「普通においしい」は褒め言葉なのか…外国人には伝わりにくい「曖昧な日本語」の味わい深さ
プレジデントオンライン / 2024年11月13日 18時15分
■肯定か否定かわからない「大丈夫」
【ふかわ】曖昧好きの代表例として、「大丈夫」問題も話しておかなければなりませんね。否定なのか肯定なのかわからない。日本語を学ぶ外国の方は相当、苦労しているだろうなと思います。だって、意味わからないですよね。「OK」も「No thank you」も「大丈夫」なんですから。もう、無理ゲーですよ。
【川添】そうですね。そもそも日本語には文字が三種類あって、漢字にはさらに音読み、訓読みがあって、それだけでもかなり難易度が高い。そのうえ、雰囲気で判断しなければならない言葉が多すぎますよね。「ちょっと」とか。
【ふかわ】ああ、「ちょっと」! これも、いろんな「ちょっと」がありますね。
【川添】「ちょっと、ひと休みする」みたいな「少し」の意味合いもあれば、「それはちょと……」みたいな拒絶の意味合いもありますよね。これは実際に論文で報告されていた事例なのですが(※)、外国の方が日本で仕事の面接を受けたときに、会社側の人が「採用はちょっと難しいですね」と言ったそうなんです。
これはもちろん「不採用です」という意味なんですが、その外国の方は「少し難しい」という意味だと解釈して、「それなら、もう少し頑張れば採用してもらえる」と思ってしまったそうなんです。
※岡本佐智子、斎藤シゲミ(2004)「日本語副詞『ちょっと』における多義性の機能」、『北海道文教大学論集』(5)、65~76。
■はっきり「ノー」と言いたくない
【ふかわ】それって、言葉は「ちょっと」ですけど、かなりの違いですよね。「大丈夫」も同様に、対極の意味がある。それを使いこなしている日本人ってすごい!
【川添】そうですね。もっとも、日本人同士でも誤解を生むことはありますけどね。
【ふかわ】そうでしょうね。でも「ノーサンキュー」の意思を伝えるのに「大丈夫」を使うのって、「ノー」をあからさまに言いたくないからですよね。愛想笑いと一緒で、否定をコーティングしている。それは、日本人は群れの中で「嫌われたくない」という思いが強いからでしょうか。傷つけたくない、悪者になりたくないという。
■レジ会計時に使える「否定言葉」
【川添】それはあると思います。今、ふかわさんが以前、番組で話されていたコンビニでの「いいえ」の話を思い出したんですけど。
【ふかわ】ああ、コンビニに行くと「ポイントカードありますか」「レジ袋いりますか」「お箸つけますか」ってやたらと聞かれるから、それにいちいち「いいえ」を返していると、顔つきが「いいえ」になっていって、やがて「いいえおじさん」になってしまうという話。そうしたら、川添さんが……。
【川添】私は「なしで大丈夫です」って言います、って。
【ふかわ】ギリ肯定(笑)。
【川添】「今日は急いでいるので大丈夫です」とか理由をつければ、否定の「大丈夫」だということが伝わるし、「いいえ」とか「いりません」みたいな直接的な否定の言葉を使わなくて済むんですよね。そういった意味では、「大丈夫」は非常に便利な言葉だと思います。
【ふかわ】「結構です」も使えると思うのですが、考えてみると、「結構」も「大丈夫」も、似た運命を辿っているのでしょうか。
【川添】「結構です」も「大丈夫」と同じように、相手の申し出を承諾するのにも却下するのにも使えますね。あと「OKです」も。
■「fine」も「ヤバい」と同じく二面性がある
【ふかわ】英語でそういう言葉はありますか? やっぱり要らないときは「ノーサンキュー」と言うしかないんでしょうか。
【川添】「I'm fine」に、日本語の「大丈夫です」と同じような機能があるらしいです。「要らない」というときに「No, I'm fine. Thank you」と使うようです。
【ふかわ】英語でもあるんですね。
【川添】そうですね。「NO」をつけたほうが親切なんですけど、「I'm fine」だけでも一応通じることは通じるそうです。
【ふかわ】「NO」をつけないのはたぶん省略的なことなんでしょうね。
