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豊田章男氏の「全方位戦略」とは真逆の道を行っている…"中国依存"をやめられないテスラを待ち受ける試練

プレジデントオンライン / 2024年11月5日 9時15分

米大統領選の共和党集会で演説する実業家のイーロン・マスク氏(アメリカ・ペンシルベニア州オークス)=2024年10月18日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■世界最大の中国市場で盛り返している

10月23日、米テスラは7~9月期の決算を発表した。それによると、同社の売上高は前年同期比8%増の251億8200万ドル(約3兆8000億円)、最終利益は17%増の21億6700万ドル(約3300億円)だった。増益は3四半期ぶりだ。イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は強気な事業見通しを示し、翌24日、同社株は22%上昇した。

今回、同社の増収・増益を支えた主な要因は、政府の補助金でEV販売が好調な中国市場で販売が好調だったことだ。熾烈な競争に合わせて価格を引き下げたことが奏功し、売り上げを伸ばした。EVの製造コストカットに加え、中国政府によるEV、PHVなど“新エネルギー車”購入補助金がテスラの収益を支えた。米欧などでEVの販売は業界全体として苦戦する中で、テスラは世界最大の中国市場で善戦した。

中国政府の販売補助金がある間、テスラが中国市場で相応の収益を上げることは可能だろう。ただ、現在のように中国に依存したまま、収益の拡大を続けることができるかには不透明要素もありそうだ。BYDなどコストが低い中国の企業と比較すると、米国企業であるテスラは中国政府の政策の影響を受けやすいはずだ。

■日本車メーカーのような「全方位型」へシフト

同社が、競争激化でレッドオーシャン化が鮮明な中国市場中心に世界展開を進め、安定的な事業展開のビジネスモデルを構築できるか、イーロン・マスクCEOの手腕が問われるだろう。

テスラは決算説明資料に、過去12カ月間の米国とカナダ、欧州、中国市場における推定シェアの推移を掲載している。同社は国地域別の販売実績を公表していないが、このグラフから大まかな地域別の収益状況がわかる。

7~9月期、テスラの増収増益を支えたのは中国事業だった。過去1年間程度のシェアは、米国とカナダ、欧州で低下した。それは米欧の大手自動車メーカーのEVシフトの躓(つまず)きと整合する。フォルクスワーゲンやGM、フォードなどは、全方位型(エンジン車、HV、PHV、EV、燃料電池車など多種多様なラインナップを取り揃える戦略)への修正を余儀なくされた。

■EV離れの中、中国でシェアを伸ばすテスラ

EV購入の補助金がない場合、EVの価格の高さや充電インフラの不足、バッテリー発火などの懸念などマイナスの要素が多い。また、コストの低い中国EVメーカーとの価格競争激化は熾烈を極めることだろう。それと同時に、ここへきて需要者のEV離れが出ている。米国ではわが国のHVのシェアが上昇した。需要者は航続距離と環境性能の両立を再評価したといえる。

それとは対照的に、テスラは中国市場でシェアを小幅に伸ばした。7月の時点で中国市場の乗用車販売に占める、EV、PHVなど新エネルギー車の比率は50%を超えた。足許、中国の新車販売台数は減少しているが、EVなどの販売は増加傾向だ。

その背景にあるのは、政府のEV、PHV普及支援の補助金支給だ。7月、中国政府はEVなどに乗り換える場合、購入支援金を従来の1万元から2万元(40万円程度)に増やした。BYDや小鵬汽車、浙江吉利(ジーリー)など中国企業の製造コストは、政府からの産業補助金支給などで低い。安いEVが、もっと手ごろな値段で買えるため需要はEVに向かった。

■マスクCEOは強気な姿勢をアピール

7月以降、テスラのEVを公用車として認定する中国の地方政府も出始めた。テスラはそうした政策のベネフィットを取り込み、上海の工場でコストを抑えてEVを生産し、販売増加につなげた。4月以降、テスラはリストラを行い、世界の従業員の10%程度を削減したといわれている。コストカット策も、収益の改善に寄与した一因だろう。

テスラは、年間販売台数3000万台の中国、1560万台の米国、世界の2大自動車市場で生産を行いEV需要を取り込んだ。世界的なEVシフトの鈍化、米国の中国製EVへの関税賦課(9月27日から100%)など、安価なEV輸入に対する関税引き上げでテスラの中国市場への依存度は上昇傾向にある。

