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被災地では1週間以上、風呂に入れない…水道、電気、ガスが止まっても快適に過ごす「防災のプロ」の知恵

プレジデントオンライン / 2024年11月2日 18時15分

防災科研「地震10秒診断」

大規模な地震が起きるとライフラインが寸断され、食事や入浴、トイレ、洗濯といった普段通りの生活ができなくなる。どうやって心身の健康と清潔を保てばいいのか。国内外30カ所以上の被災地で活動してきた国際災害レスキューナースの辻直美さんに、避難生活をストレスフリーで過ごす方法を聞いた――。(第2回/全3回)

■何よりも優先すべきは「水」

「ライフラインが切れると、どんな被災に見舞われるのか、想像してみてください。例えば、震度6強の首都直下地震が起きた時、真っ先に電気、水、ガスが止まる。どうしますか?」

被災時に自分が置かれる状況を想像する手立てとして辻さんが勧めるのが、防災科研のサイト「地震10秒診断」だ。震度6強の地震が30年以内に発生する確率が10%とされる都内のある地域では「断水32日、停電4日、ガス停止21日」と診断された。

「最初の2日を生き延びれば元通りに復旧すると思っているでしょうが、長期にわたるはずです。震度6強だと都内全域で断水する。給水車は、道が寸断されていて通れない。さらに指令系統が混乱しているため、給水車の発動が遅れる。水がなかなか手に入らないと想定して、何よりも優先して用意すべきなのは、水です」

■1人あたり最低40リットルの保管を推奨

熊本や大阪府北部地震の際、レスキューの要請を受けた辻さんが目の当たりにしたのが、水の備蓄不足だった。ある被災地では路上で500ミリリットルの飲料水が3000円で販売されていた。そして、半日経った帰りには1万円に値上がりしていたという。法外な値でも、水の備蓄が足りない人は買わざるを得ない。

生命維持のため成人1人当たり1日に最低3リットルは必要になる。飲用・食用が2リットル、残り1リットルは生活用水(食器洗い、掃除、手・からだ洗いなど)だ。

国は最低3日~1週間の家庭での備蓄を推奨しているが、断水の日数が例えば30日とすると、必要量は90リットル。夫婦2人であれば、180リットルと相当な量になる。2リットルのペットボトル45本分。辻さんは、10~14日分の1人あたり最低40リットルは保管したほうがいいと勧める。

■浄水器を買うのも一手だが、注意点も

「備蓄用にこんな大容量を保管するのは無理だと思うはずです。そして、値の張る5年保存水や10年保存水をわざわざ購入する必要はありません。

実は市販のペットボトルの水でも1年以上は保存できる。必要な本数を用意して、日常の飲料水や料理用として使っては足すというローリングストックをすれば、負担に感じない。あるいは、アウトドア用の浄水器を用意しておくのも方法です。日常の中で、無理なく負担なくできることをすればいいんです」

辻さんも用意しているというアウトドアの浄水器だが、こうした防災品の存在を知ってすぐに飛びつくタイプの人は要注意だ。

「浄水器でろ過した泥水を本当に飲むことができますか? 最悪の場合、排尿をろ過した水を飲むこともあるかもしれませんよ。飲んだ経験がないと、いざという時に不安で飲めないということもあり得ます。想像して無理だと思うなら、違う方法を考えましょう」と、辻さんはアドバイスする。

■詰め込みすぎた防災バッグ、持ち運べる?

辻さん宅に常備している水の量は、常に276リットル。それをリビングルーム、寝室、トイレ、玄関と分散させてデッドスペースに保管している。1カ所にまとめないのは、保管場所が損壊して水を取り出せない、といった事態を避けるためだ。

さらに、持ち出し用防災バッグには最低3日分の水9リットルを入れている。ほかの防災品も合わせてバッグの重さは13~15キロほど。辻さんはこの重さでも持ち運びできるそうだが、それぞれが持てる重量は異なる。自分がどれくらいの重さであれば耐えられるかを事前に確認しておく必要がある。

さらに、「災害時にいきなり重いバッグを持って避難できるかというと、それは無理です。普段、防災バッグを持って避難所まで歩く訓練をしてないと、いざという時難しいですよね。マンションの場合、エレベーターは止まっているので、訓練では階段を使って、避難所まで何分かかるか把握しておきましょう」

断水の間、トイレは使えなくなる。自宅でも、避難所でも状況は変わらない。特に避難所は大勢の被災者が使うため、1~2日でパンクする。そこで、必ず用意したいのが災害用トイレだ。

