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なぜ稲盛和夫は「経営の神様」と呼ばれるようになったのか…稲盛氏が「名刺を忘れた秘書」にかけた意外なひと言

プレジデントオンライン / 2024年11月11日 8時15分

時代が変わろうとも、ひたむきに努力し続けることの大切さを説く稲盛和夫氏=2019年3月15日、京都市下京区・稲盛財団 - 写真=京都新聞社/共同通信イメージズ

“経営の神様”と呼ばれる稲盛和夫氏はどんな経営者だったのか。約30年間、側近を務めた大田嘉仁さんは「稲盛氏は“常に厳しい姿勢で臨む”というイメージがあるが、優しさも際立っていた。接する社員の多くはその優しさに引かれ、期待に応えようと思うのだ」という――。(第1回)

※本稿は、大田嘉仁『運命をひらく生き方ノート』(致知出版社)の一部を再編集したものです。

■“泳げない社員”を背中におぶって泳いだ

稲盛さんは作家のレイモンド・チャンドラーが小説で使っていた「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」という言葉を引用して、優しさ、思いやりの大切さを強調していました。

しかし私たちは、優しいフリはできても、本当に相手のことを思いやり、優しく接することはなかなかできません。なぜなら、相手を思いやるためには、自分だけがよければいいという利己心を払拭し、自己犠牲を払ってでも相手に尽くすことができなければならないからです。

経営者としての稲盛さんは常に厳しい姿勢で臨む強いリーダーというイメージがありますが、私は優しさも際立っていると感じています。

こんなエピソードがあります。京セラの創業間もない頃に、工場近くの琵琶湖にみんなで泳ぎに行ったそうです。

そのときに、泳げない人が一人しょんぼりしていると、稲盛さんは彼を背中におぶって泳いだそうです。その人は稲盛さんの背中の上で、その優しさに感激し、涙を出して泣いてしまったというのです。

子供を背負って泳ぐこともなかなかできないのに、体形が自分と同じような大人を背負って泳ぐのは体力的にもかなりの負担だったでしょう。それを少しも顔にも出さずに泳いでくれたというので、その人は稲盛さんの本当の優しさに触れ、感激して涙を流したのでしょう。

その後、その人は京セラの経営幹部になり、京セラの成長を支えていきました。

■私が名刺を忘れてもとっさにフォローした

私はこんな光景を見たこともあります。稲盛さんに厳しく叱られたある幹部が落ち込んでいました。稲盛さんはその日の夕方、彼を食事に誘い、私も一緒に行くことになりました。

その幹部は、食事の席でも叱られるのではないかとビクビクしていたのですが、稲盛さんは「ここはうまいぞ」と言うなり、彼に料理を振る舞いました。その優しさの中に「期待しているぞ」という思いが隠れていることが私にも分かりました。

言うまでもありませんが、その人はすぐに元気を取り戻し、活躍していったのです。

私にも、こんな思い出があります。秘書になった最初の頃、稲盛さんが私をある大企業のトップに紹介したときのことです。稲盛さんから「名刺を渡しなさい」と言われたのですが、いくら探しても出てきません。

私は頭の中が真っ白になり、「ありません」と伝えました。すると、稲盛さんは「そうか」と言うと、自分の名刺の稲盛と書いてあるところにボールペンで二重線を引き、大田と書いて、「これを渡しなさい」と言うのです。

稲盛さんは内心、「名刺を忘れるとはなんと出来の悪い秘書なんだ」と怒り、また落胆していたでしょう。しかし、そんな表情はおくびにも出さず、とっさに私の失敗をフォローしてくれたのです。

帰りに謝ると「これからは気をつけなさい」の一言で終わりました。その優しさに私は胸を打たれ、絶対に期待を裏切ってはならないと強く思ったのです。

■稲盛氏の魅力は“優しさ”にある

私は、その後30年弱、稲盛さんの近くで働くという幸運に恵まれたのですが、厳しいというより、思いやりにあふれる優しい上司だったという思い出のほうがはるかに多いように感じています。

本書でこれまで紹介した稲盛さんの多くの言葉も優しさにあふれています。稲盛さんに接したことのある社員の多くは、「稲盛さんに叱られたからではなく、稲盛さんの優しさに引かれて、稲盛さんの期待に応えようと頑張ってきた」と話していました。

レイモンド・チャンドラーが言うように、人間は「強くなければ生きていけない」のですが、それだけでは人がついてくるはずもなく、組織をまとめることができるはずもありません。なぜなら「優しくなければ生きていく資格がない」からです。

稲盛さんは「強い者と弱い者がいるのは当然、だから優しさが必要だ」とも話していました。どんな組織であれ、うまくいっている人とそうでない人がいます。

本当の優しさとは、成果はなかなか上げられないけれど真面目に一生懸命頑張っている人、思いもよらない困難に直面している人、弱い人に向けられるべきであり、それで全体のバランスが取れるということを稲盛さんは教えているのです。

■リーダーは「実践」が必要

あるとき、稲盛さんが一人の幹部に「自分を律せないのに、他人を律せるのか?」という問いかけをし、さらに「自分がいいかげんなくせに部下がだらしないと怒るけれど、それはお前の真似をしているんだ」と注意をしている様子を見て、ハッとしたことを覚えています。

