日本を「最速」で守れるのは戦闘機だけ…50年以上前の「長寿モデルF-15」が重宝されている2つの理由
プレジデントオンライン / 2024年11月2日 16時15分
※本稿は、前川宗『元イーグルドライバーが語る F-15戦闘機 操縦席のリアル』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■「ひと昔前の戦闘機」が主力になる不思議
現在、航空自衛隊は3機種の戦闘機を配備しています。最新鋭のステルス性能を持ったF-35、F-16を日本の運用に合わせて改造開発したF-2、そしてF-15です。保有機数ではF-15がもっとも多く、現在200機程度が全国の各基地に配備されています。
F-15はある意味、「特別」な戦闘機といってよいでしょう。アメリカで開発され、1972年にアメリカ空軍で運用が始まって以来すでに50年以上、自衛隊に導入されてからでも、すでに40年以上が経(た)っています。
たとえば、自動車であれば、40年前といえば明らかに「ひと昔前のクルマ」です。しかし、F-15はいまだに日本の国防を担(にな)う主たる戦闘機という位置付けにあることは間違いありません。世界的に見ても、アメリカ、韓国、シンガポール、サウジアラビアなどで現在も運用されています。
■50年以上つくり続けられている理由
2025年で戦後80年。広島と長崎に原爆が投下され、戦争が終結して、その約10年後に自衛隊が発足しました。以来約70年、その半分以上の年月で運用されてきた戦闘機――それがF-15なのです。
さらにいえば、自衛隊よりも長い歴史のあるアメリカ軍、彼らは常に最先端の戦闘機の開発を続け、さまざまな“最新鋭戦闘機”を世に送り出してきました。にもかかわらず、開発から50年以上経った今でもつくり続けている戦闘機、それがF-15なのです。
F-15が「特別」である所以――それは、「非常によく考えられた戦闘機」であるからともいえます。
■iPhoneと同じように“余白”がある
携帯電話を例にしてみましょう。iPhoneは、初めて登場したときは不具合も多く、完璧といえる製品ではありませんでした。しかし、それを改修してバージョンアップを続けていくことで完成度が高まっていき、現在も多くの人に使われています。
一方、日本の企業が開発した、いわゆる「ガラケー」がなぜ、iPhoneにシェアを奪われたのかといえば、発売した時点で100パーセントの完成度を目指したからではないでしょうか。たしかに完成度は高かったけれども、それ以上に発展させる余地がなかったわけです。
F-15の優れている点は、iPhoneと共通しているところがあります。それは“余白”があるということ。
エンジンや燃料や電子機器が詰めこまれたボディには、改修を行なったり、新たな設備を搭載するためのスペースが常に1~2割あるのです。ボディに改修の余地を残しており、設備も後付けが可能だったからこそ、長い歴史のなかで進化を遂げることができたのです。
■非常に優れたボディの基本設計
もう1つの優れたポイントが、ボディの設計です。F-15は、スピード性能(加速、減速)、旋回性能(旋回率、高速旋回、低速旋回)、耐G性能(最大9Gの衝撃に耐えつつ、故障が少ない)、乗り心地の良さ(コックピットの広さ、通常運行時の安定具合)などにおいて、戦闘機としての基本設計が非常に優れています。だからこそ、“中身”だけを変えることで改修を重ねながら、登場から50年以上経った今でも第一線で活躍できるのです。
F-15は戦闘機としては「第4世代」と呼ばれます。現在、戦闘機は「第5世代」へと移り、各国ではすでに「第6世代」の開発が進められています。
しかし、技術が進化を続けるなかで、最新鋭もいつかは最新鋭ではなくなります。たとえば、第5世代の特徴であるステルス性能は、レーダー波を反射しない技術によって実現していますが、研究が進めば、いずれはステルス機も捕捉できるレーダーが開発されるでしょう。そうなれば、ステルスはもうステルスではなくなり、さらに高性能の戦闘機が開発されるはずです。まさにイタチごっこです。
