F-15に乗ると「地球は丸い」と実感できる…戦闘機パイロットしか体験できない「高度5万フィート・超音速」の世界
プレジデントオンライン / 2024年11月4日 16時15分
※本稿は、前川宗『元イーグルドライバーが語る F-15戦闘機 操縦席のリアル』(河出書房新社)の一部を再編集したものです。
■宇宙ロケットに近いが、宇宙空間は飛べない
戦闘機が飛ぶ高度は、一般的な旅客機と大きく違うのかといえば、じつはそんなことはありません。
性能からすれば、戦闘機の最高高度は約5万フィート(約15キロメートル)になります。一方、旅客機の場合は4万フィート程度。エンジンの性能ギリギリまで攻めれば、それ以上の高度を飛ぶことが可能です。ただし、それはあくまで性能の話であって、ふだん飛んでいる空間やエリアは基本的には一緒です。
飛行機が飛ぶエリアは「対流圏」と呼ばれる、地上から高度16キロまでのエリアです。その上の成層圏は、宇宙空間用の装具を備えた飛行機でなければ飛ぶことができません。戦闘機は、宇宙ロケットにもっとも近い存在ですが、宇宙空間を飛ぶことはできないのです。対流圏のいちばん上のあたりまで、旅客機はそのもう少し下までです。
■地球が丸く見える「高高度」の世界
私自身、5万フィートの高度まで飛んだことが何度かあります。そこで見える景色は明らかに違います。上を見ると空の色は濃いブルー。高度が上がれば上がるほど濃くなります。映画などで見る宇宙空間のような深いブルーです。
下を見ると、視界が良好であれば、地平線・水平線がはっきり見渡せます。大きく弧(こ)を描(えが)いており、地球が丸いことが実感できます。
高度が上がると、飛行機の飛び方も変わってきます。まず、急旋回が困難になります。戦闘機は機体を傾けて翼に空気抵抗を受けることで旋回しますが、高高度では空気が薄いので空気抵抗が弱まり、旋回能力が落ちてしまいます。自動車でいえば、タイヤの摩擦力が弱く、思うように曲がれない状態です。
急旋回がしにくくなる一方、空気が薄いことで抵抗が小さくなるため、速度が出やすくなります。その半面、エンジンへの酸素の供給も減るのでパワーが落ち、減速もしやすくなります。つまり、性能も扱い方も高度によってまったく異なるということです。
■3万フィートから繊細な操作が必要に
ふだんの訓練などで飛んでいる高度は、だいたい1万~5万フィートのあいだで、目的によって変わります。
2万フィート台までであれば、機動するうえでそれほど意識しなくてもスムーズな操縦が可能です。3万フィートまで上がってくると、空気密度が落ちるので、意識して操作をしないとエネルギーがすぐに減ってしまいます。
4万フィートを超えてきたら、些細(ささい)なことでコントロールがきかなくなり、致命的なミスにもつながりかねません。エンジンパワーも速度も落ちやすくなります。そうなると、再び加速するのは難しいので、位置エネルギーを利用して、つまり、降下することによって速度を上げ、また上昇しなければなりません。
この“二度手間”を避けるために、細心のコントロールで速度を維持することが必要になります。
■急旋回時、パイロットを襲う強烈な「G」
ジェットコースターや戦闘機の話題が出たとき、「G(ジー)がかかる」「Gがすごい」というような表現を聞いたことはないでしょうか。
Gとは加速度、つまり速度が急激に変化する際に物体に働く力のことです。地上で地面に立っている状態が1Gです。旅客機が離陸するときに感じるGは1.3~1.5G、ジェットコースターの場合で約3Gです。そして、戦闘機のパイロットにかかるGは、F-15の場合で最大9Gにも達します。
Gには方向があります。旅客機の離陸時にかかるGは、後ろ方向にかかるGです。自動車で急カーブを切るときには横方向、いわゆる「横G」です。
戦闘機のパイロットに強いGがかかるのは、加速時ではなく、主に急旋回時です。急旋回するときは、機体を大きく傾けて機首を上げるようにして方向を変えます。このときパイロットの頭上から下半身に向けて縦(たて)方向にGがかかります。これを「プラスのG」と呼びます。
イメージするなら、水を入れたバケツをブンブン回すようなもので、水は遠心力でバケツの底に張り付くため、横にしても逆さにしてもこぼれません。この“水”が、急旋回しているときのパイロットです。
■体重の9倍の力で押さえつけられている状態
このとき、パイロット自身が9Gの力をどう感じているかというと、体重70キログラムであれば、その9倍の630キロの力で上から押さえつけられている状態です。どんなに筋力があっても、腕を動かすこともできません。体をひねるぐらいはできますが、重心を動かすような動きはまったくできません。
しかし、旋回中も操縦は続けなければなりませんし、無線で交信することもあります。場合によっては、旋回中に後ろを振り返って目視で状況を確認する必要もあります。このとき、首と腰に大きな負担がかかります。
高いG(「ハイG」と呼びます)がかかるとき、いちばん難しいのは意識を保つことです。このとき、心臓のポンプは1Gの重力に反して血液を脳に押し上げています。この血流によって脳に酸素が供給され、意識が保たれます。
しかし、これが9Gになると心臓のポンプも音(ね)を上げ始めます。意識を保つこと自体が難しくなるのです。無防備でいたら、おそらく5秒程度で失神するでしょう。
