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「脳腫瘍を患って覚悟が決まった」83歳・現役看護師が働く人生最後に最高の舞台を提供する"看取りができる施設"

プレジデントオンライン / 2024年11月12日 10時16分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

長野県松本市の山間・四賀地区にある「NPO法人 峠茶屋」は、通所介護、訪問介護、グループホームなど、地域密着型で高齢者のための施設を運営する。開所したのは、施設の理事であり、83歳の今も訪問看護師として活躍する江森けさ子さんだ。自身の山あり谷ありの人生で見つけたのは「尊重し寄り添う」ことの大切さだった――(後編)。

(前編はこちら)

■71歳で脳腫瘍に。「死」が自分ごとになった

江森さんは、83歳になった現在も訪問看護師として現場で高齢者に寄り添い、1日8時間、週5日働く。「働くことが好き」と、60代から飛び込んだ介護の仕事。看護師のキャリアを生かして看護と介護を連携することで、認知症の高齢者やその家族の幸せを手伝ってきたという自負がある。看護師をやってきたことが、今、大きな財産になっているが、その一方で、看護より介護のほうがよりやりがいが大きいと感じる日々だ。

「例えば、いくらコロナ禍でもヘルパーが介護をしてあげないと、高齢者の命を支えることはできませんよね。そんなヘルパーに対して『天使だ』と言って、涙を流しながら感謝する利用者の姿をたくさん見てきました。その感動は、介護の仕事に携わるからこそ味わえるものなのです」

実は、2024年4月に訪問介護事業所の介護報酬が改定となり、減額されている。これをきっかけに経営困難に陥り閉鎖する事業所が後を絶たない。介護はこれからの日本が避けては通れない社会問題でもあるにもかかわらず、その最前線の事業所や現場のスタッフを取り巻く環境はあまりにも厳しい。それでも、と江森さんは続ける。「高齢者に寄り添い、家族も含めて支え続ける訪問介護事業者にとって、利用者からの感謝の言葉が大きな励ましとやりがいになっているのです」

連載「Over80 50年働いてきました」はこちら
連載「Over80 50年働いてきました」はこちら

24時間フルで仕事に没頭する江森さんだったが、大きな転機がやってくる。介護で走り回る生活が10年目を迎える頃、71歳で脳腫瘍に倒れたのだ。手術をし、幸い、後遺症もなく現在は年1回の定期検査だけですんでいる。

しかし、このとき「命を救う側」から「救われる側」になった体験は、その後の生き方に大きく影響することになる。

83歳の今も現役で活躍する訪問看護師・江森けさ子さん。「命のありがたさを痛感。だからこそ、みんなに大事にされながら旅立てる環境をつくってあげたい」
撮影=清水美由紀
83歳の今も現役で活躍する訪問看護師・江森けさ子さん。「命のありがたさを痛感。だからこそ、みんなに大事にされながら旅立てる環境をつくってあげたい」 - 撮影=清水美由紀

「実体験として『命はひとつしかない』ということを痛感。自分の命のありがたさがわかったし、自分だっていつ死ぬかわからない、という覚悟が決まりました」

それまでも高齢者に真摯に寄り添ってきたつもりだが、あくまでも第三者としてだった。自分ごととして「死」に向き合ったことで、「看取り」もするという決意につながっていく。

「人生の最後には、最高のステージをつくってあげたい。みんなから声をかけられ、大事にされながら旅立てる環境をつくってあげたいな、って」

■借金までしてつくった新たな施設

闘病から2年後、看取りができる場所として、自宅前の耕作放棄地に住居型有料老人ホーム「にしきの丘」を開所。ヘルパーステーション、訪問看護ステーション、そして峠から場所を移したデイサービスも同じ敷地内に新築した。はじめてつくった通所介護所、その後のグループホーム、そして新たにつくったデイサービス施設……江森さんが投入した資金は総額1億円以上。峠茶屋は、それまで江森さんの退職金や補助金などで無借金経営だったが、この新築移転費用に関しては、「法人としては大きな借金を入れたほうがいいのかも」と江森さんは考えた。

「振り返ると、無借金だったことが『経営の甘さ』にも通じる部分があったかなって。今は、多額の返済があることで、スタッフを含めて危機感をもって運営できるようになっていますから」

通所介護施設・宅老所「峠茶屋」前の江森さん。宅老所のネーミングは「ここで一服どうぞ」の意味を込めた。
撮影=清水美由紀
通所介護施設・宅老所「峠茶屋」前の江森さん。宅老所のネーミングは「ここで一服どうぞ」の意味を込めた。 - 撮影=清水美由紀

