「心の豊かさ」を優先するのは高齢者だけ…内閣府の世論調査で判明した「とにかくカネが足りない」現役世代の叫び
プレジデントオンライン / 2024年10月25日 18時15分
■「第三次ベビーブーム」は来なかった
「モノより思い出。」
そんな名コピーの日産セレナの広告が話題になったのは1999年でした。高度経済成長期を支えた所有価値としての「モノ消費」の時代から、体験価値としての「コト消費」の時代へと移行するターニングポイントでもあったと思います。
当時、クルマ業界はミニバンブームへの入り口にさしかかっており、各社とも主力車種としてミニバンを次々と発売していました。
なぜか。それは、1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本では「第三次ベビーブーム」が起きるはずだったからです。1970年代の「第二次ベビーブーム」で生まれた世代が、丁度結婚して家族を形成する年齢になるためで、ファミリーカーとしてのミニバンの需要が見込まれていました。
しかし、その「第三次ベビーブーム」は起きなかった。
■母親となる女性人口が激減している
バブル崩壊に伴う経済不況と、あわせて若者には就職氷河期が到来し、とても安心して恋愛や結婚をできる環境ではなくなっていました。出生以前に婚姻が激減しはじめたのもこの頃です。経済不況に伴い、手取り収入があがらず、結果消費の停滞も始まりました。「コト消費」などと言われても、一般庶民はそれどころではなかったかもしれません。いわゆるデフレ経済の「失われた30年」の始まりです。
2022年の合計特殊出生率は1.26でしたが、実は、2005年にも一度1.26の出生率を記録しています。それまでの過去最低記録でした。
「これはまずい」と政府が少子化担当大臣を設置し、少子化対策なるものに着手しはじめたわけですが、年間出生数は2005年の106万人から、2022年には77万人という激減で、まったく成果はあがっていません。
出生率が同じ1.26なのに、どうして出生数に差があるのでしょうか。それは、当出生率の計算式の分母が15~49歳の女性人口であり、2005年と2022年とを比べるとその女性人口自体が激減しているからです。なぜならば、2022年に出産ボリューム年齢である20代後半にあたる女性は、「幻の第三次ベビーブーム」期に生まれているからです。そもそもその時の出生数が少ないため、文字通り母数そのものが減少したことによります。これが、たびたび私が言っている「少母化」というものです。
■出生数改善のラストチャンスはとっくに終了
身も蓋もない話をすれば、90年代からゼロ年代において、「第三次ベビーブーム」が来なかった時点で、今後「出生の山」が形成される可能性は完全についえ、出生数が増加に転じる機会を永遠に失ったと言えます。出生数改善のラストチャンスはまさにこの頃であって、とっくの昔にチャンスは終了しています。
出生数だけではありません。この時期の経済環境の悪化は、若者が結婚しようとする意欲を削ぎ、それが今に続く未婚者の激増へとつながったといっても過言ではありません。もちろん、婚姻減は経済環境の問題だけではありませんが、大きな要因であることだけは確かです。
経済的にある程度のゆとりができ、生活に最低限必要な必需品が揃(そろ)ってこその「コト消費」だったはずですが、手取り額がさほどあがらない中で、多少の児童手当などの給付を受けたところで「もう一人産もう」などとは到底考えられなかったでしょう。
そして、皮肉なことに、児童手当などの現金給付は、新たな出生意欲の喚起よりも、今いる子への投資の充実に振り分けられ、結果教育費など含む子育てコストの高騰を招きました。それが「子ども一人当たり何千万かかる」という言説に結び付き、やがて出産・子育てどころか、結婚することすらお金が必要という「結婚のインフレ」状況を作り出すことになります。
■結婚、出産は「贅沢品」になってしまった
デフレという状況下で結婚するためのコスト(結婚相手への経済条件等)だけが上昇したのです。それが現在の、「中間層年収帯の若者が結婚できなくなっている」という現実です。
言い換えれば、以前は人生のひとつの必需消費であった「結婚や出産」が、贅沢品と化して、手に入れたいけどとても手が出せないものに変わってしまったということです。
「モノ」が充足されてこその「コト」であり、必需品が揃わなければ、そんな心の余裕すらなくなってしまうでしょう。
そんなことを裏付ける統計データがあります。
内閣府の「国民生活に関する世論調査」において、「これからは心の豊かさか、まだまだ物の豊かさか」という質問がありますが、それの2007年(少子化担当大臣設置時)と最新の2023年とを男女各年代別で比較してみます。
■2007年は「心の豊かさ」が上回っていたが…
2007年においては、男女ともにどの年代も「心の豊かさ」が上回っていますが、年代別では若年層になるほどその差は小さくなります。その年代別の傾向は一緒でも、2023年になると、20代から50代の現役世代はすべて完全に「心より物」が上回る逆転現象となります。
