NHKスペシャルでは描けなかった…番組に出演してわかった「ジャニー喜多川氏の性加害」が野放しにされたワケ
プレジデントオンライン / 2024年11月8日 8時15分
■「ジャニー喜多川“アイドル帝国”の実像」に出演してわかったこと
私は、NHKスペシャル「ジャニー喜多川 “アイドル帝国”の実像」(初回放送日10月20日)に出演した。そのことで、さまざまな方面から多くの意見や感想、励ましの言葉をいただいた。改めて、この場を借りてお礼を申し上げたい。
また、番組のディレクターである中川雄一朗氏ならびにプロデューサーの内山拓氏には敬意を表したい。かなりの「バッシング」や「障害」が〝社内外から〟あったと推察する。よくこの企画を通して、放送に至るまでをまっとうした。その大変さが痛いほどわかる。
私自身も過去に日テレの「NNNドキュメント」で、「連合赤軍の元兵士」や「ストーカー加害者」「自閉症スペクトラム障害の少年たち」を取材対象にしたときに、「なぜそんな難しいテーマをあえて選ぶのか」と訝しがられた。同じように今回も「なぜそんな番組を今やるのか」といった横槍が多く入ったことは想像に難くない。だから、そういった障壁を乗り越えて番組を実現したことは、称賛に値する。
だが、率直に言って、番組は彼らの思いとはほど遠いものになってしまった。その理由は何なのか。放送からおよそ2週間が経ったいま、自分自身の気持ちを整理したうえで、「メディア研究者」兼「大学教員」という立場から冷静に番組を検証し、その原因を徹底的に探ってみたいと考えている。
■なぜ今回の番組に出ようと思ったのか
放送後、多くのメディアから「なぜ今回の番組に出ようと決意したのか」と尋ねられた。この問いに対しては、実は詳しくは話していない。そこで、ここで明らかにしておきたい。その理由は2つある。ひとつは、私自身の「環境の変化」だ。そしてもうひとつは、ディレクターの中川氏への「信頼感」である。
私は2024年3月にテレビ東京を退職し、大学教員になった。ちょうどそのころ、BBCの放送をきっかけにこの問題が表面化し、9月に旧ジャニーズ事務所(以下、「旧J」と略す)が記者会見を開いて事実を認めた。そんななか、日々学生たちに接していて「この子たちが社会に出たときに、同じような目に遭わないようにしなければならない」という思いが私のなかで膨らんでいった。
そして、2024年1月に出版した『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)に旧Jの少年たちとの当時のことを書いた。著書やその後のジャニーズ性加害問題に関する論考を読んで連絡してきてくれたのが、中川氏だった。2024年1月19日のことだ。
中川氏は「クローズアップ現代」でジャニーズ性加害問題を取り上げ、ジャニーズ事務所を会見の場に引きずり出した人物である。その後も、元ジャニーズJr.の二本樹顕理氏をフォーカスした「事件の涙 声をあげたその先に ジャニーズ性加害問題」(初回放送日3月18日)を制作するなど、被害者に寄り添う取材を続けていた。
■番組ディレクターの狙い
彼に会って番組への思いを聞き、テレビの現場から離れていた私のこころに、忘れかけていたメディア人としての熱い気持ちが蘇った。
「声をあげるべきだ」そして、「ぜひ協力したい」と思った。
中川氏から聞いた番組の狙いは、以下の2つだった。
① ジャニー氏とメリー氏の実像に迫る番組を作りたい……これまではどちらかというと被害者側、彼らのおこなったことに対しての検証がなされてきたが、彼らの本当の姿を描いたものはない。今回はそういうテーマでいきたいと考えている。
② インタビューで構成するドキュメンタリーにしたい……周りの推測や検証だとどうしても事実が見えてこない。一方、彼らや当時のことを知るNHK上層部の証言は信憑性がある。視聴者も納得感を抱くだろう。なるべく多くの人に話を聞いて、それを敷き詰めるような番組構成にしたい。
私は中川氏の話を聞いて、実現できるならおもしろいと感じた。私もその一翼を担いたいと思った。しかし、残念ながら実際の番組はそうはならなかった。
番組の初盤や前半のアメリカ取材の部分はなかなか見ごたえがあった。ジャニー氏やメリー氏がアメリカに住んでいたころを知る人々を探し出し、交渉するのは大変だっただろう。その成果は充分にあった。
「姉のメリー氏が昔から弟のジャニー氏を何かにつけて庇っていた」という証言は、旧Jの「二頭体制」をよくあらわしているエピソードだった。
■前半と後半で全く違う番組に…
しかし、後半はそれまでの意気込みを忘れてしまったかのような内容になっていた。前後で全然違う番組かと思えるほどだった。
