村上春樹の原稿〆切の"言い訳"も秀逸…「猫が原稿の上で寝てしまい」ほかなぜか許される作家7人のお詫び文例
プレジデントオンライン / 2024年10月29日 10時15分
※本稿は、本田健『作家とお金』(きずな出版)の一部を再編集したものです。
■ユーモアで乗り切る〆切地獄
作家の人生には、避けて通れないものがいくつかありますが、その一つが〆切です。
〆切とは、作品の完成を求められる恐怖の瞬間であり、多くの作家にとっては、一番大きなストレスの源だといえるでしょう。原稿を取りに来た編集者が、借金取りに見えてきます。まるで、彼らが借金の催促に来ているよう感じてしまうのです。
そういうわけで、有名な作家たちは、そんな恐怖の〆切にも対抗する方法を編み出しています。それは、ユーモラスでクリエイティブな「言い訳」のスキルを磨くことです。
〆切に間に合わないとき、ただ「遅れます」と言うのではダメと言われるだけでしょう。うまくユーモアを交えた言い訳をすることで、編集者の怒りを和(やわ)らげ、仕方がないなぁと思わせられたら、勝ちというわけです。
ここでは、実際に使われた(あるいは使われたかもしれない)ユニークな言い訳の数々を紹介しながら、〆切との戦いについて見ていきます。
いままでに聞いた「しゃれた言い訳」は、「インスピレーションの神が休暇中です」というものです。
これは、創作のムードがどうしても乗らないときに使える言い訳でしょう。
編集者に、
「神様も休むことが必要なんです。だから、私の創作意欲も今は充電中です」
と伝えれば、ちょっとした笑いを誘うことができるでしょう。ですが、編集者が信心深い場合には、別の言い訳を考えたほうがいいかもしれません。
言い訳の天才になるためには、ただ単に面白いことを言うだけでなく、相手の気持ちを和らげることが重要です。
編集者も人間ですから、ユーモアを交えたやり取りができれば、多少の遅れも理解してくれることがあります。ただし、何度も同じ言い訳を使うと信頼を失うので、バリエーションを持たせなければならないでしょう。
■〆切延長のお願い――文豪たちのユニークな言い訳
どれほど優(すぐ)れた才能を持つ文豪でも、時には原稿が間に合わず、編集者に〆切の延長をお願いすることがあります。その際、彼らが用いたユニークな言い訳は、しばしば後世に語り継がれる逸話となっています。おもしろいものをいくつか紹介しましょう。
たとえば、マーク・トウェインは、ユーモアを交えた言い訳で知られています。
彼はあるとき編集者に、
「原稿があまりにも素晴らしすぎて、自分自身が驚いている。もう少し時間をかけて、この驚きに慣れたい」
と伝えたことがあります。トウェインのウィットに富んだ言い訳は、編集者を笑わせつつも、延長の了承を得る効果的な方法でした。
アメリカのSF作家、フィリップ・K・ディックは、夢見がちな言い訳をしました。
「昨夜見た夢の内容があまりに鮮明で、その影響で現実と夢の区別がつかなくなってしまった。もう少し時間が必要だ」
と編集者に説明したことがあったそうです。ディックの作品にはしばしば夢や幻覚がテーマとして登場するため、編集者も納得したといわれています。
イギリスの小説家、コリン・ウィルソンは、
「宇宙からのインスピレーションを待っている」
と言い訳しました。彼は評論家でもありましたが、SF作家としても知られ、宇宙や未知の領域への興味が強かったため、このような言い訳も彼らしいものでした。編集者は彼の独創性を理解し、期限を延長することに同意したそうです。
日本の作家でもユニークな言い訳をした例があります。
芥川龍之介は、しばしば「創作の神が降りてくるのを待っている」と言い訳し、編集者にも〆切を延ばしてもらっていたそうです。芥川の繊細な精神状態を理解していた編集者は、彼の要望に応じることが多かったと言います。
江戸川乱歩は、猫のせいにすることがありました。
「うちの猫が原稿の上で寝てしまい、起こすわけにもいかず、進められなかった」
と編集者に伝えたこともありました。乱歩の猫好きは有名で、このような言い訳も彼らしいエピソードです。
村上春樹は一度、
「ジョギング中に思いついたアイデアをもっと練りたい」
と言い訳しました。村上はジョギングが創作の重要な一部であると公言しており、この言い訳も彼らしいものでした。編集者は彼の創作プロセスを尊重し、もちろん〆切を延ばしたそうです。
太宰治もまた、独特な言い訳を用いることがありました。
「今朝、カフェで書いていたら、隣のテーブルの会話があまりに興味深くて聞き入ってしまい、執筆が進まなかった」
と弁解したことがあったそうです。太宰の観察力と人間への興味が反映された言い訳で、編集者も苦笑しながら延長を許したそうです。
■〆切を守る作家――プロフェッショナリズムと作業習慣
さきほど、文豪たちの〆切を延ばしてもらうための言い訳を紹介しましたが、ここでは、言い訳をすることなく〆切に遅れない有名な作家についてもお話ししておきましょう。