100円ショップなどでも販売している災害用トイレ
撮影=プレジデントオンライン編集部
100円ショップなどでも販売している災害用トイレ。使い方はご存じだろうか - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「自宅に備蓄している災害用トイレの使い方、わかりますか? 一度も開封することなくパッケージのまま保管している人が案外多いんです。被災地で自宅に用意していたけど、使えなかったという話もよく聞きます。実際に使って試してみましょう」

■ペットシーツで手軽に「簡易トイレ」

成人の排尿回数は平均5~7回、排便は1~2回。災害用トイレ100回分のセットだと、1人20日弱分で、断水が30日続けば、明らかに足りない。そこで辻さんが勧めるのが、ペットシーツを利用した簡易トイレだ。

ペットシーツは吸水力もあり、災害トイレ用、氷嚢、止血など傷口の手当、オムツとマルチに応用が利く。これ1枚で成人男性の排尿400CCを難なく吸収してしまう。

介護用シートでもいいが、ペットシーツは低価格(400枚2000円ほど)で用意できるのが利点だ。

辻さんも普段から、チャック付きポリ袋にペットシーツ3枚とゴミ袋を入れて持ち歩いている。外出用防災バッグには約20枚、自宅には約300枚を分散して保管。それだけでなく、自宅には45リットルのゴミ袋150枚、新聞紙30部(週刊誌も可)、トイレットペーパー12ロールも用意している。

辻さんはペットシーツをチャック付きポリ袋に入れて持ち歩いている
撮影=プレジデントオンライン編集部
辻さんはペットシーツをチャック付きポリ袋に入れて持ち歩いている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

簡易トイレはペットシーツとゴミ袋、新聞紙を使って作る。作り方は簡単だ。

① 自宅トイレの便座を上げ、ゴミ袋を2重にかぶせて便座を下ろす
② 便器の中央部にペットシーツの吸水面が外側に来るように三つ折りして置く
③ ペットシーツの中央にくぼみを作って完成
④ 排尿・排便後はシーツの上にちぎった新聞紙をかぶせ吸水・消臭する
⑤ 内側のゴミ袋だけ外して小さくまとめて口を縛る。臭いが気になれば、アロマオイルを垂らすのも効果あり。ゴミ袋はゴミ収集日までベランダ等で保管する
⑥ 再び内側のゴミ袋とペットシーツをセットする

簡易トイレの作り方
撮影=プレジデントオンライン編集部
簡易トイレの作り方 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■断水中、直面するのは「体臭問題」

水がないということは、シャワーもお風呂も当然使えない。自衛隊の協力で近隣施設で入浴支援が行われるが、被災から最低1週間以上はお風呂には入れない。その間、汗や汚れが身体に蓄積し、強烈な臭いが放出される。それだけではない。頭皮、髪の毛、口内、デリケートゾーンや足など手入れができなくなるので、当然臭いがきつくなる。

辻さんは夏場に丸一日お風呂なしの生活を試したところ、デリケートゾーン、脇、髪の汗や汚れが最も耐えられなかったという。

水を使わずにできる汚れ落としの方法はいろいろとある。辻さんがおすすめするのが、成分99%水の無香料・アルコールフリーの赤ちゃん用おしり拭きシートだ。保湿成分や香料、アルコールを含んだ汗拭きシートは、含有成分が肌に蓄積され、ポロポロと白いカスが落ちるようになるため、避けたほうが無難だという。

■ペットボトルキャップを捨ててはいけない

拭き取りシートだけではスッキリしないという場合は、ペットボトルを使った簡易シャワーを作って、水で洗う方法もある。作り方は500ミリリットルのペットボトルキャップ蓋に1カ所穴を開けて、ボトルに蓋をすれば完成する。頭皮から首筋、脇など全身をスッキリとケアできる優れモノだ。

さらに爽快感が欲しい場合は、簡易小型シャワーに天然ハッカ油を1、2滴垂らしてよく振って、即席ハッカ水を作る。この水を湿らせたコットンで身体を拭くと、さっぱりして気持ちもほぐれる。ただし、デリケートゾーンに使ってはいけない。

辻さんは臭いと汚れ対策のために、防災ポーチに天然ハッカ油スプレーを1本と、穴を開けた穴あきキャップを複数用意して持ち歩いている(飲料メーカーによってサイズが少し異なるため)。

辻さんの防災ポーチの中身(一部)
撮影=プレジデントオンライン編集部
辻さんの防災ポーチの中身(一部)。右奥にあるのがハッカ油と穴あきペットボトルキャップ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

