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「離婚して夫に子どもの親権も渡したい…」遺書を用意するほど追い詰められた母親を救ったテレビ番組の一言

プレジデントオンライン / 2024年12月2日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

イスラエルの社会学者が書いた書籍『母親になって後悔してる』は、日本でも大きな反響を呼んだ。母親になったことへの後悔を語る日本の女性たちを取材した、NHK記者の髙橋歩唯さんとディレクターの依田真由美さんによると、そのうちの1人は「逃げてはいけない」「絶対に責任を放棄してはいけない」と思うほど余計に追い詰められ、子どもを望む人に育ててもらうという選択肢も考えていたという――。(第3回/全3回)

※本稿は、高橋歩唯、依田真由美『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)の一部を再編集したものです。 

■「産後うつ」だったのかもしれない

あるとき子どもを手放すことが頭に浮かび、インターネットで子どもを欲しがっている家庭との仲介団体を必死に探しました。子どもがいないときは仕事が生きがいで、夫婦すれ違い生活になろうが評価されることに嬉しさを感じていました。今はひとり取り残されているような気がしてならず、時折、仕事に行く女性を見ると、母親になったことは間違いだったのではないかと自問を繰り返している日々です。
(石川朱里さん 投稿フォームより。2022年5月)

30代後半の石川朱里さん(仮名)は、小学生になるふたりの子どもを育て、夫と4人で暮らしている。第1子の妊娠後、仕事を辞めて専業主婦になった。

第2子の出産後、結局子育てを一手に引き受けることになってしまった石川さんの心の状態は悪化していった。気分が落ち込んで、喜怒哀楽が激しくなったようにも感じた。

第2子が生まれてすぐ、保健師や助産師が自宅で様子を観察する「新生児訪問」のときのことだった。訪問した担当者が、石川さんの目が充血しているのを見て、「寝不足ですか? 産後うつということもあるから気をつけてね」と言った。

そう言われたときにはじめて、自分が「産後うつ」なのかもしれないと、はっとしました。一番すごかったのはふたり目を産んだあとで、この子たちを残して死にたいなって思っていました。ネットで「産後うつ」のチェック項目を調べたら、眠れないとか、悲しくなるとか、明らかに当てはまると感じるものばかりでした。そのときに、病院で診てもらえばまた違ったのかもしれないと今になれば思うんですが、当時は受診してみようとは考えませんでした。

「産後うつ」は、出産した人の10人に1人がなるとされている。その対策にもなるとされる産後の心身のケアは、2014年度に国のモデル事業として取り組みが始まってから注目される機会が多くなり、「産後うつ」の存在もメディアなどで取り上げられることが増えていった。石川さんが第2子を出産した2010年代半ばは、まだ国の事業が始まって間もない時期で、現在ほど認知は進んでいなかった。

■「このままだと子どもを殺してしまいます」

石川さんのように心身の不調があっても病院を受診しない母親は少なくない。民間の調査では、約8割の女性が産後に心身の不調を感じたものの、病院を受診したのは2割にとどまっていたという結果も出ている。石川さんも、自分が産後うつかもしれないという懸念が浮かんでも、医学的な対処が必要なのではないかと思うことはなく、受診には至らなかった。

第2子の出産後しばらくしてあった第1子の3歳児健診で、石川さんは再び自分の状況を打ち明けた。極限の状態に到達して吐き出した言葉は、ようやく行政の支援の網に引っかかった。

どんどん溜まるモヤモヤをどう発散したらいいのかわからなくて、がけっぷちに追いやられていくような感じでした。

やっと行政がまともに話を聞いてくれたのは、上の子の3歳児健診で「このままだとこの子を殺してしまいます」って言ったときでした。担当者の顔色が真っ青になって、別の部屋に案内されました。カウンセラーみたいな人が出てきて、そのとき初めてじっくり聞いてもらうことができました。この時期、子どもに手が出てしまうことがありました。それを相談したら、カウンセラーの人は「本当に虐待している人は隠そうとします」と言いました。「でも石川さんは、どうしたら良いか分からないから悩んでいるんですよね」と言われて、縛られていたものからやっと少し解き放たれたような、心がすっとしたような気がしました。

ひとりで抱えていた大きな不安を話すことができ、ようやく誰かに気持ちを受け止めてもらえたと感じることができた。一方で、面談によってすぐに具体的な解決の糸口が見つかるわけではなかった。

