「習近平の共産党」を守るためなら手段を選ばない…"西側諸国"で次々と明らかになった"中国スパイ"の実態
プレジデントオンライン / 2024年10月29日 17時15分
ジェフリー・A・ローゼン司法副長官は2020年9月16日、ワシントンD.C.の司法省で、「APT 41」と呼ばれる中国政府や人民解放軍の支援を受けたサイバー攻撃に関連する告発と逮捕について、FBIのデビッド・ボウディッチ副長官の話を聞いた。 - 写真=AFP/時事通信フォト
■スパイ行為の見返りとして約4億円を受け取る
2024年9月3日、米国3大ネットワークの1つABCはニューヨーク州知事の元側近が逮捕されたニュースを報じた。同州のクオモ前知事と現職のホークル知事の側近だった中国系女性、リンダ・サン被告(41)が中国政府の「代理人」として活動していたスパイ容疑で逮捕されたというのだ。
ホークル知事の副主席補佐官を務めていたサン被告は中国政府関係者を積極的に州当局者に会わせたりする一方で、台湾の要人が州知事に接触するのを阻止したり、中国政府にとって重要な案件については州知事のメッセージを書き換えたりしていたとされている。
これらの行為は中国の諜報活動の一部であり、中国が領有権を主張する台湾の地位や少数民族ウイグル族の弾圧など論争の多い問題で中国の立場に有利になるように政治的言説に影響を与えることに重点を置いている。
サン被告は中国共産党の関係者と接触し、スパイ行為の見返りとして数百万ドル(約3億円から4億円)相当の利益を得て、他にもコンサートやショーのチケット、中国政府高官のシェフが調理したアヒル料理を受け取っていたという。
ホークル知事は会見で、「激しい怒りを感じ、衝撃を受けています。本当に厚かましい行為で、州民の信頼を裏切りました。不正が発覚した後、すぐに解雇しました」と語った。
■この事件は氷山に一角にすぎない
サン被告は30代前半だった2017年に海外在住の中国人青年を称賛するイベントに参加するため、北京を訪れた。その際に出身地の江蘇省南京に立ち寄り、中国の諜報機関の一部である江蘇省統一戦線工作部(UFWD)の幹部と会談した。
その幹部は彼女に「米中友好の大使となり、ニューヨークの中国人移民の間で積極的に連帯を促進するべきだ」と伝えたという(ニューヨーク・タイムズ紙、2024年9月16日)。この会談がサン被告に中国政府の代理人となるきっかけを与えたようだ。
中国政府は海外の中国人コミュニティや中国系の政治家・役人などを利用して情報を入手し、政策を形作ろうとする諜報活動を行っているが、彼女のケースは氷山の一角にすぎない。
■軍事技術を盗むために研究者に接近
ドイツの公共放送ZDFは2024年4月22日、「中国がドイツ国内で積極的に情報を探り出そうとしていることがわかる注目すべきニュースです」と述べ、中国の諜報機関の指示を受けて軍事転用が可能な技術を入手したとして3人のドイツ人が逮捕されたと報じた。
中国の諜報機関である国家安全省(MSS=Ministry of State Security)のスパイとして活動していたトーマス・アール被告はその技術を入手するため、一組の夫婦を仲間に引き入れた。夫婦は経営する会社を通して、研究者や大学などとコンタクトを取り、軍艦用エンジンなど機械部品の最新情報を収集していたが、当局から自宅と職場の捜索を受け、アール被告とともに逮捕された。
また、同じ日にイギリスのロンドン警視庁が英国議会の調査員だった男2人を中国のためにスパイ行為をしたとして、敵国に利用されるかもしれない文書・情報の入手を禁止した国家機密法の違反容疑で逮捕した。
2人は保守派の議員らでつくる中国研究グループと関わりのある議会調査員で与党保守党(当時)の議員数人と接触していたとみられている。
この疑惑に対して在英中国大使館の広報担当官は、「中国が“イギリスの機密情報を盗んだ疑いがある”という主張は完全にでっち上げで、悪意ある中傷以外の何ものでもない」と一蹴した。
■アメリカでは“悪質スパイ企業”に制裁を発動
さらに中国の諜報機関はサイバースパイ活動も積極的に展開している。