〆切を守ることができる作家は、みな規律正しい執筆スタイルと強い自己管理能力を持っています。彼らのプロフェッショナリズムや作業習慣は、私たちにも参考になります。
たとえば、スティーヴン・キングは、その筆頭にあげられるでしょう。
彼は毎日2000語を書くことを目標に掲げ、これを厳守しています。
キングは、朝早く起きて執筆を始め、一日の仕事を終えるまでそのペースを守ります。この習慣は、彼が年間に複数の作品を発表し続ける原動力となっています。彼の著書『On Writing』では、執筆のルーティンがどれほど重要であるかが強調されており、多くの作家に影響を与えています。
J・K・ローリングもまた、〆切を守ることで知られる作家の一人です。
彼女は『ハリー・ポッター』シリーズを執筆中、厳しいスケジュールを設定し、それを遵守しました。ローリングは、静かなカフェで執筆することを好み、特定の時間帯に集中して書くことで、高い生産性を維持しました。彼女の執筆スタイルは、〆切に対するプレッシャーをうまく管理しながら、クリエイティビティを発揮(はっき)するよい例となっています。
村上春樹については、〆切を延ばしてもらうための言い訳を紹介しましたが、じつは〆切を守ることに定評のある作家です。彼は非常に規則正しい生活を送り、毎日午前4時に起床し、午前中に4〜5時間執筆するというルーティンを守っていました。その後はジョギングをし、午後は静かに過ごすという生活パターンを持っていたそうです。この規律正しい生活が、彼の驚異的な執筆量と高品質の作品を生み出す源となっていたのでしょう。
SF作家で生化学者、ボストン大学の教授でもあったアイザック・アシモフもまた、〆切を厳守することで有名でした。アシモフは非常に多作で、生涯にわたって500冊以上の本を書きました。彼の執筆スタイルは、一日に何時間も机に向かい、集中して書き続けるというものでした。
アガサ・クリスティも、〆切を守るプロフェッショナリズムを持つ作家の一人です。彼女は定期的に新作を発表し、多くの作品がベストセラーとなりました。クリスティは、物語の設計を事前に緻密(ちみつ)に行って、それに基づいて執筆を進めました。そういう習慣のために、〆切に遅れることなく高品質の作品を提供できたのでしょう。
一流の作家たちに共通するのは、規則正しい執筆習慣と自己管理能力です。
彼らは、特定の時間に執筆を開始し、その時間を守り続けることで、高い生産性を維持しています。
人間には、朝型、夜型のタイプがいます。
誰も起きていない朝の4時に執筆が進む人もいれば、深夜の1時からのってくる作家もいます。いろいろ試してみて、自分の体調やメンタルの様子を見ながら、いちばんよいスタイルを確立することがカギになると思います。
■〆切に追われない最高の方法――原稿は依頼される前に書いておく
〆切に追われない一番の方法は、「原稿を依頼される前に書いておくこと」です。
この方法を実践している作家たちは、その計画性と先見性によって驚異的な成果を上げています。具体的な例をあげてみましょう。
たとえば、ハーレクイン・ロマンスの著者として有名なバーバラ・カートランドは、この方法を極(きわ)めた一人です。彼女は非常に多作で、生涯に723冊の本を書きました。
彼女の執筆スピードは伝説的で、一日中タイプライターに向かって書き続けることもありました。原稿のストックがあることで、〆切のプレッシャーから解放され、常に高い生産性を維持することができたのです。
前に紹介した、現代のベストセラー作家であるスティーヴン・キングも、このアプローチを実践しています。キングは、常に次の作品のアイデアをあたためておき、執筆に取りかかる前に詳細なプロットを作成することで知られています。彼の著書『OnWriting』では、「執筆が依頼される前に、原稿を書いておくことの重要性」が語られています。
イギリスの児童文学の巨匠エニッド・ブライトンも、この方法を極めた一人です。ブライトンは非常に多作で、750冊以上の本を書きました。彼女は常に複数の原稿をストックしておくことで、出版社からの依頼に即座に応えることができました。
日本の池波正太郎も、先に原稿を書き溜めておくことの重要性を強調しています。池波は毎日一定の時間を執筆にあてていました。アイデアが浮かんだときにはすぐにメモをとり、あとでそのメモをもとに作品を執筆します。これにより、彼は常に複数のプロジェクトを進行させ、作品を次々と仕上げることができました。
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作家
神戸生まれ。経営コンサルティング会社、ベンチャーキャピタル会社など、複数の会社を経営する「お金の専門家」。著書に『ユダヤ人大富豪の教え』(大和書房)などがある。
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(作家 本田 健)
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