「養育費を払わない元夫は"真犯人"ではない」手取り月収20万に届かないシングル母の極貧を招く"本当のワル者"
プレジデントオンライン / 2024年11月4日 10時15分
■なぜ「困っている人」が困っていると言えないのか
驚くことに、その試写会には河野太郎元デジタル大臣や、イギリス大使やノルウェー大使といったセレブもいた。彼らが見たのは、ドキュメンタリー映画『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境』(11月9日公開予定、文部科学省選定作品)。オーストラリア人の元プロレスラーであるライオーン・マカヴォイ監督の長編デビュー作だ。
日本国内で以前から懸案となっているシングルマザーの問題に、なぜ外国人が関心を抱いたのか。そこには、日本特有の「闇」が隠されていることが作品の中で明かされていく。
同監督が初来日したのは24年前の2000年。8週間滞在中に日本を気に入り、大学の交換留学やワーキングホリデーを経て2005年以来、日本に住んでいる。最初は英語教師、そしてその後はプロレスラー(かつて存在した日本のプロレス団体WNC所属)、いまはフィルムメーカーと一風変わった経歴をもつ彼は、19歳でオーストラリアの空手チャンピオンになるほどの腕前でアクション俳優を志していた。
2009年、日本で格闘技をしながら短編映画で俳優デビューを飾るが、役者に向いていないと気づく。その後、2013年に「藤原ライオン」というリングネームでプロレスラーとして活動しているうちに、プロレス団体のカメラマンも務めるようになった。
カメラにのめり込んでいった監督はプロレスと並行して、2015年に自身の映像制作プロダクション「ジャパン・メディア・サービス(JMS)株式会社」を設立。そして、彼が手掛けた初の長編ドキュメンタリーが本作だ。
公開に先駆け、監督に取材すると、日本人が思うシングルマザーの問題とは別の視点・角度から彼女たちの困窮状況の苛酷さがわかった。
■他人に助けを求められない、声をあげられない社会
映画制作のきっかけは、監督の友人である女性(日本人)だった。彼女は夫の浮気が原因で離婚したが、元夫は養育費を支払わなかった。その上、子どもががんを患い、治療費に困窮することになった。監督は元夫に直談判しようかと友人に助けを申し出た。しかし彼女は「自分の責任だから」と断り、自力で何とかしようとしたという。
幸い子どもは病気から回復したが、この出来事は監督に強い衝撃を与えた。「困っているのに、なぜ困っていると言えないのだろう?」と彼は疑問を抱き、それが映画制作の原動力となった。
「日本のシングルペアレントの現状を理解しよう」
監督はひとり親を支援する組織に片っ端から連絡した。しかし、唯一快い返事をしてくれたのが、本作に登場する「一般社団法人ハートフルファミリー」の理事・西田真弓さんだった。監督は、日本にある850もの子ども食堂の半数ほどにもアプローチしたが、映画に協力してくれたのは「世田谷こども食堂・上馬」だけだったという。
今作では、さまざまな理由でシングルマザーとなった女性とともに、外国人男性3人、中国人女性1人、日本人男性1人の研究者が登場し、日本のシングルマザー問題に対する案内役を務める。
この作品を見た筆者が抱いた強烈な違和感は「なぜ日本人女性の研究者がこの役を担っていないのか?」だった。その点を監督に聞くと、こんな答えが返って来た。
「都内の有名大学に在籍する研究者複数に連絡をとったところ、日本人女性の学者の誰もドキュメンタリーに登場することを了承してくれませんでした。その理由は分かりません」
日本では専門の研究者でさえ、女性が声をあげにくい社会ということなのか。
■「日本社会は一億総中流だと思っていた」
監督は20年以上日本に住みながらも、日本が母国オーストラリアより豊かな国であり、全員が中流階級以上の生活を送っていると思い込んでいたという。しかし、シングルマザーや研究者たちへの取材を通じて、現実の厳しさを突きつけられることとなった。
作品内で、周燕飛(しゅう・えんび)日本女子大学人間社会学部教授がこう分析する。
「ヨーロッパの他の国々と比較すると、日本のシングルマザーの最大の特徴は、フルタイムで働いているにもかかわらず貧困状態にあることです」
日本の専門家であるグレッグ・ストーリー博士も、OECD加盟38カ国の中で日本はひとり親世帯の就業率がもっとも高い国だとこう語る。「ひとり親世帯の85%が就業しているのに、およそ56%が貧困状態にあります」
映画では保育士と介護士のダブル資格をもったシングルマザーが1日中働きづめでも、手取りが20万円にも届かない貧困を浮き彫りにする。実際に、政府の調べによると、シングルマザーの平均年収は236万円とシングルファーザーの半分ほどしかない。こういった事実に衝撃を受けた監督は次のように話す。
「オーストラリアでは子どもの6人にひとりが貧困に陥っていて、それが(ストリートチルドレンのような)分かりやすい形で目に見えます。でも、日本はそうじゃない。私たちの目の前にいる、普通の子どもの7人にひとりが貧困に陥っている。まさに“隠された貧困”です」
