小4で哺乳瓶を使いたがる子は「ママからミルクもらえなかった」と呟いた…親と離れた子が"大人を試す"理由
プレジデントオンライン / 2024年11月20日 8時15分
※本稿は、林浩康『里親と特別養子縁組 制度と暮らし、家族のかたち』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■養育者との関係や許容範囲などを確かめる「試し行動」
生みの親から引き離され、新たな養育者と関係を形成することの子どもへの影響と、それに伴う子どもの困難を理解した上で、子どもの育ち直しの過程を適切な対応により確保する必要がある。被害体験や喪失体験を抱えた子どもは、安全かつ安心な環境に身を置くことで、養育者との関係や許容範囲などを確かめる「試し行動」や、「赤ちゃん返り」といわれる退行を起こす場合もある。
養育者がこうした行動を否定せず受け入れることは、子どもと養育者との関係形成上、必要不可欠である。養育者として対応に苦慮するときや、対応方法が見つからないときは、公的養育者として他者に協力を求めることが大切である。実子を養育したなどの過去の養育経験が、むしろ育ち直そうとしている子どもの養育を妨げる場合もある。
不妊治療を経てようやく授かった実子でも、育児で余裕を失い、「思い描いていた生活と違っていた」などの悩みが出てくることも考えられる。子育てには喜びの反面、難しさがある。大変でも徐々に状況が上向くならばよいが、出口が見えなければ、大変さが増すばかりである。生みの親も里親も養親も、同様にそのような状況に陥ることがある。
■支援を求めることは、養育者としての力量
ただ、里親や養親の場合、中途からの養育であるがゆえに、その危険性が比較的高いといえる。自分たちの意思で始めた養育だから、その大変さのすべてを自分たちで背負い込むといった考え方が、自身をさらに追い込む。養育が困難な状況になった場合、家庭内で抱え込むのではなく、速やかに他者の協力を求めることも大切である。養育者が養育について悩むことや思案することは、よりよい養育を目指すからこそである。支援を求めることは、養育者としての力量として捉えられる。
井上さん夫妻(仮名)は、受託した子どもを4年間里親として養育した後に養子縁組した。現在は日々元気に小学校に通っているが、最初の3年くらいは、試し行動、情緒不安、固執、不眠、過敏症があって悩まされた。児童相談所に相談すると、民間の子ども教室や地域の子育てセンターに通って、子どもと手遊びや身体の柔軟性を高める遊びをすることを勧められた。心がやわらぐような楽しい遊びを親子一緒にするうちに、親子関係もずいぶんと落ち着いた。
■乱暴な行動や嘘をつくなど、振り回される日々
田中さん夫妻(仮名)は、虐待を受けた子どもを里親として受託して2年が経過した。当初、乱暴な行動や嘘をつくことがあり、過食、頻繁に風邪を引くなど、子どもに振り回される日々が続いた。複雑な家族関係の中で被害体験を抱えていたことを、児童相談所の職員から口伝えで聞いていたが、それだけでは子どもの行動を理解できず、何度も児童相談所に相談して子どもの行動の意味や対応の理解に努めた。
児童相談所の児童精神科医の診察も希望し、半年以上経ってようやくその希望は叶ったが、継続的な診療を受けることは困難であった。しかしながら行動の意味や対応方法が徐々にわかるようになり、ときに子どもが見せる笑顔に救われるようになってきた。
黒澤さん夫妻(仮名)は、長期にわたって虐待を受けた高校生を受託した。年齢が高くなってから保護された子どもの養育は困難なことが多い。黒澤さん夫妻の場合も子どもの背景が複雑すぎて周囲に相談することもできず、問題を自分たちだけで抱え込んでしまいがちであった。委託の際、子どもの成育歴に関する詳細な記録情報はなく、口頭でわずかな情報を得たにすぎない。児童相談所の紹介で、虐待の影響について詳しい医師に相談したところ、子どもの抱えている課題について少し理解できた。
■養育は知識と技術に裏付けられた営み
養育は知識と技術に裏付けられた営みであり、愛情は行動に関する知識や対応方法を理解することで深くなることもある。当初黒澤さん夫妻は愛情と思いやりがあれば子育てはできる、子どもをかわいく思えるようになると思い込んでいた。しかしなかなかそうはならず、むしろ苦しくなっていった。研修などで知識や技術を得ることで、子どもの行動の意味を知り、対応の仕方を学び、子どもに対し優しく関われるようになったと振り返っている。
また子どもが他者に頼りながら生活する大切さを実感するには、養育者自身が人に頼りながら養育することの必要性を理解することが重要であることに気付いた。自分たちだけで抱え込まず他者に引き続き相談できると思うと、養育の困難さには変わりないが、心に余裕が出てきたと感じている。
■「反抗的な行動」や「赤ちゃん返り」をする子どもたち
生まれたばかりの子どもが自分に接する大人を信頼するようになるためには、その大人が自分のあらゆる欲求を無条件に満たしてくれる人だと認識するところから始まる。中途養育においても、信頼関係を築くためには、ある一定の時期においては子どもの要求のすべてを聞き入れ、子どもに危害が及ばない限り、どのような行動をとろうとも、引き受ける必要があるといわれている。しかしながら、0歳児ではない子どもにそうした対応をするには大きな困難を伴う。
里親として子どもを迎えてからしばらくの間は、子どもは緊張していることもあり、よい子として振る舞ったり、周囲を観察しながらおとなしくしていることが多く、「見せかけの時期」といわれる。
