「日曜日は何をされるんですか?」は雑談として三流…初対面でも心を掴む人が身につけている「質問力」
プレジデントオンライン / 2024年10月30日 7時15分
※本稿は、古舘伊知郎『伝えるための準備学』(ひろのぶと)の一部を再編集したものです。
■実際に会う前から、何度も「会っている」ぐらいにしてしまう
取材やイベント、雑誌対談などでは、しばしば、初めてお会いする人とお話しすることがある。
ここはもう、勝負どころだ。この「出会いの第1打席」で粗相があってはいけない。よく知っている人との対談と比べたら、準備率は急上昇。偶然に出会ってしまう場合は別として、取材など事前にお会いするのがわかっているときは、どれだけ念入りに準備するかで「初めまして」から始まる対話の行く末は決する。
脳内でイメージトレーニングを繰り返す。実際に会う前から、もう何度も勝手ながら「会っている」くらいにしてしまうのが、準備の時間だ。
では、この「出会いの第1打席」に向けてどんな準備をするべきだろう。
■『テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリさんと対談
先日、ある雑誌の企画で漫画家のヤマザキマリさんと対談することになった。
漫画を読む人なら、この名は誰もが知っているだろう。まず何といっても『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)を思い浮かべる人が多いと思う。
ヤマザキさんは、17歳でイタリア・フィレンツェの国立美術学院に留学し、11年間、その地で美術史と油絵を学んだ。現在もイタリアを拠点とし、日本とも行き来しながら漫画家、画家、随筆家として活動されている。美術の専門家であるのはもちろん、古代ローマ史などイタリアの歴史にも造詣が深い。
さて、どんな話を彼女としようか。
■あえて違う作品を読み込む、一点突破・全面展開
大ヒット作で映画化もされた漫画『テルマエ・ロマエ』は、あまりにも有名すぎる。もう飽きるほど聞かれていることは想像に難くない。開口一番、『テルマエ・ロマエ』を持ち出そうものなら、「またか……」と、うんざりされてしまうかもしれない。せっかくの貴重な機会に、それだけは避けたい。
ヤマザキさんは多才な方だ。そうであるがゆえに、あれもこれもといろんな場所を掘って準備をしようとすると、バラバラになってしまう。
もちろん、全体に満遍なく準備をするべきときもある。ケース・バイ・ケースだが、今回はバラけるよりも、失礼だけれど一点突破・全面展開。僕は、あえてヤマザキさんの別の作品、『プリニウス』(新潮社)に絞って準備することに決めた。
■自分を強烈なマゾ嗜好なんだと思わなければ、準備は進まない
そうと決めたら、もう、ひたすらこの作品を読んで勉強するのみ――と思ったのだが、これが大変。
同じく漫画家のとり・みきさんとの合作である『プリニウス』は、古代ローマ史をベースにした作品だ。かの『博物誌』を著した偉大な博物学者にしてローマ艦隊司令官でもあったプリニウスを主人公としており、骨太な自然科学・史学にファンタジーが合わさった大変興味深い歴史伝奇ロマンである。
とてもおもしろい漫画なのだ。いきなり今から2000年前にタイムスリップさせてくれる。もしこれが、初対面へ向けた準備でなければ……そうしたら、どんなに純粋に、観光気分で古代ローマを楽しめることか。
何度も「準備やめたら? 楽しんじゃえば?」と悪魔が囁く。当日は会ったときの雰囲気で話せばいいや。となるが、だとすると、「初めまして。『プリニウス』読みました、おもしろかった!! すごい」で終わっちゃう。これがダメなのだ。そうすると、相手に楽しみに来たファン心理だけが伝わって終わる。
だから、勉強モードで読む。本当は楽しみたいのに楽しまないで、何かのタネを探すんだと読む。自分を強烈なマゾ嗜好なんだと思わなければ、準備は進まないのだ。
■難解なセリフをあえて暗記するか、メモをたどたどしく読むか
そうして真剣に『プリニウス』を読んでいるうちに、ふと気になった。たびたび「うわぁ、わかんない」という難解な言葉が出てくるのだ。たとえば、僕が注目したのは、このセリフ。
「ウェルギリウスのアエネイスでは、アエネアスの船がアイオロスによって沈められている」
難解すぎる。まるで早口言葉。しかも、まったく馴染みのないカタカナの固有名詞がズラズラと出てくるのに、あまり注釈がない。「ウェルギリウス」も「アエネイス」も「アエネアス」も「アイオロス」も、全部わからない(ちなみにこれは、全部ググってみた。それも準備だ)。
これはひょっとして、あえて難解にすることで読者をイラつかせ、その反動の勢いで作品に没入させようとしている演出なのか?