中川氏は「インタビューで構成するドキュメンタリーにしたい」と語ったが、しっかりと話を聞いて実際に放送されたのは数えるほどしかいなかった。旧Jのマネジメント業務を引き継いだスタートエンターテイメント社の顧問である元NHK理事・若泉久朗氏への突撃取材はインタビューと言えない代物で、ワイドショーさながらである。私の話したことが随所に散りばめられ、さも私の話で番組を進めているかのような構成だった。
繰り返しになるが、彼らはよく頑張った。今回の番組はNHKでなければ放送することはできなかった。それは、昨年9月のジャニーズ事務所の記者会見以降、民放各局は短い検証番組をやっただけで、NHKのような追跡番組をおこなっていないからだ。そして「偉業」とも言えるこの離れ業をやってのけられたのは、中川氏が「NHK途中入社組」であったからだと指摘したい。
私はテレビ東京に37年間在籍した。それだけ長くいると組織が何を考えているのか、どういう企画を提案したら通って、どんなことに対して異議を唱えるのかが何となくわかってくる。そのことで逆に「リミッター」がかかることもある。
「この企画は無理だろうな」といったことが提案する前からわかってしまうといったように、「自己規制」がかかるのだ。同じように、中川氏がNHK上層部の過剰な反応や反発を予測していれば、制作に踏み切るのを躊躇していたかもしれない。
■ずれ込んだ放送日の怪
だが、それほどまでの熱意と信念を持った彼らでも、打ち破ることができなかった大きな壁がそこには立ちはだかっていた。そしてそれはNHKの外からの圧力ではない。“内部からの”圧力や障害といった「内なる壁」であったのではないか。上記の①②に沿って、述べてゆく。
まず、①の当初の意図と違う内容になってしまったことについてだが、もちろん、現場の中川氏は初志貫徹で進めていた。しかし、「ジャニー氏とメリー氏の実像」を浮びあがらせるためには当時のことを語れる人物が必要だ。
一番大事な論点は「彼らはどこで間違ったのか」「何が彼らを間違わせてしまったのか」であったにも関わらず、その答えを知っている人物が表に出てくることはなかった。だから、取材が中途半端で終わってしまうという事態に陥ってしまったのだ。
②に関しては、中川氏とのやり取りと番組の進行具合を時系列に追ってみると、おのずからと真実が浮かび上がってくる。
最初のコンタクトである1月の次に連絡があったのは、3月14日だ。それは4日後に放送が予定されている、二本樹顕理氏を取り上げた番組「事件の涙」を知らせる短いメールだった。次の連絡は6月7日である。
企画が始動したことと同時に、通常、取材対象者に伝えられる「番組概要」として「放送日は9月末あたりのNHKスペシャル枠を想定しているということが記されていた。そして、私のインタビューは7月31日にNHK局内の会議室でおこなわれた。
■2つの大きなハードル
ここまで中川氏とやり取りをしていて、私は「NHK内部のインタビューがなかなか撮れなくて、困っている」という印象を受けていた。
また、1月に私に会っているということはその段階ですでに企画提案はしていたはずだが、実際にインタビューを撮るまでに半年以上を費やしている。これは旧Jの関連の番組実績がある中川氏であっても、局内で企画を通すのに難航していたことをあらわしている。
そして、当初、9月放送予定だった番組は、実際には10月20日に放送された。この放送日の変更については、『週刊文春』は、NHK関係者の話として「旧Jタレント起用再開」の記者会見を理由として挙げているが、私はそれだけが放送日変更の理由ではないと考えている。では、何だったのか。
それは、以下の2つの大きなハードルがあったからである。
① NHK上層部にインタビューすること
② 旧J(旧ジャニーズ事務所)の幹部にインタビューすること
それら2つは、クリエイターであれば誰しもが狙いたいターゲットだ。ジャニーズ性加害問題に心血を注いできた中川氏にとっても、もちろんそうだっただろう。
だが、それが叶わなかった。それが、番組が前半と後半でちぐはぐな構成になってしまい、インタビューも中途半端になった挙句、放送日を遅らせなければならなくなった原因となったのではないか。
そしてその代わりに用意されたのが、NHKの若泉元理事とSMILE-UP.社の補償本部長という「スケープゴート」だった。NHKの上層部は誰も出てこない、これでは体裁がつかないとなったときにターゲットとなった若泉氏への突撃取材を当のNHK上層部がOKしているという事実は、「辞めた人間だからいいんじゃない?」という思惑が働いたと指摘されても仕方がない。
■「ストーリーテラー」を担わざるを得なくなった
以上のような事情で、たかだかAD時代に3年弱、旧Jと接点があったに過ぎない私にストーリーテラーのような役割を担わせざるを得なくなった。そのためには“堂々と”“自信をもって”代弁してもらわなければならない。そういった理由で、私の「大股開き」で高圧的な、だが、一見“威厳がある”ように見えなくもないカットが多用されることになる。
