「中国産のiPhone」は何も悪くない…トランプ支持者が信じる「中国が仕事を奪っている」の大いなる誤解
プレジデントオンライン / 2024年10月30日 8時15分
※本稿は、ヨハン・ノルベリ『資本主義が人類最高の発明である グローバル化と自由市場が私たちを救う理由』(NewsPicksパブリッシング)の一部を再編集したものです。
■中国は先進国の仕事を奪っているのか
コミュニティは、魅力的な仕事を提供する繁栄した企業のまわりに生まれる。そうしたビジネスモデルがもはや成立しなければ、コミュニティは崩れはじめる。その購買力によって作られた店舗や下請け業者は閉鎖し、若者たちは転出しはじめる。
これは特にアメリカのような若い国では深刻だ。工場は有機的な都市環境に建設されず、何もない場所にできてそれを核に新しいコミュニティが育ったからだ。
今日、アメリカのラストベルト地帯の一部に旅行すると、命も希望もないゴーストタウンにいるような陰気な雰囲気にとらわれてしまう。同じことが、いくつかの古いヨーロッパ工業都市でも感じられる。こうした風景を見たら、グローバル化が中産階級やよい仕事すべてを潰しているのを擁護できる者などいるだろうか?
だがちょっと待った。グローバル化がこのドラマの悪役だという証拠はあるのだろうか?
■中国がグローバル経済に参加した影響
最も広く使われる例を見よう。中国が2001年のWTO加盟後にグローバル経済に参加したことだ。
2001年から2021年にかけて、アメリカにおける製造業雇用の比率は毎年0.2ポイントずつ下がり、これは明らかに当事者たちには苦しいことだろう。
だがこの減り方は、それ以前の数十年よりも減り方が少ないのだ。1960年から2001年にかけて、製造業職の割合は年率0.4ポイント近く下がり続けている。だからこれはいきなり始まった新しい現象ではない。長いトレンドが続いているだけだ─―しかもそのペースは鈍っている。
■中国の影響以上にアメリカでは日々仕事が失われている
批判者たちは、中国からの輸入品との競争で2000年から2015年にわたり、毎年アメリカ人の職が13万件ずつ失われたと述べる。これはかなりの数に思えるが、同じ時期にアメリカ経済から消えた6000万件の職と比べると大したことはない。そうした職の喪失のうち2000万件は非自発的、つまり会社の閉鎖や移転、リストラのせいだ。つまり中国の仕事で消えた職の150倍くらいは、まったくちがう理由で失われたということだ。
だがなぜだかみんな、他の150人の失業よりもそのたった1人の失業者ばかりあげつらう。ひょっとしたらそれは、グローバル資本主義は収奪的だというお話に都合がいいから、というだけではないのか?
だがその大きな数――150――は、失業は常にあることを明らかにしている。技術は変わり、自動化する仕事もあり、必要な技能も変わる。人々は移転し、購買力もいっしょに移転する。消費者は絶えず需要を変える。いきなり、みんな旅行代理店に向かうよりオンラインで自分で旅行を手配しようとする。映画の消費はもうビデオテープ生産を必要としなくなる。ある日、朝にニュースを読むのにあまり製紙工場はいらないと気がつく。
■仕事を奪う代わりに、もっとよい仕事を与えてくれる
仕事は常に消える。決めねばならないのは、古い消えゆく産業をすべて温存しようとして、生産性と富が劣った弱い状況で消える仕事に直面するのか、それとも構造改革して、新しく競争的な産業で人を雇えるリソースや拡大する産業を持った、強い状況でそれに立ち向かうか、ということだ。
後者を選ぶなら、国際貿易ほど優れた仲間はなかなか想像できない。絶えず手法をアップグレードし、得意なことに特化できるようにしてくれるから、絶えず失ったものよりもよい仕事を生み出せるのだ。
毎年、アメリカでは6000万の職が失われ、それ以上の新しい仕事が毎年生み出される。そしてその新しい職を生んでいるのはだれか? 答はかなり予想外だ。それは中国からの輸入に最もさらされている企業なのだ。彼らは職を失うが、競争への対応として自分がもっと大きな価値を生み出せる分野に特化するのだ。
最近の研究では、中国の輸入に直面した企業は他の企業に比べて、年率2%も多く雇用を拡大したという。新しくできたのは同じ職ではない、と批判する人も多い。その通り。もっとよい職なのだ。
それは付加価値が高い、賃金が高い製造業職や、補助的なサービス業、たとえばエンジニアリング、デザイン、研究開発、マーケティングなどの分野だ。だから「中国が仕事を奪った」のが正しいなら、かわりにもっとよい仕事をくれたというのも事実なのだ。
■「中国との貿易」はむしろ雇用を生んでいる
