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なぜ人間の赤ちゃんは大声で泣くのか…「母親が1年間ずっと抱っこするゴリラ」との決定的違い

プレジデントオンライン / 2024年11月14日 17時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miroslav_1

人間の赤ちゃんは大声で泣くが、人間に近いゴリラやチンパンジー、オランウータンの赤ちゃんはほとんど泣かないという。一体なぜなのか。ゴリラ研究の世界的権威である山極寿一さんの著書『争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から』(毎日新聞出版)より、一部を紹介する――。

■ゴリラの赤ちゃんは泣かないという発見

アフリカで野生のゴリラの調査をしていた頃、思いがけずゴリラの赤ちゃんを育てることになった。密猟者に群れを襲撃され、逃げまどう母親から振り落とされて保護されたゴリラである。まだ1歳に満たない赤ちゃんだった。何とか生き延びさせて、群れを探し出し、母親の元へ返そうと私たちは懸命になった。

赤道直下のアフリカとはいえ、標高3000m近い高地である。夜は冷えるので赤ちゃんを毛布にくるみ、何度も哺乳瓶でミルクを与えた。最初はおびえていた赤ちゃんも哺乳瓶をくわえてジュパジュパと音を立ててミルクを飲むようになった。飲み終わっても、私の腕に抱きついて離れようとしない。

そのうち、どこへいくにも私の足に抱きついて離れなくなってしまった。人間の赤ちゃんと同じで、やはり頼れる保護者が必要なのだなあと思ったものだ。

そのとき、不思議に思ったことがある。ゴリラの赤ちゃんは泣かない。とても、おとなしいのだ。人間の赤ちゃんならけたたましく泣く。とりわけ、母親からはぐれた赤ちゃんは声をからすほど泣き続けるはずだ。でも、ゴリラの赤ちゃんはとてもおとなしく、人間の私に抱かれている。

■野生の暮らしでは泣かないほうが自然

当初、それはゴリラの赤ちゃんが恐怖のあまり声が出せないのだと思った。ところが、人間になれてきても泣かないし、後に日本モンキーセンターに勤めるようになって、ゴリラの赤ちゃんを育てた飼育員に聞いてもやはり泣かないという。

さらに、ここでチンパンジーやオランウータンの赤ちゃんの人工保育に参加してみると、やはり泣かないことがわかった。赤ちゃんが泣くのは人間だけで、それはサルや類人猿からすればとてもおかしなことだったのである。

たしかに、野生の暮らしでは、赤ちゃんが大声で泣くのは肉食獣の注意を引くので危険だ。生まれたばかりの赤ちゃんは無力だし、母親もまだ体力が回復していないので餌食になる恐れがある。泣かないほうが自然なのだ。

ではなぜ、人間の赤ちゃんはそんな自然のルールに反して泣くのだろう。

■人間の赤ちゃんが泣くのは自己主張

それは、人間の母親が赤ちゃんをすぐに手から離してしまうからだ。生まれてすぐ、赤ちゃんは母親以外の人の手に渡され、あるいは揺りかごにひとりで寝かされる。

ゴリラの母親は生後1年間、赤ちゃんを腕から離さない。だから、赤ちゃんが不機嫌になったり、不具合を感じたら、体を動かして母親に伝えればいい。母親はすぐ気づいてくれる。

でも母親からすぐに離される人間の赤ちゃんはいつも、自分の存在を周囲にアピールしていなくてはならない。周囲が気づいてくれなければ命の危険がある。泣くのは赤ちゃんの自己主張なのだ。

生まれたばかりの空腹の女の赤ちゃんが泣いている
写真=iStock.com/damircudic
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/damircudic

人間の祖先は、いまだに類人猿が棲み続けている熱帯雨林を出て、草原へと進出した。そこで地上性の肉食獣を避ける安全な場所は限られている。おそらくそうした場所を繰り返し使い、赤ちゃんが泣いても安全な条件がそろってから、人間の母親は赤ちゃんを手放すようになったのだろう。それはいつのことだったのか。