面談は、子どもの体にあざがないかを確認されて、「あざもないし子どもが怯(おび)えている様子もないから大丈夫」と言われて終わりました。カウンセラーの人は「ほら、子どもが心配そうに見ている。こういう反応をするのは手をかけている証拠です」とかって、何か言うと全部いいふうに持っていくんですけれど、具体的に「こうしてみませんか」っていうことはありませんでした。子どもを愛せないということも言いましたが、「それはいっときだけだから」と言われました。

子育てに悩む親のなかには、肯定されることで自信がついて救われる人もいる。しかし、このとき石川さんは、自分が口にした率直な気持ちが全てポジティブな方向に変換されることで、具体的にどう解決していったらよいのかという問いからは目を逸らされているように感じた。

自分の感情をコントロールできずに子どもに手を上げてしまう石川さんが必要としていたのは、より具体的な提案をしてもらうことだったが、切実な悩みに対して一緒に対策を探してもらえたと感じることはできなかった。

赤ちゃんを抱きしめながら疲れてストレスを感じている母親
写真=iStock.com/kieferpix
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kieferpix

■「子どもの命に関わることがない限りは救ってくれない」

行政からは「要観察にしてあげる」と言われてその後、電話でやりとりがありましたが、「こうしたらどうですか」という提案はなくて、正直、話を聞くだけなら誰にでもできるのではないかなとも思ってしまいました。

子どもの命に関わることがない限りは救ってくれないんだなって。助けを求めても、結局こんな感じなのかなって思いました。虐待の事件をニュースで見るんですけど、虐待する親の気持ちも分からなくないって、本当に追い詰められていくんだって思いました。必ず助けを求めるサインは出していると思うんです。でもなかなか気づかれない。本当にスカスカのザルなんだって感じます。

様々な手段で伝えようとしてきたサインはなかなか察知してもらえず、「行政に頼っても仕方ない」という諦めの気持ちを抱くことに繋がっていった。

■追い詰められ、特別養子縁組も考えた

石川さんは、家庭を維持し、子どもたちを育てていくことはもう限界だと感じていた。実母に相談すると、「母親なんだからしっかりしなさい」と叱られ、かえって「逃げてはいけない」、「絶対に責任を放棄してはいけない」と思うほど追い詰められた。本当に方法はないのかと探すうち、子どもを望む人に育ててもらうという選択肢もあるのではないかと思うようになった。

上の子が5歳くらいのとき、特別養子縁組についてインターネットで調べて、仲介業者のホームページで申し込みの方法も調べました。ぎりぎりのラインにいて、あとひとつ何かが起きていれば越えていたかもしれませんが、結局もう一歩踏み出す勇気がありませんでした。

互いに協力しあうはずの夫は、妻が家庭のことを全て担うのが当然だという態度で、感謝やねぎらいの言葉はなかった。子育てのストレスが重なり、夫にもう投げ出したいという気持ちを伝えると、「母親失格だ」という言葉が返ってきたこともあった。

「母親失格」と言われたとき、何も分かっていないなって、この人に頼ろうとするのはやめようと思いました。夫とは離婚を真剣に考えています。親権も渡したいって考えています。最低な母親だって世間からはバッシングの嵐だと思います。母親なら子どもを絶対手放したくないはずだって。でももう、夫に全部見てもらいたいです。

■「誰も助けてくれないし、言えば『悪』だと判断される」

自分はここまでひとりで子育てを担ってきたのだから、離婚後は経済的に安定した夫に子どもたちの世話を任せたいと、親権放棄についても繰り返しインターネットで検索した。

子どもがスキンシップをとろうとしてくると、触れられることが苦痛でたまらなかった。家族と離れる方法を探し続けた。

外出先で子どもが「手をつなごう」って、無邪気にしがみついてくるんですけれど、それが正直重いなって。子育てを通して私の中の何かが壊れてしまった気がします。ピキッて、ひびが入って、心がロボットになってしまったと思います。

みんな、「母親の受け皿を作ります」って言っているけど、誰も助けてくれないし、思い切って誰かに言えば「悪」だと判断される。私にとって子どもがいることは足かせとしか思えないです。重りがついて、自由に飛ぶこともできない。羽を取られたという感じです。自分自身も幼い性格で、子育てには向かないと分かりました。もしあのときに戻れるなら、産まない選択をしたいです。

■1年後の取材で心境に変化

2022年秋の取材で石川さんと話したときのことは、その後、何人もの母たちに取材を重ねても頭から離れることはなかった。同じ年の12月、「母親の後悔」を扱う番組を放送することを伝える連絡をしたあと、番組の感想や生活の状況をメールでやりとりすることはあったものの、直接話す機会はないまま1年あまりが過ぎていた。

