「1.4億の借金で一度は死んだ」100人いた社員を3人に削減した不動産会社社長が"準グランプリ"に輝いたワケ
プレジデントオンライン / 2024年11月11日 10時15分
■なぜ、150年の歴史を持つ「醤油工場跡地」を買ったのか
「僕は、これを(総額)8000万円で購入したんですよ」
赤レンガに「ゐ」の白文字が浮かぶ煙突が空にそびえる建物を見ながら、畑本康介さん(42)は言った。
150年の歴史を持つ兵庫県たつの市のカネヰ醤油の工場跡地。畑本さんは同市の不動産会社・緑葉社の代表だ。
跡地がある龍野地区は“播磨の小京都”と呼ばれ、おしゃれな創作料理店、パン店など古き良き町並みに溶け込んでいる。この地区が「重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建)」に選定された2019年、カネヰ醤油の事業譲渡が決定。敷地面積は800坪。その姿で歴史を伝える建物群を、畑本さんはおおかた“自腹”で買い取った。
なぜ、個人で数千万円借金という巨大なリスクを背負ったのか。取材すると、それは過去の苦い経験に基づいた行動であることがわかった。
■NPO活動を経て、不動産会社を承継
畑本さんは中学時代から参加する和太鼓チームを通じて地域イベント企画運営に善意で携わっていた。大卒後に就職した会社(通信系など)で働きながらも自主的にまちづくり活動を続け、仲間たちとNPO法人を設立した。2007年のことだ。
「いつもがんばってくれているから」と格安の月3万円で事務所として借りることができた。三軒長屋の特徴である黒光りした梁や柱を活かして内装改修したところ、「なんてモダンなデザインなんだ」と古民家活用の先進的な取り組みがメディアで大きな話題になった。
その後、新規出店希望者から多数問い合わせが舞い込み、2013年からは物件所有者とのマッチングをする活動も始める。
2014年、NPO事業に専念するため会社員を辞めたある日、地区内で銭湯跡地が売りに出されているとの情報を得る。
「レトロな建物を活かして保育園とかできたらおもしろいねと、仲間と話しました」
でも、どうせ誰も買わないだろうと高を括っていたところ、想定外に買い手がついた。構想は泡と消え、銭湯は解体された。「美しいまち並みを残せなかった」。後悔に苛まれ「不動産の知識があれば、まちを残せる。まちづくりのための不動産会社を作らなければ」という考えに至った。
まちづくりは住民主体で行うべきというスタンスを貫くため、まちづくりで関わりのあった人に声をかけ出資を募った。そのうちのひとりが今、代表を務める緑葉社の初代代表だった。初代は畑本さんにこう言った。
「あいにく出資はできないが、君のような志ある若者に会社を引き継いでもらいたい」。予期せぬ言葉に驚いたが、すぐに承諾。2015年、33歳で2代目に就任した。
■醤油跡地のため、総額8000万円を工面
2019年夏。37歳の畑本さんのもとにある重大なニュースが飛び込んでくる。創業150年のカネヰ醤油が、後継者不在を理由に事業譲渡を発表した、というのだ。
銭湯跡地の悪夢が脳裏に浮かび「すぐに押さえなければ」と、地元に愛着を持つ経営者数人を訪ね歩いた。「カネヰ醤油は残さなあかん」「はたもっちゃん、どうにかせい」と言われ、「それでは資金協力をお願いします」との申し入れに3人が承諾してくれた。
「よし、これで建物を残せる」
そう安堵してカネヰ醤油代表に購入の意志を伝えた。畑本さんの熱心さに「彼なら先代から受け継いだ歴史的建造物を確実に未来に残してくれるはず」と緑葉社で購入できる運びになった。しかし、その額諸費用込みで8000万円。問題はそれをどう具体的に工面するかだ。
市民出資の緑葉社では資金繰りは厳しい。さらに新型コロナの影響もあり、話が暗礁に乗り上げた。
その後、金融機関は「リスクが大きすぎて融資はできない」と認めなかったのだ。そこで、畑本さんは思い切って不動産開発を目的に据えた会社を新たに設立。地元企業3社からエンジェル出資3000万円を受け、残り5000万円は個人保証で銀行借入を起こして資金繰りをすることにした。
つまり"自腹"だ。畑本さんは、一世一代の“大博打”に出たのだ。「たつの城下町のランドマークを残さなければという使命感だけで突っ走りました」。
さらに勝負に出る。醤油蔵跡地を取得し「ゐの劇場」と名付けた舞台でアートイベントを、別に立ち上げていたNPO法人主体で企画決行。助成金などを利用した3000万円規模のイベントだったが、売上が伸びず600万円の赤字。事業化して利益を出すための作戦だったが、結果は大炎上だ。
「地獄でした……。焦りだけが先立って、頭が狂っていましたね。すでに緑葉社名義で3000万円、自分が代表や理事を務めるNPOや一般社団法人で6000万円、そこにさらに醤油蔵のための5000万円の個人保証での借入……。どう切り替えたらいいのかまったくわからない状態にまで陥り、資金繰りが悪化しました」