そんななかで、F-15はいまだにつくり続けられています。この事実は、アメリカが、運用実績があり、かつコストパフォーマンスのよいF-15の時代がまた来るであろうと考えていることの証左(しょうさ)だといえるのではないでしょうか。
それだけ、F-15は優れた戦闘機であるといわざるを得ないのです。
■入隊後すぐは「国防」の意味がわからなかった
初めてF-15を目の前で見たとき、先輩パイロットから「戦闘機」と「国防」について貴重な話を聞きました。
日本の空を守るということはどういうことか。
国民の命を守るということはどういうことか。
国有財産を守るということはどういうことか。
自衛隊が活躍するということはどういうことか。
自衛隊の存在意義は……。
入隊直後だった18歳の私にとって、このときの先輩パイロットの話は、正直なところすべてを理解することができませんでした。
「あのとき、先輩が伝えようとしていたことが、やっとわかった」と感じたのは、自衛官になって10年経ったくらいの頃です。練習機や戦闘機といった飛行機に合計1000時間ほど乗ったくらいの時期でした。それまでありとあらゆる教育を受け、実際に経験してようやく、先輩の話を理解できたと感じたときは鮮明に覚えています。後輩に教育できるようになったのもこの頃でした。
■外敵の脅威に「迅速かつ確実に」対応する
日本は島国、四面環海です。
国を守るには東西南北、360度警戒を要します。もしも外敵の脅威があるなら、上陸されてからでは遅すぎます。国民の命や国有財産を守るためには、より陸地から離れたところで抑止しなければなりません。
できるだけ国土から遠いところで、いち早く相手の意図を察知し、攻撃の意思があるなら事前に止める。そのためには、できるだけ速く、そこに到達しなければなりません。現時点でそれが可能なのは、戦闘機だけです。
だからこそ、速さと確実さを追究する。「迅速かつ確実に」――これは、戦闘機パイロットの世界において、よく使われるフレーズです。
とにかく速く目的の地点に到達する。相手が攻撃してきた場合に備えて武器を搭載する。日本を守る、という意味では、護衛艦や現在開発中の空母もそうですし、陸上では戦車もそうでしょう。どれも重要で、それぞれ用途が異なります。そのなかで、第一線で日本を守る装備、それが戦闘機なのです。
■命令が出たら5分以内にスクランブル発進
戦闘機パイロットの重要な任務の1つに、アラート待機があります。
アラート待機とは、戦闘機を運用する各基地の戦闘航空団において、対領空侵犯措置命令が発せられたときに直ちに発進できるよう、24時間365日待機する任務のことです。
アラート待機につくと、まず、ブリーフィングでその日の天候などを確認し、頭に叩きこみ、かつ重要事項をメモします。メモは、いざというときに上空であわてないための用意です。このメモをパイロットは「アンチョコ」と呼びます。
アラート待機では、いつ発進命令が出るかわかりません。命令が出たら、5分以内にスクランブル発進しなければならないので、常に緊張した状態で発進準備をしています……といいたいところですが、100パーセントの緊張感を保ち続けるのは無理です。
■オンとオフの切り替えが非常に重要
常に緊張していたら、精神的にも体力的にも疲弊してしまいます。むしろ、いざというときにすぐに集中、緊張できるように、待機中はリラックスして、人それぞれ思い思いに好きなことをして過ごしています。
私が編隊長として沖縄に勤務していたときは、待機所のなかで、資格取得のための勉強をしたり、雑談をしたり、トランプやゲームをしたりすることもありました。そんな最中でも、もしも緊急発進を知らせるベルが鳴ったら(消防署のようなベルが、ジジジジジッとけたたましく鳴ります)、実弾を搭載してある戦闘機に乗りこんで直ちに出動しなければなりません。
当然、緊張します。だからこそ、待機所にいるあいだは、緊張を緩めておきながら、いざというときにすぐに動ける態勢にしておくのです。
絶対に失敗してはならない命令がいつ訪れるかわからない。心の準備もできない。この感覚は、戦闘機パイロットならではといえるのではないでしょうか。
■2010年ごろから那覇基地が多忙に