決算発表の場でイーロン・マスクCEOは、「自動運転が導入され、低価格EVが登場すれば、2025年の自動車販売台数は伸びる」と先行きに強気だった。その背景にも中国の政策への期待があるだろう。

■中国政府は完全自動運転車の試験走行を認可

中国政府は、テスラの完全自動運転車の試験走行を認可した。同社は、中国のバッテリーメーカーであるCATLなどとの関係を強化しEV製造コストを引き下げる。その上で、フル・セルフ・ドライビング(FSD)システムを搭載した、新型EVを中国市場に投入する。

中国市場の需要を取り込み、業績拡大につなげるのがマスク氏の狙いとみられる。中国政府が新エネ車へ乗り換え補助を実施している間、テスラの中国事業が成長を支える可能性はある。

ただ、BYDなど中国メーカーは政府の支援で、テスラよりも実質的なコスト負担は低い。現在の中国経済において、EVは需要が伸びている重要な分野の一つだ。中国政府は、投資と生産の積み増しによる経済運営を重視している。国内EVメーカーの生産能力拡張を支援し、雇用・所得環境の下支えにつなげようとするだろう。

■米企業のテスラが「中国依存」を強めるリスク

また、AIの利用などでデータの重要性は高まる。中国政府が、テスラに自国企業と同等の自動運転技術を認めるかは不透明だ。中国企業は半導体分野などで、台湾や米国企業の“真似”をしてきた。中国は自動運転技術を重視するテスラに、一時的な事業認可を与える。

その期間を利用し、バイドゥなど中国企業がテスラのソフトウェア、システム開発技術などを模倣し、習熟を深める機会にする。それが中国の狙いともいえそうだ。半導体などの分野で中国と対立する米国企業であるテスラが、今後も、中国市場に依存して成長を実現できるか疑問符が付く。

2024年9月末までの3年間でテスラの粗利率は26.6%から19.8%に低下した。テスラとEV世界トップを競うBYDの粗利率は2021年7~9月期の13.3%から4~6月期の18%台に上昇した。中国の地方政府の財政悪化、不動産市況悪化によるデフレ圧力、家計、企業の支出抑制姿勢の強まりと経済全体でのバランスシート調整の進行など、中国経済の先行き懸念材料は多い。

テスラ・サイバートラック
写真=iStock.com/Sven Piper
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sven Piper

■テスラが直面する試練とは

将来的に購入補助金政策などが修正された場合、テスラの中国シェアは低下し、BYDなど互角に競争することは難しくなるだろう。高価格帯のバッグなどを展開するモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)は中国の節約志向の高まりから販売が減少した。徐々に、テスラもそうした状況に追い込まれる恐れはある。

テスラにとって中国以外の国と地域で、自動運転技術、EV以外の収益分野を増やす必要性は高まっている。例えば、GMが重視しているように、米国で手ごろなEVの生産体制を確立して販売を増やす。日米韓などの企業と組んでバッテリー生産体制も整える。充電ステーションの増設を進め、自社の充電技術を国際規格に押し上げることなどが考えられる。

■“テスラ復活”とはまだ言いがたい状況

ドイツでは自動車産業界が苦境に直面した。政治面の先行き不透明感も上昇している。それは欧州委員会の政策立案を制約する要素になるだろう。テスラの充電規格(NACS)が主要先進国のスタンダードとして認定される可能性は高まっているとの見方もある。米国政府にとっても、中長期的なEV需要回復の可能性に対応するためテスラの充電技術は重要だ。

ただ、今のところマスク氏の目線は、宇宙や完全自動運転に向かっているようだ。11月5日の大統領選挙後、EVや半導体などの分野で米中対立が先鋭化した場合、テスラが中国に依存して業績の回復を目指すことは難しくなるかもしれない。追加のコストカットを実施しようとした場合に、テスラの労働者が経営陣と対立しカリフォルニア工場などでストライキが発生するリスクもある。

中国市場だけでなく、米国市場でもテスラの収益性は不安定化する恐れはある。7~9月期の決算データを見て、テスラの業績が反転し拡大傾向に向かうと論じるのは早計だろう。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。

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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)

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