関西人の「知らんけど」の本当の意味を東京の人は知らない…論破型の関東と決定的に違う関西流の話し方
プレジデントオンライン / 2024年11月8日 15時15分
※本稿は、石川智久『大阪 人づくりの逆襲』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■「ネアカ人生」を提唱した酒をあまり飲まないビール会社の経営者
職場や学校で、様々な教訓を先輩方から教えられたことはありませんか。
漢文調の格調高いものから、思わず「くすっ」と笑える面白いものまでいろいろあると思います。特に関西ではやはり少しコミカルなもののほうが心に残るようです。
日本一明るい経済新聞の編集長・竹原さんは「あいうえお経営」という言葉を提唱しています。「あ」が明るさ、「い」は意志の強さ、「う」は運が良いと思い込むマインド、「え」は縁を大切にする姿勢、「お」は大きな夢です。
確かに社員が全員、この「あいうえお」を追求していくと、会社はどんどん元気になるでしょう。
この言葉を聞くと思い出す一人の経営者がいます。
それは住友銀行の副頭取をされ、その後アサヒビールの社長も務めた樋口廣太郎(ひぐちこうたろう)氏です。
樋口さんは明るさを大事にする「ネアカ人生」を提唱していて、それにまつわる書籍も出版しています。経営危機であったアサヒビールを立て直した意志の強さは、尋常ではなかったでしょうし、彼が書いた本などにも書かれていますが、「自分は運が良い」と常々おっしゃっていたようです。
縁を大事にするに至っては、アサヒビールに転職する際に、銀行で一緒に働いてお世話になった方々のお墓参りをし、お宅を弔問していったそう。ビール会社の経営者でありながら、お酒はあまり飲めず、「ただ夢を持って人生に酔う」ともいっています。
樋口氏の「あいうえお」はとても大きな意味があると思います。
■関西企業で使われていた「おいあくま」
さて、私が就職した住友銀行は住友グループであり、関西の会社です。新人研修の際の、役員の発言が印象に残っています。それは「おいあくま」です。怒るな、威張るな、焦るな、腐るな、負けるなの頭文字を並べているのです。
その時の記憶をたどれば、登壇した役員は、「社会人は人間力が大事であり、それはこの項目を全て守れば培うことができる」と語っていました。
確かに謙虚な人であれば人を怒ったりもしませんし、威張りもせず、またあせらず腐らず、着実に努力をすれば実力が上がるでしょう。困難に負けない人間も立派です。
この言葉は住友銀行で長い間頭取をした堀田庄三氏の言葉という説もありますし、阪急でよくいわれた言葉という説もあります。いずれにせよ、関西企業で使われていた言葉のようです。
いまの若い世代が、この言葉を聞いたことがあるのか確認できていないのですが、関西で育った中間管理職や役員クラスには、この言葉で自分を律してきた人が多いはずです。
■関東は論破、関西は対話が目的
さて、京都大学総長を務め、ゴリラの研究で世界的に有名な山極壽一(やまぎわじゅいち)先生は東京生まれ、関西育ちであり、両方の文化をよく知っている方です。そのため、私も東西文化論を考える際には、山極先生のお言葉をいつもみています。
山極先生は、「関東はディベート文化、関西はダイアログ文化」とおっしゃいます。
ディベートは相手を論破することが目的なので、議論の最初と最後で自分の考えを変えてはいけません。それに対してダイアログでは話の最初と最後で全く別の結論に至ると指摘しています。
確かに東京では正しいことを追求する空気がありますが、関西では馬鹿みたいな雑談から「ひょうたんから駒」のように新しいものが生まれるといった感じです。
これに関して、小説家の柴崎友香さんが面白いことを指摘していました。それは「大阪弁は会話を続けるためにある言葉」であることです。
大阪の人の会話は、意味の伝達よりも続けること自体に意味があります。大勢の人が集まって生活する中で潤滑油の役割がありました。柴崎氏によると、しゃべり続けている間、自分は怪しくないということを具現化しているといっていました。
逆に東京では意味を素早く伝えることにとても意識がいっているように思います。それは東京大学と京都大学の入試問題にも表れています。東京大学の入試は文章を読んで的確に手短にまとめる能力が要求されます。
■「知らんけど」は会話を続けることに有効なツール
一方で、京都大学の入試では、解答欄が非常に大きく、自分の意見を長文で書く能力が要求されます。
ひたすら会話を続けることが関西の人育ての極意ともいえそうです。
さて、関西の会話でよく使われる言葉に「知らんけど」という言葉があります。そして東京の人はこの言葉に対してあまり良いイメージを持っていないのがとても印象的です。
柴崎さんは「もし東京の人と大阪の人がこの会話をし、その場にいたら、めっちゃ解説に入りたい」といっていました。
柴崎さんによれば、大阪の人は会話を続けることが目的なので、「知らんけど」とつけることで、その話の信頼性が宙吊りになっても宙吊りのまま受け止められるため、まさに会話を続けることに有効なツールであると説明しています。
