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豊田章男会長は「かっこいい!」と叫んだ…トヨタ悲願の「空飛ぶタクシー」実現を叶えた、亡き祖父との"約束"

プレジデントオンライン / 2024年11月11日 13時15分

空飛ぶクルマ「eVTOL」の試験飛行に立ち会ったトヨタ自動車の豊田章男会長(右)とジョビー・アビエーションの創業者、ジョーベン・ビバートCEO=11月2日、東富士研究所(静岡県裾野市) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■空を飛ぶ夢を追ったエンジニアだった

トヨタが創業したのは1937年。定款には自動車製造だけでなく、航空機製造販売も入っていた。同社を創業した豊田喜一郎は現在の会長、豊田章男の祖父である。

喜一郎は国産自動車の製造だけでなく、航空機にも関心があり、創業から6年たった1943年、太平洋戦争の真っただ中であるにもかかわらず、2人乗りヘリコプターの試作機を完成している。

戦後の1950年、喜一郎は労働争議で会社を追われたが、ひとりのエンジニアに戻った後、世田谷にあった自宅で少数の部下とともに小型ヘリコプターの設計に励んだ。

喜一郎は自動車製造だけでなく、空を飛ぶ夢を追ったエンジニアだった。

2人乗りヘリコプターの試作から80年たった2024年11月2日、喜一郎の孫でトヨタ会長の豊田章男は静岡県裾野市にある東富士研究所にいた。

■「かっこいい!」

その日、トヨタが協業するアメリカの航空ベンチャー企業、ジョビー・アビエーションが開発した空飛ぶクルマのデモフライトが行われる予定だった。だが、悪天候のため、デモフライトは中止。豊田章男は集まった関係者、報道陣とともに10月下旬に実施された試験飛行の動画を視聴したのだった。

動画が流されると、裾野市の空を舞うジョビー・アビエーションの機体には「TOYOYA」と大きく書いてあることがわかった。

終了後、感想を聞かれた時、豊田は「かっこいい!」と声を放った。

「富士山をバックにジョビーの機体が日本の空を舞う。それはもうかっこいい。私は海外から帰ってきて、飛行機のなかから富士山を見ると、日本に帰ってきたんだなという気分になる。ぐっと来るんです」

豊田章男の頭にあったのは協業している会社の機体の試験飛行が成功したことだけではなかっただろう。祖父、喜一郎以来の空を飛ぶ夢がかなったという事実をかみしめていたと思われる。

「空飛ぶタクシー」注目の機体。座席スペースはトヨタのジャパンタクシーと同じくらいの広さで快適だった
撮影=プレジデントオンライン編集部
「空飛ぶタクシー」注目の機体。座席スペースはトヨタのジャパンタクシーと同じくらいの広さで快適だった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■ジャパンタクシーと同じくらいの広さ

トヨタがジョビー・アビエーションとの協業を始めたのは2019年だ。2020年には3億9400万ドルを出資、同時にトヨタ生産方式を土台にした生産技術などの移転、電動化部品の供給を始めている。その後も追加出資を重ね、累計投資額は9億ドルとなっている。

ジョビー・アビエーションの従業員数は2000人で、事業はeVTOL(電動垂直離着陸機)の開発、製造と空のタクシーサービスの運航だ。

機体を製造するだけのメーカーではなく、乗客を乗せて輸送するサービス事業の会社でもある。

さて、11月2日には試験飛行の動画を視聴するだけでなく、機体の実物を見ることもできた。また、設計思想などのプレゼンテーション、部品の展示、そして、フライトシミュレーターでの模擬操縦に挑戦することができた。空飛ぶクルマの全貌を公開するイベントだった。

ジョビー・アビエーションのeVTOLは全長が6.4mで、翼の長さは11.9m。座席はパイロットを入れて5席。航続距離は最大160kmで、巡航速度が時速320キロである。人が乗り込むキャビンだけだとトヨタのジャパンタクシーと同じくらいの大きさだった。

操縦席の様子
撮影=プレジデントオンライン編集部
操縦席の様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■東名高速で1.5時間の距離が「たった25分」

同機は高さ500メートルくらいまで上昇することができる。ただ、実際の飛行では地表から100メートルまでの高さで運航するという。そして、東富士研究所のある裾野市から都心までの飛行時間は約25分。通常、裾野市から陸路で東京まで移動すると、東名高速を利用しても1時間30分はかかる。休日であれば東名高速が渋滞してしまうから、3時間かかることも稀(まれ)ではない。実用化され、商業運航が開始されれば「乗りたい」と思う人は確実にいるだろう。

当日、カリフォルニアに本社があるジョビー・アビエーションからは多数のエンジニアが来日して、報道陣、関係者への説明にあたっていた。

同社は24年末までに4機目の試作機を制作中。いずれは量産して年間500機を生産するという。そうなれば文字通り、「空飛ぶタクシー」として各国で使われるようになるのではないか。

2025年にはドバイで商業運航が始まる。利用料金はまだ決まっていない。同社幹部は報道陣の質問に答えて「できればウーバーのブラック(プレミアム)サービスと同程度にしたい」と言っていた。いくらになるかは推測もできないが、少なくとも法外な価格ではないことだけはわかる。また、来年の大阪万博でデモフライトすることもほぼ決まっている。

