閲覧注意の目玉ゼリー、脳みそケーキ、指クッキー…注文殺到「グロすぎるお菓子店」を立ち上げた女性店主の来歴
プレジデントオンライン / 2024年10月30日 10時15分
■目玉商品になった「目玉」
ハロウィンを迎えるたびにさまざまなメディアに取り上げられ、売り上げが通常の3倍になるという中西怪奇菓子工房。ひとりで切り盛りするナカニシア由ミさんが生み出した「怪奇菓子」の目玉商品は、その名も「目玉ゼリー」。カルピス味の寒天で、ラズベリーピューレを注射器で注入する「充血あり」と、プレーンな「充血なし」の2タイプある。
工房のオンラインショップにはほかにも根元から断ち切られたような指クッキー、引きちぎられて出血している耳クッキー、白子に似た脳みそレアチーズケーキなどユニークなお菓子が並ぶ。見た目はグロくても食べたらしっかりおいしいこと、できるかぎり着色料を使わないことにこだわった怪奇菓子は、全国から注文が絶えない。
さらに、『東京喰種』シリーズや最近では北欧ホラー『胸騒ぎ』などメジャー系から単館系まで映画とのタイアップは数知れず、東京ジョイポリス、ハウステンボス、サンシャイン水族館、星野リゾートなど企業とのコラボ企画も多数あり、2013年に開業して以来、売り上げは右肩上がり。
「ずっと上り調子だったんで、これは目玉御殿が立つなって言うてたんですよ(笑)」。
ところが2020年春、新型コロナウイルスのパンデミックが直撃。怪奇菓子は誕生日などのパーティーでもニーズがあり、オンラインショップでは通年で売れていた。それがコロナ禍でステイホームになり、さらに映画や企業の「食」にまつわる企画も雲散霧消した結果、売り上げがいきなり半減した。
このタイミングで、ナカニシさんは大胆な手を打つ。それがコロナ前より売り上げを伸ばす一手になろうとは、本人も想像していなかった――。
■ホラー映画で英語を学ぶ
中西さんは1978年、大阪の池田市で生まれた。公務員で忙しくしていた両親に代わって、近所のおばあさんが世話をしてくれた。
幼い頃から読書が好きで、自宅にいる時はだいたいひとりで本を読んでいるか、寝ているか。おばあさんからは、「すごく楽で、育てやすかった」と言われていたという。特にお気に入りのグリム童話全集を何度も読み返していた影響か、いつの頃からか「海外暮らし」に思いをはせるようになった。小中学生の頃には、周囲の人たちとまんべんなく仲良くしながらも、「なんか違う、ここじゃない」と違和感を抱くようになり、海外への思いはますます加速した。
念願かなってアメリカのニューヨークに渡ったのは、短大卒業後の1999年。語学留学から始まったアメリカ生活で英語を磨くために役立ったのが、「どちらかというと怖くて苦手だった」ホラー映画だった。
「もともと人間の心情に寄り添うようなヒューマンドラマが好きで、アメリカの映画館に観に行ったんです。そしたら込み入った会話が多くて、まったく理解できなかったんですよ。これを観てても英語の勉強にならへんよなと思って、ブロックバスター(レンタルビデオ屋)でほかのジャンルの映画を借りているうちに、ホラー映画いいやんって。よくわからない言語で怖い映画を観たら、ビジュアルがメインになるから面白くて、笑いながら観てました。ストーリーも単純で、英語がめっちゃ聞き取れるようになりましたね」
ニューヨークでの暮らしは思いのほか肌に合い、ようやく自分の居場所が見つかった気がした。2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が起き、日本でニュースを見た両親から、「大丈夫なんか? 帰ってきたほうがいい」と電話がかかってきた時も、ナカニシさんは「ぜんぜん大丈夫。帰らへん」と答えている。9.11で周囲の日本人の多くが帰国しても、アメリカに残る道を選んだ。
■ジェットコースターのような5年間
そのままアメリカに住み続けたかったのだが、学生ビザの有効期限は5年。期限が切れる2004年、渋々日本に戻った。それでも諦めきれず、観光ビザで再びアメリカに飛び、現地で生活する道を探っている時に、ニューヨークで仲良くなった和歌山出身の友人から声を掛けられ、帰国を決める。
「和歌山でドッグランを併設したドッグカフェを一緒にやらへんって誘われたんです。その子に『日本で働いたことないやろ、1回働いとかな、日本に戻らなあかんくなった時、生きていかれへんようになるで』って言われて、確かにそうやなと思って」