この「大股開き」の映像に関しては、いまは気持ちが落ち着いているが、当時はかなり動揺した。私自身があんな姿を撮られているとは思っていなかったからだ。初めて放送で見て驚いたが、映像の専門家であったにも関わらずあまりにも無防備だったと反省をしている。
制作者側にはそこまでの強い意図はなかったかもしれないが、「ネットなどで炎上すること」がわかっているのに削除やサイズ変更を指示しなかったNHK上層部の頭のなかには、私に「悪者になってもらおう」という意識がなかったとは言い切れない。番組冒頭で述べられた私の経歴を知るよしもない途中から見た人は、完全に「長年、旧Jべったり」で芸能界を生きてきた人間だと思っただろう。
■遅すぎる情報解禁
中川氏とのやり取りのなかで私が直感したことがある。
彼らは、実は辿り着いていた。NHK上層部の然るべき人物をインタビューの場に引きずり出すことに成功していた。だが、その映像は直前になって削除することを指示されたのではないか――ということだ。
何かにつけこまめに連絡があった中川氏から放送日直前になっても「放送解禁」の連絡が来ないので、私は「おかしいな」と思っていた。しびれを切らしてメールをした私に、短く中川氏は「まだ編集中です」と答えた。それは、放送2日前の10月18日のことだ。
情報解禁が異常に遅いのも気になった。番組は通常、1週間ほど前には情報を解禁して宣伝を始める。ドラマはさらに宣伝期間が長く、解禁は1カ月前くらいにおこなう。NHKスペシャルのような大型の番組であればなおさらである。
番組の情報と放送日は、中川氏が編集を続けている真っ只中の同日12時にやっと解禁された。もしかしたら、最後まで当該のインタビューを「切る、切らない」といったような闘いが上層部と現場の間で繰り広げられていたのかもしれない。最後に流れた「お断りテロップ」を入れるほどの直しに、編集の手間がかかったとも思えないからだ。
最終的には現場がNHK上層部の然るべき人物のインタビューをカットすることを“しぶしぶ”受け入れて、上層部が「放送を発表しても大丈夫」と判断し、「放送解禁」となったのではないか。私は、確信に近いそういった思いを抱いている。
■テロップから読み取れる番組制作者の本音
次に、ネットなどでも物議を醸している「お断りテロップ」について考察を加える。本編終了後、いきなり黒ベースになって文字だけの画面が映し出された。
そこには「2024年10月16日 NHKはスタートエンターテイメントの所属タレントへの出演依頼を可能とすると発表した」という内容と同時に「この問題はこれで終わったとは考えていません。NHKも当時の認識や対応が十分ではなくメディアの責任を果たせなかったと自省しています(後半は割愛)」というコメントが示された。
通常、こういった番組の最後に流されるテロップは何かの「事後報告」であることが多いが、今回はそうではなく、「意思表明」だと考えられる。「出演依頼が可能」と言っておきながら「決して許さない」と断言するなど、前半と後半の「ちぐはぐさ感」も否めない。こんなことがなぜ起こったのか。
これに関しては、SNSでは2つの解釈が飛び交った。ひとつはNHKの「禊」や「言い訳」だというもの。もうひとつは、中川氏をはじめとした制作者の「怒りのあらわれ」だとするものである。私はこのどちらも正しいと見ている。
■NHKは旧ジャニーズタレントの起用再開を決めたが…
これまで記したように、制作者の狙いと実際に放送された番組を見れば、番組制作者側とNHK上層部には大きな乖離があったのは明らかである。目指すものも伝えたいことも、まったくかみ合っていない。だが、放送というプロセスに至るためには、その二者が折り合いをつける必要があった。
NHK本体や上層部は「スタートエンターテイメント所属タレントへの出演依頼」を改めて強調しておきたい。そのことで放送をすることを「良し」とした。制作者側は「その主張は許容しよう。しかし、我々の主張も入れさせてもらう」ということで、両者のWin-Winのもとであのテロップが成立したのである。
そしてこのテロップから、改めてNHK本体や上層部と制作者側が見ている先がまったく違うことが露見した。制作者側は、視聴者や被害者の方をしっかりと向いている。それは「これからも向き合って調査や報道をすすめていく」という宣言からわかる。
■NHK本体や上層部が見ている先
そしてその部分の主張は、実はNHK本体や上層部にとっても“都合がいい”ものなのだ。それが、テロップの最後の部分「報道・番組を通じて行い公共放送としての役割を果たしていきたいと考えています」の部分にあらわれている。