【川添】おそらくそうでしょうね。あと、相手を見限るみたいなシチュエーションで「おまえには心底呆れたから、もう期待しない」という意味で、「fine」と言ったりするらしいです。そういう悪い意味の「fine」もあるので、ちゃんと空気を読まないと「OK」なのか「No thank you」なのか、「おまえにはもう呆れたよ」と言われているのかわからない。
【ふかわ】おもしろいですね。「fine」の二面性。「ヤバい」なんかもそうですけど、言葉って、そういう側面ありますよね。二面性という意味では、人間と同じですね。
【川添】そうですね。ひとつの言葉でも、使われているうちにいろんな面が出てくるというか。個人的には、英語の「cool」と「hot」が、もともとは「涼しい」「熱い」っていう反対の意味なのに、どっちも「カッコいい」という意味でも使われるようになったっていうのがおもしろいと思っています。
■真っ向勝負を避ける平和主義の日本人
【ふかわ】曖昧グループには「~的には」というのもありますね。「私的には」とか。「私は」でいいはずなのに、「的には」をつけて、ちょっとぼやかす。あと「あちらのほうで~」という「ほう」。これもちょいちょい薄めて、希釈の役割を務めている。日本人は割るのが上手ですよね。バーテンダー並の割り上手。
【川添】ロックでは勝負しない感じですか(笑)。
【ふかわ】そう! まさに、真っ向勝負を避けている気がします! 戦いたくないんですよ。よく言えば、平和主義。これも国民性ですかね。
【川添】ぼやかす機能をもった言葉には「とか」なんかもありますね。コーヒーを飲むと決めているのに、「コーヒーとか飲む」と言ったり。東京にしか行っていないのに、「東京とか行ってきた」と言ったり。
【ふかわ】接客関係で耳にしがちだから、こういう言葉がなんとなく丁寧に聞こえたり、肌触りが優しい印象になったりすることすらあるんですけど。本来、そういう役目はないですよね? ぼやかすことによって、圧を弱めようとしているんでしょうか?
【川添】そうですね、これも目上の人の前で自分の意見を堂々と言うことが憚(はばか)られた時代の名残のような気がします。
【ふかわ】どこかで薄めたがる習性が残ってしまっているんですね。
【川添】そうなんでしょうね。
■お金の話をオブラートに包む「ギャラ感」
【ふかわ】ついさっきなんですけど、誰かのマネジャーが電話で話しているのが聞こえてきて。そのなかで、私の網に引っかかった表現がありまして。
【川添】どういった表現だったんですか?
【ふかわ】「それでギャラ感なんですけど」(笑)
【川添】ギャラ感!(笑)
【ふかわ】もう、早く報告したかったです。
【川添】いいのが釣れましたね。
【ふかわ】ピチピチしてました(笑)。「~感」。「透け感」とかっていうのも時々耳にしますが。「ギャラ感」って。誰が言い出したのかわからないですけど、おそらく最近ですよね。「ギャラはどうでしょうか?」と言うのは、たとえ芸能プロダクションのマネジャーでも憚られるんでしょうか。オブラートとしての「感」。きっと響きもいいんでしょうね。
【川添】たしかに、響きの面でも、「ギャラ感」は新しいですね。
■語感のいい言葉を広げていく人間の営み
【ふかわ】お金関係だと最近、「予算感」というのも聞くんですよ。ここにも薄め上手がいましたね。
【川添】「感」を動詞につけるのは最近、耳にしますけどね。「やってる感」とか「言ってる感」とか。
【ふかわ】ありますねー。ギャラ感、予算感はこれまでなら「ギャラのほうは~」と「ほう」を使っていたんでしょうけど。音として「感」がチョイスされやすい気がします。もうじき、「ギャラみは?」って言うマネジャーが登場するかもしれません。
言葉って耳から入って口から出るから、入ってくるときに心地のいいものが残っていく気がするんです。入ってきたときは「透け感」だったとして。よく耳にしているうちに、そこから「感」だけを取り出して、他につける。これも「アタッチメント」でしょうか。無意識だと思うんですけど、そういう人間の営みはおもしろいですよね。
【川添】そうですね。他の人が語感のいい言葉を言っているのを見ると、自分も言いたくなりますよね。ついつい真似しちゃう。
【ふかわ】「真似したくなる」というのは、やはり音がよかったり、時代との相性がよかったりということなんでしょう。今は「感」が必要とされる時代。ファションの流行と同じですね。
■「普通におもしろい」は喜んでいい?