もともと犬と猫が好きで、ニューヨークでトリマーの資格を取得して働いていたナカニシさんは、友人のアイデアに乗ることにした。しかし、現地を視察した時にかつて地元で感じた「ここじゃない」という感覚が蘇り、誘いを断って大阪に帰郷する。
これが、運命を変える決断になった。「いったん日本で働こう」と語学学校に勤め始めてから間もなくして出会った男性と結婚したのだ。これでアメリカに再渡航する計画はなくなり、1年ほどで語学学校をやめた後、トリマー、ペットショップ店員、ホテルのフロント、ホテルの清掃のパートと職を転々。その間に出産し、離婚してシングルマザーになるという、2004年に帰国してからジェットコースターのような5年間を過ごした。
■ひとり娘に「エイリアン弁当」を作ったら…
それからしばらくの間、両親のサポートを受け、清掃のパートと子育てに専念していたナカニシさんに転機が訪れたのは、娘が3歳になった2013年。保育園に通っていた娘から、「キャラ弁を作ってほしい」というリクエストを受ける。ナカニシさんは考えた。
「娘の弁当を作る生活は、長ければ高校生まで続く。もしキャラ弁を作って喜ばれたら、毎回求められるかもしれない。それは面倒だから、ちょっと先延ばしできないか……」
そこで、一計を案じた。
「保育園に持っていく前に、うちで怖いお弁当を作って、諦めてもらおうと思って(笑)。うちのキャラ弁はこんなんやで、これでもいいんやったら作るけどっていう感じで」
手先が器用なナカニシさんが、腕によりをかけて作ったのが「エイリアン弁当」だった。その弁当を作っている時に、気が付いた。「これ、めっちゃ楽しい!」。娘に見せる時も、怖がらせるという当初の目的を忘れて、「こんなんできてんけど、見てみて!」というテンションだったという。
いざ、実食。弁当箱を開けた娘は驚くでもなく、真顔で「ありがとう」と言った。ナカニシさんが「どうする? こういうの作る?」と尋ねると、一言。
「いや、ええわ」
期待した反応……のはずだったが、ナカニシさんの胸の内には新たな火が灯っていた。
「もっとグロ弁を作りたい!」
グロ弁とは、グロい弁当のことである。保育園に弁当を持参する日は月に一度しかないため、自分のために作り始めた。
「娘が寝た後に弁当を作って、仕事が終わって帰ってきたら自分で食べてました。その後すぐにスーパーに行って、これは髪の毛によさそうとか、唇によさそうとかグロ弁用の食材を買って、また夜に作るということを繰り返していましたね」
凝り性のナカニシさんが作るグロ弁は、どんどん進化していった。例えば、肌の色を気味悪くするために、アボカドをすり潰したものを白米の上に塗る。時間が経つと黒ずんできて、理想の色に仕上がるそうだ。最初はハムを使っていた唇も、よりリアルにぬめり感を出すために塩辛を採用した。
グロ弁をブログに載せると次第に読者が増え、コメントがつくようになった。それが嬉しくて、ますます力が入った。
■「もっとリアルに!」という探求
「私、なにしてんのやろ……」と我に返ったのは、グロ弁を作り始めて数カ月経った頃。見た目を重視した結果、日に日に弁当が不味くなっていることに気づいたのだ。わざわざ不味い弁当を作っている自分に疑問を抱き、急速に熱が冷めたナカニシさんが次に目を付けたのが、日持ちがするお菓子だった。
最初に作ったのは、指クッキー。裁ちばさみで指を根元から切ったような見た目で、爪の生え際から血が滲み出ている。ナカニシさんは娘を驚かせようと、おやつの時間に指クッキーをたくさん入れたコップを用意した。ところが、娘はなんのリアクションもなく、普通に食べてしまう。それが悔しくて、「もっとリアルに!」という探求が始まった。
友人の誕生日の日には、年齢の数だけ指クッキーを刺したケーキを用意した。それがめっぽうウケて、友人たちがそれぞれのSNSにアップした。すると、その投稿を見た人たちから「作ってほしい」とリクエストが届き始めた。そこで、ナカニシさんの気持ちが動く。
「ホテルで清掃のパートをしていたけど、親から仕送りももらっていたし、おいおいなにか別の仕事をせなあかんなとは思ってました。それで、可能性があるんやったらと思って、申請を出してお菓子を作れるようにして、オンラインで販売し始めたんですよ」
2013年10月31日、ハロウィンの日に中西怪奇菓子工房を開業。最初の頃はフェイスブックページだけで運営しており、友人やその友人からポツポツと注文が入る程度で、軽い副業という感覚だった。工作する感覚で目玉ゼリーや脳みそチーズケーキを開発し、その過程や周囲の反応を楽しんでいた。