米国司法省は2024年3月25日、中国国籍の7名を外国での諜報活動と経済スパイ活動を推進するために約14年間にわたり、企業や批評家、政治家などを標的にハッキングしたとして、コンピューター不正侵入と通信詐欺の共謀罪の違反容疑で起訴したと発表した(司法省のホームページより)。
これに伴い、リサ・モナコ司法副長官は「1万件以上の悪意あるメールが複数の大陸で数千人の被害者に影響を与えました。本日の起訴状で申し立てられているように中国政府が支援する大規模な世界的ハッキング作戦は、ジャーナリスト、政治家、企業を標的とし、中国政府の批判者を抑圧し、政府機関を危険にさらし、企業秘密を盗みました」と述べた。
標的となった米国政府関係者にはホワイトハウス、司法省、商務省、財務省、国務省の職員、民主・共和両党の上院および下院議員が含まれていたという。
この中国政府系ハッカー集団は「APT31〔=Advanced Persistent Threat(高度で継続的な脅威)〕」と呼ばれ、諜報機関MSSの一部門とされている。司法省は7人の起訴に加え、MSSのフロント企業と目されている湖北省武漢市にある「武漢小瑞科技有限公司」に制裁を発動したことも発表した。
メリック・ガーランド司法長官は、「私たちは、国民に奉仕する米国人を脅迫し、米国の法律で保護されている反体制派を黙らせ、米国企業から盗みを働こうとする中国政府の取り組みを容認しません」と警告した。
■元中国スパイが活動内容を暴露
中国は政治的工作から経済スパイまで様々な諜報活動を展開しているが、その中でも特に闇の部分として恐れられているのは、海外で中国政府を批判している人たちを拉致し、本国に送還する任務を負っているスパイである。
彼らは中国の連邦警察および治安機関である公安省(MPS=Ministry of Public Safety)の部隊に属し、その実態はよく知られていないが、それがついに明らかにされた。
MPSで2009年から2023年まで潜入捜査官として働いたという元スパイ(39歳の男性)が2024年5月13日、オーストラリアの公共放送ABCの調査報道番組「フォー・コーナーズ」に出演し、活動の実態について語ったのである。
番組ではエリックという仮名を使い、安全のためにフルネームやMPSの担当者の身元などは公表しなかった。
MPSの部隊は中国共産党(CCP)の主要な弾圧手段の1つとされ、CCPと習近平主席の批判者を監視し、拉致し、沈黙させるために世界中で活動しているが、彼も15年間、中国、インド、タイ、カンボジア、カナダ、オーストラリアで活動したという。
■どんな手を使っても敵対者を追いつめる
エリックは、中国が国家の敵とみなした人々の情報をどのように収集し、彼らを本国に帰国させて訴追するためにどのような手口を使っているのかを明らかにした。
時には手の込んだストーリー(架空の話)を作り、ある時は不動産会社の幹部として、あるいは「自分も中国共産党が嫌いで自由のために戦っている」などと反CCPの闘士を装ったりして批判者に近づき、彼らの信頼を得てから強制的に本国へ送還する。
その際、スパイにはアメとムチを含めあらゆる手を使うことが認められているという。エリックはそれ以上の詳細は語らなかったが、「彼らからは、何をしてもいい、と言われていた」ということははっきりと述べた。
MPSの目的は中国共産党の地位を守り、内外での党の支配を維持することだが、2012年に習近平氏が指導者に就任して以来、中国の諜報機関は再編成され、MPSの活動も強化された。
しかし、オーストラリアの法律では外国の諜報機関が国内の外国人を脅迫したり、帰国を強制したりすることは犯罪となるため、MPSの活動は豪中間の外交問題にも発展している
ABCの番組によれば、2015年に中国の秘密警察2人がメルボルンの中国人バス運転手を拉致し、本国へ送還したが、この事件が公表されると、オーストラリア政府が抗議し、中国側は「二度と起こさない」と約束した。しかし、その後も2019年に中国将校がオーストラリア在住の59歳の中国人男性を強制帰国させるなど、事件は繰り返されているという。