私に向かって発せられた言葉ではないのですが、私の言動にまさに当てはまっていると感じ、恥ずかしくなってしまったのです。

稲盛さんは故郷の鹿児島に残る「島津日新公いろは歌」にある「いにしえの道を聞きても唱えても わが行いにせずばかひ(かい)なし」という和歌や、安岡正篤さんの「知識」「見識」「胆識」という言葉を紹介し、リーダーがいかに多くのことを知っていても「胆識」がなく、実践できなければ意味がないと強調していました。

多くのことを学び、「知識」や「見識」があることはリーダーの前提条件です。それなくしての実行力は蛮勇でしかありません。しかし、せっかく多くを学んでも、実践しなければ価値はないというのです。

そのこともあり、稲盛さんは、フィロソフィをベースとした経営をする際の注意点として、「フィロソフィが空念仏になっては意味がない」と警鐘を鳴らしています。

■“稲盛式”を形だけ真似しても意味がない

また、「フィロソフィが言葉遊びになってはいけない」「フィロソフィを方便で使ってはならない」と注意をしています。なぜなら、フィロソフィを「わが行いにせずばかいなし」なのであり、「社内にフィロソフィへの不信感が少しでもあれば、経営はうまくいかない」からです。

稲盛さんから学んだ経営を実践しようとして、社内でフィロソフィを作り、それを全社員に伝え、毎日唱和するなどして共有に努めている企業もたくさんあると思います。

しかし、その中にはトップがフィロソフィを語っていても、本気で実践しようとしていないケースもあるかもしれません。つまり、空念仏になり、自分を律していないのです。これでは価値はありません。

また、「このフィロソフィはこんな解釈もできる」と評論家のように言葉遊びをしたり、「感謝する心」や「素直な心が大事だ」と説明するときに自分に「感謝」をするように仕向けたり、自分の指示を文句も言わずに従うことが「素直」だと方便で使うケースもあるかもしれません。

それではいくら素晴らしい経営理念を掲げ、フィロソフィを作ったとしても、社内にはフィロソフィへの不信感が生まれ、経営はうまくいかなくなると稲盛さんは指摘しているのです。

■自分を律せなければ、他人を律せない

繰り返し説明しているように、フィロソフィとは社員が幸せな人生を送るための基本的な考え方です。

それは人間として「やっていいこと、悪いこと」を基準とした、たとえば、「嘘をつくな」「正直であれ」「人のために役立ちなさい」「一生懸命努力しなさい」「弱いものをいじめるな」「欲張るな」という初歩的な道徳律のようなものです。

つまり、誰が見ても分かる、普遍的に正しいことなのです。だからこそ、まずは経営者自身がフィロソフィで自分を律することが不可欠になるのです。

残念ながら、最近の政治家や企業不祥事のニュースを聞くと、優秀で博識で弁が立っても、胆識のない、自分を律せないリーダーが増えているように感じられます。

ただ、それを他人ごとにするのではなく、稲盛さんが言うように「自分を律せないのに、他人を律せるのか?」と自問自答を繰り返し、せっかく身につけた哲学やフィロソフィを「わが行いにする」ことがリーダーには求められているのではないでしょうか。

胸に手を当てるビジネスマン
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■“権力欲リーダー”は言行不一致を恥ずかしいと思わない

なぜ、自分を律せないリーダーが増えるのか。

稲盛さんは、その原因の一つに美意識という視点もあると教えています。「『言っている』ことと『行い』が違えば、恥ずかしいという美意識が大事になってくる」というのです。そして、その美意識を高めるには「自分の仕事に対する誇りがなければならない」とも指摘しています。

人の上に立つリーダーに、「自分は部下から信頼され、尊敬される存在である」という誇りがあれば、「言っている」ことと「行い」が違えば恥ずかしいという美意識が生まれ、どうしても自分を律しようと努力するはずだと稲盛さんは言うのです。

一方、単なる権力欲でリーダーになっている人であれば、その地位を守ることが目的になっているので、「言っている」ことと「行い」が違っても恥ずかしいとは思わないと言うのです。

大田嘉仁『運命をひらく生き方ノート』(致知出版社)
大田嘉仁『運命をひらく生き方ノート』(致知出版社)

それでも当面はリーダーの地位は守れるかもしれませんが、そのような誠実さがないリーダーは信頼も尊敬されないので、いつかその地位から追われることになるのです。

仕事に美意識を持つことは、リーダーに限らず誰にでも同じように大切でしょう。

自分の仕事は「世の中に役に立っている」「自分は尊い仕事をしている」という誇りがあれば、誰からも文句を言われないような完璧な仕事をしたいという美意識が生まれ、そのために自分を律しようとする思いが強くなるはずです。

そのような人が、いつしか多くの人から信頼を得、また尊敬されるようになるのです。

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大田 嘉仁(おおた・よしひと)
MTG相談役、元日本航空会長補佐
昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年日本航空会長補佐専務執行役員に就任(25年退任)。27年京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任。令和元年MTG取締役会長就任。現職は、MTG相談役、立命館大学評議員、鴻池運輸社外取締役、新日本科学顧問、日本産業推進機構特別顧問など。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)、『稲盛和夫 明日からすぐ役立つ15の言葉』(三笠書房)などがある。

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(MTG相談役、元日本航空会長補佐 大田 嘉仁)

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