■「脳みそ目玉ケーキ」がSNSで評判に
空気が一変したのは、開業から1年が過ぎた2014年12月。ふと、「ケーキの上に目玉と脳みそを載せたら面白いやん!」と思い立ち、4号サイズ(直径12センチ)のガトーショコラケーキをベースにして作ってみると、想像以上のインパクト。「これって冷凍発送できるのかな?」と、試しに東京の友人に送ってみたところ、崩れずに無事届いた。
嬉しくなったナカニシさんは12月4日、「脳みそ目玉ケーキ、発送できるようになりました」とツイッター(現・X)に投稿。これが瞬時に1800回以上もリツイートされるほどバズり、全国から注文が届いたのだ。ナカニシさんは、青ざめた。クリスマスまで残り20日、清掃のパートをしながらたくさんのケーキを作ることはできない。
「バズったのが初めてやったから、怖かったですね。なんかめっちゃ注文が入ってきて、ちょっと待って、そんなに作られへんって。40個ぐらいで受け付けを止めました」
バズったツイートが注目を集め、ウェブメディアで記事化された結果、フォロワーも一気に増えた。「アンダーグラウンドでやっていきたかった」というナカニシさんは戸惑い、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていた。
■二度の仮病
しかし、当時ほかになかった「怪奇菓子」を求める人たちの熱気は冷めなかった。年が明けて2015年2月、100セット限定でバレンタインセットを販売したところ、2日で完売。「そんなに売れるとは思ってなかった」ナカニシさんは、パートと子育て、お菓子作りのスケジュールを見て、「この量、絶対にムリや……」と頭を抱えた。
仕方なく、職場には「インフルエンザに罹った」と連絡し、自宅待機にあてる5日間でバレンタインセットを作りきった。
翌月、今度は100セット限定のホワイトデーセットが、あっという間に完売。そんなに売れるわけがないという過小評価から、スケジュール的に製造不可能という同じ展開を繰り返してしまう。すると今度は「インフルエンザB型に罹った」と嘘をつき、休みになった5日間で発送まで終えた。
二度も仮病を使ったナカニシさんは、さすがに「こんなことをしてたらあかん……」と反省。「パートにはいつでも戻れるし」と、怪奇菓子一本でやっていくことを決意した。両親からは「大丈夫なの?」と心配されたが、「なんとかなるだろう」と楽観的に考えていた。そう思えたのは、仕送りが続いていたからだ。独立してしばらくは、仕送りが生活の支えになっていたという。
■「絶対騙されてる」と怯えた大型コラボ
2015年6月、オンラインショップをオープンさせると、怪奇菓子の人気はじわじわと広がり、売り上げも伸びた。メディアにも取り上げられるようになって知名度も広がり、2016年2月には富士急ハイランドのお化け屋敷「絶凶・戦慄迷宮」と、同9月にはサンシャイン水族館とコラボしている。
やがて、中西怪奇菓子工房の存在が映画業界で知られ始めた。最初にコンタクトしてきたのは、2016年7月に公開された『眼球の夢』というミニシアター系映画の宣伝広報の担当者。「眼球がメインの映画だから、舞台挨拶で目玉を配りたい」と連絡があり、すでに商品化されていた「目玉チョコレート」を用意した。
映画業界には、どういう宣伝広報をするのか、したのかを共有する会報があるそうで、そこに「眼球チョコレート」の話も載った。すると、少しずつ映画関係者からのオファーが増えていった。「呪怨」シリーズの清水崇さんが監督を務めた映画『こどもつかい』(2017年6月公開)では、舞台挨拶用のケーキを製作。石田スイさんによる超人気コミックを実写化した映画『東京喰種 トーキョーグール』(2017年7月公開)から話が来た時には、「こんな大作に関われる訳がない! 絶対騙されてる」と怯えたそう。
「小道具の方が、『目玉 食べれる』って検索したら、うちが引っかかったみたいで(笑)、『作ってはるのは青い目玉やけど、日本人風の目玉にできますか』と問い合わせがありました。眼球の虹彩とか瞳孔のグラデーションをリアルに表現しないといけなくて、すごく難しかった。この時は1週間、東京に滞在してひたすら目玉を作りました。最初は目玉ひとつ作るのに、1時間かかったんですよ」
■仕送りなしで食べていけるように
こうしてナカニシさんの仕事ぶりと怪奇菓子のクオリティの高さが知れ渡るようになると、企業から続々と声がかかるようになった。