【川添】人にお年玉とかお金を渡すときに、そのまま渡すのって憚られるじゃないですか。大阪の人だと「裸でごめんね」なんて言って渡しますよね。「感」はそういうときの、封筒とかポチ袋的な感覚ですよね。
【ふかわ】ポジティブにとらえればそうですね。そういう役割もあるんでしょう。言いづらいことをあの手この手で薄める、曖昧表現は日本のお家芸でしょうね。「しっとり感」と言って、「しっとりしている」と言わずにいるのは、しっとり専門家じゃないという謙遜か、単に言いやすいだけなのか。スタンダードになれたのは時代に求められたから
【ふかわ】あと、これも時代に求められているんですかね。ずっと気になっているのが「普通に」。
【川添】ああ、ありますねー。
【ふかわ】「普通」という言葉も奥行きがあって、研究対象になり得るんです。まあ「普通なんてものはない」という人もいますけど。「普通においしい」とか言うでしょう、最近。引っかかりませんでしたか?
【川添】引っかかりますね。自分の書いた本に「普通におもしろかった」っていう感想をもらうと、微妙な気持ちになっちゃいます。
■「普通」より上だけど「とても」でもない
【ふかわ】「おもしろかったです」では足りない何かがあるのでしょうか。あれって「普通に」って言っておきながら、普通より上のレベルのときなんですよね。「とても」でもない。「普通に」が別のステージ、新たなフェーズに入ったような気がします。
【川添】あれは「おいしくないかも」「おもしろくないかも」といった否定から入ったから、「意外とよかった」という意味も含めた「普通においしい」「普通におもしろい」という褒め言葉になっているんですかね?
【ふかわ】それもあると思います。だけど、音として伝わってしまうと、それが意味をもたなくなることがあるじゃないですか。今の「普通においしい」の「普通に」はそれほど意味をもっていないと思うんですよ。それがスタンダードになってしまっていて。
【川添】意味合いより、もう「響き」になってしまっている。
■「エモい」が同義語の中で生き残った理由
【ふかわ】はい。やはり、そういうフェーズに入るには、使う側の心情と相性がいいんだと思うんです。たとえば「エモい」も今はスタンダードになっているけど、同じような意味合いの言葉はこれまでもあったじゃないですか。
それらの多くが使われなくなり、消えていく中で「エモい」が生き残り、スタンダードにまで上り詰めたのは相性のよさ。時代と、若者たちの感情のマリアージュで生まれた言葉だと思うんですよ。
【川添】「エモい」という響きが、時代にフィットしたんでしょうね。
【ふかわ】「エモい」の価値が上昇したのだと思います。なおかつ、「普通に」もそうですが、ここでも断定を避けている気がするんです。
【川添】「普通に」にしても「エモい」にしても、あと、「界隈」(※)も、それが表す状況に幅がありますよね。相手がどう捉えるかは予測しづらいけれど、広い状況で使える無難な言葉とも言えますね。
【ふかわ】そう、無難! 否定されにくい表現なんです。
※界隈:「○○界隈」と、ある特定のコミュニティ、そこに属する人々を指す言葉。中でも「風呂キャンセル界隈」は若い女性を中心に浸透。「風呂に入るのが面倒」「週に2回しか入らない」という本来不衛生な事象をポップな印象に薄めるからか、女性アイドルなどが続々カミングアウトする事態に。
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慶応大学在学中の1994年にデビューし、長髪に白いヘアバンドの独特な装いでリズムに乗ってつぶやく“シュール”な一言ネタ、あるあるネタが人気に。2000年スタートの「内村プロデュース」(テレビ朝日系)では初期からレギュラーを務めており、リアクション芸人の一面も。そのほか「5時に夢中!」(TOKYO MX)のMCや、執筆活動などでマルチな才能を発揮。ピアノを得意とするなどミュージシャンとしての顔も広く知られ、ROCKETMANやryofukawaといった名義で長く活動している。
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言語学者
1973年生まれ。九州大学文学部卒業、同大大学院にて博士(文学)取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年から16年まで国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。専門は言語学、自然言語処理。現在は作家としても活動している。主な著書に『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』(朝日出版社)、『ふだん使いの言語学』(新潮選書)、『世にもあいまいなことばの秘密』(ちくまプリマ―新書)、『言語学バーリ・トゥードRound 2 :言語版 SASUKEに挑む』(東京大学出版会)など。
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(お笑い芸人、エッセイスト ふかわ りょう、言語学者 川添 愛)
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