バリューチェーンの川上に向かう方法はいろいろある。ヨーロッパ企業50万社を調べた今世紀初頭の研究では、中国との競争に直面した企業は研究開発投資を増やすことで対応したことがわかった。そして特許申請件数もこうした企業のほうが多かった。その結果の1つとして、ヨーロッパの雇用はもっと革新的な企業にシフトした。研究者たちは、中国との競争は2000年から2007年のヨーロッパ経済における技術的更新の14%を後押ししたという。
さらに、国内企業は安い輸入中間財を使うことで生産を拡大できる。輸入が地元の職を破壊するという結論を出す研究は、通常は直接の競合しか見ない。
もしスミスさん一家が中国企業の冷蔵庫を買えば、アメリカ企業の冷蔵庫は買わない。だがそれは貿易の一側面にすぎず、最大の側面ですらない。国境を越えるほとんどのものは投入財、原材料、部品で、企業が自分の製品を作るために必要とするものだ。ときには中国から冷蔵庫を買うこともあるが、アメリカの冷蔵庫メーカーがドア、ケーブル、ランプを中国から買って、優れた冷蔵庫を安く作るほうが多いのだ。
最近の研究では、2000年から2007年のバリューチェーン全体を見ると、中国との貿易の影響はむしろアメリカの職を増やしている。平均的なアメリカの地域は、中国との貿易がまったくない仮想的な地域と比べると、雇用を毎年1.3%増やした。結果としてアメリカ労働者の75%は実質賃金が上がった。
■iPhone1台の中国の取り分はたった「8ドル50セント」
だがそもそも仕事を1つたりとも犠牲にしなくてもよいのでは?
iPhoneを見てほしい。ドナルド・トランプは、アップルがなぜ地球の裏側でスマホを組み立てるのか理解できなかった。「アップルの最大の恩恵を受けているのは中国だ──我々ではない」と彼は文句をたれ、アップルに「そのくそコンピュータやモノすべてを他国ではなくこの国で作れ」と求めた。
しかし、本当に中国が最大の勝ち組なのだろうか?
一部の研究者は647ドルで売られるiPhone7を分解した。製造原価は237ドルだが(これはデータ上では237ドルの中国からの輸入のように見える)、それを構成する部品のほとんどは、アメリカ、日本、韓国、台湾製のマイクロプロセッサ、メモリチップ、ディスプレイなどだった。
とはいえ一部はもちろん、中国の労働や部品ではある。いくらくらい?
8ドル50セント弱──アメリカの最低賃金と大差ない金額でしかない。つまり、「最大の勝者」であるはずの中国は、みんながiPhoneに支払うものの、たった1.3%を手に入れるだけなのだ。
残りの98.7%は、他の部品メーカーや、アップルとアメリカの労働者、研究者、デザイナー、プログラマ、販売員、マーケティング担当、倉庫労働者、税務当局に行く。
そして、工場を自国に取り戻すほうがいいかという問いへの答がこれだ。こうした決まり切った組み立て仕事は、アメリカ人でやりたがる人はほとんどいない──そしてアメリカなみの賃金でアメリカ人にそれをやらせたら、iPhoneは高くなりすぎて、同社は(たとえば中国のスマホメーカーと)競争できなくなる。
もし組み立てが効率的に安くできるところに外注すれば、アメリカ人は高技能職を維持できる──デザイン、部品、ソフト、広告キャンペーンを実施できて、大儲けできるのだ。
■ラストベルトの「敗者集団」たち
だがみんながいい目を見るわけではない。私の楽観論を揺さぶる敗者集団が1つある。それは、アメリカにおける高齢の労働者階級、特にアパラチア山脈周辺のラストベルトにいる中年労働者たちだ。
1999年以来、健康悪化と死亡率急増がこの集団では見られる。これは自殺、アルコール関連の負傷、さらに何よりもドラッグの過剰摂取が原因だ。彼らの死亡率はあまりに高まりすぎて、いまや1980年代に逆戻りしている。アン・ケース・ディートンとアンガス・ディートンは、これを不愉快ながら適切な「絶望死」という言葉でまとめている。
これはこの時期の労働市場で最悪の成績となった集団でもある。賃金は市場の他の部分に後れを取り、彼らの多くは労働市場を完全に去り、それが家族や地元社会を不安定にした。
グローバル化のせいにしたい気持ちもわかる。だが、25歳から54歳で労働市場を離れた人々のグラフを見ると、1965年からほぼ一貫して増加を続けていて、規制緩和、北米自由貿易協定(NAFTA)、中国のWTO加盟、景気の上下変動、いずれもこの長期トレンドには影響がない。それどころか、労働力から脱落した男性の比率は、2000年から2019年全体よりも、古きよき1965年から1975年のほうが高いのだ。
■貧困や格差が死亡率急増の理由ではない
ディートン夫妻は、絶望死はグローバル化では説明できないという点では合意する。「グローバル化とは文字どおりグローバルであり、オートメーションも同様だ」。西側世界すべてが同じグローバル化の道をたどっているし、アメリカより貿易に開かれた国も多い。なぜそうした地域では絶望死が起きていないのか?