この映画を撮るきっかけとなった監督の友人も監督の公的な助けを受けられなかった。なぜ日本のシングルマザーの貧困が隠され、母親が試練を受け続けねばならないのか。この点について、ドキュメンタリーは3つの興味深い考察を紹介する。
■戦後、子どもの責任が妻ひとりだけのものとなった
第一に、戦後のジェンダーロールがもたらす養育費未払いだ。家族人口学を研究する加藤彰彦・明治大学政治経済学部教授は、戦前の日本人はほとんどが農業や商店など自営業を営み、子どもを産むとすぐに妻は働いていたと解説する。子どもは家族やコミュニティによって育てられていた。戦後、朝鮮戦争の特需により日本が経済成長するにつれて、夫は会社で働き妻は子育てをするという家族の形態に変わった。そうして、子どもは妻だけの責任になったと加藤教授は考察する。
実際に日本では離婚後、親権の9割を母親がもつ。そして、別居親の父親のうちたったの28%しか養育費を払わない。これについてマカヴォイ監督は次のように語る。
「これは日本人の男性がひどいというよりも、養育費未払いを厳しく罰しない法的制度のせい。親としての責任をとらない男はどこの国にもいます」
監督によると、他の国では養育費を支払わないと銀行口座・運転免許証・パスポートの凍結や、刑務所収監などの懲罰があるという。
筆者が調べたところ、アメリカでは40%以上(アメリカ合衆国国勢調査局調べ)、ハンガリーでは75%の別居親が養育費をきちんと払う。一般的に欧米の多くの国は養育費回収に対して行政が迅速に介入するから、日本よりもはるかに多くの親が支払う。また、ヨーロッパの多くの国が養育費の回収をできない場合は立て替えもする。
日本でも法的には、養育費を払わない親に養育費を請求し、資産や給料を差し押さえることができる。しかし、監督が取材したシングルマザーは養育費強制執行まで2年ほどかかり、弁護士費用に約100万円かかったそうだ。日々の家計を自転車操業しているようなシングルマザーには強制執行までの費用はハードルが高すぎる。
■世帯収入を基本とする社会福祉制度と行政の水際対策
第二に、「世帯年収」に基づく社会福祉制度だ。シングルマザーが実家に戻り、両親と暮らすと両親の年収も加算されて「世帯年収」が決まる。すると、所得制限にひっかかり、児童扶養手当をもらえない。こういった社会福祉制度は戦後の会社員の夫と専業主婦の家族モデルに基づいている。女性の8割が働く現代にまったくそぐわない。
第三に行政の水際対策が考えられる。
「シングルマザーのなかにはスマホしか持っていない人も多いので社会福祉を調べるのも大変。それなのに行政の窓口は手続きを意図的に煩雑にしています」と憤るマカヴォイ監督。複雑な書類手続きや行政の窓口の不親切な対応が生活保護や様々な手当の受給を「恥」として見せ、スティグマ(差別・偏見)を助長する。
映画内で、2014年9月に千葉県銚子市で起こった悲惨な無理心中事件が紹介される。中学2年の娘がいるシングルマザーは2年にわたって県営住宅の家賃を滞納したため、明け渡しの強制執行が行われた。そして明け渡しの日に母親が娘との無理心中を計ったのだ。
県営の住宅の家賃は月1万2800円だったが、母親の収入レベルだと家賃の8割が減免になった可能性がある。そうすれば家賃は2500円ほどになっていた。行政は母親にその減免制度を教えなかったのだ。娘を殺して自分は死にきれなかった母親は懲役7年の刑を受けたが、行政の水際対策が母親をこのような犯罪に追いやったといっても過言ではない。
本作のプロデューサーである及川あゆ里さんは、本作が「日本より海外で話題に上った」ことにこそ問題の本質があるとマカヴォイ監督に語ったという。
「日本人の私たちには見えなかった事実がこのドキュメンタリーには描かれています。作品発表をした後に一番衝撃的だったことは、海外での関心度はとても高く支援やお声も多く頂けたのですが、国内の関心度が低かった事でした。見て見ぬふり・しかたないと諦める文化が変わることを願います」
日本社会の中に潜む構造的な問題を鮮明にしたドキュメンタリー『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境』から、私たち一人ひとりが何をできるのか考えたい。
【作品情報】
ドキュメンタリー映画『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境』
映画公式サイト
公開は新宿K’sシネマにて一週間限定公開(11月9~11月15日)
映画館公式サイト
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ジャーナリスト
社会・文化を取材し、日本語と英語で発信するジャーナリスト。ライアン・ゴズリングやヒュー・ジャックマンなどのハリウッドスターから、宇宙飛行士や芥川賞作家まで様々なジャンルの人々へのインタビューも手掛ける。
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(ジャーナリスト 此花 わか)
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