20台の冷蔵庫に囲まれた「新型ゴミ屋敷」の異様な光景…50代男性が大型家電・鉄・アルミを集めはじめたワケ
プレジデントオンライン / 2024年10月29日 18時15分
※事例は個人情報に配慮し一部加工・修正しています。
■「幻覚・妄想」によってゴミ屋敷化してしまう家
今回は統合失調症のゴミ屋敷についてです。
これまで、①知的発達症、②認知症が関係するゴミ屋敷問題を取り扱ってきました。いずれも脳機能障害が関係する精神疾患であり、本人の努力不足などによってゴミ屋敷問題が起きているわけではありません。これから述べていく統合失調症も同じで、連載を続けてお読みくださっている方は根本的な解決が難しいのだと感じ始めているのではないでしょうか。
統合失調症が原因のゴミ屋敷問題は、これまでに紹介してきたものと一線を画しています。その意味は、幻覚・妄想に基づく特殊な背景があるところによります。
■慢性期の統合失調症患者の家がゴミ屋敷化しがち
やや専門的な話になりますが、統合失調症には病状の進行時期によって特徴的な症状があります。大きく分けると、
i 前駆期:妄想気分の出現
ii 急性期:「陽性症状」と呼ばれる幻覚・妄想が活発になる(入院治療が必須)
iii 慢性期:「陰性症状」と呼ばれる意欲の低下やひきこもりが目立つ
と、なります。
ゴミ屋敷化に至る可能性が高いのは、患者さんが慢性期状態にあるときです。この時期は急性期のような激しい陽性症状は小さくなりますが、代わりに陰性症状が目立つようになるのです。小さくなった幻覚や妄想を抱えながらも、彼らは社会生活を営んでいます。しかし、以前のような生活ができないこともあります。生活技能が幾分か低下し、たとえば入浴や身だしなみにも頓着がなくなってしまうことがあるのです。
一方で、急性期のような錯乱状態ではないので、精神科医療機関における強制的な入院に至ることはありません。
今回は、この慢性期の統合失調症の事例です。
■これまでの「ゴミ屋敷」とは違う異様な光景
ある日、保健相談所の保健師さんから私が勤める病院に連絡がありました。いわゆる「アウトリーチ」の相談です。厚生労働省が推進する「精神障害者アウトリーチ推進事業」とは、精神科の治療が中断もしくは未治療が疑われる方へ専門職員が訪問し、その状態を確かめて適切な介入を施すというものです。地域の病院と保健相談所が連携していることが多く、今回の連絡もその一環でした。
保健師さんによると、内容は次の通りです。
●近隣からゴミに関する苦情が寄せられている
●何らかの精神疾患が考えられる
ゴミ屋敷問題を高頻度に抱える精神疾患は、有病率から考えても「軽度」知的発達症であることは、これまでにも述べてきた通りです。今回もそう思っていたのですが、保健師さんと待ち合わせて現場へ向かうと、これまでのゴミ屋敷に比べると異質な光景が広がっていました。
■一軒家を囲むようにして置かれた20台の冷蔵庫
古い一軒家の生垣を囲うように冷蔵庫ばかりが並べられていたのです。ざっと数えると20台近くあります。どこからか無断で回収してきたのか、粗大ゴミ処理券が貼られているものもあります。さらに、一斗缶が冷蔵庫同士の隙間を埋めるように並べられています。ほかにもゴミと思しきものがありますが、よく見ると素材が鉄やアルミのものばかりです。雨水が溜まり、そこからボウフラが発生しているようです。
廃品回収で生計を立てている方で、ときおりゴミ問題が生じることがありますが、これとは雰囲気が違います。飲料の空き缶などの類は見当たらず、どこか整然とした印象なのが不思議です。
同行した保健師さんによると、住人は50代の男性です。親族がいるのかどうかは不明で、おそらく単身で生活しているとのことです。
呼び鈴を鳴らしますが、反応はありません。いや、よく見ると、配線が刃物かなにかで切断されているのがわかります。仕方がなく並べられた冷蔵庫の間を通り抜けて、玄関まで行き、扉をノックします。しかし、なかなか反応がありません。不在なのかと思い出直そうとしたころ、中で人影が動くのが見えました。
「どちら様ですか」
警戒した声色です。
私たちが身分を説明すると、
「口頭ではなく、実際の身分証を見せてください」
狭く開いたドアの隙間から身分証を差し込みます。
私たちの身分証を手にして、彼は奥へと入っていきました。それから、
「どうぞ」
と言って、出迎えてくれ、中に入ることを許可してくれました。
■室内の壁際には一斗缶、窓にはアルミホイル
室内は光が差し込まない薄暗い空間が広がっていました。窓はアルミホイルで目張りされていて、壁沿いにはやはり一斗缶が並べられています。
