脱・百貨店に成功、大丸はなぜ生まれかわれたか【2】
プレジデントオンライン / 2013年3月15日 14時15分
「百貨店など、若い人は誰も行かない」――。消費不況と高齢化のダブルパンチから長期間にわたって低迷する百貨店業界。最低最悪のマーケット環境にあって躍進し始めたまったく新しいビジネスモデルの本質を明らかにする。
■うふふガールズ成功の秘密
Jフロントは11年に「ショップ運営統括部」と「自主事業統括部」を発足させた。従来の百貨店の体制は、婦人服のフロアなら婦人服と、フロアごとにショップ運営も自主運営も入り乱れた、横に分かれた組織であった。しかし、2つの統括部を発足させたことによって、紳士も婦人も関係なく、ショップ運営と自主運営、この2つの運営方法で組織が分かれることになった。
つまり「自主運営とショップ運営どちらも混ぜた婦人服担当」ではなく、紳士、婦人に関係なく、「自主運営」か「ショップ運営」かで、縦に分かれた組織への改革である。
「ショップ運営」を担当するのが、営業本部MD戦略推進室ショップ運営第一統括部商品部長の竹原幹人だ。いかに顧客が求めるブランドを誘致するかに日々頭を悩ませている。
百貨店の収益の要であるファッション部門。日本人の消費が欧米化し、身の丈志向に意識が変化すると、ファッションスタイルは細分化し、流行の大きな波は、独自性を持った細かな波に変わってきた。これにより、ファッションは「着たいものを着る」個性化が進み、消費者が求めるブランドの数は増えた。奥田務会長はコストを削減することによって求められるブランドを積極的に入れることができるようになったと言うが、今まで百貨店が入れることのできなかったブランドの新規開拓にあたって、百貨店とブランドと双方の意識の壁を取り払うのに苦労も多かった。
「新しく誘致したいブランドさんに名刺をお持ちしても、百貨店というだけで難色を示される、というようなことが多々ありました」(竹原)
百貨店になかったブランドを誘致するということは、裏を返せばブランド側も百貨店に出店した経験がないということだ。そういったブランドが、百貨店への出店を渋る理由の1つがまず「客の年齢層が高い」というイメージだった。
バブル時に売り上げがピークだったブランドが、顧客の年齢はアラサー、アラフォーと移っていくにもかかわらず、いまだに当時のまま「ヤングファッション」のフロアに出店している、といった矛盾が生じている百貨店もあるそうだ。
「今でこそ学習して、売り場のイメージやマーケットの分析結果をキチッと説明文でまとめて足を運びますが、当時はお互いの商慣習の違いもわからないまま手探りの状態でした」(竹原)
大丸心斎橋店では、09年から百貨店から遠のきつつある若者をターゲットに、「うふふガールズ」と銘打った婦人ヤングカジュアルのフロアをスタートさせた。
「営業ウーマン特集」など、ファッションに敏感な若い女性ターゲットを刺激し、成功。わずか3年足らずで、全国の大丸、松坂屋6店舗でも展開することになった。
同じような戦略をとるのは他の百貨店もいくらでもできるはず。なぜ「うふふガールズ」だけがここまでヒットしたのだろうか。
「私たちは、『今日はあそこのブランドで買い物したよ』ということじゃなくて、『うふふガールズに行って買い物したよ』と言ってもらうことを目標にしたのです。私たちの成功を見た同業他社が似たような形態のショップ運営をしましたが、まったくうまくいかなかったようです。ブランドのファンは、そのブランドがなくなったらもう来店してはもらえません。私たちはうふふガールズのファンを増やすことに知恵を絞っています」(竹原)
たとえ出店ブランドが替わっていっても、フロアそのもののファンになってもらうこと。あそこに行けばいつもオシャレな服を売っている、というイメージ。竹原が目指したのは「うふふガールズ自体のブランド化」だった。初年度から参加し続けている神戸コレクションも、ブランド単位ではなく、うふふガールズ名義での参加。これもブランド化戦略の一環だ。竹原は言う。
「うふふガールズの成功で、今までのお客様に、新しいお客様を加えることに成功しました。『誰々ちゃんが着ているかわいい服は、あのブランド』と認識されてしまうと『大丸』で出店してもらうメリットが減りかねません。だから『誰々ちゃんが着ているかわいい服は、うふふガールズで買える』と打ち出していく」
ショップ運営型は大成功したJフロントだが、百貨店の原点ともいえる自主運営型も着実に改革の成果が出始めている。今この瞬間、客が一番欲しいと思うものを敏感に察知し、誰よりも早く仕入れ、売る。「本来バイヤーの原点というのは、無から有を生み出すこと」だと、営業本部MD戦略推進室自主事業統括部長・執行役員の冨士ひろ子は語る。
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自主事業統括部長、執行役員
冨士ひろ子