これこそ、現代の現役世代が「心の豊かさなんて贅沢言えるほど、毎日の生活が事足りていない」と感じている証左だと思います。さりとて、生活に必要な物が足りないというものでもないでしょう。ここで想定されている「物の豊かさ」とはまさしく「お金の余裕」なのではないでしょうか。
それは決して絶対的な貧困という話ではなく、それぞれの所得階級に応じて、「頑張って仕事しているのに、なんでこんなに日々の生活においてお金の欠乏感を覚えるのだろう」という思いです。
■奪われる金額の多さに絶望する現役世代
その欠乏感の正体とは、「あがらない給料」のせいではなく、「膨らみ続ける国民負担率」の増加にあります。人間は心理的に、もらう金額が変わらない時よりも、奪われる金額が多い時のほうが強い欠乏感を覚えます。しかも、負担増は当然ながら勤労している現役世代に集中します。
別途、総務省の家計調査から、34歳までの男女単身世帯と2人以上世帯の年齢別の手取りと国民負担の増減を、同じ2007年から2023年の期間で見ることとします。
2007年と2023年のそれぞれの「勤め先収入(額面給料)」「社会保障給付(児童手当や年金などの給付金)」と「国民負担額=非消費支出(直接税と社会保険料)」が、それぞれの世帯において年齢別にどれくらい変化したかをグラフ化しました。
ちなみに、単身世帯と比較するために、2人以上の世帯は、大人一人当たりに計算し直しています。
これによれば、34歳までの2人以上世帯は、結婚や第一子を産んだ世帯と考えられますが、その世帯は国民負担増より手取り増が上回っています。
■「配った分はそっくり回収している」構図に
一見、若い夫婦の手取りが増えているように見えてしまいますが、実態は違います。この年齢帯の夫婦数はそもそもの婚姻減により4割近くも減っています。しかも、減っているのは、かつて結婚ボリューム層だった所得中間層以下の夫婦だけです。いうなれば、所得の高い若者だけが結婚できているため、平均値としての手取りが上昇しているに過ぎません。
単身男女(34歳以下)を見れば、一人当たりの手取り増加分は夫婦より低くなっています。また、単身女性は雇用形態の変化等により手取り>国民負担となっていますが、男性はさして増えていない手取り額と同等、引かれる金額も増えています。
さらに、40歳以上の2人以上世帯を見ると、これも単身男性並みに手取り額が伸びていない上に、それを上回る国民負担額の増加が見られます。これは、この年代において、子どもの年齢が児童手当対象外となったり、2007年当時はあった年少扶養控除の廃止などで税金が増えたりしたこと、何より社会保険料自体がジワジワ増加したことが影響しています。この期間、子育て支援を充実させてきたと政府は言いますが、なんのことはない「配った分はそっくり回収している」のです。
■だから若者は結婚を諦めた
手取りがさして増えていないのに、引かれる金額は増えている。なんだか奪われてばかりな気がすると思ってしまうのも仕方ないでしょう。現役世代と高齢者とで心の余裕の差があるのは、この奪われているか否かの心理的な違いが大きいと思います。
欠乏感に支配されてしまうと、多少収入が増えても「また、いつ奪われるかもしれない」と不安が募り、今あるものを減らさないようにという心理になります。それは消費の抑制につながります。独身にとって結婚も子育ても贅沢な消費と化した現代、高価な買い物である婚姻や出生が減るのは必然です。
いや、消費が減ったというより、国民が自主的に選択もしていない強制的な消費だけが増えたというべきでしょう。それは「モノ」でも「コト」でもなく「ゼイ(税)消費」なのです。
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コラムニスト・独身研究家
ソロ社会論及び非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。海外からも注目を集めている。著書に『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』(小学館新書)、『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)、『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会』(PHP新書)、『結婚しない男たち』(ディスカヴァー携書)、『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(中野信子共著・ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。
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(コラムニスト・独身研究家 荒川 和久)
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