の診察室を訪れました。前回の診察の際に、きちんと家事をこなせないご自身のことを否定する古田さんに対し、私は「なぜ自分のことは厳しく律しようとするのか、考えてみてください」とお願いしました。そのときから2週間がたちました。
「前回のとき私は、古田さんがご自身に厳しい考え方をするとお話ししました。その後どのようにお過ごしですか」
「相変わらず“こんな自分じゃダメだ”と思ってしまい、落ち込んでいます。先生に言われて、“そこまで完璧を求めなくてもいいじゃない”と思うのですが、つい“それじゃダメだ”という想いが勝ってしまうんです」
「なぜ自分をそこまで律するようになったのか、その原因を考えてみたでしょうか?」
「いろいろ考えてみましたが、あまり思いあたりません。やっぱり自分が弱い人間だからではないでしょうか」
「must」から自由になる方法は、その程度によって異なります。自分の規範意識が強すぎると気づき、意識的に改められる人もいます。
■過去を振り返る作業
一方で、古田さんもそうですが、「must」の束縛に気づいても、なかなか考え方のクセから逃れられない人は多くいます。その場合、次のように過去を振り返る作業をします。
まず、ある質問から始めます。
「子育ての経験がある古田さんなら実感されているでしょうが、子供は完璧主義ではないですよね。古田さんも、幼い頃はのびのびと自分の欲求や感情のままに生きていたでしょう。いまのように完璧主義になったポイントがあったと思うのですが、いつからそのような“きちんとしなくては”という考え方が芽生えたんですか?」
「父によると、小さい頃の私はやんちゃでわがままだったそうです。振り返ってみると、変わったのは、12歳のときに母が病気で亡くなってからかもしれません。仕事をしながら私と2歳年下の弟を育てていた父はとても苦労をしていました。そんな父を見て、心配や迷惑をかけてはいけないと考え、家事を手伝うようになりました」
「古田さんなりに、家族を守ろうとがんばってこられたのですね」
「父が“恵理ちゃんが手伝ってくれてとても助かるよ”とほめてくれると、とてもうれしかった。母はしっかりした人だったので、子供ながらに母の代わりになろうとしていたのかもしれません。父から“そんなにがんばらなくてもいいよ”と言われるくらい、しっかりしようとする意識に拍車がかかっていました」
家族を支えようとずっと一生懸命だった古田さんの小さい頃の姿を、私は想像しました。
■「must」からの解放
古田さんがなぜそこまできちんと家事をこなすことに執着するのか不思議に思っていましたが、子供時代のエピソードを聞いて、謎が解けた気がしました。そして、次のように声をかけました。
「古田さんのきちんとしなければならないという考え方は、子供のときの経験からできあがったんですね。“お父さんに迷惑をかけないよう力になりたい”と、小さい頃からがんばってきたのでしょう。
けれど、いまはご主人や娘さんを頼っても十分やっていけるんじゃないでしょうか」
「そうかもしれません。夫も娘もとてもやさしいから、甘えてみようかしら」
その後外来でお会いしたとき、ご自身をがんじがらめにしていた「must」から少し解放されたのか、古田さんの表情はこころなしかやわらかく見えました。そして、家事ができないときも「体調が良くないのだからしょうがない」と少しずつ思えるようになり、ご家族と協力しながら対応できるようになったそうです。
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精神科医・医学博士
1971年生まれ。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年、国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降、一貫してがん患者およびその家族の診療を担当する。2006年より国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科に勤務。2012年より同病院精神腫瘍科長。2020年4月より公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。
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(精神科医・医学博士 清水 研)
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