なぜ就職ランキング上位の人材コンサルは倒産したのか…「消える企業」と「生き残る企業」の決定的違い
プレジデントオンライン / 2024年11月10日 9時15分
■東大生に選ばれるコンサル業界の光と影
日本のコンサルティング業界は、2018年に1兆円を突破して以降、右肩上がりを続けています(コダワリ・ビジネス・コンサルティング発表)。東大生の就職先としても、アクセンチュアやデロイト トーマツコンサルティング、マッキンゼー・アンド・カンパニーといった大手の外資系コンサルが人気を集めています。
しかし、2023年には経営コンサルの倒産件数が過去最多となるなど、不安定な側面もあるようです。企業の明暗を分けるのは一体何なのかを考えるために好例なのが、かつて大学生の就職人気ランキング上位に入っていながら2011年に経営破綻した採用コンサルティングのベンチャー企業・ワイキューブです。
経営の世界で良く言われるように、「成功はアート、失敗はサイエンス」です。要するに、成功に再現性はありませんが、失敗には再現性があります。よって、失敗要因を失敗事例から学んでおくことで、私たちは企業の倒産を回避することができます。
本稿では、同社が華々しい成長を経て転落する軌跡を追いながら、「消える企業」の特徴について見ていきましょう。
■倒産した理由はリーマンショックなのか?
ワイキューブは1990年、安田佳生氏によって設立されました。安田氏は『採用の超プロが教える』や『千円札は拾うな。』といったベストセラー書籍を著し、高い知名度を誇っていました。採用支援を得意としていたワイキューブは、業界で次第に地位を確立し、企業の採用活動におけるパートナーとして信頼を築いていきました。
独自のワインセラーやバーを備えたモダンなオフィス空間が話題になり、メディアでも注目されるようになり、「就職したい企業」の上位にランクイン。人材コンサルティング市場において急速な成長を遂げ、2007年5月期には売上高約40億円を超えるまでに成長します。
しかし、2008年に発生したリーマンショックにより、ワイキューブの主要な顧客層である中小企業が採用活動を縮小あるいは停止するケースが増加。2007年に46億円を超えていた売上は、2010年には約14億にまで落ち込み、リストラによる経営改善策を講じても業績の回復が見込めず、2010年3月30日に東京地方裁判所へ民事再生法の適用を申請、事実上倒産しました。
■環境変化に対応できる財務体質ではなかった
この一連の流れから見れば、世の中的にはリーマンショックによる外部環境の急激な悪化がワイキューブの倒産の原因であったと取れます。しかし、ワイキューブが行った施策を見てみると、そこには倒産してしかるべき理由が存在することがわかります。
リーマンショックは、ワイキューブの経営にとって確かに致命的な打撃となりました。人材ビジネス業界全体が厳しい状況に追い込まれたことは事実ですが、私はこれだけが倒産の原因だとは思いません。なぜなら、リーマンショックの中でも倒産せずに生き残った同業他社も多数いるからです。
また、リーマンショックより甚大な影響を与えたコロナ禍であっても、消えた企業がある一方で、たくましく生き残った企業が多数います。つまり、外部環境の激変は確かに企業の業績に要因を与えますが、それは1つの要因でしかありません。
企業は法人と呼ばれるように、1つの人格を持つ生き物です。生き物である以上、生存し続けるためには、その環境の中で、環境変化に適応しながら生きていく必要があります。私たち哺乳類は、植物連鎖の下位にいた恐竜の時代も、食料が限られていた氷河期も、その環境に対応しながら生き抜いてきました。
ワイキューブは環境変化のせいで倒産したのではなく、環境変化に対応できるだけの財務体質を持っていなかったから倒産したのです。
■「新たな顧客」はどんどん少なくなっていく
消える企業の共通点① 成長への幻想と不安定なビジネスモデル
安田氏はそれまで新卒採用をしたことがない中小・ベンチャー企業をターゲットに、独自の採用ノウハウを提供し事業を拡大しました。当時はまだ中小企業の新卒採用は一般的ではなく、需要は潜在的でした。そのため、事業を拡大するために、潜在化している新規顧客を獲得しなければなりません。
この戦略は経営においてもっともコストがかかることでもあり、ワイキューブのみならず、多くの企業が直面する課題です。特にベンチャー企業では新規獲得のためのコストが大きな負担となります。
ワイキューブはその斬新な着眼点と革新的なPR手法により潜在的な市場を開拓していきます。しかし、新たな顧客は永遠に存在しません。どんなに優れた商品でも一定程度行き渡れば新規顧客は少なくなっていきます。
■Amazonのサブスクは理想的なモデル
では、顧客が潜在化するマーケットの中で、永続的に売上を上げていくために企業はどのような行動を取ればよいでしょうか?