NHK本体や上層部が見ている先、気にする相手は、政府や国際社会である。ジャニー氏や旧Jへの糾弾はBBCに先を越され、国際社会からは「日本の公共放送は何をやっているのか」と非難されている。国連や政府からの風当たりも強い。そんなふうにプライドが地に落ちたいま、NHKとしては威信を取り戻さなければならない。そんな焦りが、このテロップからひしひしと伝わってくるのである。
だが、制作者側も負けてはいない。このテロップに「大きな仕掛け」を隠した。あのような中途半端な表記にあえてすることで、制作者は、視聴者が「?」と引っかかって「ちぐはぐ感」や「違和感」を抱き、その先を考えてくれるのではないか、疑問意識を持ってくれるのではないかと「望みを託した」のだと私は分析している。
■「モンスター」を野放しにしたマスコミの罪
最後に、これまでの検証を踏まえて「ジャニーズ性加害問題の根源はどこにあるのか」という最大の難題を吟味したい。
私のこれまでの分析が正しければ、今回の番組は、NHK自身がいまだに性加害問題やジャニーズ事務所と密接にかかわってきた過去から目を背けているという事実を露見してしまったものだと言えるだろう。その行為は、過去の間違いを直視せず、総括も不十分なままただ前に進もうとしていると思わざるを得ない。こうした姿勢を是正しない限り、また同じような問題が起こる恐れがある。そう強く提言したい。
問題の根源は元ジャニーズ事務所側だけにあるのではない。ジャニー氏という「モンスター」を創り出し、利用し、ときには利用され、野放しにしたテレビを中心としたメディア側にある。まずは、番組の最初の志であったはずの「彼らはどこで間違ったのか」「何が彼らを間違わせてしまったのか」を明らかにし、「モンスターはなぜ生まれたのか」を解明する必要がある。
そのためには、NHKだけでなく民放においても、当時を見知る者たちの証言が不可欠だ。ジャニー氏やメリー氏を野放ししたという意味においては、当時のメディアの人間は誰しもが「当事者」である。そう認識して、自らの責任と向き合い、勇気を持って声をあげるべきだ。そんな人物が一人二人と出てくれば、あとに続く者も出てくるはずだ。
■「第2のジャニー氏」を生み出さないために
そして、それを成し遂げたあとも、次のジャニーズ性加害問題を生み出さないために、たゆまない努力が必要だ。それは簡単ではない。メディアに関わる一人ひとりの「質」を上げなければならないからだ。
メディアは何のためにあるのか。もちろん、エンタメや娯楽のためだということもあるだろう。だが、メディアの本質は「ウォッチドッグ」、いわゆる「監視機能」だ。ジャニー氏のようなモンスターが生まれないか、メディアによって報道によって情報によって傷ついている人がいないか、搾取されている人がないか、そしてそれらの不当行為が隠蔽もしくは見逃されてはいないか、そんな意識を持ちながら、自らが「メディア」という文化を担っているということをメディアに関わる人間一人ひとりが認識することではないか。
私はそう思っているし、願っている。そのために私は「テレビ業界OB」として大学における映像教育をおこない、若手クリエイターの育成という後方支援をしてゆく。そしてさらには、こういった問題をメディアの責任だけにすることなく、私たち大人の一人ひとりが「子どもたちを守る」という意識を持って、常に考えてゆくことが肝要なのだ。
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元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授
1964年兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京に入社。世界各地の秘境を訪ねるドキュメンタリーを手掛けて、訪れた国は100カ国以上。「連合赤軍」「高齢初犯」「ストーカー加害者」をテーマにした社会派ドキュメンタリーのほか、ドラマのプロデュースも手掛ける。2023年3月にテレビ東京を退社し、現在は桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授。著書に『混沌時代の新・テレビ論』(ポプラ新書)、『弱者の勝利学 不利な条件を強みに変える“テレ東流”逆転発想の秘密』(方丈社)、『発達障害と少年犯罪』(新潮新書)、『ストーカー加害者 私から、逃げてください』(河出書房新社)、『秘境に学ぶ幸せのかたち』(講談社)など。日本文藝家協会正会員、日本映像学会正会員、芸術科学会正会員、日本フードサービス学会正会員。映像を通じてさまざまな情報発信をする、株式会社35プロデュースを設立した。
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(元テレビ東京社員、桜美林大学芸術文化学群ビジュアル・アーツ専修教授 田淵 俊彦)
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