たしかに物が多いのですが、これまでに紹介してきた知的発達症・認知症に由来するゴミ屋敷とは違って、腐った食品などはない様子です。
私たちは奥の間に通されたましたが、そこも窓にはアルミホイルが張られています。保健師さんが男性に訊ねます。
「このアルミホイルには、なんの意味があるんですか?」
「電磁波が入ってくるんでね、防いでいるんですよ。耳に当てて使うとスマホも危ないですよ。電磁波で脳が溶けますからね。スマホに搭載されているカメラは、虹彩から情報を抜き取ることができるから危ないですよ」
■「分厚い冷蔵庫で電磁波から身を守っている」
彼は淡々と、まさに現実で起きている出来事のように話すのでした。
配線が切断されたインターフォンも、彼なりの意図があってのことなのでしょうか。
それから彼は、やや饒舌になって、次のようなことを話しました。
自分は大学院で量子力学を学んでいたが、そのときに人類の存亡に関わるような重大な発見をして、教授に報告した。が、その教授は報告をもみ消して、自分は「この世界の秩序に触れた」のが理由で退学処分となった。冷蔵庫などの分厚い鉄製の素材は電磁波を通さない。さらに、より安価で代用可能なのは一斗缶で、これらを用いて自分で身を守っている……。
保健師さんが「誰から身を守っているんですか?」と聞くと、彼は硬い表情を動かさないまま口元だけで笑って、人差し指で上を示しながら答えました。
「奴らです」
■症状を抱えながら社会生活を維持している
彼の自宅を辞去した後、私と保健師さんの見立ては彼が統合失調症を患っているということで一致しました。後日、改めて訪問した医師の診断も同じでした。
少し話がそれますが、統合失調症の有病率は約1%だと言われています。精神科では、とてもメジャーな疾患ではありますが、知的発達症や認知症などに比べると、その割合はかなり少ないのです。
統合失調症というと幻覚や妄想などの症状を思い浮かべる方も多いでしょうが、実はこの症状の期間は全体を通して見るとごくわずかです。多くを占めるのは、症状を抱えながらも社会生活を維持している慢性期の状態です。
しかし、この慢性期状態にある患者さんが起こす生活障害は、ときに専門家も見落としてしまうことがあるのです。最近では、大人の発達障害に見誤られることも少なくないようです。
話を戻します。
多くの人が「ゴミ」だと思うそれらは、彼からしてみたら「奴らから自衛する」大切なものです。強制的に私たちがそれらを撤去したら、彼はひどく混乱するでしょう。下手をしたら、病状の悪化に起因するかもしれません。かつ症状を抱えながらも、自力で地域生活を維持しているので、無理に通院を促すことも難しい状況です。
■冷蔵庫と一斗缶は住人にとって必要なもの
その後、なんとか私たちは彼に警戒されない存在となることができました。
「暮らしをより良くするためのサポート」と称して訪問看護を受け入れてもらえるようになりました。タイミングを見計らって住環境の整備を提案し、少しだけ受け入れてもらうこともできました。が、服薬治療だけは頑なに拒み続けました(もちろん、服薬治療できたところで、どれだけ症状が軽くなるのかは未知数なのですが)。
陰性症状が綺麗さっぱりなくなることは難しく、彼が主張するところの「電磁波が脳を溶かす」ので、その「自衛のための冷蔵庫と一斗缶」は排除することはできないと繰り返していました。
ゴミ屋敷問題には、精神科領域からの理解と福祉的介入が必要になることが多々あります。けっして「怠惰」「だらしがない」だけが理由ではないのです。
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公認心理師、精神保健福祉士
1986年生まれ。汐見カウンセリングオフィス(東京都練馬区)所長。大内病院(東京都足立区・精神科)に入職し、うつ病や依存症などの治療に携わった後、教育委員会や福祉事務所などで公的事業に従事。現在は東京都スクールカウンセラーも務めている。専門領域は児童虐待や家族問題など。著書に第18回・開高健ノンフィクション賞の最終候補作になった『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)がある。
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(公認心理師、精神保健福祉士 植原 亮太)
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