簡単です。一度顧客になった新規顧客にリピートしてもらうことです。
通説によれば、新規顧客を獲得するコストは、リピーターを獲得するコストの5倍(1:5の法則)。つまり、一定程度の顧客を核としたのであれば、次に行うべきはリピーター顧客の獲得です。
そのためには、リピーターになってもらえるだけの商品を作り、リピーターになってもらえるだけの関係性を顧客と作り上げる仕組みを作ることが必要です。これが不安定なマーケットの中で、企業が持続的に成長していくための方策です。
ネットフリックスやAmazonに代表されるサブスクリプションモデルは、リピーター顧客を獲得し続ける理想的なモデルと言えます。
ワイキューブのビジネスモデルは、新卒を獲得したい中小企業やベンチャー企業を獲得することでした。中小やベンチャーにとって年間数百万円のコストを毎年払い続けることは簡単なことではありません。また、一度採用ノウハウを得てしまえば、リピートする理由は弱くなります。時が経てば、サービス開始時にはなかった競合も現れ追随します。
結果、ワイキューブは売上を維持できなくなり、資金ショートに追い込まれます。新規が獲得し続けられるとの幻想を持ち、リピーターを獲得し続けるだけのビジネスモデルを作り上げられなかったことがワイキューブの倒産の一因となってしまいました。
■本来、多額の借り入れは不要だった
消える企業の共通点② 危機に対応できない財務体質
ワイキューブはその成長を支えるために多額の借り入れを行いました。経営に携わる方ならここで疑問がわくはずです。それは「借り入れの使い途は何だ?」です。
コンサルティング会社はノウハウを提供し、その対価で報酬をもらうビジネスです。よって、多額の固定資産は必要なく、当然借り入れも不要です(近年のベンチャーに見られるシステム開発を伴うコンサルティング事業の場合は、多額の資金を必要としているが、ワイキューブはその形態ではなかった)。
人事コンサルティング業であるワイキューブがどこに多額な資金が必要だったのでしょうか?
■「社員の給料2倍」は一時、奏功したが…
それは安田氏の回顧録を読めばわかります。多額の借り入れは人件費への支払いへ使われていました。人件費、つまり社員の給料を業界平均の2倍近くにまで上げ、優秀な人材を囲い込む作戦を取りました。この作戦は功を奏し、優秀な若手人材の獲得に成功、ワイキューブ急成長の原動力になっていきます。
しかし、経営の大原則として、人件費のような恒常的な支払い資金を、借り入れで賄うことはあってはなりません。経営を存続させるためには、売上から売上原価を引いた粗利益(売上総利益)の範囲内で賄えるだけの人件費しか企業は払うことはできない仕組みになっています。粗利で賄えない固定費の支払いを行えば必然的に赤字に転落します。
安田氏としては、人件費を投資とみなし、雇った人員が利潤を稼いでくれば、短期的赤字になったとしても、その利潤で借入は返済していけるとの思惑だったのかもしれません。
しかし、通常固定資産への投資とは違い、人材への投資は、①毎月必ず発生する固定費である②本当に稼げるか否かは雇ってみなければわからない③途中退社リスクもある、など経営にとってはデメリットが大きく、ワイキューブも厳しい財務状態に陥ったことは容易に想像がつきます。
この状態でも、金融機関が先々の事業拡大を期待して資金援助をしてくれている間は存続できますが、リーマンショックが起き、金融機関が引き気味になった瞬間にこの会社の命運は尽きました。
ワイキューブのように人件費の支払いを借り入れで賄うのは言語道断ですが、適切な投資を行うためだとしても、過度な借り入れ依存は企業の存続を危うくします。事業を成長拡大していくため借り入れは必要ですが、総資産に対して自己資本の比率は30%以上を維持できるようにしておく必要があります。
■リストラをせざるを得ず、求心力を失った
消える企業の共通点③ 理念なき経営
ワイキューブは、もともと給料を相場より高めに設定することで人材を集めた企業でした。そこには目的が存在しません。
企業は営利を追求するのは当然であり、社員がより高い報酬を求めるのも当然です。ですが、金の切れ目が縁の切れ目。金で集まった組織は金がなくなれば崩壊します。
ワイキューブも業績が低迷したことで、リストラを進めます。これが結果的に組織の求心力低下を招きました。必然的にサービスの質が低下し、売上回復も見込めなくなりました。
■企業が生き残っていくための三原則
こういった過ちを防ぐために、過去の偉人たちは大切な教訓を残してくれています。
日本に資本主義を持ち込んだ渋沢栄一は著書『論語と算盤』を残し、「経営には算盤(お金)だけでなく、論語(理念)が必要である」と戒めています。
また、出光興産(株)創業者の出光佐三は「黄金の奴隷たるなかれ」「人間尊重」の理念を掲げ、出光の事業は金儲けのためではない、尊重される人間になるためだと社員へ浸透させてきました。
石油自由化の中で多くの石油会社が倒産する中、財務的にはまだまだ脆弱だった出光興産が生き残り、100年企業となれたのは「理念」があったからと言っても言い過ぎではありません。
整理しますと、消える企業には
① 成長への幻想と不安定なビジネスモデル
② 危機に対応できない財務体質
③ 理念なき経営
といった共通点があります。
冒頭にお話ししたように失敗には再現性があります。上記の点を踏襲してしまうと失敗する確率を高めてしまいますので十分気を付けてください。
逆を言えば、
・成長への幻想を抱かず、リピーター獲得に注力し、収益を安定させる
・危機が起きても動じない財務体質を作り上げる
・理念を持ち、理念を浸透させ、求心力のある組織を作る
この3点を行っていけば生き残っていける企業になっていけます。
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経営コンサルタント、プレジデンツビジョン社長
1973年、愛知県生まれ。上智大学経済学部経営学科卒業後、出光興産に入社。2008年、34歳の時に独立起業。2012年法人化し、プレジデンツビジョンを設立。経営者・士業、120社のコミュニティ「五つ星★メンバーシップ」を主宰。「東洋経済ONLINE」、『月刊ガソリンスタンド』などメディア出演多数。著書に『社長! お金は「ここだけ」押さえれば会社は潰れない 2枚のシートで利益とキャッシュを確実に残す!』(ダイヤモンド社)、『父が子に伝える 13歳からのお金に一生困らないたった3つの考え方』(三笠書房)がある。
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(経営コンサルタント、プレジデンツビジョン社長 石原 尚幸)
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