経済学の権威が断言「国民民主党の目先の手取りアップ策では、国民の暮らしは一向に上向かない」
プレジデントオンライン / 2024年11月2日 8時15分
■「実質 玉木首相」で大丈夫なのか
与党が大敗し、国民民主は大幅な躍進を遂げた今回の衆議院議員選挙。石破茂政権は、与党だけでは衆議院で過半数の議席を確保できず、国民民主の協力が不可欠となった。そのため、両者が経済対策や税制改正などの重要な案件ごとに協力する、「部分連合」を目指すことになった。「実質 玉木首相」といった見方もある。
新内閣が発足後に打ち出す政府の経済対策において、国民民主が、重要政策のキャスティングボードを握ることで、政府の経済政策、ひいては私たち国民の生活には、どのような変化が生じるのだろうか。
■改革が不利となった二つの選挙
自民党の総裁選挙から衆院選までの2カ月弱の間で、政治・経済に関わる多くの政策論争が行われた。自民党の総裁選挙では、9人の候補者が乱立したが、現行制度の改革を明確に打ち出した小泉進次郎氏と河野太郎氏は決選投票に残れなかった。
逆に、改革よりも積極的な財政拡大政策を訴えた高市早苗氏が躍進した。石破茂氏も、もっぱら岸田文雄前首相の路線継承の安全運転を堅持したことで総裁の座を勝ち取った。
衆院選では、政治とカネ問題で批判を浴びた自民党が劣勢となり、同じ保守系で野党の国民民主と維新は、共に政党法の改正などで、政治の革新を唱えた。
ただ、成長戦略として、ライドシェアなどの規制改革を訴えた維新と比べて、国民民主党は、減税・社会保険料の軽減や生活費の引き下げで、「手取り所得引き上げ」を打ち出したことで議席数を大幅に増やした。いずれの選挙でも、「改革よりも財政支援」が支持されたことが共通している。
■手取り所得の引き上げ
国民民主党がもっとも重視している公約が、所得税の基礎控除などを103万円から178万円に引き上げる所得税減税である。これはパートタイム主婦の賃金が一定水準を超えると、自ら厚生年金保険料を負担しなければならず、その水準に達する前に働く日数や時間を抑えてしまう「働き方の壁」と同じ問題に対応し、さらに手取りを増やすためのものである。
この改正で大きな影響を受けるのは、パート主婦よりも学生アルバイトである。
学生は厚生年金の適用対象外だが、所得税の基礎控除と給与所得控除を合わせた103万円を超すと、世帯主が扶養控除を受けられなくなる。これは増税となるだけでなく、扶養控除とリンクしている会社の子ども手当も失うことになる。
この学生のアルバイト収入の上限が、年間100万円程度に抑制されてきた現状から大きく改善されるならば、喜んで国民民主党に投票した若年者は多かったであろう。
■年金改革との整合性
所得税の基礎控除と給与所得控除の合計額は、1995年に103万円に定められて以来、据え置かれてきた。このため過去のデフレ期はともかく、最近の物価や最低賃金の上昇に応じて、基礎控除額を引き上げることには一定の合理性がある。しかし、それを一挙に7割も増やすことは妥当か。ここは大いに議論の余地がある。
働き方の壁への対策としては、同様の問題に対する年金保険料の改正との矛盾も生じる。なぜなら年金審議会では、この問題に対して、対象となる中小企業の規模や労働者について適用基準を、現行水準よりも、逆に引き下げることで就業調整を防ぐ方向での審議が進められているからだ。
あえて引き下げようとしているのは、例えばパートタイム主婦について保険料を負担する賃金の水準を高めても、そこで新たな働き方の壁が生じてしまい、結局、いたちごっこになってしまうからだ。
他方でこの年金保険料の適用基準について、「手取り所得引き上げ」を公約とする国民民主は、より高い賃金水準まで負担しなくて良い仕組みで泣ければ整合性がとれない求。弱い立場にある自民党は彼らの言い分をそのまま受け入れるのだろうか。
■マクロ経済への効果
国民民主が主張する基礎控除などの引き上げにもとづく所得税の減税の財政負担額は7.6兆円という試算がある。注意が必要なのは、引き上げの効果は高所得層ほど大きいということで、不公正との指摘もある。現行制度では、基礎控除は年収2400万~2500万円で逓減・消失する仕組みだが、財政負担を抑えるためにこの水準を引き下げるといった仕組みも必要かもしれない。
国民の耳障りのいい政策を打ち出している国民民主だが、消費税率の半減やエネルギー減税などについての公約と同様に、それら大幅減税のための財源には一切触れていない。
