日本の戦争は「寝返り」が当たり前…将棋をさらにおもしろくした「持ち駒」という日本の独自ルール
プレジデントオンライン / 2024年11月1日 18時15分
※本稿は、木村草太『将棋で学ぶ法的思考』(扶桑社)の一部を再編集したものです。
■将棋は「指す」、囲碁は「打つ」
「将棋」には、中将棋、大将棋、中国や朝鮮半島の将棋、ヨーロッパで発達したチェスなど、いろいろな種類(将棋類)があります。普通に「将棋」といった場合には、本将棋を指すことが多いでしょう。羽生善治さんが永世七冠を獲得したり、藤井聡太さんが前代未聞の八冠独占を達成したりしたのは、この本将棋です。以下、単に将棋と言った場合には、本将棋を指していると思ってください。
将棋は、ボードゲームの一種で、9×9の81マスの将棋盤に、合計40枚の駒を置いて遊びます。将棋やチェスをプレイすることを「指す」と言います。
将棋やチェスの駒は、兵士に見立てられています。司令官になって、兵士に動く場所を指し示すので、「指す」というのでしょう。これに対し、囲碁の場合は、盤の外から碁石を打ち付けるので、「打つ」というわけです。
■自分の王様を守って相手の王様を捕まえる
将棋の目標は、「相手の王様を捕まえること」であり、相手の王様を捕まえた状態を「詰み」と言います。先手と後手が、それぞれ一回ずつ駒を動かし、最初に相手の王様を詰ませた側が勝ちです。
将棋の駒にはそれぞれに特性があり、動ける範囲が決まっています。相手の駒が動ける場所に自分の駒がいると、その駒は相手に捕まってしまいます。駒が動ける範囲のことを「駒が効いている」と言います。
自分の王様がいる場所に相手の駒が効いていて、その効きを遮(さえぎ)ることができず、また、その駒や他の駒が効いていて、どこにも逃げ道がない状態が「詰み」です。
王様となる駒は、「玉将(玉(ぎょく))」または「王将(王)」と言います。玉/王は、通常、周りをたくさんの護衛(守り駒)でとり囲んで守ります。相手側は、その護衛を捕まえたりおびき出したりして引きはがし、相手の玉/王を自分の駒の効きにとらえるように攻めていきます。
■はじまりは平和主義的な戦争ゲーム
将棋は、長い歴史を持つゲームです。もともとは、古代のインドで考案された「チャトランガ」というゲームだとされます。これは、戦争を模したゲームで、兵士や象(古代インドでは象は兵器の一種です)に見立てられた駒を動かして、勝敗を決めたそうです。
「戦争を模した」というと物騒ですが、チャトランガは、戦争好きの王様がむやみに戦争をしないように、本当の戦争のことを忘れて、熱中してもらうために作られたゲームだという伝説があります。戦争を模しているけど、平和主義的というのが、興味深い伝説ですね。
このゲームが西に伝わってチェスに、東に伝わって中国や日本の将棋になったと言います。日本に将棋が伝わった時期は定かではありませんが、平安時代に使われていた将棋駒が見つかっており、少なくとも1000年前には、日本文化の一つになっていたようです。
■約500年前には現在のルールに
将棋類には、駒に個性があるので、ローカルルールを作りやすいという特徴があります。本将棋には、斜めにいくらでも進める駒(角行(かくぎょう))や前にいくらでも進める駒(香車(きょうしゃ))などがありますが、「斜めに三歩だけ進める駒」、「前後には進めないけど横にはいくらでも進める駒」など、さまざまな駒が考えられます。
みなさんも、「自分の名前のついた駒があるなら、どんな動きをするだろうか?」と考えてみると、面白いかもしれません。
これに比べると、囲碁には一つ一つの石に個性がないので、地域ごとのルールの差は小さくなります。中国でも韓国でも囲碁が打たれていますが、概(おおむ)ねルールは日本と同じで、国際大会もしばしば開かれます。
平安時代に将棋があったと言っても、今の本将棋とはかなり異なるルールだったようで、今の将棋にはない種類の駒も含まれています。現在の将棋のルールができたのは、室町後期から戦国時代とされます。ときどき、大河ドラマには、織田信長や徳川家康が将棋を指しているシーンが登場します。彼らの指している将棋は、現代の将棋とほぼ同じものです。
■将棋を愛した歴代の徳川将軍