■中国政府の“最も闇の部分”
エリックは番組で、「真実を暴露するために声を上げている」と語り、こう続けた。
「国民には“秘密の世界”について知る権利があると信じています。私は中国の政治治安機関で15年間働きましたが、それは今日の中国政府の最も闇の部分です」
彼は2023年に中国から逃亡してオーストラリアに渡り、同国の諜報機関「オーストラリア安全諜報機構(ASIO=Australia Security Intelligence Organization)に自身の経歴を明かし、保護を求めた。ABCによれば、中国の秘密警察・諜報機関の関係者が公の場で発言したのは初めてだという。
■対中関係を重視し、スパイ活動を容認していた
中国の諜報活動の拡大は西側諸国にとって重大な脅威となっているが、西側の対応はなぜ遅れてしまったのか。この問題については、英国公共放送BBCが対外諜報機関(MI6)の幹部の発言を引用して興味深い報道をしている。
報道によると、「中国の諜報機関は2000年代にはすでに経済スパイ活動を展開していたが、当時の西側の企業は往々にして沈黙していた。なぜなら、中国市場における立場が危うくなるのを恐れて明らかにしなかったのだ」という(BBC NEWS JAPAN 2024年6月11日)。
重要なビジネスパートナーである中国との関係を悪化させたくないばかりに沈黙していたのは企業だけでなく、政府や政治家も同様である。たとえば、ドイツの国会では中国の経済スパイの脅威が高まってきても、中国との関係を重視する意見がずっと根強く存在しているという。
ドイツの国会議員で元陸軍将校でもあるローデリヒ・キーゼヴェッター氏は、「ドイツの諜報機関は数年にわたって中国の経済スパイの脅威について警告したが、その警告は故意に聞き入れられなかった」と述べている(ガーディアン紙、2024年5月8日)。
■脅威を再認識し、対策を強化
また、英国は2010年代にデビッド・キャメロン首相が英中の経済関係の強化を背景に両国関係を「黄金時代」と表現した。
しかし、英国の中国専門家のマーティン・ソーリー氏は近々刊行される著書『All That Glistens(輝くものすべて)』の中で、「英国がキャメロン首相時代の英中友好の“黄金時代”を吹聴したことで、結果的に中国は(英国の)政治家や実業家を操りやすくなった」と指摘している。
最近はこの「黄金時代」を皮肉って、「黄金の失敗」ではなかったかと揶揄されているというが、2022年に誕生したスナク政権で外務大臣を務めたキャメロン氏も中国を公然と批判するようになった。同氏はその理由を「多くの事実が変わった。中国は時代を決定づけるチャレンジ(難問)になった」と述べている。
欧州は最近になって、中国のスパイ活動への対応に力を注いでいる。英国のMI6は2024年1月、中国の諜報活動に対応するために専門の外国人コンサルタントを雇ったという。
また、ドイツは2024年4月、フェーザー内相が「中国のスパイ活動がビジネス、産業、科学に多大な危険をもたらしていることを認識している。我々はこうしたリスクと脅威を非常に注意深く見守っており、明確な警告を発し、あらゆる場所に防諜措置が強化されるよう意欲を高めている」と述べ、中国にメッセージを送った。
■西側スパイと中国スパイの“決定的な違い”
西側の対応が遅れたもう1つの理由としては、中国の諜報活動の目的や方法が西側と異なることによる独特の難しさがある。米国連邦捜査局(FBI)で対諜報活動を担当するロマン・ロジャフスキー氏はその違いをこう説明する。
「中国のスパイにとっては中国共産党の地位を守ることが一番の目的です。そのために中国は経済成長を実現する必要があり、スパイは西側の技術獲得こそ国家安全保障上の最重要課題と考えている。そして中国のスパイは入手した情報を国営企業に共有するが、西側の諜報機関は自国企業にそのようなことはしない」(前出・BBC NEWS JAPAN)。
