「コシヒカリBL」は本物のコシヒカリなのか…正確には別品種の新潟の推しブランド米が登場した背景
プレジデントオンライン / 2024年10月31日 18時15分
※本稿は、芦垣裕『米ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■お米で最もメジャーなコシヒカリはこうして誕生した
お米の品種の中でも最も有名なコシヒカリ。そもそもコシヒカリはどのようにして誕生したのでしょうか。
コシヒカリの産地としても有名な新潟県や北陸地方は、日本を代表する水田地帯です。元々、土地の約6割が湿田で占められており、お米以外の農作物を作るのが難しい土地だったので、農家は稲作に力を入れていました。
こうした農作環境で代表的だった品種は、コシヒカリの父親でもある「農林1号」というお米でした。
農林1号は、湿田での栽培に向き、早い時期に収穫できる早生品種です。さらに多く収穫できる性質がありながら、食味も良く、農家に人気のお米でした。しかし、病気に弱く、倒れやすいという欠点があり、1940年頃から徐々に生産が減っていきました。
一方、この頃の日本は第2次世界大戦の最中で、食料供給が逼迫(ひっぱく)していました。そこで、食糧難の解決のため、早生で多収品種という農林1号を何とか病気に強くできないかと改良が進められました。
こうして行われたのが、病気に強い「農林22号」との人工交配です。人工交配は、1944年に新潟県農事試験場が行いました。さらに、交配して実った種の中からより品質の良いものを選抜して育成し、また選抜して育成するという繰り返しを10年以上の時をかけて行います。
■「早生で多収穫」×「病気に強い」、かけ合わせで品種改良
しかし、戦後になると食糧が足りない状況に拍車が掛かり、コシヒカリよりもさらに多収品種が必要となったため、コシヒカリの育成研究はしばらく中断してしまいます。その後、コシヒカリの育成場所は福井農事改良実験所(後の福井県立農事試験場)に移ります。
実は、農林1号と農林22号のかけ合わせにより生まれた品種は、コシヒカリ以外にも、ササニシキの母としても知られる「ハツニシキ」のほか、「ホウネンワセ」「ヤマセニシキ」「越路早生(こしじわせ)」と様々でした。このうち、当初は、病気に強くて多収で作りやすいホウネンワセが生産者には喜ばれ、1955年にコシヒカリよりも早く農林水産省で新品種として登録されています。
一方、コシヒカリは当初「越南17号」と呼ばれ、味は良いが病気に弱く倒れやすいという農林1号の性質を強く受け継いでいたので、栽培が難しいとされていました。
しかし、当時の新潟県農事試験場長などが、「栽培方法を研究すれば欠点を補えるのではないか」と考え、ホウネンワセが品種登録された翌年の1956年に「農林100号」として登録されるに至りました。そして、新潟県で栽培が始まったのです。
ちなみに、お米は農林水産省に新品種として登録されると、育成した県の試験場がカタカナで品種名をつけられるという決まりがありました。
■「越前」福井県と「越後」新潟県の「コシ」にちなんで命名
そこで、育成を行っていた福井県の試験場が、「越前(福井県)と越後(新潟県)の共通の越の国で光り輝くお米に育ってほしい」という願いを込めて、『コシヒカリ』と命名したのです。
ここまでがコシヒカリ誕生の経緯です。
農林1号と農林22号の子供の中では、最初は劣等生とも言える立ち位置だったコシヒカリ。しかし、そこから大逆転を果たし、今や日本を代表するお米の品種となっている点がとてもドラマチックです。
コシヒカリは、ほぼ全国で栽培されています。ただし、北海道、東京都、沖縄県は、産地品種銘柄になっていないので、栽培されていたとしても「コシヒカリ」と表示することができません。
そして、一般的にその味の傾向は、大きく東西に分けることができます。近畿地方以西の西日本のコシヒカリは、しっかりした食感で粘りもやや少なめ、甘味とうま味も控えめな傾向です。
一方、東日本の日本海側と内陸部のコシヒカリは、柔らかくて粘りが強く、ふっくらとして甘味とうま味も強くある傾向です。また、東日本の太平洋側のコシヒカリは、適度な柔らかさと粘りがあり、甘味とうま味も適度にある傾向があります。
■本場の新潟県は「コシヒカリBL」という品種を推している
コシヒカリの産地といえば、新潟県をイメージされる方が多いでしょう。実際に新潟県は、コシヒカリの生産量でも都道府県でナンバーワンとなっています。
しかし、現在の新潟県で生産されているコシヒカリは、そのほとんどが「コシヒカリBL」という品種だということは一般的にはあまり知られていないと思います。実は、新潟県のコシヒカリには、「(従来型の)コシヒカリ」と「コシヒカリBL」という複数の品種があり、その品種をどちらも『コシヒカリ』の名前で販売しているのです。このコシヒカリBLとは、何なのでしょうか。