人間は多産である。ゴリラは4年に1度、チンパンジーは5年に1度しか子どもを産めない。多産になるため、人間は赤ちゃんを早くお乳から引き離し、出産間隔を縮める必要があったのだ。それが人間の赤ちゃんを泣かせ、共同育児を引き出した。

泣く赤ちゃんは、人間の祖先が危険な環境で生き抜くために生み出した、多産と共同育児の申し子だったのである。

■2kg未満で産まれ、5歳には50kg超に

長い間ゴリラと付き合ってみて、私が感心するのは親子の別れるいさぎよさである。ゴリラの子どもはとても甘えん坊だし、親たちは子どもをとても大切に育てる。赤ちゃんは2kgに満たない小さな体で生まれてきて、3、4年はおっぱいを吸って育つ。

母親は生後1年間は片時も赤ん坊を腕から離さないから、赤ちゃんはとてもおとなしい。何か不具合があれば、小さくうなるか、体を動かせば、母親はすぐに気づいてくれる。だから、人間の赤ちゃんのようにけたたましく泣いて、自己主張をする必要はないのだ。

でも、ゴリラの成長は早い。乳離れをして5歳になればもう体重は50kgを超える。お乳を吸っている間は肛門の周りの毛が白く、後ろ姿ではっきりわかる。離乳する頃になるとこの白い毛が消えて、目立たなくなる。母離れの時期が到来するのである。

■1歳過ぎから少しずつ始まる「母離れ」

実はこの母と子の別れは、母親によって周到に準備されているのだ。母親は子どもが1歳を過ぎると、子どもを父親のシルバーバック(背中の白い成熟したオス)のそばに連れていく。そして、子どもがお父さんの白い背中に興味を示して遊んでいるすきに、子どもを置いてそうっと離れ、ひとりで採食を始める。

子どもはお母さんがいないので、最初はきょろきょろ辺りを見回してその姿を探すが、シルバーバックのそばには同じように母親に置いてきぼりにされた子どもたちがいる。すぐに、それらの子どもたちに誘われて遊び始める。やがて、母親がいなくても気にしなくなり、自分からシルバーバックのそばにやってきて遊ぶようになるのだ。

離乳すると、それまでお母さんのベッドで寝ていた子どもゴリラは、お父さんの大きなベッドのそばに自分の小さなベッドを作って眠るようになる。シルバーバックは自分のところにやってきた子どもたちに実に寛容で、背中を滑り台にされたり、頭を叩かれたりしても決して怒らない。じっと動かずに子どもを遊ばせ、時折グフームと低くうなるぐらいだ。

ただ、子どもたちがけんかをして悲鳴を上げたりすると、間髪入れずに太い腕で押さえつけて止める。その仲裁がまことに見事だ。けんかを仕掛けたほうを止め、体の大きいほうを抑えるのである。決してえこひいきしたりしない。だから、子どもたちはけんかを止められているのだと納得し、ますますシルバーバックを頼るようになる。

緑の草の上に座っているニシローランドゴリラ
写真=iStock.com/bazilfoto
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bazilfoto

■子どもを父親に任せ、新たな恋の道へ

子どもたちが四六時中シルバーバックのそばにいるようになると、母親はもう子どもを構うことをしなくなる。傍目ではどの子の母親かわからなくなるほど、子どもとは疎遠になる。

子育ては母親から父親へとあっさりバトンタッチされるのだ。やがて次の子どもを身ごもるメスもいるし、他のオスについて群れを離れるメスもいる。その際は決して子どもを連れていかない。もう子育てから卒業して、子どもは父親にすっかり任せ、自分は新たな恋の道へといった風情だ。

子どもたちは思春期まで父親を頼って育ち、やがて娘も息子も群れを離れていく。とくに娘は思春期になると父親を避ける傾向がある。これも実にあっさりと旅立つ。このいさぎよさは人間も見習っていいのではないかと思う。

■人間の赤ちゃんとゴリラの赤ちゃんの違い

ゴリラからみると、人間はとても不思議な子どもの成長と子育ての特徴を持っている。ゴリラの赤ちゃんは平均体重1.6kgで生まれてくるが、人間の赤ちゃんは3kgを超える。ゴリラの赤ちゃんが3年間お乳を吸うのに対し、人間の赤ちゃんは1歳前後で離乳してしまう。