将来は年間500機の生産を目指すという。すでにドバイでは来年、商業運行が始まる予定だ
撮影=プレジデントオンライン編集部
将来は年間500機の生産を目指すという。すでにドバイでは来年、商業運行が始まる予定だ - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■モーターが2つ停止しても飛行できる

プレゼンテーションのなかで、同社のエンジニアが強調していたのが機体の「静粛性」と「冗長性(リダンダンシー)」だった。

日本にも空飛ぶクルマの機体製造会社はあるが、いずれの会社の機体スペックを見ても、速度、航続距離といった機体の性能を第一に掲げている。ジョビー・アビエーションのように「静粛性」「冗長性(リダンダンシー)」を声高に主張しているところはない。

ふたつの特徴のうち、冗長性は耳慣れない言葉だ。英語ではredundancyと言い、システムや構造を二重化して予備手段を持つことである。つまり、飛行中、事故が起こっても、墜落しないような安全構造にしてあるという意味だ。機体には飛行のためのモーターが6個ついている。エンジニアによれば、うち2個のモーターが停止しても、飛行に問題はない構造にしてある。

次に「静粛性」だ。同社エンジニアは静粛性の価値について、こう言った。

「ジョビーの機体の革命的なところは乗っていて静かなことです。たとえばヘリコプターに乗っていると騒音がします。90dBA(dBA=サウンド、ノイズの単位)です。そして、トラックが走っている音が80dBA、家庭にある掃除機の騒音が75dBA、人が近くで話しているのが60dBAです。それに比べると当社の機体に乗っている騒音は45dBA。機内では会話が楽しめます」

■操縦は驚くほどかんたんだった

もうひとりのエンジニアはこう言った。

「当社の機体は会話を楽しみ、快適に乗ってもらうために作りました」

私たち乗客は荷物ではないのだから、騒音のなかで座っているよりも、ストレスのない環境で移動したい。ジョビー・アビエーションのエンジニアはそこのところをよくわかっている。モビリティに乗る時の楽しさを承知して設計している。そして、思えばモビリティに乗る楽しさを追い求めているのはトヨタも同じだ。

プレゼンテーションの後、わたしはフライトシミュレーターの操縦席に乗ってみた。

ジョビー・アビエーションのエンジニアに手を引っ張られたので、嫌々、操縦席に座ったのである。おそるおそる試したのだけれど、やってみたら操縦は簡単そのものだった。ゲームセンターで遊ぶのと変わらない。

操縦に使うのはふたつのバーだけ。右手のバー(操縦桿)が上昇下降と旋回、左手のバーがスピードの調節。商業運航の場合、操縦するのはパイロットだ。もちろん資格がいる。しかし、操縦そのものは飛行機やヘリコプターよりもはるかに容易といえる。自動車を運転することと変わらない。普通の人でも操縦できないことはない。

フライトシミュレーターはよくできていて、浮遊感、スピード感は実際に飛んでいるかのようだった。

フライトシュミレーターを体験。操縦に使うのはふたつのバーだけで意外なほどシンプルだった
撮影=プレジデントオンライン編集部
フライトシュミレーターを体験。操縦に使うのはふたつのバーだけで意外なほどシンプルだった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■なぜ豊田喜一郎は空を目指したのか

ジョビー・アビエーションの創業者、ジョーベン・ビバートはあいさつでこんなことを言っていた。

「私はトヨタの車が好きで、初めて買った青のピックアップにまだ乗っている。仕事でもまだそれを使っている。車の運転も大好きだ」

自動車が普及したのは老若男女、誰もが簡単に運転できるからだ。ジョビーの機体も自動車のように操縦が簡単だ。空飛ぶクルマが普及するかどうかは自動車のように簡単に操縦できるかどうかも重要な判断材料となるだろう。

前述したが、ジョビー・アビエーションの機体開発にはトヨタが協力している。同社が持つ車の技術が機体の性能を向上させている。一方、機体開発で得た知見をトヨタは車の技術に回帰させてもいるだろう。

つまり、車の技術と空飛ぶクルマの技術はお互いを向上させているわけだ。

豊田喜一郎が小型ヘリコプターの開発に手を付けたのも、空を飛ぶための技術がいつか自動車の技術にも役立つと信じたからではなかったか……。

トヨタはジョビーへの追加出資を決めた。2社で「空と陸のシームレスな移動を実現したい」としている
撮影=プレジデントオンライン編集部
トヨタはジョビーへの追加出資を決めた。2社で「空と陸のシームレスな移動を実現したい」としている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■飛行機を作った国が作る車はぜんぜん違う

かつて、インタビューしたことのある自動車の名エンジニア、桜井眞一郎が飛行機と車の関係について、こんな話をしていたことがある。桜井はプリンス自動車、日産で名車スカイラインの開発をした伝説のエンジニアだ。

桜井は言った。

「日本、アメリカ、イギリス、スウェーデンといった飛行機を作った国が作る車と、中国、韓国みたいに飛行機を作っていない国の車はぜんぜん違うんだよ」

私は素直に「いったい、どこが違うのですか?」と聞いた。

桜井はこう答えた。

「そりゃあ、キミ、空を飛ぼうと思ったことのないエンジニアが作った車なんて、まったく面白くないんだよ」

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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