くれぐれも香水は使わないように。余計に体臭が強烈になって逆効果になる。

■見落としがちな「デリケートゾーン」ケア

身体の汚れによって、普段の健康な状態ではかからない「日和見感染症」のリスクが高まると、辻さんは注意を呼び掛ける。見落としがちなのが、陰部と肛門のデリケートゾーン、そして口腔の汚れだという。

「洗えないから清潔に保てず、カンジダや膀胱炎などさまざまな感染症にかかりやすくなるんです。膀胱炎は陰部のちょっとした傷口から尿道に菌が入り感染する。水分を控えてトイレを我慢したりするのも、感染の原因になります。

痛みや違和感を放置すると腹膜炎や急性腎盂炎、さらに悪化すると慢性腎炎になることもあるんです。被災地ではストレスで免疫が低下しているので、こういう感染症が多発する。災害モードで医師にかかりにくいために、身体に異変を感じても後回しにしてしまうんですよね」と説明する。

女性の場合、大腸菌が膣の中に入って膣炎や膀胱炎を起こしたり、清潔にしていないことでカンジダに感染したりしやすい。男性の場合は、尿道炎になるケースもある。

感染症を防ぐには、用を足した後、トイレットペーパーでごしごしと拭かずに、押さえ拭きするといいそうだ。男性の場合は、尿道口のお手入れも欠かさないように。

■下着の汚れ対策にはおりもの用シート

お尻拭きシートだけでは、どうしてもデリケートゾーンはきれいにケアできない。辻さんがおすすめするのが、先ほど紹介した簡易シャワー水で陰部をきれいに洗う方法だ。女性の場合、生理中の汚れや不快感もペットボトルシャワーでケアできる。

ペットボトル+穴あきキャップは、必ず用意したいマストアイテムの一つだ。

また、見落としやすいのが下着の汚れだ。洗濯をこまめにできないために、下着の汚れをそのままにすると、感染症の発生につながる。辻さんが勧める下着の汚れ対策は、下着におりもの用シートを敷くだけ。下着をこまめに洗えなくても、シートを毎日取り換えるだけで、デリケートゾーンを清潔に保てる。女性だけでなく、男性にもおすすめだ。

生理用ナプキン
写真=iStock.com/iamnoonmai
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/iamnoonmai

■避難所生活で一番怖いのは「口内乾燥」

水が使えないと、歯や口腔内のケアが後回しになりやすい。辻さんによると、能登半島の被災地では歯科医師会が歯ブラシを持って現地入りして歯磨き指導をしたが、歯磨きの習慣はうまく定着しなかったという。虫歯、歯周病、口臭のトラブルになっても、歯医者にはかかりにくい。辻さんが特に懸念するのは、口腔内の乾燥だ。

「口が乾くのが一番怖いことなんです。避難所では水もあまり飲めないですし、大勢の人がいる空間は空気が乾燥しやすいので、口が乾きやすくなります。そうなると、唾液が出なくなって口内に細菌が増え、風邪やインフルエンザ、さらには誤嚥性肺炎や気管支炎の感染につながる。

誤嚥性肺炎というと、高齢者の病気のように思うかもしれません。実は被災地では誰でもなる可能性があります。細菌を含んだ唾液などが、食道ではなく誤って気道に入り、肺に流れ込んで炎症を起こすのが誤嚥性肺炎です。若い世代は普段から咀嚼しないし、数回噛んで呑み込むので、口の筋肉が緩々で、災害時に肺炎になりやすいんです」

対策として、45分に1回、ペットボトルのキャップに水を注ぎ、キャップに口をつけずに舌の裏に流し込み、すぐに飲み込まずに10秒待つと唾液が分泌される、と辻さんは説明する。

また、チューインガムや飴は唾液を出す効果があるので、災害用歯磨きシートや口内洗浄液などと一緒に用意しておくのもおすすめとのことだ。

■1週間洗わないと髪の毛はベタベタに…

髪の毛はショートヘアでさえも皮脂でベタつく。1週間洗えないと、ヘアオイルを塗ったかのように髪の毛はベタベタになる。

最近は拭き取り式やフォーム式などさまざまな「水なしシャンプー」が出ているので、一度試して好みの香りや使用感のよい物を見つけておくといいそうだ。水で洗いたい場合は、身体の汚れ落としに使って残ったハッカ水を頭からかけて、頭皮の皮脂を落とすと、スッキリする。

女性の場合、肌のケアができないのはストレスになる。辻さんが防災を意識して普段から使用しているのが、化粧水プラスの拭き取りシート。汚れを拭き取ると同時に、乾燥しやすいお肌のお手入れもできると一押ししている。