入社32年目のベテランである冨士は、現場販売員からの叩き上げだ。81年に入社。大丸神戸店へ配属された。そのわずか5年後、会社で一番若いセールストレーナーに抜擢され現場を離れた。しかし、「人に教えるためにこの会社に入ったのではない」と2年後、雑貨系売り場への販売へ再び戻ることになる。
「お客様と接客して、もっといろんな人の笑顔が見たかったんです。でも、2年間で学んだ販売心理学というものが、後の大きな糧になりました」(冨士)
神戸店での販売員としての生活が戻ったその後、あの阪神大震災が起きた。ライフラインがすべて断たれたため、神戸店へ訪れたのは震災の1週間後だった。瓦礫だらけの街を抜け、神戸店までたどり着いたものの、半壊したその姿を見て、失業を覚悟したという。それでも再建するんだ。この元町に神戸大丸をもう一度つくるんだと、約3カ月で仮店舗オープンまでこぎつけた。
「仮店舗オープンのとき、神戸のお客様に何を今提案したいのか。そのためにはどんな商品がどれくらい必要なのか。展示会も何も見ないで思い描いてみたんです」(冨士)
■お客が好む「一歩」の加減
大多数のバイヤーは、どうしても市場にあるもの、取引先、競合先を考え、その中からチョイスするというやり方だ。しかし震災後、文字通り何もないところで何が提案できるか。
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2010年以降の直営店舗入店客数
「そうやって思い描いたものを探しにいくのが本来のバイイングだと初めて気がつきました。これが私の原点です。お客様にとって一番の購買動機は、自分の今の生活やスタイルを『一歩』よくする商品です。あまり先進的でもダメなのです。この『一歩』の按配をうまく想像できるかが大ヒットにつながるかどうかの境目です」(冨士)
「自主運営型」店舗を統括する冨士が担当するのは、多岐にわたっている。ネクタイや革小物、ワイシャツや靴などの重衣料、婦人靴やハンカチ、ハンドバッグなどの婦人用品だ。
百貨店の雑貨売り場といえば、紳士用品であれば、ネクタイがあって、ハンカチがあって、ワイシャツがあってと、容易に想像がつく。
「私はまずそこがおかしいんではないかと思っているんです」(冨士)。この10年で国民のライフスタイルは大きく変わった。社会環境も変わった。なのに百貨店の雑貨売り場の品揃えは変わらない。必ず見逃しているものがあるはずだと思った。
半年間幾度もトライアルを繰り返し、男のサブカルチャーとして、紳士フロアには海洋堂のフィギュアを並べたり、婦人フロアにはカメラ女子コーナーを設けた。例えばカメラ女子なら、トラベルガールというキャッチコピーにして、カメラを持って旅行に行くならストールが欲しい、動きやすい靴が欲しいと、客が連鎖的に感じることを、コンセプトに沿って多角的に商品提案できるきっかけが生まれるのだ。
「もちろん失敗することもあります。でもこれが確実に私たちの血となり肉となります。自主事業統括部というのは、人材育成の場でもあると思っているんです」
近年のJフロントの躍進の秘訣は、それほど複雑なものではないように思える。消費者が欲しいものを提供する。提供するためにコストを下げる。そのためにいち早く先手を打つ。いたってシンプルなものだ。「百貨店という旧態依然とした業界はプライドがあって、なかなか新しいことに挑戦できないことがある。『百貨店なのに、百貨店だから』、これが私たちの使命です」と東京店店長の藤野は語る。ファッションビル、ショッピングセンターなど業際(業界と業界の境目)はもはやなくなっていると言っても過言ではない現代で、多くの百貨店は、いまだ過去にとらわれたままなのだろう。
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営業利益
11年に鳴り物入りでオープンしたJR大阪三越伊勢丹も、オープン翌月から苦戦が続いている。JRは「阪急との差別化」という要請を三越伊勢丹に出しているが、自主運営中心の「伊勢丹型」運営にこだわり続けている。新宿伊勢丹の成功例を落とし込んだ形だが、目標売り上げ達成はいまだ遠い。
奥田は「よく新聞記者の方なんかに、小売り型はよくて、テナント型は悪だと、善と悪にまで分けられますが、私はそんなことはないと思います。これがお客様のニーズに応えた結果なんです」と言った。奥田のみならず、社員一同口を揃えるのは「お客様のため」。どの部署にいても、見据える先は同じところである。
果敢に「脱百貨店」に挑戦するために、人気ブランドの誘致、地域に合った店舗づくり、マネジメントをしているが、それらはすべてお客様の目線に立つという百貨店本来の姿に戻ろうという試みにも見える。
「お客様の目線を忘れた古い慣習や固定観念はどんどん捨て去らなくてはなりません。だけど、百貨店マンのDNAは脈々と受け継がれていくし、受け継いでもらわないと困ります」と、冨士はまっすぐとそう話した。
(文中敬称略)
(ライター 宮上 徳重 原貴彦、大野真也、小倉和徳、小原孝博=撮影)
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