自衛隊が初めてスクランブル発進の体制をとったのは、1958年のことです。その後の長い歴史のなかで徐々に増えていき、ピークは2016年の1168回。以降は年間1000回程度で落ち着いています。
それでも、平均すると毎日約3回、全国どこかの基地からスクランブル発進していることになります。
2000年以前は、ソ連(ロシア)の動きが活発だったため、北海道の千歳基地がもっとも忙しかったのですが、2010年頃からは中国が軍事力をつけてきたことにより南方が中心となりました。近年は全体の7~8割が沖縄県の那覇基地からのスクランブルです。
詳細を知りたい方はぜひ、防衛省のホームページを覗(のぞ)いてみてください。スクランブル発進の歴史や現状を知ることができます。
■忙しい基地だと経験値や度胸が伸びるが…
私が那覇基地に勤務していたのは2016年から2017年までの約2年間でした。前述したようにもっともスクランブル発進の多い年で、2016年は那覇基地だけで811回。本当に忙しい毎日でした。
若手のときに那覇勤務になると、スクランブル発進が多すぎるため、通常の訓練をする時間がありません。機体の細かいコントロール技術などの練習ができないわけですが、その分、実地経験を積むため、経験値や度胸といった部分は明らかに伸びます。スクランブル発進の多さは、戦闘機パイロットとしては、メリットもデメリットもあるわけです。
スクランブル発進したあとは、オーダーに従って任務を遂行します。
たとえば、他国の飛行体が日本の領空に向かって飛んできているとします。ある距離まで接近した時点で発進命令が出され、スクランブル発進します。
パイロットには、飛行体がどこの国の基地から発進したものか、ファイター(戦闘機)なのかボマー(爆撃機)なのか、といった、その時点でわかる限りの情報が与えられて、オーダーが出されます。
■ちょっとした間違いが命取りになる
飛行体が領空から遠方にいるときは、まずは監視です。他国の飛行体の意図、企図、計画などはわかりません。飛行体の近くまで接近し、直接目で見ることでわかることもありますが、ほとんどは想像の範疇です。つまり、相手が何を考えているのか、まったくわからないまま飛ぶわけです。
そういったなかでの対処は、ちょっとした間違い、勘違いが命取りとなるため、きわめて慎重に行なう必要があります。あのヒリヒリとした緊張感は、他の何物にも代えることができません。
防衛省のホームページには、スクランブル発進の状況を報告しているページがあり、中国やロシアの戦闘機や爆撃機の写真が掲載されています。どんな航空機が飛んできているのか、ぜひ見てみてください。
このように、日本の領空を侵犯する意思の有無にかかわらず、領空に近づいてくる彼我(ひが)不明機に対してすべて対処します。
状況によっては、機体信号や無線を使用することもあります。当然、日本語で話したところで伝わりません。英語、ロシア語、中国語など必要な言葉、フレーズを頭に叩きこんだことを覚えています。
戦闘機を操縦しつつ、国際法や憲法など、ありとあらゆるルールに則(のっと)りながら、オーダーのもと最善の対処をする。こういったなかで慣れない言語を使うのは簡単ではなく、想像以上の時間と努力が必要になります。
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元航空自衛隊パイロット
1981年3月生まれ、愛知県出身。高校卒業後、航空自衛隊「航空学生」に入隊し、戦闘機パイロット資格を取得、F-15戦闘機パイロットとして任務につく。飛行教導群(アグレッサー部隊)にも所属。TACネームは「Hachi」。現在は、複数の会社の役員や顧問を務める傍ら、講演活動や学生への教育に注力している。著書に『価値ある人生と戦略的投資』(ごま書房新社)がある。株式会社HighRate代表取締役。一般社団法人「空の架け橋」代表理事。
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(元航空自衛隊パイロット 前川 宗)
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