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「勉強しろ」と言われて育った東大生は少ない…脳科学者・中野信子「子どもの可能性をつぶす親の口癖」

プレジデントオンライン / 2024年11月13日 16時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ridvan_celik

子どもの成長に親はどう影響するのか。脳科学者の中野信子さんは「優秀な子どもに対して、勝手に枠を設けて支配下におこうとする親がいる。もともと自己肯定感が強い子は心配ないが、『いい子』ほどそうした親の言動によって可能性をつぶされてしまう」という――。

※本稿は、中野信子『なぜ、愛は毒に変わってしまうのか』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。

■「自分より優秀な若者」を怖がる大人たち

つい最近、ある大企業に勤務する方とお話をする機会がありました。その会社はインターンシップ制度を取り入れていて、大学生はもちろん、大学を途中で辞めてしまった子でも、見どころのある子を集めて教育するシステムがあるとのこと。

しかし、いざ蓋を開けてみると、大学を中退している子たちの中に、とても斬新な発想を持っている子がいることがしばしばあるそうです。でも彼らがそれを提案してくると、役員はそのアイデアを持て余してしまう。役員は自分の手柄になるわけでもないし、その子たちをすごく使いにくいのだといいます。

「正直困っています」と苦笑いされていました。自分の知らないことを知っている若い子たちが怖いから、やんわり芽をつぶそうとする。

この行為を、親側もやってしまいがちです。

■「いい子」ほど可能性をつぶされてしまう

子が女の場合「女の子が生意気だと結婚できないよ」「女の子はそんなに勉強しなくてもいい」などと、周囲の大人からいわれないことはまずないといっていいでしょう。

子が男なら、親を凌駕するような発言をすると「世間のことをろくに知りもしないくせに、何を甘いこと言っているんだ」「おまえにそんなことができるわけがない」と頭から否定されてしまったりします。

大人の言動を観察するうちに、子どもたちの中には、そんな大人の言動に対して「何十年も生きているわりに、不条理なことを言う。非合理的だ」などと考え始める子がでてきます。

親に洗脳されることなく、むしろそんな親を心の中でダサいと思ってしまう。そういう子は自己肯定感が強いともいえ、「親は親、自分は自分」と考えられるので、心配はいらないでしょう。親の言動によってつぶされることはあまりないでしょうから。

一方で、いわゆる素直で人の意見を聞きやすい子、また自己肯定感の低い子では、自分が間違っているのかと思って萎縮してしまうおそれがあります。そして親からコントロールされてしまう。「いい子」ほど、大人に支配されやすく、親から可能性をつぶされてしまうかもしれないというのはなんとも悲しいことです。

■親の気持ちを忖度し、勉強した結果

わざわざ勉強をしなくてもとても勉強ができたのに、「真面目に勉強をやってほしい……」という親の気持ちを忖度してコツコツと勉強をやるようになった結果、成績が落ちてしまい志望校に合格できなかったという男性を知っています。

勉強もできるけれど、何より頭がキレて、弁も立ち、合理的でスマートな問題解決をさらりとできる人。そういう人に無駄に勉強させてしまったせいで、むしろその芽が摘まれてしまったのです。

JAPAN MENSAの会員の方で、私はその方と大人になってから出会ってその話を聞きました。高校一年の段階で、東大模試でA判定が出ていたのに、勉強すると全体像がブレて、点数がとれなくなった。

本人は、周囲が頑張るようになったから、相対的に自分の順位が下がっただけだよ、と言いますが、とてもそんな風には思えないようなキレの良さを持っているのです。聞けば、彼自身は必要な勉強というより、やったことをアピールできるような勉強法に途中から変更したということでした。

■兄は東大卒、自分は中堅私大卒に

彼のお兄さんはコツコツやるタイプだったようです。お兄さんがそうだったから、弟である彼にも同じように、と思ったのかもしれません。彼自身も「母親がこうあってほしいと思う子ども」像を敏感に察知して実行したのでしょう。しかしその結果、自分を犠牲にすることになってしまった。

結局彼は東大には合格せず、中堅私大に入学しました。ご両親は東大卒のお兄さんのほうを誇りに思っているようだと、彼はいくぶん自虐的に言います。

彼は私立大学を卒業後、持ち前の頭脳を生かして事業家として成功していますが、本人としては後悔もあるようですし、学歴に関係する事物へのコンプレックスもあるようです。そもそも男性はヒエラルキーにとても敏感ないきものです。彼の中でも自分はお兄さんに負けているかもしれないという意識が拭えないのかもしれません。

■親に「勉強しろ」に言われた東大生は少ない

とはいえ、彼本人は頭がよすぎて、向かい合って話していると緊張して変な汗が流れるような感じがするほどの人です。声を荒らげる姿など、一度も見たことはないのですが、何もかも見透かされているような気がして、すごく怖い。彼のことを知っている人は皆、一様に「おっかない人だよ」と言います。

話しているときの頭のキレや知識の豊富さ、興味の範囲、物の見方などから、東大には楽々受かるポテンシャルのある人だということは容易にわかります。実際に知能指数は高く、地頭がとてもいい人です。

私の周囲の東大生に話を聞くと実は「勉強しろ」と言われて育った人は少数派であるような感があります。

私がそうであったように「勉強するな」と言われたり、本を読んでもいい顔をされないので隠れて読んでいたり。あるいは「この子は変わっている」「子どもらしくない」と心配されたり。統計を取ったわけではないのでリアルなデータはわかりませんが、少なくとも私の周りは「勉強しろ」と言われて素直にコツコツとやってきたタイプは少なかったのです。

東京大学安田講堂
写真=iStock.com/Sanga Park
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sanga Park

■子どもの能力と親子の絆は別もの

勉強ができ、成績がよくても親は心配になるもののようです。心配していた親の心理はどういうものであったか。自分の手元からどんどん離れていき、自分をはるかに凌駕する感じが親としては分離させられるようで寂しかったのではないでしょうか。

親御さんたちは、子どもが社会の中でうまくやっていけるようにと心配する気持ちももちろん持っているでしょうが、絆が薄まってしまうことへの不安のほうが時に大きくなってしまうことがあるのかもしれません。

中野信子『なぜ、愛は毒に変わってしまうのか』(ポプラ社)
中野信子『なぜ、愛は毒に変わってしまうのか』(ポプラ社)

子との絆に親としてのレゾンデートルを求めるのは完全に親側の自分勝手な都合です。絆に何かを求める気持ちが強すぎて、「この柵の向こうへ行ってはいけませんよ」と枠を設けて子どもを支配下におくことで安心しようとする。

たしかに自分の子どもなのに、自分にははかりしれない能力を持っていたら、戸惑ってしまう気持ちにもなるでしょう。しかし、能力と絆は別ものです。自分が親であるという事実は変わらないのです。

子どもは親の影響を受けて育ちます。けれど完全に別人格の存在でもあります。自分と似ていなくても、自分とそっくりでも、淡々とその子の人格を受けいれることができれば、互いに幸せだろうと思います。「こんな子に育ってほしい」というのも親のエゴかもしれないのです。

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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。

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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)

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