あの時、つらい話をするときにも顔色を変えることなく淡々と話していた石川さんは、今も自分をロボットのようだと感じて、毎日を過ごしているのだろうか。本書を出すにあたって石川さんの話はどうしても聞きたいと感じた。メールを送ると「今でも番組の動画を携帯で見返すことがあります」と返事があった。その後、何度か取材の依頼をすると、再びオンラインで話をする時間をもらうことができた。

2024年1月、画面越しに協力に対して感謝を伝えると、石川さんは「お久しぶりです」とにっこり笑った。取材が始まってからも、石川さんは今の生活の話や世間話をしながら頻繁に笑顔を見せた。その表情から受ける印象は、前回とは全く異なるものだった。この1年で何かあったのかを尋ねると、思いがけないことを明かした。

■「親でいようとするほど、自分を追い込むことになる」

実は最初に取材を受けた時期、遺書の準備をしていました。孤立していて、ストレスを人に吐き出しても跳ね返される。どこにも行き場所がなくて死にたいと思っていました。睡眠薬を大量に飲んだこともあったけど、死ねなかった。死に方を探してネットサーフィンしていたときに偶然、あの記事を見つけて投稿フォームに連絡して取材を受けました。取材を受けてからもしばらくは同じような状態だったけど、その後、自分の中で心境の変化がありました。

あのとき取材で話を聞いておきながら、危機を察知せずに何もしなかった自分を恥ずかしく思うと同時に、石川さんが生きていてくれたことに深い感謝の気持ちが込み上げてきた。何が石川さんの心境を変えたのか。それは、番組に登場した母親の言葉だったという。

番組をやるという連絡をもらって見てみたら、出演していたお母さんが「母親をやめてファンになる」と言っているのを聞きました。そのとき、こういう考え方もあるんだって、何かが開けたような気持ちになりました。親でいようとするほど、しっかりしなきゃと思って自分を追い込むことになる。そうならないために、この考え方が自分には合っていると感じました。

周囲から「母親の責任」を絶え間なく問われ続けた美保さんが、番組で母親としての義務ではなく「ファン」のような気持ちで子どもたちと接するようになったことで心が軽くなったと話した姿を見たことが、石川さんの気持ちを大きく変えたという。

■「アイドルのマネージャー」が近いかもしれない

そこからヒントを得て、それなら自分はなんだろうって考えました。「ファン」というのは自分と子どもの関係とは違うかなと思って、私は「アイドルのマネージャー」という感じが近いのかもしれないと思いました。私はアイドルのお世話をしているという状況かなって。

それなら夫は事務所の社長で、学校はテレビ局かもしれないと思いました。そうやって置き換えて接するうちに、びっくりするほど気持ちが楽になりました。「ママ」って頼まれると「はい、はい?」ってマネージャーが仕事を片付けるような気持ちでやるようになりました。いずれ子どもが独立して社会という「舞台」に立ったとき困らないようにサポートしているんだって、アイドルをプロデュースするような気持ちです。

■離婚を切り出したことで夫にも変化が

番組で見た美保さんの言葉をきっかけに気の持ちようが大きく変わったという石川さんの話は、取材者にとっては嬉しいものだった。ただ、あれほどの苦悩を抱え、カウンセラーに相談しても状況の変わらなかった状態が、たったひとつの言葉で劇的に変化するものなのだろうかという気持ちにもなった。

自分自身の心の持ちようが変わっただけではなく、同じ時期、夫の行動が変化したことも事態が良い方向に進む大きな要因になったようだった。

取材のあと、石川さんは夫に離婚を切り出していた。離婚の話でようやく、夫は妻が極限まで追い詰められていることに気がついたという。夫の同世代の友人には離婚した人がいた。友人から働き詰めで出世はしたのに家庭がめちゃくちゃになったという話を聞き、自分も他人ごとではないと危機感を持ったようだった。職場でも、子育て中の同僚から「子どもの運動会はいつ?」と聞かれたとき、答えられなかったことを周囲から責められ、自分がどれほど子育てを妻に任せきりにしていたかを知った。

■「してもらって当然」から感謝を示すように

この頃から夫は、多忙を極めた業務に余裕がでてきたという外的な要因も手伝い、学校行事に出席し、子どもを連れて遊びに出かけようとするようにもなったという。

高橋歩唯、依田真由美『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)
高橋歩唯、依田真由美『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)

