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大泣きしながら交番に駆け込み「この家族は最悪です」里親家庭で繰り返し過酷な体験をした少年の"将来の夢"

プレジデントオンライン / 2024年11月22日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/TATSUSHI TAKADA

生みの親と暮らせない子どもたちが育つ環境の一つに里親家庭がある。だが、その環境が必ずしも良いとは限らないのが現状だ。日本女子大学人間社会学部教授の林浩康さんは「社会的養護の場が子どもにとって辛い体験となった場合、子どもの声は潜在化する傾向にある」という――。

※本稿は、林浩康『里親と特別養子縁組 制度と暮らし、家族のかたち』(中公新書)の一部を再編集したものです。

■幼稚園に通い始めて抱いた疑問

悟さん(仮名、17歳)は里親家庭でたびたび傷付く体験をした。出生後すぐに乳児院で保護され、その後3歳違いの姉と児童養護施設に入所し、現在3カ所目の里親家庭で生活している。小学3年生のとき、実母は母子手帳と手紙を職員に渡し、ストレスや疲れから自殺したと施設職員に聞いていた。

乳児院では、親がいないことがわからず、みんな家族だと思っていた。幼稚園に通い始めて「あれ? 周りの子は親と手をつないで帰るのに、なんで自分だけ4~5人で、男の人の車に乗って帰るのだろう」と思っていた。「世話してくれる職員は毎日定時で帰るし、誰がお母さんだろう」と思うこともあった。友達と親のことを話していたとき、「今まで5人くらいのお母さんと一緒にご飯を食べたり、中庭で遊んだりしたよ」と言ったら、「それはお母さんじゃなくて、別の人だよ」と言われたのを覚えている。本当のことを知りたいけれど聞けなかった。親がいないと知ったら悲しくもなるし、自分を強く奮い立てていた。

■単身赴任した里父と同居したものの…

小学校入学前に里親家庭で生活するようになった。姉と一緒に里親家庭と交流したが、姉は施設の方が良かったようで、悟さんだけ里親家庭で生活した。乳児院にいるとき、実の親がいる子が家に帰ったりするのを見て羨ましく思っていたので、友達に自分の家族の話をするのが楽しかった。週末には家族で出かけ、誕生日も祝ってくれた。小学4年生のときに、自分が里親家庭で生活していることを友達に言うと、気を遣って「ああ、ごめんね」と言われたりした。「おまえ、親いないんだろ」と言っていじめてくる子もいて、自分は里親にとって本当の子どもじゃないと思うようになり、辛く感じた。

小学5年生の冬に、里父が単身赴任した。里母は看護師で夜勤もあり、里父は会社員で、週末も休みだったので里父と暮らすようになった。転校した学校には馴染めず、毎日学校の相談室に通った。家庭では里父とぎくしゃくしていた。里父が家に女の人を連れてくることが何回かあり、それがすごいストレスになり、公園などで時間を潰して家に帰らないこともあった。

里父に「この家にいたくない」と言ったら、「実は離婚するよ、新しい奥さんができるから」と言い始めて、もうついていけないと思った。結局、里親家庭を出て児童養護施設で生活した。しかしすぐに児童相談所や施設職員に里親家庭での生活を希望し、中学生になってから別の里親家庭で生活した。それ以来「家族ありという肩書」だけあればいいと、思うようになった。

■テストの点数が悪いと「床で食べなさい」

新たな里親家庭は非常に厳しかった。勉強時間が決められ、遊ぶ時間はほぼなく、ゲームも禁止され、休日に出かける服も決められた。テストの点数が悪かったりすると「床で食べなさい」と言われ、テーブルの下でトレーを床に置いて正座して食べさせられた。その頃はそれが当たり前だと認識していた。「前の里親家庭を自分から出ていったから、自分で責任を取らないといけない。自分はそういう身だから、黙って受け入れなきゃいけない」と思った。

児童相談所の職員などは全然あてにしていなかった。言ってもどうせ変わらないと思っていた。かつて里親と三者で面談することになったとき、里母が「うちの子は勉強もスポーツもがんばっているし、私たちの言うことも聞いてくれるし、本人も生活には不自由してないと思います」と話しているのを見て、その態度の違いに驚かされた。「人間ってこんなごみなんだ」と思い絶望した。

午後10時が就寝時間で、里父はそれ以降に帰宅するので、あまり会わなかった。10時には部屋の外に付けてある鍵を閉められた。トイレに行くときは壁をコンコンと叩いて開けてもらった。里親の実子たちも、この子は拾われた子だから自分には関係ないという感じで接してきて、一切会話をしなかった。家族とは必要最低限の会話しかしなかった。

薄暗い部屋の床に頭を抱えて座り込んでいる男性
写真=iStock.com/Aramyan
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Aramyan