私も関西にいたときには「知らんけど」という言葉をよく聞きましたが、東京の人が思うほど、無責任な言葉だとは思いませんでした。
憶測ですが、この言葉が口癖の関西人の意識としては、「先ほどは『ありえへん』といい切ってしまいましたが、よく考えると確固たる証拠が十分とはいえないままいってしまいました。
よく知らずにいってしまいました。これは『私の感想』ですので、あなたの意見はそれなりに尊重します」と説明されているように感じていました。
さて、このように関西では1つの話をすると、様々な方面から意見がたくさん出てきます。この辺、「何でもよかよか」の一言で一方向に流れてしまう福岡とは大違いです。
私は福岡生まれで、東京で就職し、大阪で仕事をした人間なので、3つの文化の細かい違いを感じることがあります。
人気エコノミストの藻谷浩介さんとお話ししたところ、「関西には様々な観点から会話があるのでが深まる。福岡は何でもよかよかで認めてくれるので、話をしていて、気持ちは良いが議論にならない」とのことでした。これはなかなか鋭いコメントです。
■「それほんま?」で、部下は考える
関西で仕事をすると特に感じるのが、本音で語り合う文化です。
実際私もこのような経験があります。ある日、私の友人がプレゼンをして、その中でA社の取り組みがとても素晴らしいと説明しました。その時それを聞いていたある業界の幹部が一言、「それほんまに思ってますか?」と質問しました。
私は友人のプレゼンを聞いているときには特に違和感なく聞いていたのですが、その幹部が一言「ほんま?」と聞いたことで、なんとなくそのA社の取り組みが綺麗事に思えたり、かっこいいことは事実だけども、本当は利益が出てないんじゃないかという疑問が生じたのも事実です。
関西を代表するグローバル企業であるダイキン工業の井上礼之(いのうえのりゆき)さんも同じような発言をしています。
井上さんは、「常識、成功体験、専門家の知識はすべて過去から生まれたものであって、変化が激しい世の中では既に時代遅れになっている可能性が高い。
そのため、こうしたものに対しては、いつも健全な批判精神を持たなければならない」と、雑誌や様々なメディアで発言されています。
ちなみに、報道等によれば、ダイキン工業では、上司が部下に対して「ところで君はどう思うのか」「上司に歯向かってこい」と下の人の本音を聞き出す文化があるとのことです。上下関係なく本音で語り合える社内文化の重要性が示唆されていると思います。
東京と大阪で仕事を経験してみて、大阪のほうが東京よりも人口が少ない分、一対一の関係は深くなる傾向があると感じています。
そのため、少々脱線をしても、過去の付き合いから互いに許し合える空気があります。一方で、東京はたくさんの人がいますので、深い付き合いをする人の数が少し減ってしまう傾向があります。
大阪では深い付き合いをする人が多い分、そのグループでの議論が深まりやすいのかもしれません。確かに付き合いの深さが、しがらみのような感じになるのも無いわけでは無いのですが、それさえ注意すれば、奥深いコミュニケーションができているといえます。
■しつこく観察して計画策定に時間をかけすぎない
企業は、様々な新しいことにチャレンジしたり、また課題にぶつかったりと、大変苦労しています。その時にどのようにして解決するのかというのはとても大きな問題です。
イノベーションのジレンマで知られるハーバード大学教授のクレイトン・クリステンセン氏は、ベンチャー企業にとって必要な4つの思考パターンを示しました。
これはベンチャー企業に限らず、多くの企業の人材育成にとって、重要な概念です。
それは①質問する、②しつこく観察する、③仮説を立てて実験する、④アイディアネットワーキングを持つというものでした。
まず質問するというのはとても重要です。いろいろな経営者の方と会って感じるのは質問力が高いこと。時間が限られているときには、ある程度的を絞って質問しなければなりません。その時に本質をついた質問ができるかというのはとても重要になります。
次にしつこく観察するというのもとても重要な観点です。最近、経営学の分野では、OODAループが注目されています。それはオブザベーション(観察)、オリエンティッド(方向付け)、ディシジョン(決定する)、アクション(行動する)というループを高速で回します。
つまり、計画策定に時間をかけすぎないのです。ある経営学者は、日本ではPDCAをやりすぎていると発言しています。とりわけ、「プランを作るPに時間をかけすぎて、結局世の中の流れについていけない」と指摘しています。
観察して、行動を起こして、反省して、また観察するといった動きがとても重要になるのだと思います。OODAループとPDCAサイクルを比較してみましょう。
PDCAサイクルは、後戻りすることが難しい「サイクル」であるのに対し、OODAは後戻りすることが可能な「ループ」になっています。だから、OODAはサイクルではなく、ループと呼ぶのです。