この予想が、ひょっとしたら、対談をおもしろいものにする突破口になるかもしれない。本当にそうだったら盛り上がるし、仮に「それは違う」と言われたとしても、それはそれでおもしろい。
僕は、作品中のきわめて難解なセリフをメモした。
長年、スポーツ実況をやってきた身でも舌を噛みそうな、早口言葉みたいなカタカナの羅列を、対談当日までに暗記するか。それとも、その難解さを際立たせるために、あえてヤマザキさんの目の前でたどたどしくメモを読んでみせるか――。
先に結果を言うと、対談の本番で、このメモを出すタイミングは訪れなかった。
■「ヤマザキマリの仕事のパッチワーク」がクリーンヒット
理由は2つある。1つは、このメモを持ち出すまでもないほど、対談が盛り上がったから。ありがたいことにヤマザキさんは、僕と同じくらい、よく喋る人だった。そうなると会話のキャッチボールの中で、僕もどんどん聞きたいことが溢れてくるから、あっという間に時間が過ぎた。
そして2つ目は、もう1つ僕のほうで事前に準備したものがあり、それがヤマザキさんにクリーンヒットしたからメモは引っこめることにした。
クリーンヒットとは、いってみれば「ヤマザキマリの仕事のパッチワーク」である。
先にも述べたとおり、ヤマザキさんの活躍は幅広い。仕事は主に「絵を描くこと」だが、それがまた多彩なのだ。漫画から、自分が暮らしていたシカゴのポスター、ジャズのポスター、カーニバルのポスター、さらには山下達郎さんのCDジャケット、立川志の輔さんの写実的な肖像画、ヤマザキマリさん自身のマンガチックなイラスト、はたまた精緻な青龍のイラストなどなど……とても同じ人物が描いているとは思えない。
美術や絵について明るくない僕からしたら「なんだ、この人?!」だ。ジャンルもテイストもバラバラ。あまりにもめちゃくちゃな百貨店ぶりが、なんたる魅力。理解しようとしても、もうギブアップだと思った。
そこで、ネット上で見つけたヤマザキさんのいろんなタイプの作品をプリントアウトして、ハサミで切り抜き、1枚の大判画用紙にパッチワークのように貼り付けた。貼り付ける順を何度も調整して、とにかく脈絡がないように並べた。ノリで貼り付けたから、ちょっとヨレたりもしている。小学校低学年の児童の宿題みたい。
■ヤマザキマリの目を輝かせることに成功
そして対談もいよいよ終盤というところで、それを取り出して問うてみたのだ。
「何人いるんですか、『ヤマザキマリ』さんは。ひどい素養かもしれないけど、オレの中でまとまらないんですよ、あなたは」
するとヤマザキさんが「古舘さん、これなんですよ!」と、いっそうキラリと目を輝かせておっしゃったのだ。「これなんですよ。私は画家じゃないですから。単なる絵描きですから、作風に一貫性も何もなくて、バラバラなのが私なんです。いや、こんなバラバラをまとめてもらえたのは初めて!」と。
もしかしたら、せっせと切り貼りをした僕に合わせてくれたのかもしれないが、ともかく対談は大盛り上がりのうちに終了した。デザインセンスの欠片もない素人のパッチワークは、他では読めない対談にするための準備としては十分に機能したわけだ。
さて、ここで話は冒頭の問いに戻る。
■自分独自の切り口を探すこと
「出会いの第1打席」である初対面、どう準備するか。
あなたは、ただ空白を埋めるために「好きな音楽は?」「日曜日は何をされるんですか?」なんて質問をしてしまっていないだろうか? そんなとりあえず聞きました、という質問は「うるさい」。しょせん質問のための質問だ。
もしそれが本当に聞きたいことだったなら、かまわない。でも、間を埋めているだけならば、それはやめよう。第1打席、しっかり準備をしたほうがいい。
誰もが思いつくような話題を避け、自分独自の切り口を探すこと。
そのためには、まず相手について、できるだけ調べ尽くす。そして「これ」という一点突破のポイントを見つけて、さらに深掘りする。出番がなかった『プリニウス』のセリフのメモも、ヤマザキさんの仕事のパッチワークも、僕がやったのは、そういうことだ。
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フリーアナウンサー
立教大学を卒業後、1977年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。3年連続で「NHK紅白歌合戦」の司会を務めるなど、NHK+民放全局でレギュラー番組の看板を担った。テレビ朝日「報道ステーション」で12年間キャスターを務め、現在、再び自由なしゃべり手となる。2019年4月、立教大学経済学部客員教授に就任。
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(フリーアナウンサー 古舘 伊知郎)
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