もともと自民の石破茂総裁と立憲民主の野田佳彦代表は、いずれも財政再建を重視する立場であった。今後、財源を考慮せずに減税を求める国民民主が、政権に実質的に加わることで、与野党間で、国民への一律給付金などの引き上げ競争といったポピュリズムに歯止めをかけることは、いっそう困難になるだろう。
では、仮に大幅な減税政策が実施されることになれば、日本経済はどうなるのか。
短期的には円安・株高を通じて景気拡大にはプラスだろう。そのことで、日本経済の構造問題に取り組みたくない自民・公明両党にお墨付きを与えることになりかねず、本質的に依然として経済停滞している現状からの脱出は難しくなる。
勤労者の所得を増やし、国民の消費を拡大し、経済を活性化させるには、一時的な減税よりも持続的な実質賃金の増加が基本だ。このためには新規事業の創出や、不足する労働者の効率的な活用のための働き方の改革が必要となる。
ところが、労働組合の連合の支持に支えられている国民民主にとって、働き方の改革は大きな負担となる。現に、政権公約には、ライドシェアなどの規制改革や労働市場改革にはほとんど触れていない。
現状のままでは、日本企業の投資は、停滞する国内市場よりも成長する海外市場を目指すことになろう。すでに米国への直接投資額では、投資国別で日本はトップになっており、今後、USスチールの買収ができれば、さらに膨らむことになる。そうなれば日本企業の利益が増えても、その大部分が海外に再投資されるだろう。日本国内の経済はあまり恩恵を得られないのだ。
今後、米国などと異なり、労働力人口が持続的に減少する日本では、企業の情報化投資などの拡大で生産性を高め、実質賃金が持続的に上昇しなければ、国民生活は向上しない。そのためにカギとなる労働市場の流動化に結び付く制度や規制の改革を軽視する政策のままでは、国民民主党の将来は暗い。与党の政権運営が国民民主の存在に依存するのであれば、与党の未来も暗く、国民の未来も同様だ。
■社会保障改革に期待
社会保障分野の改革では、すでに所得が一定水準以下の層の所得を保障する「給付付き税額控除」などの導入が挙げられている。これは国税庁が、所得のある者には税金を課し、逆に所得のない者には税金を還付する仕組みである。
そのためには、現行の生活保護の受給者は「働くとむしろ不利となる」という生活保護制度の改革が前提となる。また、生活保護という国の支援を受ける前提として、家族の扶養義務優先という“イエ制度”の改革を実現できるか。自民党の保守派をじょうずに説得できるかどうかは全くの未知数である。
筆者が国民民主党に期待したいのは、旧民主党の重点政策でもあった基礎年金の税方式化である。これは現行の国民年金保険料を年金目的消費税に置き換えるもので、すでに保険料を納付している者には「増税」にはならない。
強制的に徴収する税方式にすることで未納付者がなくなり、年金財政の安定性が維持される。また、20歳以上の国民全員に基礎年金が保証されるため、現在は会社員や公務員の夫(配偶者)に扶養されて保険料納付しなくてもいいことが多いパートタイム主婦も実質的に納付することになるため、働き方の壁も自動的に解消することとなる。、働き方の違いにかかわらず年金の公平性も確保されるわけだ。
国民民主党が、現役でバリバリ働く勤労者の税や保険料負担を抑制し、「手取り所得」の引き上げを打ち出したことは、もっぱら高齢者福祉を重視してきた与党との対比で高く評価できる。
ただ今後、実質的に政権の一翼を担う立場になる以上、新しい政策の財源をどこに求めるかといったバランスが重要となる。そのためにも、目先の減税だけに依存するのではなく、日本経済の構造改革を通じた成長戦略重視の政策を期待したい。(なお、本稿は、制度・規制改革学会の提言にもとづいている)
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経済学者/昭和女子大学特命教授
経済企画庁、日本経済研究センター理事長、国際基督教大学教授、昭和女子大学副学長等を経て現職。最近の著書に、『脱ポピュリズム国家』(日本経済新聞社)、『働き方改革の経済学』(日本評論社)、『シルバー民主主義』(中公新書)がある。
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(経済学者/昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)
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