2018年は、中西怪奇菓子工房にとって飛躍の年だ。1月にゲームメーカー「カプコン」からのオーダーで、『バイオハザード2』の20周年記念ケーキを制作。7月から10月にかけては、東京ジョイポリスとTVアニメ『東京喰種:re』のコラボレーション企画で、施設内のカフェにて目玉のベリージュレを提供。9月から10月にかけてのハロウィン企画では、3年連続となるサンシャイン水族館のほか、ハウステンボスや星野リゾートともコラボした。
「2018年は、ほんとに忙しかったんですよね。ありがたいことに企業とのコラボはギャラがいいので、このあたりから親の仕送りなしで食べていけるようになりました」
翌年も映画や企業とのコラボが続き、個人向けの売り上げも好調で、いよいよ「目玉御殿」が現実味を帯びてきたところで、コロナ禍が始まった。冒頭に記したように、人と集まる機会が減ったことでオンラインショップの売り上げが激減、映画や企業との案件も軒並み中止され、瞬く間に売り上げが半減する。
■自販機という救世主
「みんなつらい状況だし、仕方ないか」と考えていたナカニシさんだが、注文が減って暇になり、ある課題に思いを巡らせているうちに、点と点がつながった。
中西怪奇菓子工房は受注生産のため、工房に商品の在庫はない。しかし、テレビなどを見て工房まで訪ねてきて、「売ってほしい」という人が後を絶たず、「受注制作やから、ないんです」と帰ってもらうことが続いた。
それが「申し訳ない」という気持ちもあり、かつては店舗を作ることも考えた。そのためにひとりで運営しているケーキ屋などを視察に行った際、自分にはお菓子の制作と接客を同時にすることはできないと実感した。
コロナ禍になり、しばらく放置していたこの課題と向き合った時、「コロナ禍で自販機が増えている」というニュースを見て閃いた。
「自販機いいやん! お店代わりにもなるし、お客さんも好きな時に買いに行けるし!」
■鶴の一声でとんとん拍子に話が進む
以前から、「うちのお菓子、空港のお土産にならないかな」と考えていたナカニシさんは、商工会議所の知人に、工房からほど近い大阪空港に自販機を置いてもらえないか聞いてもらった。すると、「置くスペースはあるけど、場所代が高い。宣伝として置くならいいけど、売り上げにはならないだろう」と返事があった。
その条件では難しく、どうしようかと考えていたら、空港の件を相談した知人が別の話を持ってきた。大阪モノレールの関係者にも話をしたところ、興味を持っているという。
それから長い、長い話し合いが始まった。例えば、乗客から「気持ち悪い」とクレームが入った時にどうするのか。一時期は、商品を見せずに売ることも検討していたという。自販機のデザインも議題に上がり、中西怪奇菓子工房のオリジナルキャラクター「もぎ取る君」を使用したポップな案3つに加えて、大々的に目玉を使った案をひとつ入れた。
ナカニシさんは目玉のデザインを推していたが、リスクを考えれば無難な「もぎ取る君」のデザインになるだろうと考えていた。その時、目玉のデザインを強力に後押してくれたのは、意外な人物だった。
「大阪モノレールの社長が、『いいやん、置くんやったら絶対目玉やろ!』と言ってくれて。それからとんとん拍子で話が進みました」
2022年8月8日、大阪モノレールの大阪空港駅に日本初、恐らく世界でも初めて、怪奇菓子の自販機が設置された。たくさんの巨大な目玉がギョロリと見つめてくるこの自販機、実はナカニシさんが個人で購入している。
「そもそも世のなかにどんな自販機があるのかを知りたくて、自販機を巡りました。冷蔵できて、購入ボタンを押したらお菓子が割れないようにそっと落としてくれるという条件で探しました。最終的に、ある商業施設に置いてあったチョコレートの自動販売機に目をつけて、その会社に直接連絡しました。レンタルもできるんですけど、長期的に使いたかったので、買ってしまおうと」
■「目玉が出てくる自販機」は大人気に
この自販機は、いつなにが何個売れて、在庫が何個あるのかをクラウドで管理できる優れもので、その価格、なんと約350万円。トヨタのプリウスと同じぐらいの価格だ。補助金を使ったそうだが、大きな投資である。
「これぐらい売れたら、この期間で回収できるとか、計算したんですか?」と尋ねると、ナカニシさんは苦笑した。
「そういうの、ほんまにできなくて。目玉が出てくる自販機なんかないし、絶対面白いから、やってみよう!って」
自販機には目玉チョコレート、指クッキー、耳クッキー、もぎ取る君クッキー、オリジナルのコーヒー、紅茶、目玉マスキングテープなどを並べた。その反響は、「どえらいことになりました」。