合計1億4000万円。こうなるとどうにもならない。やれることを一つひとつ片付けていくしかなかった。畑本さんは自ら主宰する複数の団体の事務所をすべて畳んで一本化。緑葉社で取得した不動産を、1軒1軒借り手を見つけて不良在庫は時間をかけて売却した。
スタッフもグループ全体で100人ほどいたが、最後には父、妻、畑本さんの3人が残った。当然、スタッフとの衝突は避けられなかった。「全部めちゃくちゃや」と畑本さんへの批判が大きく、その訴えはもっともだった。だが、それでも債務整理をするしかなかった。2021年から2022年の2年間は、眠れぬ夜が続いたという。
「僕の暴走のツケが当時のスタッフの皆さんにまで及んでしまったのは本当に心苦しく、今でも申し訳なく思っています。あの張りつめた状況下でも、たつの城下町を明日に繋いでいくためにと、残って活動を継続してくれている役員やスタッフもいまして、ただただ感謝の気持ちでいっぱいですね」
■「大きな失敗した人間と組みたい」
絶望の日々。しかし、そこへ“救世主”が現れる。
ある日、地元の経営者が緑葉社で抱えていた買い手のつかない100万円相当の在庫物件を500万円で買い取ってくれた。他にも複数の経営者が同じように手を差し伸べてくれた。ある経営者は言ったそうだ。
「ロマンばっかり見てる君みたいなやつがおらんとな、世の中変われへんねん。俺はな、失敗したやつと組みたい。1回暴走して死にかけたやつやから信頼できるんや。俺は、この先君とやりたいことがある。だからなんとか生きとけよ」
2024年8月、長年抱えていた物件の債務整理に目処がついた。“地獄”を救ってくれた経営者たちの恩義を胸に、第2フェーズのスタートラインに立つことができたのだ。
現在、自分の「失敗」をすべてオープンにしたうえで、地元を盛り上げてくれる人たちと、コラボしている。例えば、地元のバス会社や外部事業者と組んで前出の「ゐの劇場」や空き家を観光拠点として整備し、姫路市とたつの市を結ぶプロジェクトを進めている。
緑葉社を承継して約10年間。龍野地区だけで町家80棟を買い取って改修し、40店舗を誘致した。緑葉社の管理物件は100を超えている。そうした活動を評価して、「おもしろそうだから出資しておきたい」という人も最近増えている。
■たつの城下町の暮らしを、100年後も引き継いでいくために
不動産開発には「敷地に価値なし、エリアに価値あり」という、まちづくりの考え方がある。この理念に沿うように、畑本さんは町を「面」と捉えて進めてきた。
「1棟1棟を個別にデザインするのは、まちづくりに繋がりません。観光のための乱開発もまた、昔から育まれてきた暮らしを奪ってしまいます。まず世帯ごとの暮らしに主眼を置き、暮らしやすいまちにしながら、観光と共存させていきたいです」
「こんにちは」と挨拶をし、家の前や店の軒先をきれいに掃除する。かつて武士が住んでいた城下町の作法が息づいているからこそ、まちの調和が維持できている。「建物や文化を未来へ引き継いでいくことが、本当の意味でのまちづくりだと思うんです」と力をこめて話す。
並々ならぬ熱意で取り組んできた畑本さんの重伝建のまちづくりは、地域経済ビジネスコンテスト「POTLUCK AWARD(ポットラックアワード) 2024」(三井不動産、NewsPicks共同主催)で、今秋、142社の中から準グランプリに選ばれた。
歴史的建造物つまりハード面を、補助金に頼らず市民出資でまちづくりを進めてきた実績が評価されたという。
周りからはまちづくりのノウハウをフランチャイズ化して広めることをすすめられるが、本人は首を振る。たつの城下町に心を奪われて、一度は死にかけながらも精力的に活動を続ける畑本さんはこう言う。
「まちづくりでいちばん大切なのは、地元を知り、土地に根差して活動する人が覚悟を持つこと。腹を括った人がいる地域ならどこでもアドバイスにいきたいですね。僕の拠点はあくまで、たつのですが、助言に行くたびに馴染みの店ができて『おばちゃんただいま!』『おっちゃんひさしぶりやなあ』と言えるようなまちが全国にできたら、最高っすね」
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フリーランスライター
1979年生まれ。ジャンルレスで地域のヒト・モノ・コトの魅力を伝えるフリーライターとして活動中。兵庫県在住。
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(フリーランスライター 野内 菜々)
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