■おいしくない非常食より、食べ慣れた物を

電気がないと、冷蔵庫が止まる。冷蔵品や冷凍品は傷み、ガスが出ないので、調理もできなくなる。その状況を想定して、防災バッグには災害用の非常食を用意しているという人は多いはずだ。しかし、辻さんは普段、自分が食べ慣れた物を備えることをおすすめする。

「非常用のレトルトカレーを毎日食べられますか? ただでさえ水がない状況で塩辛い物を食べたら、喉が乾きます。保存食は塩分が多く含まれているので、腎臓にも負担がかかります。水もほとんど飲まず、ずっと座ったままの姿勢でいるために血流が悪くなり、血栓ができる。そうして下肢に溜まった血栓が肺動脈まで溜まるエコノミークラス症候群になるリスクもある。

災害だからといって、わざわざ非常食を我慢して食べる必要はありません。ストレスのない快適な避難生活を送るには、いつもの食べ慣れた物や好きな物を食べればいいんです」

辻さんが大阪府北部地震で被災した際に食べた物は、北海道のいくらをたっぷり乗せたいくら丼、うな重、焼き肉など日本全国のお取り寄せ食品だ。普段から災害を意識し、こうしたいつもよりワンランク上の豪華な食材を冷凍庫に保存している。

とくに、停電によって自然解凍してしまっても、そのまま食べられるもの、少しの過熱で食べられるものを揃えているという。

■「避難生活をいつもの日常に近づける」

「電気が止まったら、冷凍庫の溶けやすい物から順に食べるんです。冷蔵庫は食の備蓄庫に早変わりすると考えて、普段から好きな食料を用意したほうがいいです。元気に前向きになれる。それには、備えと普段使いを分けないことです」と辻さんは言う。

辻さん宅では、ラーメンやカレー、パスタなど常温食材は、ガスコンロとボンベ、カトラリーを一緒にセットして、いざという時にそのまますぐに使えるように保管している。同じ食材を毎日食べても飽きないように、普段から常温食を使ったレシピを開発してレパートリーを増やしているという。

また、家族各自の防災リュックには「自分を喜ばせるための食べ物」も入れている。好きな物を食べることによって、「避難生活をいつもの日常に近づける」。辻さんの発想はぜひ見習いたい。

■「3・3・3の法則」でストレス解消

「避難所生活には“快適”はありません。1帖程度のスペースで知らない人の隣で雑魚寝することになるわけですから、臭いや物音で睡眠もなかなかできず、想像以上のストレスがかかります。それでも、大丈夫。快適に過ごす方法はありますから」

辻さんが提唱しているのが「3・3・3の法則」だ。

「アロマオイルやハンドクリームなど自分が好きな香りを『3秒』嗅ぐと気分転換ができますし、毛布や二の腕など触り心地がいいものに『3分』触れると気持ちが落ち着きます。また、好きな本や写真、“推し”のアクリルスタンドを『30分』読んだり見たりすると、心が癒やされます」

万が一自宅が倒壊し、避難所生活をせざる得ない場合を想定し、持ち出しバッグに入れておきたいのが、こうした「自分を元気づけ、喜ばせてくれる物」だ。辻さん自身、被災地では必ず好きな香りである「オレンジオイル」と「バニラオイル」を携行するという。

エッセンシャルオイルと植物
写真=iStock.com/Liudmila Chernetska
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Liudmila Chernetska

被災地では、女性は柑橘系の香り、男性は意外かもしれないがバニラオイルを好む人が多いそうだ。

「災害が起きると、人は五感を刺激するいい香りに飢えてくるんですね。被災すると幸せな生活の香りが一切なくなる。その上、断水でお風呂に入れないために、他人だけでなくて自分の身体から発する強烈な臭いに気持ちが滅入る。そんな時に、ティッシュに精油を数滴垂らして手渡すと、みなさん夢中になって匂いを嗅ぐ。その後は表情も和らいで前向きな気持ちを取り戻すんです」

(第3回に続く)

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辻 直美(つじ・なおみ)
国際災害レスキューナース
一般社団法人育母塾代表理事。吹田市民病院勤務時代に阪神・淡路大震災で被災、実家が全壊する。その後赴任した聖路加国際病院救命救急部で地下鉄サリン事件の救命活動にあたり、本格的に災害医療活動を始める。東日本大震災や西日本豪雨などで救助を行う。現在はフリーランスのナースとして国内での講演、病院や企業や行政にむけて防災教育をメインに活動中。全面監修した防災リュックも販売している。著書に『レスキューナースが教える プチプラ防災』(扶桑社)など。

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(国際災害レスキューナース 辻 直美 文・構成=ライター・中沢弘子)

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