西ヨーロッパは影響を受けていないようだし、アメリカでも、ラティーノや黒人ではこうした死亡率増加は見られない(少なくとも第1段階では)。さらに大学の学位を持つ白人でも見られない。だから、この集団ではひどい労働市場状況を特に深刻にしている何かが起きているのだ。
ディートン夫妻によると、貧困そのものではない。その問題は、白人の貧困と相関していないし、なぜあらゆる年齢層での死亡リスクが、非ヒスパニック系白人に比べてラティーノでは低いのか(そして下がり続けているのか)もわからない。ラティーノのほうがずっと貧しいのだ。
また格差が理由でもない。最も不平等な州であるニューヨークやカリフォルニアは、死亡率が低い。ヘルスケア制度が機能不全でますます高価になっているのが原因らしい。ほとんどの人々は雇用者から健康保険を受けているので(税制のため)、企業は最も生産性の低い労働者を始末したがり、そうした労働者は失業すると保険を失うのだ。
■「特権に慣れると、平等が弾圧に思える」
アメリカのもう1つの特異性は犯罪で起訴され、労働市場での差別に苦しむ人々の比率が大幅に増えたことだ。ヘルスケア、教育、職業免許のいる仕事では、差別はときには政府当局により行われている。第3の特異性は、人口に占める帰還兵の割合が多く、彼らはしばしば身体的、精神的な健康状態が悪い。
こうした要因はすべて、民族マイノリティにも少なくとも同じくらい影響を与えている。ディートン夫妻によると、なぜ教育水準の低い白人が過去20年にわたり最も割を食っているかといえば、アメリカの人種差別が減って、黒人やラティーノたちが急速に社会的に前進したからなのだという。
これは明らかにきわめてプラスの発展だが、たまたまある集団に生まれついたというだけで優位な地位を得るのに慣れてきた人々には、脅威と感じられるかもしれない。特権に慣れると、平等であることが弾圧に思える、という格言もある。
■失業手当、フードスタンプで生きていく失業者たち
この問題に拍車をかけるのが、アメリカ政府は職の減少に対し、影響を受けた人々を労働力から除去することで対処することが多いということだ。もっと積極的な労働市場政策をとる国と比べて、アメリカはその度合いがずっと高い。
失業者は失業手当、フードスタンプ、障害手当、早期退職手当とヘルスケアを受けられる。これは転落を受け止めるクッションにはなるが、そうした支援のほとんどは、再訓練を受けない、別の種類の仕事に就かない、経済の強い地域に転居しないことが条件となっているのだ。そこで彼らは、もはや仕事を提供できない地域にとどまる。
アメリカが失業者に与える金額のうち99%は、失業者がゴロゴロし続けるために払われ、彼らが新しい仕事を見つける手助けには1%しか使われないのだ。
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米ワシントンDC拠点のシンクタンク、ケイトー研究所シニアフェロー。1973年スウェーデン・ストックホルム生まれ。ストックホルム大学にて歴史学の修士号を取得。著作は25カ国語に翻訳され、『進歩:人類の未来が明るい10の理由』(晶文社)は各国で絶賛をあびた。歴史学、経済学、統計学、進化生物学など幅広い領域の最新知見をもとに楽観的な未来を構想する、現代を代表するビッグ・シンカーの1人。前著『OPEN:「開く」ことができる人・組織・国家だけが生き残る』(NewsPicksパブリッシング)で、『進歩』に続いて『エコノミスト』誌ブック・オブ・ザ・イヤー賞を連続受賞した。
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(歴史学者 ヨハン・ノルベリ)
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