ただ、これまで一緒に過ごしてこなかった父親が子どもたちとの信頼関係をすぐに築くのは難しかった。子どもたちに「パパでは嫌」と拒否されることもあり、夫もショックを受けている様子だった。石川さんは変わろうとする夫をアシストして、お菓子を買ったときには子どもに「パパにあげたら?」と声をかけ、何かときっかけをつくるようにした。子どもは父親が自分のことを知ろうとしてくれていると感じたのか、少しずつ距離は縮まっているという。

家庭内では何をしても感謝も評価もされないと思っていた石川さんだったが、今は夫から感謝や気遣いの気持ちを感じるようにもなった。「してもらって当然」という態度だった夫が、食事を出すときにも感謝を示すようになったことで、これまでと同じように家庭内の仕事をしていても受け止め方がまったく違うようになり、苦痛が減ったという。

■夫は「ダメな総理大臣」

最近は、母親の役割を「マネージャー」として捉えるのと同じように、夫婦の関係を「内閣」になぞらえて想像することもあるという。

夫はダメな総理大臣で、自分はそれを支える官房長官みたいなものかもしれないとも思うことがあります。夫に対して、自分がそういう気持ちで臨んでいることを言いました。そうしたら夫婦の会話にも出てくるようになりました。

夫からは頼みごとがあると「すみません官房長官、ちょっと折り入ってご相談が」って言われて、「どうしたんですか、総理」なんて返します。あんまり大変な相談だと、官房長官の仕事を放棄しています。そうすると、総理がそのぶんやることになります。苦労しながら家事や育児をしている様子をたびたび見るようになりました。

夫とのやりとりをいきいきと話す石川さんからは、ユーモアを楽しむ心が感じられた。今も夫婦の関係は修復の途上にある。夫との離婚を想像する日もあれば、ふたりの関係を肯定的に捉えられる日もあるという。

離婚したい気持ちはまだあります。今もくすぶっていて消えているわけではないですけれど、夫が変わろうとしているのは分かるので、私も我慢はやめようと思います。我慢して壊れるくらいなら正直に言えばいいやって考えています。離婚届はPDFのデータでまだパソコンの中に入っています。しばらくはこのまま、お守りのような気持ちで持っていようと思います。

■「愛情を持てない」気持ちは変わらない

今は、子どものそばにいることがずいぶん楽になったという。一方で、カウンセラーから「いっときだけ」と言われた、子どもに愛情を持てないという気持ちは変わっていない。

義務だと思うとつらくて子どもから離れたかったのですが、一緒にいることが苦しくなくなりました。子どもも私の変化に気づいて、「ママ、いまトゲトゲしてない」って言います。

でも、子どもに愛情を感じるかというと、今もそうではないです。親権を放棄したいなんて考える母親は魔女みたいに言われますけれど、母親は神様にはなれません。

1年前、私が石川さんの心の状態に気づかなかったように、今も取材で石川さんのすべてがわかったとはいえない。まだ誰にも話せていないことがあるかもしれない。夫や子どもに対する思いが揺れ動く瞬間もあるだろう。ただ、先の見えなかった苦しい状況が何かのきっかけで変化することもあると、石川さんは自分の経験として伝えてくれた。

この先、状況が改善することもあれば、悩みを深める出来事が起きることもあるかもしれない。その度に、過去にあった出来事を語る言葉は、肯定的にも否定的にも変わるだろう。今後の変化が、石川さんにとって少しでも良いものであってほしい。

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髙橋 歩唯(たかはし・あい)
NHK記者
1989年新潟県生まれ。2014年NHK入局。松山放送局を経て、報道局社会部記者。『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)のきっかけとなったWEB特集「“言葉にしてはいけない思い?”語り始めた母親たち」、クローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」を執筆・制作。家族のかたちをテーマに取材。

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依田 真由美(よだ・まゆみ)
NHKディレクター
1988年千葉県生まれ。2015年NHK入局。札幌放送局を経て、報道局社会番組部ディレクター。クローズアップ現代「“母親の後悔”その向こうに何が」のほか、同「ドキュメント“ジェンダーギャップ解消”のまち 理想と現実」、BSスペシャル「再出発の町少年と町の人たちの8か月」などを制作。若者やジェンダーの問題を中心に取材。共著に『母親になって後悔してる、といえたなら 語りはじめた日本の女性たち』(新潮社)。

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(NHK記者 髙橋 歩唯、NHKディレクター 依田 真由美)

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