コシヒカリBLとは、2005年産から新潟県で導入されたお米の品種です。従来のコシヒカリは、いもち病菌への感染によって葉や穂が枯れてしまう「いもち病」に弱いという点が弱点で、そのいもち病に対する抵抗性を持たせるために作られたのがコシヒカリBLです。なお「BL」とは、「Blast resistance Lines」の略で、「いもち病抵抗性系統」という意味です。
コシヒカリBLは、従来のコシヒカリにいもち病に強い遺伝子を持つ品種をかけ合わせた後、従来のコシヒカリと連続してかけ合わせる「連続戻し交配」という品種改良技術を用いて作られます。
■病気に強く、農薬を25%も減らすことができる「コシヒカリBL」
従来型のコシヒカリのいもち病対策には農薬が使われてきました。これに対しコシヒカリBLを用いれば、農薬の使用を少なくとも従来の約25%は減らすことができ、栽培にかかるコストも安く抑えることができます。また、DNA鑑定により新潟県産コシヒカリであることを証明できるというメリットもあります。
ここまでで、従来のコシヒカリとコシヒカリBLとの違いや、コシヒカリBLの概要をおわかりいただけたかと思います。ここからは、少し難しくなるかもしれませんが、コシヒカリBLというものをさらに細かく見ていきます。
実は、コシヒカリBLというのは品種の総称で、それらを構成する種苗法上の実際の品種は、コシヒカリ新潟BL1号〜BL4号などの複数種が品種登録されており、これは従来コシヒカリとは異なる品種なのです。
例えば、「コシヒカリ新潟BL1号」は、「(従来型の)コシヒカリ」と「ササニシキ」を交配させたものを、さらに従来のコシヒカリと連続して交配したものです。これは、遺伝子的に(従来の)コシヒカリと違うものであることは明らかです。
■米の形状や品質に差がないので「コシヒカリ」と売り出せる
では、コシヒカリBLは、本当はコシヒカリではないのでしょうか。これには、さらなる事情があります。
コシヒカリBLは、種苗法に基づき農林水産省が厳正に審査をし、「いもち病抵抗性の性質があること以外は、従来型のコシヒカリと同等である」と認められたものなのです。さらに、JAS法(日本農林規格等に関する法律)では、種苗法上の品種名が別だとしても、「生産された米の形状や品質に差がないものは、検査により認定された産地品種銘柄を表示して販売できる」というルールがあります。
こうして、従来型のコシヒカリも、コシヒカリBLも、「新潟県産コシヒカリ」として販売できるとされているのです。
これには、「少し無理のある判断ではないか」と感じられる方もいるかもしれません。
■20年前のコシヒカリBLは数カ月で味が落ちていたが…
そんな違いのあるコシヒカリBLは、食味や品質にも違いがあるのでしょうか。この疑問に対し、第三者機関である日本穀物検定協会の食味ランキングでは、コシヒカリBLは従来型のコシヒカリと同等との食味評価が出ています。
私自身の経験でいえば、まだお米の販売をしていた2005年にコシヒカリBLを販売したことがあります。その当時の私の評価は、新米で炊飯した直後であれば、コシヒカリBLの食味は従来型のコシヒカリと同等でした。
しかし、収穫から時間が経ち、5月〜6月ぐらいになると甘味や香りが薄くなり、冷めてからの粘りがややなく、硬くなってしまう感じがしました。これに対して、お客様からも苦情が多く来たのを覚えています。
ただ、これは過去の話です。コシヒカリBLは毎年、その年の気候なども見て、BL何号をどの地方で使うのかが変わってきます。ただし、その情報はシークレットでわかりません。そのような工夫の成果かどうかわかりませんが、最近のコシヒカリBLは、時期による味や品質の低下がほとんどなくなってきている気がします。
このように改良を重ねてきたコシヒカリBLを最終的にどう捉えるかは、その人次第とも言えるでしょう。しかし、美味(おい)しいコシヒカリをさらに効率良く世の中に届けたいという想いから改良されてきた品種ということは事実でしょう。
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米・食味鑑定士、初音屋代表取締役
横浜で3代続く米屋の店主。水田環境鑑定士・調理炊飯鑑定士・おこめアドバイザー。取り扱うお米は、田んぼの自然環境までを自ら確認し、気に入ったお米のみ。米・食味分析鑑定コンクール国際大会の審査員を20年以上務めている。そのほか、お米日本一コンテストin静岡の全国大会、天栄米コンクール(福島県)、栃木県産米食味鑑定コンクール、飛騨の美味しいお米食味コンクールなど、多数のお米コンクールの審査員を務める。また、ふるさと納税のポータルサイト「ふるさとチョイス」のお米特集をはじめ、フジテレビ「LiveNewsイット!」など、メディアでもお米に関するコメントを行い、お米の素晴らしさを伝えている。著書に『米ビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
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(米・食味鑑定士、初音屋代表取締役 芦垣 裕)
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