王様を守る陣形として「美濃囲い」という形がありますが、この名前を付けたのは織田信長だという逸話もあります。その真偽を実証するのは難しいでしょうが、信長公も将棋を遊んでいたのは確かです。
戦国時代が終わり江戸時代に入ると、徳川幕府は、将棋家に禄(ろく)を与え、将棋を保護しました。将棋家とは、将棋を生業(なりわい)とする家で、大橋家・大橋分家・伊藤家の三つの家がありました。
歴代の徳川将軍も将棋を愛好したようで、八代将軍吉宗は、毎年11月17日に将棋家のトップが将軍の御前で将棋を指す「御前将棋」を制度化します。十代将軍家治は、歴代将軍の中でも特に将棋好きだったようで、残された棋譜の内容から、現代のプロ棋士並みに強かったとも言われることがあります。こうして将棋は、現代の私たちに伝えられてきました。
■捕まえた敵を味方にするのは日本特有
それでは、日本の将棋には、どのような特徴があるのでしょうか。外国の将棋類と比べてみましょう。
まず、大きな特徴が「持ち駒」です。一般に、チェスや中国将棋(象棋)などの他の将棋類では、敵に捕まった駒は盤上から排除され、そのゲーム中は復活しません。相手の将軍や兵士は殺してしまうわけです。
これに対して、将棋では、捕まえた駒は自分の味方になり、盤上の自分の好きな場所に復活させることができます。この「持ち駒」の制度により、将棋はとても複雑なゲームになりました。
持ち駒のルールは、日本の将棋に特有のルールです。なぜこのルールが生まれたのでしょうか。
ときどき指摘されるのが、日本国内の戦争のイメージの影響です。日本国内での戦争は、同じ民族の中の内輪もめの形をとります。このため、前の戦(いくさ)で敵だった者が、次の戦では味方になったり、自分の味方が相手に寝返ったりということがよく起こります。
本能寺の変の直前、秀吉と毛利は戦争をしていましたが、関ケ原の合戦では、西軍の総大将を毛利が務めます。関ケ原の小早川勢のように、合戦(かっせん)中に敵将に寝返るなどということも起こっています。
相手の将軍を捕まえたとき、殺してしまうのではなく、自分の側の部下に引き込むという「持ち駒」の発想は、日本国内の戦争に親和的です。
■「弱い駒」が消えていくとゲームにならない
それとは別に、ゲームバランスからの理由があります。日本の将棋には、一つ一つの駒の動きが弱いという特徴があります。
将棋で一番強い駒は、縦横どこまでも行ける「飛車」、その次は斜めにどこまでも行ける「角行」です。これはとても貴重な「大駒」で、それぞれの陣営に、飛車と角がそれぞれ一枚ずつだけ配備されています。そして、飛車・角行以外の駒は、他の将棋類の駒に比べ、周囲に一歩しか進めないなど動きは小さいのです。
これに対して、チェスの駒には、角行に相当する「ビショップ」と、飛車に相当する「ルーク」はそれぞれ2枚ずつ。おまけに飛車と角行の合体した超戦力の「クイーン」まであります。
もしも、駒の動きが弱いにもかかわらず、捕まえた駒を排除していったならば、王様を攻める駒はなくなり、詰ませられない状況になります。これではゲームにならないので、捕まえた駒を復活できるようにした、というわけです。
■繊細さと派手さのどちらも楽しめる
将棋では一つ一つの駒の動きが小さいため、駒が活躍できるようにするには、繊細な工夫を積み重ねないといけません。他方で、駒の動きの小ささが産んだ「持ち駒」のルールのおかげで、将棋には、驚くほど派手な手が登場します。何せ、それまで盤上にいなかったエースが、突然、敵陣の真ん中に登場したりするのですから。
このように、将棋は、繊細さと派手さの両方を楽しめるゲームです。
もう少し視野を広げて、他のゲームと比べたときの将棋の特徴を考えてみましょう。
将棋は、「二人零和有限確定完全情報ゲーム」に分類されます。この呪文のような単語を分解すると、①二人でやる(二人)、②ゼロサム=どちらかの勝ちはどちらかの負け(零和)、③有限の手番で終了する(有限)、④サイコロなどのランダムな要素はない(確定)、⑤お互いに完全に情報が公開されている(完全情報)、という条件を備えたゲームです(将棋は、厳密にはこの条件を充(み)たしてないという議論もありますが、普通にやる分には、このタイプのゲームの典型です)。