変化する状況の中で、過去の経験やしがらみ、因習にとらわれることなく、現状に合った行動をするために設計されているのがOODAループです。
特にオブザベーション(観察)のステップでは先入観を持つことなく、公平かつ客観的に行うことが推奨されているところが、変化が速い現在に適しているとされます。
そのため、不確実性の高いVUCAの時代ともいわれるような、将来を予測することが困難な変化の激しい昨今において注目されています。
■自分がどう考えるかではなく、問いを誰と話すべきか
なお、OODAループは米軍で採用された考え方です。ベトナム戦争の時代には計画・実行・統制サイクルをベースに組織を運営し、ホワイトハウスの「ウォールーム(戦略司令室)」で作戦指揮計画を立て、地球の裏側でそれを実行させるというやり方で動いていました。
そしてそれが失敗するなか、新たな手法として導入されたのがOODAといわれます。2011年ウサマ・ビンラディン急襲作戦ではOODAループを活用した作戦がうまくいったといわれています。
そして実験するのもとても重要です。机上の空論と現実では全く違うというのはよくあること。机上である程度シミュレーションするから、実験がうまくいくという面もありますが、机上での議論シミュレーションと実験をうまく組み合わせていくことが大事です。
やはり、「やってみなはれ」というのがとても重要だと思います。松下幸之助も1970年の万博の時、自分たちのパビリオンのところでやってみないとわからないではないかといってオペレーションを実験したようです。
さて、これらを踏まえた結果、特に大事なのがやはりアイディアネットワーキングです。eBayの創始者であるピエール・オミダイヤ氏は、何か疑問ができたときには自分がどう考えるかではなく、まずこの問いを誰と話すべきかと考えているそうです。
相談をして次のアクションにつなげてくれる人もいれば、こちらの取り組みの悪いところを指摘して話が進まなくなる人もいます。
話を潰すのではなく、話を発展させてくれる人は誰なのかという問いかけはとても重要です。年がら年中しゃべっている関西人は、「誰と話すべきか」をとてもよく考えています。
賛成派も反対派も間違っている事はいっていない。ただ話を進めるのであれば、自分の賛成派を味方につけたほうがいいですし、賛成派のロジックを使って新たなものを生み出していくべきでしょう。
■天才は、人付き合いから生まれる
イノベーションが生まれる要因は、さまざまあります。
関西経済同友会の方と一緒に『Think Bigger』という本を書かれたシーナ・アイエンガー先生にお会いした時、彼女がとても面白い話をされていました。
「ピカソはなぜこれほど有名な画家になったのでしょうか? もちろんピカソには類まれな絵画の才能があります。しかし、彼の素晴らしいところは大変付き合いが広かったということです。
様々な研究家がピカソの交友関係を調べているのですが、非常に多くの画家『以外』の方と会っています。そこで自分の絵を見せることで反応を見てそれを改良して素晴らしい絵にしていたのです。
また天才物理学者のアインシュタイン氏はどこがすごかったのでしょうか? もちろん数学的な頭脳があったのは事実でしょう。
もう一つ面白いことに、彼は一時期特許庁で審査官をやっています。ここで多くの特許案件を審査するうちに、様々な技術を知り、それをうまく結合して相対性理論などの革新的な物理学の理論を開発したのです」
つまりどんな天才も、たくさんの人のアイディアに囲まれたからこそ、生まれたというわけです。
さて、一方で関西です。
共感、共鳴を大事にする関西、ダイアログを大事にする関西では、非常に多くの方と知り合うことができます。様々な出会いを大事にしている関西企業、関西の人材だからこそ、思いがけないイノベーションが生まれる可能性が高いのです。
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日本総合研究所調査部 調査部長/チーフエコノミスト/主席研究員
北九州市生まれ。東京大学経済学部卒業。三井住友銀行、内閣府政策企画調査官等を経て、現職。2019年度神戸経済同友会 提言特別委員会アドバイザー、2020年度関西経済同友会 経済政策委員会委員長代行を務めたほか、大阪府「万博のインパクトを活かした大阪の将来に向けたビジョン」有識者ワーキンググループメンバー、兵庫県資金管理委員会委員などを歴任。関西経済分析の第一人者として、メディアにも多数寄稿・出演。著書に『大阪の逆襲』(青春出版社・共著)、『大阪が日本を救う』(日経BP)など。
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(日本総合研究所調査部 調査部長/チーフエコノミスト/主席研究員 石川 智久)
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