約1週間ぐらい見せかけの時期が続いた後、幼児期・学童期の子どもであれば、反抗的な行動や赤ちゃん返りといった行動をとる。たとえば自立していた排泄を失敗する、ずっと養育者のそばにいたがる、好きなものしか食べない、哺乳瓶を使いたがるなどである。子どもによっては、嘘をつく、養育者の見えないところでいたずらをするなど、「こういう自分でも受け入れてくれるだろうか」と、あたかも子どもが養育者の許容範囲を確かめているような行動をとることがある。それらは、この先どんな生活が待ち受けているかわからないことに対する大きな不安感の表れであるともいわれる。
■ぬいぐるみを子どもがハサミで切ってしまい…
小学校高学年で受託した谷口さん夫妻(仮名)の子どもは、当初トイレではないところで排泄の失敗をしたり、同じ色の洋服しか着なかったりした。児童養護施設では問題なくできていたので、赤ちゃん返りのような行動だと思い、受け止めていた。「この家にずっといていい」ということを伝えるとともに、一つひとつの行動を叱ることはせず、淡々と処理していくとそういった行動も収まった。
鈴木さん夫妻(仮名)は4歳の子どもを受託したばかりのとき、あらかじめ用意していたぬいぐるみを子どもがハサミで切ってしまった。「物を大切にしてほしい」という気持ちが伝わるように、切ったところを縫って棚の上に置いた。それを子どもが見ていたので「けがをしたので治したよ」と言ったら、「誰がやったか知っているよ」と言ったが、「ふ~ん」と応えるだけで追及しなかった。こんな悪いことをする自分がここにいていいのかというアピールではないかと思い、叱りはしなかった。こうした対応を継続することで、徐々にそうした行動も収まっていった。
■哺乳瓶で牛乳を飲み続ける子ども
北原さん夫妻(仮名)は受託した3歳の子どもが哺乳瓶に興味津々だったので、哺乳瓶で牛乳を飲ませた。約1年半経ったとき、哺乳瓶を気に入って牛乳ばかり飲んで栄養が偏らないか不安になり、哺乳瓶を割ったことにし、「飲みたくなったら、また考えよう」と伝えた。小学4年生のとき、子どもがまた哺乳瓶を使い始めた。吸い口が裂けて牛乳が大量に出るようになったので買い直したら、今度は少しずつしか出ないので口が疲れて使わなくなった。のちになって、「ママ(実母)からミルクもらえなかった」とぼそっと言ったことがあり、今思うと、子どもが満足するまで哺乳瓶を使わせればよかったと思っている。
里親による養育の最大の特徴は、これまで繰り返し述べてきたように、子どもを中途から養育することにある。中途養育には児童相談所など支援者からの情報や助言が必要となるが、里親仲間との対話も非常に参考となる。子どもを受託してから地域の里親会に入会し、仲間づくりを始めるのではなく、里親登録と同時に入会し、里親サロンや親睦会の活動を通して知り合いを広げていくことが望ましい。
また、養子縁組を希望する里親同士で話してみると、他とは違う共感や養育上のヒントが得られることもある。子どもの年齢や性別、成育過程などで自分と似たような経験をしている里親と交流することで、大きな気付きが得られる場合もある。
■里親会の集まりや他の里親とのコミュニケーションが助けに
哲也さん、恵さん夫妻(仮名)は、5歳の麻美ちゃん(仮名)との施設での交流を終えた。その後、自宅に麻美ちゃんを迎え入れた当初は、とてもおとなしく、年齢相応にできることをさっさとし、食事もしっかり食べてくれていた。
ところがその1週間後ぐらいから、家中の引き出しを開けて物を出すことが始まり、ご飯を食べたと思ったら「何か食べたい」と言い出し、物を出している以外の時間は何か食べているという状態が続いた。恵さんは、最初の2~3日は哲也さんが帰ってくるまでに部屋をきれいに片付けていたが、そうした余裕もなくなった。哲也さんは帰宅後、家の中の状況に戸惑いながらも、研修で聞いた通りの事態に納得していた。
その後、大人の何人分もの量をひたすら食べ続ける過食と、食べるのに飽き、お茶やお菓子を床にまき散らす行動に移ったが、恵さんが「もうどうにでもなれ!」と麻美ちゃんの要求に応じることで、1週間くらいでそうした行動も収まった。その後に始まったのが、抱っこをせがむ、噛む、叩くといった行為であった。何か気に入らないときに噛みついたり、叩いたり、哲也さんにおもちゃの包丁をもって向かっていったり、外へ出るときにはいつも抱っこを要求したりした。夫婦で「これを受け入れてあげなければ」と思い対応することで、そうした行為も徐々に収まった。
その間できるだけ里親会の集まりに顔を出し、自身の思いを吐き出し、また里親会で知り合った里親と電話やSNS(LINEなど)で気持ちのやりとりをしながら子どもに接することで、自分たちだけで抱え込まずに対応することができた。
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日本女子大学人間社会学部教授
大阪府生まれ。北星学園大学助教授、東洋大学教授などを経て、現職。専門分野は社会福祉学。著書に『児童養護施策の動向と自立支援・家族支援』(中央法規出版)、『子ども虐待時代の新たな家族支援』(明石書店)、『子どもと福祉』(福村出版)など。
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(日本女子大学人間社会学部教授 林 浩康)
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