設置の当日から行列ができて、商品が飛ぶように売り切れていく。自販機の棚をフルに埋めるだけの商品を作るのに2日間かかるのに、どんどん売れるから仕方なく1日分を補充に行くと、それもすぐになくなる。
「あの時は、この生活を続けたら死ぬなっていうぐらい働いてました。とりあえずできたやつから入れていくみたいな感じで補充してたんですけど、売れすぎてすぐ空っぽになっちゃう。お客さんから『今日はもう補充されないんですか?』と聞かれて、『今日、また夜から作ります』と答えてましたね」
■2台目の自販機を買う
自販機フィーバーは、1年続いた。その後もコンスタントに売れ続けていたが、当初の契約で設置期限は2024年3月31日まで。自販機を別のところに移さなければならず、ツテをたどって場所を探していた時に、大阪にある心斎橋ビッグステップの支配人から「面白い自販機を集めたコーナーを作りたい」と声がかかった。
話を聞いてみると、場所代は受け入れられる金額のうえ、商品の補充や金銭管理も代行してくれるということで、目玉自販機の移設を決めた……はずだった。
ところが、大阪モノレールに連絡すると、「ナカニシさんのところは契約が延びました」と予想外の展開に。大阪空港駅の売り上げはコロナ禍で半減した売り上げをカバーしてくれた。
手放さずに済むなら、そうしたい。ナカニシさんは、自動販売機ドットコムというサイトで、ひと回り小さな自販機の購入を決めた。こちらは約160万円で、2台合わせるとベンツのコンパクトカー「Aクラス」の新車が買える金額だ。
■売り上げがコロナ前の“絶頂期”を超える
2024年4月、心斎橋ビッグステップに自販機を設置。この投資が、当たった。心斎橋周辺は面白がって買ってくれる若者やお土産に買う外国人旅行者が多く、今や大阪空港駅を上回る売り上げを記録している。
コロナ禍が落ち着き、企業や映画とのコラボも復活したことで、全体の売り上げは絶好調だったコロナ前の1.4倍になった。お菓子の生産体制を拡充し、自販機を増やせば怪奇菓子のニーズはまだまだ伸びるだろう。しかし、ナカニシさんは望んでいない。
「一回、ふたりの人にお菓子作りを教えたことがあるんですよ。できることなら、任せたいと思っていました。でも、なんか違うんです。例えば、指クッキーが焼きあがると、私の指クッキーと違う見た目になっちゃう。それでもいいやと思えればいいんだけど、私はそれが耐えられなくて」
かつて作っていたグロ弁から現在手掛ける怪奇菓子まで、ナカニシさんの作品の数々を見て、彼女の話を聞くとわかる。細部にまで徹底的にこだわるアーティストなのだ。
だから、売り上げよりも重要なのは作品。見方を変えれば、その情熱によって生み出されたクオリティが、今の人気の源泉ともいえる。ナカニシさんが今、夢中になっているのは無理やり引き抜かれたように見える「ベロ(舌)」だ。
「ベトナムの『KFC』
■たったひとりで新しい市場を切り拓いてきた
ナカニシさんが丹精込めて作った白桃風味のベロは、今、大阪のカフェとのコラボメニューで、「天使の血祭りパスタ」として提供されている。今後、梱包して発送できるところまで作り上げたらオンラインショップに並ぶようだ。
ちなみにそのカフェでは、「草むらに落ちていた耳」というメニューもある。こちらは、鬼才デビッド・リンチ監督のサイコスリラー『ブルーベルベット』のなかに出てくる「草むらで耳を拾うシーン」を再現したものだ。
「私、これ面白い!って思ったら、もう絶対やりたいんですよ」
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フリーライター
1979年生まれ。ジャンルを問わず「世界を明るく照らす稀な人」を追う稀人ハンターとして取材、執筆、編集、企画、イベントコーディネートなどを行う。2006年から10年までバルセロナ在住。世界に散らばる稀人に光を当て、多彩な生き方や働き方を世に広く伝えることで「誰もが個性きらめく稀人になれる社会」の実現を目指す。著書に『1キロ100万円の塩をつくる 常識を超えて「おいしい」を生み出す10人』(ポプラ新書)、『農業新時代 ネクストファーマーズの挑戦』(文春新書)などがある。
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(フリーライター 川内 イオ)
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