自宅のそばに施設を集約したことで、365日、24時間対応もしやすくなった。実際、江森さんは現役看護師として、仕事用とプライベート、2台のスマートフォンを常に持ち歩き、いつでも対応できるようにしている。

一方で、将来的なことを考えて、後継者への権限委譲なども進めている。すでに江森さんの夫が務めていた理事長職、江森さん自身が担っていた専務理事職は、峠茶屋のメンバーに継承した。

■二人三脚で事業を運営してきた夫が認知症に

脳梗塞をきっかけに死を一人称として捉えられるようになったという江森さんだが、今は認知症にも当事者として向き合っている。

峠茶屋の事業を長年支えてくれた夫が、2024年3月に引退。役割がなくなったことがきっかけで初期の認知症状を見せるようになったのだ。今は、夫から目が離せない日が続いている。

「年を取ることはしんどいし、人生って苦しいものですよね」としみじみと語る江森さん。これまで介護のプロとしてやってきたが、いざ身近な夫が認知症になりつつあるという現実に向き合うのは、簡単なことではない。どうしても事あるごとに、怒りややりきれなさが込み上げてくる。

「それでも、私が今経験していることは、きっと誰かの役に立つはず」。そう語りながら、認知症高齢者の家族としての自分を受け入れ、そこから新たな学びをほかの誰かのために生かしていきたいと考えている。

夫の世話に加えて、定期的に、松本市内に住むシングルマザーである長女の子どもたちの面倒も見ている。大学卒業後、長女は摂食障害を患った過去がある。その後、摂食障害を乗り越え、結婚・出産。しかし、自閉症を抱える第2子の次男、そして長女自身も乳がんを発症するなど、波乱万丈な人生をこれまで歩んできた。

そんな長女が離婚して、シングルマザーに。それをきっかけに、5年前から週5日、長女の家に通い、小6〜高1の孫たちの世話をする。

「長女が摂食障害になったときも、仕事を辞めて彼女にかかりっきりになるということはしませんでした」という江森さん。その距離感が、逆に長女の回復にはよかったと考えている。今もベタベタした親子関係というよりは適度な距離感を保ちながら、孫たちの成長を手助けしているのだ。

■「自分の力で生き続ける」ための体力づくり

80歳を超えてなお、仕事や家族の世話に大忙しの江森さんだが、体力づくりにも余念がない。以前は体力には自信があったが、体力の衰えを感じるようになり、5年前から筋トレジムに週1〜3回通うようになった。1週間通わないと、階段の上り下りもきつく感じることがあり、定期的な運動の効果を実感している。

「いつまでも自分の足で外を歩き回りたいし、それが自分らしく生きることにもつながりますよね。そのためにも体力づくりはすごく大事なこと」

パラリンピックを見ていると、健常者よりもハードな競技を自分の力でやり抜くアスリートたちの姿にひたすら感動するという江森さん。結局、人は誰かの手を借りるより、自分の力でやり遂げたいと思っているのだと改めて感じている。

介護施設事業者の中には、利用者はお客様だと考えて、上げ膳据え膳で世話をするところが少なくない。そのほうが事業者としてもラクだという面もあるだろう。しかし、それでは、一人では何もできなくなってしまう一方だ。

「だからね、私はうちに来る高齢者にも意地悪なんですよ。自分でやってくださいねって」。江森さんはそう言いながら、いたずらっ子のような笑顔を見せる。

シニアの手に手を重ねる医療従事者の手元
写真=iStock.com/Kayoko Hayashi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kayoko Hayashi

■大変なことが多いからこそ、人生はおもしろい

これまでの人生を振り返ると、やりたいことにいつも全力で挑戦し続けた日々だった。

「人生は大変なことも多いけど、だからこそおもしろい。私は自分のこれまでの人生は最高だったなと思っていますよ」

83歳の今、あと10年生きることはできないかもしれないと、思ったりもする。しかし、あと5年、次のオリンピックまでは生きていたい。そして、自分がはじめた峠茶屋が順調に回っていくのを見届けなくては、という強い思いがある。

現在、四賀地区の人口は3800人ほど。その5割近くが高齢者だが、高齢者の数自体もどんどん減少している。このままでは、いつかこの集落が消滅してしまうかもしれない。そんな危機感も感じながら、それでも高齢者がいる限り、頑張っていきたいと考えている。

「ここで高齢者たちとこれまでの人生を語り合いながら、残された時間を笑って過ごしていきたいんですよね」

人生をパワフルに、どこまでも楽しむ。それができるかどうかは、自分次第だと、江森さんの笑顔から教わったような気がする。

(フリーライター 工藤 千秋)

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