なぜ愛する我が子を虐待してしまうのか…多くの殺人事件が「親族間」で起きている本当の理由
プレジデントオンライン / 2024年11月14日 16時15分
※本稿は、中野信子『なぜ、愛は毒に変わってしまうのか』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。
■誰もが抱く「親族だから許せない」
この数年、日本で起きている殺人事件の内訳をみると、親族間での殺人が頻繁に起きています。法務省が発表している殺人事件の動向というデータでは2016年に摘発した殺人事件(未遂を含む)のうち実に半分以上の55%が親族間殺人。実際に検挙件数そのものは半減している中で親族間殺人の割合は増加しています。
殺人事件そのものは減っているのに、親族間の事件は増加している。つまり、家族、血族、そして他人から家族になった人に対して強く明確な殺意をもたらすほどの感情がむしろ強まっているということがわかります。
他人であれば許せるけれども、親族であると許せない。一見パラドキシカルですが実は、誰もが抱いたことのある感情ではないでしょうか。
親子、兄弟姉妹、そして祖父母と孫……。近い間柄で近親憎悪は起こりやすいのですが、血縁関係にかぎったことではありません。夫婦間でも他人同士なら生じないような感情の行き違いが生じます。事件として報じられるのは夫婦間で起こるものが話題になりやすいかもしれません。
■家族への愛情と憎悪は紙一重
多くの人は、愛着とか愛情、家族の絆……そういったものを無条件に、崇高で美しいものだと思っています。だからこそ、そこで考えることを多くの人は止めてしまいます。家族の絆のためなら、と犠牲を強いてしまう。
自分ががまんしさえすればと思ってしまうのです。その結果耐え切れなくなったときに、相手に対して「殺したい」という憎悪の念が噴き出してしまう。
もともと他人として尊重していればそんなことは起こらなかったでしょう。家族として甘え、期待しすぎたツケを払わされる側はたまったものではありません。
■「お家騒動」で殺し合ってきた歴史
子どもを、自分の本意ではないはずなのに虐待してしまうという親御さんもいると思います。自分がよくないことをしているとわかってはいる。でも、どうしてこの子は自分の思うとおりに動いてくれないのかと、子どもに苛立った感情をぶつけてしまう。それも愛着が強すぎるからこそ起こってしまうという側面があるのではないでしょうか。
距離が近すぎるあまり、客観的に見ることができない。愛着が強すぎるからこそ、激しく、必要以上に攻撃してしまい、冷静になったときに自分のしたことに恐れおののいてしまうのです。
多くの戦国武将はいわゆる「お家騒動」によって弱体化しています。そこにつけ込まれ、攻め込まれて滅亡するのです。お家騒動というのは、端的に言えば、跡目争いです。兄弟、親子、場合によっては夫婦間でも争われ、殺し合いが起きるのです。
斎藤は、父親の道三と不仲でした。道三は義龍の異母兄弟を可愛がったのです。義龍が自分の子ではないという疑いもあったようですが、ともあれそのために義龍は弟や父を殺してしまいます。織田信長は道三を救援しようとしましたが間に合いませんでした。
■子どもを守る「家」が凶器になる
その信長も実の弟の信行を殺害しています。伊達政宗は血で血を洗う弟との抗争を繰り広げました。父親を殺したという陰謀説もあります。
時代を遡れば源頼朝は弟義経を殺しています。妻の北条政子は息子の二代将軍頼家を殺しました。そもそも源頼朝の死因もよくわかっておらず、妻・政子の陰謀ではないかという説すらあります。肉親同士の殺し合いの例は歴史上、枚挙にいとまがありません。
本来なら、理想的な形としては子どもを守って育て上げるための仕組みである家というユニットが、機能不全に陥り、却って凶器になってしまう。その理由が、家というものの価値が高すぎ、絆が強すぎるため、というのは、皮肉です。
あたかも、本来人を守るためのものであるはずの正義や宗教が、それ自身を理由として戦争がひきおこされるようなものです。構造としては非常に似かよったものがあるのではないでしょうか。
■「家族=サザエさん一家」から変化している
今、この時代にも家族の形が変わりつつあります。
結婚の概念も変わりつつあります。実は人類史を見通してみると、家族の形はいつも変わり続けているのです。
日本人は家族と言うとサザエさんの家族みたいなものを想定しがちかもしれません。でも、いつでも家族の形は変わろうとしています。家族というのは人間関係のいわば素過程です。その素過程をもう一回見直してみながら、ここで家族というものの意味を考えてみたいと思います。
家族というのは、人間関係そのものの姿といえます。私たちは、自分で意思決定しているつもりでも、実は一人で決めているわけではありません。重大な意思決定なら、なおさらでしょう。家族が遠くにいて自分は独立していると思っていても、その人の心中に生きている家族が語りかけてきたりする。すでに家族が亡くなっていたとしてもそうです。
■血がつながっていれば家族なのか?
『万引き家族』という映画があります。樹木希林さんの演じるおばあさんの家に息子家族のようにふるまう男女たちが同居している。実はこの中で誰一人として血縁もないし、法的な家族でもないことが、作中、明らかになっていくのですが、それなのにとても家族らしい。
血縁による家族が家族なのか。それともほかのつながりによる人間関係を基にすべきなのか。今の社会は血縁を重視しすぎなのではないか……。そんな裏テーマさえ感じられるような映画でした。
血縁、そして法によって保証された家族関係を重視するけれども、血がつながっていることだけが家族なのだろうか、そんなことを問いかけている作品でもありました。それが連れ去りなどというやや反社会的な形でつくられた擬似家族であるという点も挑戦的で興味深いといえます。
日本も変わってきています。家族をつくるどころかそもそも結婚をしない人が増えてきたのです。もはや家族の形が変わるというより、解体されていくのかもしれません。
■「結婚できない」レッテルに怯える女性たち
「婚活」という言葉がよく使われていますが、婚活している女性たちは本当に結婚したいのでしょうか。彼女たちに、よく話を聞いてみると、別に「結婚生活」がしたいわけではないようなのです。
婚活している女性たちを見ていてかわいそうだなと思うのは、いわば大学受験や資格試験、就職活動のように結婚を捉えてしまっているという点です。
「○○すると結婚できないよ」と、彼女たちは子ども時代に脅されてきたのです。結婚できないということは、あたかも人間失格、女失格であることのようにすり込まれて育ってきてしまった。どうも、それを払拭するために結婚したいのではないか、と思えるふしがあるのです。
一緒にいると楽しい相手に出会って、そのあとの人生を心豊かに暮らしたい、そのために結婚したいというのではなく、自分に付けられたネガティブなレッテルを剥がしたいという意味で婚活しているのです。そういう意味では非常に切実で、見ていて痛々しい感じがします。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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