これらの特徴から人間の赤ちゃんは成長して生まれてくるのかと思えば、ゴリラよりずっと成長が遅い。しかも、ゴリラの赤ちゃんは離乳するときにすでに永久歯が生えているのに対し、人間の赤ちゃんは6歳になってやっと永久歯が生える。それまでの間、華奢な乳歯で硬いものが食べられない。

今でこそ人工的な柔らかい食物があったり、調理できるので離乳食には事欠かないが、農耕や牧畜が始まるまで親たちは特別な離乳食を見つけてこなければならなかったはずである。なぜそんなコストをかけてまで、離乳を早め、重たい赤ちゃんを産むのだろうか。

■人類が多産で生後急速に成長する理由

それは、人類が進化の初期に類人猿の棲む熱帯雨林を離れ、樹木のない草原へと進出したことに起因する。熱帯雨林は年中食物が絶えず、安全な場所である。草原へ出ると乾季が長くなって食物が不足する。人類が最初に身につけた独自の特徴は直立二足歩行で、分散した食物を集めて仲間のもとへ持って帰るために発達したと考えられる。

しかし、この歩行様式は四足歩行に比べて敏捷性や速力が劣り、地上性の大型肉食獣には無力であったであろう。

とくに、肉食動物は幼児を狙うので、幼児死亡率が増大したはずだ。そこで、人類は餌食になる哺乳動物のような多産の特徴を身につけた。それは一度にたくさんの子どもを産むか、短期間に1頭ずつ何度も産むかであり、人類は後者の道を選択した。そのため、離乳を早めて排卵周期を回復させ、出産間隔を縮めたのである。

しかし、200万年前に脳が大きくなり始めたために、子どもの成長を早めることができなくなった。すでに直立二足歩行が完成し、骨盤が皿状に変形して産道の大きさを広げられなかったため、あらかじめ頭の大きな赤ちゃんを産めなかったのである。そこで、人類は生後急速に脳を成長させる道を選んだ。

■脳の成長の次に身体の成長がやってくる

ゴリラの赤ちゃんの脳は生後4年間で2倍になり、おとなの大きさに達する。人間の赤ちゃんの脳は生後1年間で2倍になり、5歳までにおとなの90%まで達し、12~16歳で完成する。

山極寿一『争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から』(毎日新聞出版)
山極寿一『争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から』(毎日新聞出版)

人間の赤ちゃんの体重が重いのは、体脂肪率が高いためで、急速に成長する脳に栄養が行き届かなくなるのを守るためである。この時期人間の赤ちゃんは、摂取エネルギーの40~85%を脳の発達にまわしている。そのため、身体の成長が遅れることになったというわけである。

脳が完成する時期、身体の成長にエネルギーを回せるようになって、成長速度が加速する。これを思春期スパートといい、心身のバランスが崩れる時期である。繁殖力と社会的能力を身につけなければならない時期でもあり、トラブルに巻き込まれて傷ついたり病んだりする。

人間の親子を取り巻く社会関係は、この離乳時期と思春期を支えるために作られたといっても過言ではないと思う。

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山極 寿一(やまぎわ・じゅいち)
霊長類学者・人類学者
1952年東京都生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。理学博士。83年に財団法人日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、京都大学理学研究科助教授、教授、京都大学総長等を経て、総合地球環境学研究所所長。アフリカの奥地で40年を超える研究歴を有し、ゴリラ研究の世界的権威。著書に『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(家の光協会)、『ゴリラからの警告』(毎日文庫)、『共感革命』(河出新書)、『森の声、ゴリラの目』(小学館新書)、共著に『ゴリラの森、言葉の海』(小川洋子 新潮文庫)、『虫とゴリラ』(養老孟司 毎日文庫)、『動物たちは何をしゃべっているのか?』(鈴木俊貴 集英社)など多数。

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(霊長類学者・人類学者 山極 寿一)

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