失神する直前には前兆があります。視界がどんどん狭くなっていくのです。それが進むとまったく視野を失ってしまいます。これを「ブラックアウト」といいます。さらにGがかかると失神に至ります。これを「Gロック(G-LOC:Loss Of Consciousness by G-force=Gによる意識喪失)」といいます。
■「Gロック」対策のための訓練
Gロックにならないために、戦闘機のパイロットはふだんからさまざまな訓練を行ないます。耐G訓練によって、強力にGがかかる状況でも筋力や呼吸法で意識を保つ方法を習得するわけです。
耐G訓練には「加速度訓練機」という機器を用います。数メートルの長さのアームの先に1人用のゴンドラのようなものが設置されており、これに乗ってグルグル回転することで、遠心力による強いGを体験できるしくみです。
戦闘機のパイロットになる人間は、最初にこの訓練を行ない、Gロックになると自分の体にどのような変化が起きるのかを学びます。最初は全身に力を入れて踏ん張ることで意識を保つことができますが、しだいに視界が狭くなり、目の前がグレー色になります。モノクロの映画を見ているような感じです。
そこでグッと踏ん張ると、また視界が戻ってきます。それでも、体力的に限界値があります。限界を超えた瞬間、視界が真っ暗になり、気を失います。ブラックアウトです。
いびきをかいて眠っているのと同じ状態になります。体を強く揺さぶられたり、声をかけられたり、刺激を与えられると、ようやく目を覚まします。
■気絶と目覚めをくり返し、生還したケースも
Gロックは、戦闘機パイロットにとって怖い現象の1つです。気を失い、無線で呼びかけられてハッと目覚め、即座の回復操作で機体の体勢を持ち直す、ということも十分に起こり得るのです。
以前、実際に訓練であったケースですが、あるパイロットがGロックになり、周囲が無線で必死に呼びかけました。
呼びかけにより目を覚ましたパイロットの目の前には、すでに海面が迫(せま)っていました。あわてて操縦桿をグッと引き、回復操作を行なったのですが、そこでまたハイGがかかり、再度気絶して、また目覚める……これを3回ぐらいくり返して生還しました。ただし、本人は気を失っていたので詳細は何も覚えていませんでしたが……。
■音速を超えた瞬間、何が起こる?
F-15の最大速度は時速約3000キロメートルです。マッハに換算すると2.5、音速の2.5倍の速さで飛ぶことができます。
音速を超えると、何が起こるのか。よく知られているように、衝撃波が発生します。ドーンという音がして、空気の波が発生し、周囲に建物があれば窓ガラスが割れたり、人の鼓膜に影響を与えたり、ということが起こり得ます。
では、マッハを超えた瞬間、乗っている人間はどう感じるのか。じつは、まったく変化はなく、そのままの状態で操縦することができます。新幹線や旅客機に乗っていて、乗り物自体は高速で移動していても、乗客はそれほど振動を感じずに本を読んだりコーヒーを飲んだりできるのと同じ感覚で、音速を超えても超えなくても変わらないのです。
超音速を出すためには、パワーが必要です。そのため「アフターバーナー」という機能を使います。これは、ジェットエンジンの排気にさらに燃料を吹きつけて燃焼させ、高い推進力を得る装置です。
戦闘機の場合の最大出力、自動車でいうトップギアを「ミリタリー」といいますが、このミリタリーからもう一段上げると「アフターバーナー」が作動します。トップギアの上にもう1つ“スーパー”があるような感覚です。
■燃費を重視するか、ステルス性を重視するか
アフターバーナーを作動させて超高速で飛べば、東京から北海道まで約20分で到達できる計算になります。ただし、それはあくまで計算上での時間で、実際はそんな飛び方をすることはあり得ません。
アフターバーナーを作動させると、当然、燃費は悪くなります。F-15の燃料タンクを満タンにしても、常にアフターバーナーが作動していたら30分が限界でしょう。離陸から帰投まで30分、上空に30分しかいられないとしたら、戦闘機としては役に立ちません。
実際の戦闘では、燃料の消費を抑える飛び方が要求されます。まず、離陸したらできるだけ早く高高度に上昇します。高高度は空気密度が低いので、燃料の消費を抑えることができます。いざ戦闘というときには、必要に応じて高度を下げたり、アフターバーナーを使用したりします。そして、また上昇して帰投する、というように使い分けます。
ちなみに、燃料の消費を考えず、敵に発見されないことだけを考えれば、地上または海面スレスレを這(は)うように飛ぶのも1つの方法です。
しかし、その飛び方では燃費が悪くなります。状況によって何を重視するかで、飛び方はまったく変わるということです。
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元航空自衛隊パイロット
1981年3月生まれ、愛知県出身。高校卒業後、航空自衛隊「航空学生」に入隊し、戦闘機パイロット資格を取得、F-15戦闘機パイロットとして任務につく。飛行教導群(アグレッサー部隊)にも所属。TACネームは「Hachi」。現在は、複数の会社の役員や顧問を務める傍ら、講演活動や学生への教育に注力している。著書に『価値ある人生と戦略的投資』(ごま書房新社)がある。株式会社HighRate代表取締役。一般社団法人「空の架け橋」代表理事。
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(元航空自衛隊パイロット 前川 宗)
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