■神様の眼から見れば勝ち負けは明らか
このタイプのゲームは、先手か後手が必ず勝ちまたは引き分けに持ち込むことのできる手順があり、神の眼から見れば、先手と後手が決まった瞬間に、勝敗あるいは引き分けが決まります。どういうことでしょうか。
非常に単純な「二人零和有限確定完全情報ゲーム」である4マス○×ゲームを考えてみましょう。縦横2マスの合計4マスで、○と×を交互に打っていき、○か×を縦横のいずれかに二つ並べれば勝ち(斜めに並べても勝ちにはならない)、というルールのゲームです。
このゲームでは、後手(×番)には、①○の隣に×を打つか、②○の斜めに×を打つかの二つしか、選択肢はありません。いずれを選んでも、3手目に先手が○の隣に○を打てば、先手の勝ちになります。実は、将棋もこのように、先手又は後手のどちらかは、正しい手順を踏んでゆけば、絶対に負けないゲームなのです。
■将棋の思考と法学の思考の共通点
二人零和有限確定完全情報ゲームをやるときに気を付けるべき点がいくつかあります。
まず、「二人零和」では、協力関係はありません。ですから、相手が自分にとって一番厳しいことをしてくる、という前提で考えないといけません。これは、ゲームの緊張感を高める要素になります。
また、「確定完全情報」なので、決められた枠からは一歩も逸脱できません。駒の動きをゲーム中に変えることもできなければ、サイコロの出目で逆転することもありません。枠は絶対なのです。これは、法的思考にも通じます。法的思考もまた、あらかじめ定められた法に基づいて行わなくてはいけません。
一方、枠が絶対なので、頭を使えば、相手が何をやってくるかを計算できます。これが「読む」という作業です。将棋の手の可能性は非常に広いので、「相手のやることを100%読める」などということはあまりありません。しかし、強くなればなるほど、読みは正確になるし、最終盤になって可能性が限られてくると、アマチュアでもプロが次に指す手を正しく読めたりします。
■なぜ藤井聡太さんは「自由」と言ったのか
こうやって整理してくると、将棋は、法的判断以上に窮屈で堅苦しい世界のように見えます。ところが、将棋が強い人たちは、そうは思っていないようです。
私は、朝日新聞の企画で、藤井聡太竜王・名人にインタビューさせてもらったことがあります。「子どもたちに将棋についてどんなことを伝えたいですか?」と伺ったところ、藤井さんは、「将棋は自由に指せるゲームなんだよ、と伝えたい」とおっしゃっていました。
これは、衝撃を受ける答えでした。将棋は全ての情報が完全に確定したところから始まるゲームですから、何を指しても枠の中という気もします。強くなるためには、守りを強くする形(囲い)を覚えたり、うまく攻められる手順を覚えたりと、たくさんの「型」を覚えなければいけません。「型」にはめられて、とても不自由な感じがします。
しかし、第一人者は「自由」だと理解している。
「固い枠があるのに、すごく自由」というのは、どういう意味なのか。本書で引き続き考えてみましょう。
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東京都立大学大学院法学政治学研究科教授
1980年神奈川県生まれ。2003年東京大学法学部卒業、同大学法学政治学研究科助手を経て、現在、東京都立大学大学院法学政治学研究科教授。将棋ファンとしても知られ、2014年から東京都立大(当時は首都大学東京)にて法学系(法学部)特別講義「将棋で学ぶ法的思考・文書作成」を開講。将棋初心者の学生にも好評を博している。日本将棋連盟より三段免状を取得。著書に、『憲法』(東京大学出版会、2024年)、『憲法という希望』(講談社現代新書、2016年)、『自衛隊と憲法』(晶文社、2018年、増補版2022年)、『木村草太の憲法の新手4』(沖縄タイムス社、2023年)、『「差別」のしくみ』(朝日出版社、2023年)ほか多数。
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(東京都立大学大学院法学政治学研究科教授 木村 草太)
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