■大泣きしながら交番に行き、「この家族は最悪です」

恥ずかしい気持ちもあり、こうしたことを誰にも言えなかった。どうにか辛抱して、普通の暮らしをしているように見せたかった。高校の進路調査票を里母に渡したとき、目の前で破り捨てられて、「あなたは高校に行くお金もないし、中卒で働くのよ。私たちに感謝して家にお金を入れるべきだと思うけど」と言われ、初めて反発した。大泣きしながら交番に行き、「この家族は最悪です」と言い、過去のことを話した。

その後、以前いた施設や児童相談所の職員、里親、警察とで話し合った。そこで里母は「それは被害妄想だ」と言い始め、悟さんは過呼吸を起こして何も考えられなくなった。家に戻るか戻らないかを聞かれて、「戻りません」と答え、結局また児童養護施設で暮らした。また高校に通わせてもらえるような里親を探すように職員にお願いした。悟さんには夢があったので、その夢を叶えたい、絶対に諦めたくないと思い、高校に行くと決心していた。その夢は小学校の先生になることだった。

■新たな里親家庭は「ザ・ノーマル」な家族だった

中学卒業前に新たな里親家庭で暮らし始めた。「ザ・ノーマル」な家族だった。実子が2人いて、自分をかわいがってくれたし、休日は家族で出かけた。勉強については「ほどほどにがんばればいいよ」といった感じだったので、自分の好きな部活動もでき、夜遅く帰ってきても怒られないし、自由な時間は多くて、初めて「これが自由だ」と感じた。でもそのときはある種、自分の中では一線を引いていた。この人たちは偽善者だと思い、心底信じてはいなかった。家族の前では、かわいがってもらえるように接した。

しかし今は「お母さん」とか「お父さん」と普通に気安く呼べるようになったし、心は開いている。この家族は以前の家族とは違うと思うようにもなった。悟さんがバスケットボール部でインターハイに出場したとき、家族全員で応援に駆け付けてくれた。「小さいときの写真とかはないけれど、ここでの生活がスタートだよ」と家族が言ってくれて、「大切な家族の一員だからね」と言って、アルバムを作ってくれた。嬉しくて泣いた。

今は結婚して自分の家族を欲しいとは思わない。これまで家庭に憧れ、そのイメージを壊さないよう自分を合わせてきたから、本当の愛というのを自分は育めないと思って怖くなることがある。自分の家族をもったら、自分も偽善になってしまうと思っている。今は確かに自分は愛されているけれど、どこか満たされない感じもしている。

■生き続けるための思考を身に付けて生きてきた

悟さんは、耳を疑うような里親家庭での体験を淡々と落ち着いた口調で語ってくれた。最初の2カ所の里親家庭では、憧れが幻想となった。孤独な状況下での体験はあまりに過酷であった。自己否定のスパイラル、「『家族ありという肩書』だけあればいい」という家族や家庭への形式的固執、「この人たちは偽善者だと思い、心底信じてはいなかった。家族の前では、かわいがってもらえるように接した」という他者への割り切った思い。過酷な体験がそうした認知形成に影響を与えた。

林浩康『里親と特別養子縁組 制度と暮らし、家族のかたち』(中公新書)
林浩康『里親と特別養子縁組 制度と暮らし、家族のかたち』(中公新書)

幼いながらも自身の境遇を理解し、辛さを抱えながらも誰とも共有してもらえず、懸命に生きるための思考を自分なりに身に付けて生きてきた。今後の人生の中で、最後の里親家庭のように悟さんのことを大切に思ってくれる人との出会いを積み重ねることで、その思いも変化していくことと信じている。

一方で、人間の潜在的可能性や危機を撥ねつける力ともいえるレジリエンスも再確認できた。夢をもち続け、それに向けて努力できる悟さんの姿に、人間の可能性も感じた。現在の里親家庭では勉学の意欲を高め、着実に夢の実現に向け歩んでいる。

社会的養護の場が子どもにとって辛い体験となった場合、子どもの声は潜在化する傾向にある。支援者がそうした潜在化した声や気持ちに寄り添い、子どもが表現できる関係を形成できればいいが、子どもにしてみれば関係の深い支援者には言えないこともあるだろう。逆に関係のない第三者だからこそ言えることもあるだろう。子どもに関与する多様な支援者が、そういったことを認識して対応する重要性も感じさせられる。

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林 浩康(はやし・ひろやす)
日本女子大学人間社会学部教授
大阪府生まれ。北星学園大学助教授、東洋大学教授などを経て、現職。専門分野は社会福祉学。著書に『児童養護施策の動向と自立支援・家族支援』(中央法規出版)、『子ども虐待時代の新たな家族支援』(明石書店)、『子どもと福祉』(福村出版)など。

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(日本女子大学人間社会学部教授 林 浩康)

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