つまり、西側では民間企業が経済スパイを行うことが多いが、中国では政府の諜報機関がそれを主導し、国営企業を積極的に支援している。政府と企業が一体となって経済スパイを行っている中国に対し、西側各国が対抗するのは容易なことではない。ちなみに中国が諜報活動に投入している人員リソースは約60万人と推定され、他のどの国よりも多いという。
また、CIA(米中央情報局)やMI6など西側の諜報機関が中国国内で活動する際の独特の難しさもある。中国内では顔認証やデジタル追跡技術の発達によって監視体制が徹底しているため、現地で工作員や協力者に直接会って情報収集するという伝統的な人的諜報活動がほとんど不可能だという。
■いままで以上に日本が狙われやすくなったワケ
BBCニュースによれば、中国は約10年前、CIAが現地で張り巡らせていた大規模な工作員のネットワークを一掃したそうだ。
さらに付け加えれば、世界的な通信傍受とデジタルインテリジェンスを担当する米国のNSA(国家安全保障局)や英国の通信傍受機関GCHQにとっても中国は技術的に難しいターゲットになっている。理由は中国が西側と異なる独自の技術を使っているからだという。
他の西側諸国と同様に日本でも中国のスパイによる被害が増えている。
2020年10月、大手化学メーカー、積水化学工業の元社員がスマホの液晶画面に使われる技術を中国の通信機器会社に不正に漏らしたとして不正競争防止法違反容疑で書類送検された。
元社員が電子メールで技術情報を送った相手の中国企業関係者は、世界最大級のビジネス関連情報のSNS「リンクトイン」を使って接触してきたという。大阪地裁は2021年8月、元社員に懲役2年と罰金100万円、執行猶予4年を言い渡した。
また、2021年4月には宇宙航空開発機構(JAXA)など国内約200の企業や研究機関へのサイバー攻撃に関与したとして、警視庁公安部が中国共産党員でシステムエンジニアの30代の男を私電磁的記録不正作出・同供用の疑いで書類送検した。警察当局は中国が軍の組織的な指示で高度なサイバー攻撃を仕掛けていたとみて、攻撃を受けた組織に注意喚起した(日本経済新聞、2021年4月20日)。
■警察庁の担当者が出向き、スパイ対策を共有
日本の先端技術が中国のスパイに狙われる背景には、ハイテク利権をめぐる米国と中国の覇権争いが激化したことで、各国における先端技術の管理などの対応が強化されたことがある。その結果、欧米諸国と比べて情報管理が徹底されていない日本の技術も中国に狙われやすくなったということだ。
このような状況を受けて、日本の警察当局も対策に乗り出した。警察庁は2022年4月に「経済安全保障室」を設置し、技術情報流出の未然防止のための取り組みを都道府県警察と連携して推進している。
対策の柱はアウトリーチ活動で、担当者が企業や研究機関に出向いて実際の事件をもとに海外の経済スパイやサイバー攻撃の手口を解説したりして対策の徹底を呼びかけているという。
世界的に中国の諜報活動が活発となり、先端技術の争奪戦が激化する中で、日本の技術が流出する可能性は高まっており、日本はこれまで以上に警戒感を高め、対策を強化する必要がある。
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国際ジャーナリスト
1954年生まれ。埼玉県出身。70年代半ばに渡米し、アームストロング大学で修士号取得。帰国後、ロサンゼルス・タイムズ東京支局記者を経てフリーに。人種差別、銃社会、麻薬など米国深部に潜むテーマを抉り出す一方、政治・社会問題などを比較文化的に分析し、解決策を探る。著書に『アメリカ白人が少数派になる日』(かもがわ出版)、『大統領を裁く国 アメリカ』(集英社新書)、『アメリカ病』(新潮新書)、『人種差別の帝国』(光文社)、『大麻解禁の真実』(宝島社)、『医療マリファナの奇跡』(亜紀書房)、『日本より幸せなアメリカの下流老人』(朝日新書)、『世界大麻経済戦争』(集英社新書)などがある。
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(国際ジャーナリスト 矢部 武)
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